召喚魔法に成功す


 「絵本でさえ飛び出すご時世なのに、可憐な美少女達が画面やディスプレイから飛び出てこないのは、彼女たちの怠慢たいまんである」


 私は言った。清介と史郎は、聞く耳すらもっていなかった。

 私が引きこもって「運命の恋人オブ黒髪清楚乙女計画」に没頭しているため、清介や史郎は頻繁ひんぱんに私の部屋を訪れる。これがかいがいしく、私の生活を手助けしてくれる黒髪乙女の恋人ならばやぶさかでないのだが、よくよく見るまでもなく、彼らはむさくるしい男性である。

 私は彼らが、一人であるいは二人でと波状攻撃のように訪れるたびに、気分によって招き入れたり、気づかないフリの居留守を駆使して付き合っていた。


 二人は昼夜引きこもって魔法の開発に余念のない私を外に連れ出すべく、女性を紹介してくれるような無二の友人である。二人だから無三の友人と言えようか。ただ、残念なことに彼らも恋人はいないため、紹介してくれる女性も相当な武力を有していそうな人材たちであった。

 私は、「黒髪で凛としたブーツの似合う女性がいい」と言った。即座に彼らは、ほとんどない人脈をふり絞って一人の女性を紹介してくれた。確かに彼女は黒髪で、ブーツがとても似合っていた。あまりにも似合い過ぎて、ブーツがボクシングのリングシューズにしか見えなかった。


 私は可憐でか弱い、守ってあげたくなる女性ということを無言の前提としていたため、しまったと思った。屈強な体躯たいくを誇る彼女は、私をお姫様抱っこできそうなほどたくましかったのだ。


 「凛としている」は、静かなたたずまいという意味で、決して侍的雰囲気をかもし出して、周りを威圧しているという意味ではない。彼女はきっと、道行く先で、己にいやらしい視線を手向ける男性どもをばったばったとなぎ倒して、縦横無尽の活躍をしているに違いない。だが、きっとそれはいやらしい視線ではなく、運慶・快慶の力作に魅了させれるような視線であったろうと、いわれなき理由でなぎ倒されている男性の成仏を祈願するものである。


 「先生は理想が高すぎるんだ。『この世は分相応』と言っているんだから、恋人もまた分相応であるべきだ」

 「今の私の理想が不相応というなら、分相応になるまで私が伸びればよい。貴君の考えは、いつも自分の努力という視点が欠けている」

 「でもま、清介の言うことも一理あると思うね。そんな完全無欠の子はいないし、万が一いたなら男たちがほっておかないよ。その競争に打ち勝つ魅力は、僕らにはない」


 私は万年筆を取り、宙で振った。途端に、部屋の温度が急激に下がった。

 「すこし頭を冷やすが良い。性欲に負けて己を見失うなど恥ずべきことだ」


 「なにを!一番、己を見失ってるのは先生だ!寒いよう。戻してくれ」

 「そうだ!たまには外に出て、世間を学べ!」

 史郎は四十路なにがしという卑猥図書を固く握っている。どうやら気温の変化は効いていないようだ。


 対して清介は依り代である日本刀を持っていない。彼の魔法の依り代は、厳格かつ緻密なる法の運用によって、家に保管されているからだ。この場で魔法を使えないというのは、紛争地域に全裸で飛びこむようなものだった。


 「口が減らないやつだ。これでもくらうがよい」

 私は2人の顔へ向けて万年筆をし、クイッと下に下げた。するとどうだろう。清介のアゴに生えた無精ひげの20本程度がぷちぷちと音を立てて引き抜かれていった。顔をこぎれいに手入れしている史郎も例外ではなかった、ただし、彼は右側のもみあげから抜けていいった。

 「痛い痛い!もみあげはだめだろう」

 「トレードマークのひげが!!」


 ただでさえ男三人が身を寄せ合っている惨状であったが、私の魔法によって、部屋はさらなる阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わっていた。なんと無益な争いだろう。

 「こうして俺らのモラトリアムは、無益で何も残さずに過ぎていくのか…」

 清介は、部屋の中で無残に引き抜かれた自分のひげを見ながら、つぶやいた。


 「諸君、そんなことはない。朗報だ」


 私が万年筆を指先でくるくる回すと、テーブルの上のマグカップがこぽこぽ音をたてた。熱いコーヒーを煎れてあげ、私はおごそかに言った。


 「私は、ついに召喚魔法を成功させた」



―――


 召喚魔法。それは究極の魔法の一つである。

 私がいかにして新しい魔法を得ているかは、後に語るときがくるだろう。魔法獲得の詳細についてはその機会に譲るとして、この召喚魔法は私がかねてより研究してきた魔法であった。だが、その存在は予想されつつも、実現を証明した魔法使いは未だかつていない。


 伝説上のリヴァイアサンやバハムート、八咫烏やたがらすなどを魔法陣で呼び寄せ、目の前の敵を粉骨砕身する。そんなイメージで諸賢にもおなじみではないだろうか。


 もし、目の前の男性がおもむろにこんな生物たちを、ハーメルンの笛吹き野郎みたいなノリで呼び出し、しかもそれを手懐てなずけていたらどうだろう。その男性はどんな屈強な男性よりも力強く、向かうところ敵なしである。

 私の場合、もとより敵なしである。向かうところ敵なしではあるのだが、どこへ向かっているのかは本人すら分からないという諸刃もろはの剣という欠点があったとしても、黒髪乙女が私を見初めることは間違いない。


 そう信じて一心不乱に取り組んできたのが、この「召喚魔法」であった。


 「おぉ!すごいぞ、さすが先生!」

 「僕にも教えろ、薫!!」


 二人が賞賛のことばを浴びせてくるので私は多少、照れくさくなった。

 「まだ制約も多いが、ほぼ百発百中で成功するようになった。諸君らが世間に浮かれず、居留守を優しく見守り、私を見捨てないでいてくれたからだ。感謝する」


 「薫、どこかで召喚してみせろよ!最前線で大帝たちと戦えるぞ、間違いなく!」

 「うぉおぉ!!さすが先生だ!!」

 狂喜乱舞する彼らをみて、私は嬉しくなった。


 「貴君らにはおおきな感謝もあるのだから、まずはじめにお披露目ひろめしたいと思っていた。では、召喚してみせよう」


 「薫、待て待て!!こんなところで召喚したらアパートが壊れてしまう!もっと広い所で召喚しないと!!」

 「フェニックスか、ドラゴンか!?先生、もちろん言うこと聞かせられるんだろうな!?」

 「2人とも浮き足立ち過ぎだ。私がついている、何も心配ない。それではこれより召喚する。とくとご覧あれ!」


 私は万年筆を、両手の親指にかけ、床を見つめ、イメージの中で魔法陣を描いた。そのイメージは私の視界にのみ現れ、青白い光を放ち始めた。「場」はできた。それから心の中で念じる。

 「なんじ、今すぐ我のもとへその姿を示せ!」

 私が言の葉を発すと、魔法陣が部屋の中へ一瞬だけ現れ、強力な閃光を放つと同時に消滅した。清介と史郎は固唾かたずを飲んで見守っている。

 次の瞬間、国営放送の集金人が姿を現し、私から3ヵ月分の放送料金を半強制的に徴収して、彼は帰って行った。

 

 「以上である、諸君ありがとう」





 私は部屋に一人である。清介と史郎は激怒げきどして帰っていった。それはもう風林火山といったおもむきいかりっぷりで、書き出し冒頭から読者置き去りで激怒しているメロスの如し。お土産にと持ってきていたミスタードーナツまで持って帰るほどの荒れようであった。私には彼らが怒る理由が分からぬ。


 はなはだ理不尽である。二人とも、私が召喚によってバハムートのようなドラゴン、幻獣、はたまた悪魔的なものを呼び出すと思っていたようだ。しかし、そもそも呼び寄せる魔法が「召喚魔法」であり、そのような幻獣たちが実在するかどうかというのは全く別問題だ。

 実在するかどうか定かでないものを召喚できるのなら、わざわざ猛り狂う獣など召喚できるならば、私は同じ実在が確認できていない私だけの黒髪清楚乙女を召喚している。


 初めて成功したときに、この魔法が私の期待を裏切らなかったか、と聞かれれば大きく裏切られた。

 私はてっきり、目もくらむほどの美少女が現れると、根拠のない確信をもって召喚に取り組んでいたのだ。しかし、この召喚魔法はいまだ成功した者はおらず、なかば伝説のたぐいであった。

 私は「美少女の出現」という唯一のモチベーションをもとに、昼夜問わず、試行錯誤してもがき苦しんだ。そもそもドラゴンなぞ呼んでも、私のスイート生活には何ら資するところはないため、最初はなから眼中になかった。それゆえに、部屋で召喚を試すにあたっては、何のためらいもなかった。


 しかし、一向に魔法は成功しない。魔法陣は出るものの、何も現れはしなかった。いくど試したかはわからない。魔法の成否プロセスには、魔法陣の描き方や所作に加え、心の動きも必要になるからだ。特に、「心の動き」というものが大変に難しく、そもそも純粋な下心から美少女を召喚せんと取り組んでいるだけに、色欲の念は私の心を、バターになるんじゃないかというくらいかき回した。

 

 やがて精も根も尽き果てようとしていたとき、初めて召喚に成功した。そのときは目的も主旨もわからないおっさんが姿を現し、目の前の私に驚きながらも我が部屋を出て帰っていった。あるときは子供がわけもわからず現れたので、部屋にあったクッキーを分け与え、見覚えがあるという公園を探して歩いて回った。あやうく誘拐犯になるところであった。


 以降も召喚成功の精度が上がるにつれて、「私ミーツおっさん」の回数も比例的に増えていった。実は、召喚で出てきたのは男だけではない。時にはうら若き女性もいたのだが、ほぼ全員が迷惑極まりないという不機嫌な顔で私の部屋を後にしていった。恋の予感などは微塵みじんもなかったことを付記しておく。

 一度だけ、セクシャルな魅力満載の女性が出現したが、その方向の職業であったらしく、当然の流れとして対価を要求された。このときばかりは、「私がようやく完成しようとしている魔法も、電話と役割りが大して変わらない」と、心が折れかけた。


 私は確かに召喚魔法を確立した。ただ、その魔法の真の姿が、ほんの少しだけ、イメージと乖離かいりしていただけなのだ。私は一人の部屋でつぶやいた。


それにしても国営放送の集金人は、久々に強力な召喚者であった。六畳一間に鎮座したテレビによって、言い訳ご無用!とばかりに私のかけなしの財産は徴収されていった。まさしく夏目漱石が、我が財布からイリュージョンを見せつけた結果となった。電光石火の集金、これぞプロフェッショナル。


 「私は間違っていない。間違っているとすれば、それはすべて私以外のものたちだ」


 部屋には、かすかな甘いドーナツの香りが漂っていた。


 

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