決意 1−6

「二人共、大丈夫!?」

「ああ!」

「だ、大丈夫……」


奴らが群がる場所を避けるように走り続け、家までの距離はあと五十メートル。

予想通り、奴らは足が遅く、こちらに気がつく前に走り抜けているので捕まることはなかった。


こ、これなら……。


「あと少しよ、頑張って!」


母さんがこちらを振り向き俺と海斗を鼓舞する。


「俺は大丈夫!」


海斗の表情からは先ほどのような苦い表情は消え、言葉通り余裕で残りも走りきる勢いだった。

対して俺の方は——。


「ハァ……ハァ……」


決して体力が無いわけではない。むしろ自身がある方なのだが、顔からは大量の汗を流し、呼吸は乱れ、立っているのがやっとだった。

多分、ここまで疲弊している原因は極度の緊張だろう。一歩誤れば命を落とす。その極限状態が俺の体力をいつも以上に奪っていたのだ。


や、やばい……。


既に限界は超え、このまま家まで走りきれる自身がない。


「おい、裕太!」


海斗が俺の名前を呼んだ時にはもう遅く、足がもつれてそのまま転んでしまった。当然、俺が転んだことで立ち止まってしまう海斗と母さん。このままのペースで走り続けていたら、奴らに追いつかれることはなく家まで辿り着いたのだが、転んでしまったことで距離が一気に縮まってしまう。


「裕太!」


母さんは慌てて俺を背負う。


「海斗行くよ!」

「分かった!」


再び走り続ける海斗と母さん。


「ごめん! ごめん!」

「大丈夫、お母さんが絶対守るから」


言葉通り、俺を背負った状態で母さんと海斗はドアの前までやってくる。あとは鍵を開けて、地下に避難するのみだった。


「母さん! 奴らがきたよ!」

「分かってる!」


しかし、俺が転んだせいで奴らとの距離が縮まり、すぐそこまで迫っていた。


「早く! 早く!」


海斗が家の前で奴らの動向を確認しつつ急ぐようにと伝えるが、裕太を背負いながら走った母さんも体力の限界を迎えていた。そのため、手が震え、上手く鍵を入れることが出来ない。


「母さん! 急いで!」

「——あ、開いたわ! 二人とも急いで!」


母さんがドアを開け、家のなかに入るよう指示を出す。

俺、海斗という順番で家のなかへと入り、あとは母さんのみ。しかし、ドアの前まで奴らが近づいていた。


やばい、このままだとドアを閉めてもすぐに……。


あの量の化物達が一度にぶつかれば、たちまちドアは壊れ、地下室に逃げることは出来なくなってしまう。


「母さん早く!!」


海斗が激を飛ばすも、母さんはその場に立ち止まりなにかを考えていた。いや、なにかを覚悟していた。


「二人ともいい?」


急いで家のなかに入り、母さんはドアを背中で押さえながら俺と海斗の顔見据える。

その表情には迷いや後悔もなく、ただ二人に生き延びて欲しいという気持ちだけしかなかった。


「母さん早く!」

「海斗聞いて」


急いで地下室に向かおうと提案する海斗の言葉を遮り、母さんは話を続ける。


俺達と最後の会話を。


「いい、ここからは二人で行くのよ」


母さんは覚悟していた。自分が犠牲になって俺と海斗の逃げる時間を作ることを。


「……」

「はあ、な、なに言ってんだよ!?」


本心では母さんが言っていることを理解しているつもりだったが、それを否定するためにも俺は大声を出す。その間、海斗は全てを理解したように、唇を噛みしめ下を向いていた。


「海斗、裕太、聞いて。このままだと奴らがこのドアを壊してなかに入ってくるの」

「だから地下室に逃げるんだろ!」

「そうよ。でも、ここで誰かがドアを抑えていないと、地下室に逃げる前に奴らに殺される」


だから母さんが少しでも時間を稼ぐと、俺と海斗に生きて欲しいと、言葉を続ける。


「そんなの嫌だよ! 俺達三人で生き残るんだ!」


海斗からも説得して欲しいと視線を送るが、今も下を向き、必死に涙を堪えていた。


「裕太……」


早く行こうと言っているのだが、母さんは首をゆっくり横に振る。


「どうして……」

「いい、こんな世界でも助け合えば生きていける。こんな世界だから——」

「そんなこといいから早く!」


聞いてしまったら本当に母さんとはお別れになってしまうと判断した俺は、大声で話を遮り、強引でも連れて行こうとする。


「裕太、もうやめよう……」


母さんを引っ張る手を、海斗がそっと掴む。しかし、その手には驚くほど力が込められていたため、つい母さんから手を離してしまう。


「ありがとう、海斗」

「うん……」


海斗は下を向いたまま一度だけ頷く。


どうしてだよ……。


確かに母さんが言っていることは正しい。

このままだと三人共奴らに殺されてしまう。それでも、それが分かっていても、置き去りになんて出来なかった。


「私達は家族よ。それはどんなことがあっても変わらない。たとえ、お母さんが側にいなくても私達は繋がってる。絶対に一人じゃない」


母さんは話を続ける。


「海斗、裕太こっちにおいで」


俺と海斗は言われた通り、母さんの下へと歩み寄る。その瞬間——、


「絶対に生きて! 二人で生き延びなさい! お願いよ! 絶対……絶対に……。お母さんが見守ってるから。だから…………生きて!」


最後の抱擁はとても力強く、これから出来ない分を補うように、優しく、そして長く、母さんは俺達を抱きしめた。


「二人とも、私をお母さんにしてくれてありがとう……」


その言葉を最後に、俺と海斗は母さんから離れ、地下室へと向かった。



「裕太、ごめんね……」



最後に母さんがなにかを言っているようだったが、俺の耳に届くことはなかった。

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