決意 1−8
海斗が飛び出してから一時間以上が経過した。
最初は海斗や奴らの唸り声が聞こえたのだが、今は声どころか物音一つ感じない。言葉通り、奴らを引きつけることに成功したのだろうか。もしそうならどうして戻ってこない。
「……」
心の中ではその訳を理解していたが、どうしても自分の目で確認するまでは認めたくなかった。
海斗……。
俺は勇気を出して慎重に外の様子を確認する。
あたりは家具が散乱し騒然とした状態だったが、海斗も奴らのそこにはいなかった。
しかし、床には真新しい血痕。それは部屋を出て廊下へと続いていた。
「……海斗」
思いたくはないが、最悪の状態を覚悟しながら血痕のあとを辿る。
血痕は廊下を出て隣の部屋へと続いていた。
「……」
果たして今の自分は呼吸が出来ているのだろうか、それすらも分からない状態のまま、俺は隣の部屋へと足を踏み込んだ。そして見てしまった。目を背けたくなるような光景も目の当たりにしてしまった。
「…………ハァ…………ハァ」
「海斗ッ!」
そこには大量の血を流しながら倒れる海斗の姿が。
俺は慌てて駆け寄り海斗の体を起こす。
「海斗! 海斗! しっかりしろ!」
海斗の意識はなく、俺が大声で語りかけても反応はない。
「海斗! 海斗!」
「………ユウタカ?」
何度か語りかけ、海斗はゆっくり目を開ける。
「………ケガワナイカ?」
「海斗! 海斗!」
どうして、どうして、こんな状況でも俺の心配を……。
「………ヨカッタ ケガハナサソウダナ」
「俺なんかより海斗が!!」
怪我という一言で片付けることは出来ないほどに海斗は重症。体からは大量の汗を流し、顔は真っ青。俺一人で助けられる状態ではなかった。
「海斗! 海斗! しっかりしろ!」
「………ニゲロ」
「え、なに!?」
「……ニゲロ」
海斗がなにかを言っているが、涙で顔を濡らし、気が動転している俺には聞き取ることが出来なかった。
「え!?」
気がつくと、海斗に押し飛ばされ後ろの洋服棚に頭をぶつける。
「海斗、なにを——」
なにをするんだよ。そう言おうとしたのだが、目の前の光景に言葉を失ってしまう。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
目の前にはあの化物。
海斗はそのことを伝えるため口を開いていたのだった。だが、俺が気ついていないと判断し、こうして押し飛ばした。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
「……く、くるな……」
奴は、確実にこちらへと近づいていた。
だ、だめだ……。腰が抜けて立ち上がれない……。
一歩、また一歩と奴は俺との距離を詰める。そして、壁に追い詰められた俺に逃げ場を失ってしまう。
「くるな! 消えろ!」
大声で叫ぶも意味はなく、奴は目の前の人間を襲うことしか考えていない。俺を殺すことしか考えていないのだ。そんな相手に腰を抜かした状態ではどうすることも出来なかった。
くそッ……。
目を閉じ、奴に殺されることを覚悟したが、一向に襲われる気配はない。
一体どうなって……。
恐る恐る目を開けるとそこには奴の姿はなく海斗と共に部屋の隅に倒れていた。
「海斗!」
俺が襲われる寸前、海斗が勢いよく奴に体当たりし、そのまま部屋の隅へと倒れ込んだのであった。その際、奴は腕を負傷したのか、上手く起き上がることが出来ないでいる。だが、それは海斗も同じで、既に起き上がる体力など残っていなかった。
「海斗!」
急いで海斗の下へ駆け寄り体を仰向けにする。
「海斗! 海斗! 大丈夫か!?」
「……逃げろ」
今度ははっきりと分かるように海斗の言葉が耳に飛び込む。
「逃げろ……」
血で染まった手で俺の腕を掴み、早く逃げるようにと言葉を絞り出す海斗だったが、そんなことを素直に受け入れられる訳ない。俺は涙を流しながら首を激しく横に振る。
「海斗も一緒にくるんだ!」
「……俺はもう無理だ……、グッ……」
無理して喋ったせいか、口から真っ黒な血を吐き出す海斗。
「海斗!」
「は、はやくいけ……」
「でも!」
置いていける訳がない。
多くの人を犠牲にし、母さんを犠牲にし、今度は海斗まで犠牲にしようとしている。
俺は……、守られているばかりじゃないか……。
右手に力がこもり、やり場のない怒りを床へとぶつける。
くそ! くそ! どうしてだよ! 守るんじゃなったのかよ!
何度も、何度も、自分の不甲斐なさを悔やみ床へと当たるが、それで母さんや海斗が戻ってくる訳ではない。
「……裕太、聞け」
最後の言葉だと、海斗は震える腕を懸命に持ち上げながら俺の頬に触れる。
「——生きろ。そして俺達の夢を頼む……」
「海斗!? 海斗!?」
最後の一言を絞り出した瞬間、海斗の腕は重力に吸い寄せられるように床へと崩れ落ちた。
「海斗!? 海斗ッ!?」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
倒れていた化物が唸り声を上げながら起き上がる。そして、そのままの勢いでこちらへと迫ってきた。だが、既に俺には化物など見えていない。今俺の目の前に映るのは母さんと海斗の姿だった。
『絶対に生きて!』
『——生きろ』
「……クッ!」
母さんや海斗の言葉通り、俺は生き残るために、奴らを倒すために、今は逃げ出すことを選択する。
二人の犠牲を無駄にしないためにも。
「俺が絶対に助けるからな」
そっと海斗の体を床に置き、羽織っていた上着を体にかけ、俺は生き残るため駆け出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
家を出るため玄関にたどり着くと、そこも海斗が倒れていた部屋同様、悲惨な状態となっていた。
「……か、母さん?」
疑うように声をかけてしまう裕太。
そこには左腕を削がれ、顔の一部を破壊された無残な人の姿が。あまりにも変わり果てた姿に自分の親だと一瞬判断が出来なかったのだ。
「……」
変わり果てた姿になりながらも、右腕を地下室の方へと伸ばしている。多分、奴らを行かせないため命を張って戦ってくれたのだろう。
「……ごめん、……母さんごめん」
既に冷たくなった母さんの体に手を触れ、涙を流しながら想いを伝える。
俺を拾ってくれてありがとう。俺をここまで育ててくれてありがとうと。
「俺を……、俺を……」
声は震え、視界は涙で霞み、まともに喋れているのか分からないが、俺は溢れる想いを必死に堪え、最後の一言を、冷たくなった母さんへと伝える。
「——俺を家族にしてくれてありがとう」
そう一言伝え、俺は家を飛び出したのだが、つい背を向けるように立ち止まってしまう。
『いい、ここが私達の家よ』
『海斗ってんだ、よろしく』
『こら二人とも喧嘩しないの』
『だって海斗が』
『だって裕太が』
『仲良くしなさい。兄弟なんだから』
『兄弟?』
『そう、兄弟よ』
『俺が兄貴だけど』
『兄弟……』
『裕太、私たちは——家族よ』
「ああああああああああああ!」
この家で過ごした日々を思い出し、胸が苦しくなった俺は行き先など考えずに走り出した。
助けを求める声を無視し、奴らに捕まることのないスピードで走り去る。
俺に、俺にもっと力があれば……。
走っている最中何度も転び、その度に自分の非力さ、無力さを感じながら、俺は絶望的な世界を駆けた。逃げ続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます