第2章 夢と魔法の国見聞録
インパーク
開園10分前だというのに、なぜか入場している人たちがいた。私たちがゲートの前で、立ち尽くすことを余儀なくされている姿を
私も魔法で、勝手に入園するかと思い万年筆に手をかけて気づいた。早くも中へ入っている人たち、形容詞で
しかし、男一人の私がその集団の中にいると、「孤高の変態」と思われかねないほど浮くことは確実だった。どのような理屈で彼らが、開園前になだれ込んでいったのか、謎は深まるばかりだったが、いくら考えても答えは見つからなかった。
開園時刻。私は手荷物のバッグを係員に開いてみせた。
「身分証はお持ちですか?」
「はい、これです」
我が国では、国民の個人個人に12桁の番号が割り当てられている。この番号は社会保障や税などはもちろん、個人の依り代、パーソナル魔法の傾向などが紐づけられ、一元管理されている。
私は管理されることを嫌い、番号の交付を断固拒否していたが、私個人の思想など意に介さず、政府はあたりまえのように番号を割り当てた。大きな声をあげるには出馬を決意して政界に打ってでる必要があったが、その気も選挙を勝ち抜く要素も一切ない私もまた、当たり前のように番号を受け取った。
「パーク内では一切、魔法はお使いになれません。何か不都合などありました場合は、近くのキャストまでお声かけください。それでは、いってらっしゃい!」
私は、依り代である万年筆を握りしめながら、恐る恐る魔法の国の中へ、足を踏み入れた。
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にぎやかな商店街が広がっていた。日本のものとは思えないような外装のお店が、ストリートの左右にところ狭しと立ち並んでいる。店先のディスプレイはどれも華やかなグッズがならんでおり、時おり、クッキーなどの甘い匂いが立ち込めていた。私はふらふらと一つのお店に入り、中の魅惑的なお菓子を眺めた。クッキー、チョコクランチ、あられなど、「糖尿病予備軍の子供が入れば、二度とここから出られまい」と思わずにはいられなかった。
しかし、私は血糖値を上げるために来たのではない。むしろ男を上げる目的できているのだ。私はお菓子の誘惑を断ち切り、首からぶら下げるパスポートケースを買って、店を後にした。
私が購入したパスポートケースは、「夢と魔法の国」の象徴である、ミッキーマウスとミニーマウスのドクロのデザインであった。ドクロというおどろおどろしいデザインでありながら、ポップなタッチで描かれたそれにハートマークがあしらわれている。それはどこかかわいげすら感じられた。
ただ残念なことに、それらは2つがセットで販売されていた。私はひとりにも関わらうず、その両方を首からぶらさげた。カップルを対象としたグッズだったのであろう。早くもの仕打ちに私の心はポキポキと音を立てて折れそうになっていた。
ミッキーマウスのドクロに、プルートが描かれたチケットを収める。さて、これからどうしようか。店を出た私は、どこを目指すもなく歩きはじめたが、その足はシンデレラ城へと向いていった。
『シンデレラ城』
幼い頃に母に絵本を読んでもらった記憶がある。
シンデレラは王子様が結婚相手を見つけるための舞踏会で、えもしれぬかぼちゃ臭を振りまきながら参戦する。
おしゃれとは機能美の対極である。昨今のスカートの下にジーンズを吐くといった主旨の分からないファッションから、レギンスとかいう足軽兵みたいな機能に特化しすぎて尖ったと思われるファッションまで、とかく男からは理解しにくいものである。
シンデレラも、渋谷でたむろしている女子高生のごとく、機能を犠牲にした恰好であった。きれいなドレスはまだよいにしても、ガラスの靴を
これではもちろんうまく踊れようもない。うまく踊れずにいたところ、他の舞踏会参加者と肩が触れたの触れないのという一触即発の空気が流れる。
我慢の限界を超えたシンデレラは、「
ちなみに私がのたまっていることは、すべて妄想という名のフィクションであり、実在の人物、団体とは一切関係がないという注意を大きく
あくまで幼き頃の記憶に過ぎず、読みのフリガナも自信はないし、間違っても聖なる教えを説く新聞とか発行していたりとかは、有り得ない。
私の記憶もだいぶ曖昧であるが、眼前にそびえ立っているお城は、その物語を彷彿とさせるほど威厳に満ちて、パークの中央に建っていた。
「なんという美しい国だろうか…」
お城の周辺にも、非日常的な建物が立ち並んでいる。 まだ見ぬ世界が広がっているのだ。
「私はここの魔法に負けてしまうかもしれない…」
絶句して、ワールドバザールからお城を眺めて、しばし立ち尽くした。
しかし、とにもかくにも、何かしらのアトラクションを体験してみなければ何も理解できない。だが、やみくもにアトラクションに特攻していても、非効率極まりない。私は、パスポートケースを買った際にもらったマップを広げた。
まずは園内を
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全く関係のない遊園地での話である。それは高校生の時であったか。私は、異性友達と来ていた遊園地で、とある理由から一人になってしまってもなお、遊んでいた。
簡単に言うと、その友達が怒って帰ってしまったのであるが、閉園まで時間があったので、私はたっぷり楽しもうと思い、アトラクションに並んだ。
そのアトラクションは、前後に2人ずつのシートが備え付けられた
しかし、少なくとも、私がその遊園地で乗った筋斗雲に限っては、エンジンの中央部とした円周上を、ひたすら回るだけであった。しかし、そんな中にも創意工夫があった。
一つの雲の上に、前後に分かれて2人乗りのシートが備え付けられていた。そこには一つずつレバーがついていたのだ。実は、この筋斗雲は
私の番がきて、
「一人です」
と私は答えて、
「一人です…」
次の人もそう答えた。彼は、見まがうことなきおっさんであり、奥さんと娘さんを連れて遊びに来ていたようだった。
発射のベルがなり、周りだす筋斗雲。出発直後、私が乗っていた筋斗雲は、空高く上昇した。後ろのおっさんのレバー操作により飛翔したのである。
『さぁ、お前も傾きを操ってみろ。俺がみててやる。そしてすごい筋斗雲さばきを見せて、俺は娘に尊敬されるのだ』
という心の声が聞こえたような気がした。私は即座にレバーを押し上げた。すると筋斗雲は前のめりになり、私たちの体重も前に傾いた。筋斗雲は傾いた先にあわせて、下降していった。
そのテクニックは、見事という他なかった。おっさんは私の傾き変化にあわせて、実に巧みに上昇・下降をあわせてきたのである。もちろん二人の間に、会話はない。ただレバーの操作があり、その結果、筋斗雲が独特の動きをする。声はなくても、傾きと高低の変化はがナチュラルなハーモニーを奏で、周りで並んで搭乗を待っていた人たちを見た。
時折、コーヒーカップでみかける狂おしいほどの回転のような下品さもなく、優雅に上へ下へと舞って、私たちの筋斗雲は回り続けた。筋斗雲から見える青空が
「これが、おっさんではなく黒髪の乙女であればよかったのに―。」
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少なくともいまの私の状況は、あの筋斗雲のときと何も変わってはいなかった。夢と魔法に満ち溢れたパーク、行きかうカップル。そんな中に、私は一人で挑戦しようとしていた。
万年筆でマップの中のアトラクション数個にチェックを入れ、レストランの情報をチェックし、パレードの予定時間を大きく書き込んだ。
「よし、いくか」
私は大きく息を吸い込んであるきだした。向かった先は、アドベンチャーランドの「ジャングルクルーズ」である。既に、人生における今の私も十分にアドベンチャーであったが、私は決してひかない。
運命の恋人を見つける試練が、いまはじまった。
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