旅立ち 夢と魔法の国
なぜひきこもっているはずの私がこのような場所にいるのか。それは、この海沿いに鎮座しているテーマパークが、世紀の発見者である私を差し置いて、「夢と魔法の国」として有名だからである。
なに、私も魔法の発見者としてひけはとっていないし、夢の面でも圧倒的にピンクな夢が頭に詰まっている。むしろ頭の中はそれしかない、とさえ言える。頭から絶えず垂れ流しているのは、溢れんばかりの私の夢と妄想であり、残念なことに正気とか人間として大事なものも多分に含まれている。
そんな私が、なぜ甘んじてこのテーマパークから学ぼうとしているのかというと、「恋の魔法」という意味では到底かなわないからだ。ここを訪れて笑顔で帰ったカップルは、運命の赤い糸でがんじがらめに
嘘か本当かは分からない。なぜなら、あえて言わなくても私には恋人がいないため、異性からの視点が欠けているからだ。
しかし、魔法は代償なしには使えないことはよく知られている。ここもその例外ではなく、夏目漱石、樋口一葉、福沢諭吉らが、偉人の名に恥じぬ勢いで財布から大脱走していくという恐ろしい代償だった。
つまるところ、ここには意中の乙女をわがものにせん!と
噂には聞いていたものの、現場はそれ以上であった。開園前のはずなのに待っている人は耳をつけていた。ぬいぐるみにチョークスリーパーされている人もいる。肌寒い季節を感じさせないほど、人は笑顔で門が開くのを待っていた。ここにはM、いや、マゾヒストしかいないのかと疑ってしまった。
年齢からみて明らかに不都合な制服を着ている人もいる。まだ私は門をくぐっていないが、すでにパークが威力を誇る魔法の片鱗を見せつけていた。
私は飛行機にのり、モノレールに乗り、三蔵法師のようにひたすら歩いて電車を乗り継ぎ、一晩を外に過ごしてパークの最前列にいる。すでに精魂尽き果てそうであった。
私は清介や史郎がいる福岡を、早くも懐かしく思ってしまった。ここはすでに恋に狂ったものたちの魔境である。ただし、私はこの魔境に足を踏み入れる前から恋に恋して狂っていたことを忘れてはならない。
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話は三日前に
鳥人間コンテストをご存知だろうか。琵琶湖に特別に備え付けられた発射台から人力で
緻密に設計された飛行機に乗り込み、鍛えた屈強な脚力でペダルなどを漕ぎ、飛んだ距離や空中の滞在時間を競う。
技術が進んだいまとなっては遥か
史郎は言う。
「いまのコンテストはつまらない。一年間の準備期間がわずか数分で水泡に帰す。そのときの顔を見るのがいいんだ。いまのコンテストは風情も何もない」
史郎を変態サディストとして思われると心外であるから、友人としてあえて言わせてもらう。サディスティックなところを差し引いても、彼は熟女卑猥図書を持ち歩く誇り高き変態だ。そこは混同しないでいただきたい。
史郎は、彼の好物である絶望に伏した学生たちの顔が収められた古いコンテストのビデオをみることが楽しみの一つであった。
果敢に次々と飛び出しては散っていく彼らを見て幸福にひたっていたが、とある出場者たちが目にとまったという。
彼らの機体からは、一切、飛ぼう!という気概が感じられなかったらしい。史郎いわく、絶望と正面から向かい合った一つの結論だろう。飛ぼうと
そして、あまりにあっけなく。むしろ飛び方よりも墜落の仕方にこそ美学を見出していた彼らを見て、古い映画を思い出したという。
彼は一本の古びた傘を持っていた。どうやらその傘で飛ぼうという魂胆らしい。
「俺は家庭教師のバイトをしている。しかも、この依り代をカバンに
どうやらメリー・ポピンズに影響を受けたらしく、そのまま二階の私の部屋の窓から屋上によじ登った。
私は外に出て、史郎の世紀的な瞬間を見届けようとした。しかし、清介は違った。墜落の権威である彼は、物理法則に身を任せて落ちてくるであろう史郎のために、放物線を想定して落下予想地点で待機していた。
「俺は飛べるぞ!」
卑猥図書を携えた彼はイカロスよろしく飛び出したが、瞬時に傘はスカートのようにめくり上がり、万有引力に従って落ちてきた。
ロウで羽を固めたイカロスの方が幾分マシである。清介がいなければ、今頃このアパートは空飛ぶ阿呆の巣窟として、医療機関の話題を
史郎は言った。
「ちくしょう。夢と魔法の国でなら絶対に飛べたのに」
その夢の国では、雨が降らず、魔法によってカラスたちからは海原にしか見えないという。そのため、パーク内にはカラスやスズメが存在しない。
それだけでなく、行けばかなりの確率で恋人を得られるのだという。
それを聞いた私が、行かないはずはなかった。直ちに航空券を手配し、二人からお金を借りて旅行代理店に振り込んだ。
「諸君らから頂いたお金は決して無駄にしない。必ずや運命の恋人、しかも自分の理想のタイプを百発百中で生み出す術を得て帰ってこよう」
二人は、金はあげたわけじゃない、かならず返せ!と
それから我々は債権の有無を賭け、清介が提言した「性病古今東西ゲーム」なる不毛な争いに身を投じることになった。
私は東京行きの借金を亡き物にするために、博覧強記ぶりをいかんなく発揮して奮闘したが、変態というフィールドでは彼らの足元に及ぶべくもなかった。
梅毒、淋病など卑猥などではない、高尚な医学用語が私の部屋を飛び交い、骨肉の争いが繰り広げられたが、史郎の発した「尖形コンジローマ」という謎の奇病名によって私の負債が確定した。
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私は覚悟した。必ずやこのパークで、清楚系黒髪ショートカット猫顔恋人創造のヒントを掴んでやる。
でなければ、友人たちが貸してくれたなけなしのお金、それを踏み倒す気概の私が
多くのカップルがひしめく中、私一人が
すべては、運命の恋人を魔法でつくりだすためだった。
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