決意 1−5

「裕太、裕太起きろ!」

「……かい、と……?」


俺は海斗に起こされ目を覚ました。


「大丈夫か、怪我はないか?」

「俺は大丈夫、それより……」


実際怪我はなく、気を失っていただけの俺は体を起こして絶望する。


「な、なんだよこれ…………」


飛び込んできた光景に、俺はまだ夢を見ているのではないかと錯覚してしまう。

オレンジ色に染まっていたはずの空は絶望的な色へと変わり、建物からは炎と黒煙、逃げ惑う人々の悲鳴や叫び。俺はこの光景を知っている。


——三年前、あの惨劇と全く同じ光景だった。


「おい、裕太大丈夫か!?」


目の前の光景に絶望していた俺を海斗が呼び戻す。


「海斗、これって……」

「間いえない。三年前と同じだ」


三年前、多くの人間が命を落としたあの惨劇。


海斗は冷静に状況を判断し、俺の言葉に答えた。


またあの惨劇を繰り返そうというのか……。


『行かないで!』

『誰かあああ!』

『助けてくれええええ!』


目を閉じると脳裏を過るあの忌まわしき記憶。

人々が化物達に殺され、命を落とす。このままではまた多くの人が犠牲になってしまう。


なんでまた……。


「裕太、あれ!」


隣に立っていた海斗が、大きな声を上げながら煙が最も上がっているところを指差す。


「……」


そこには不気味に白いローブを被った人影が。

一体どんな方法を使っているのかは分からないが、その人影は空中に浮いていた。


「うそだろ……」


一目見た瞬間、あいつが普通の人間ではないことを、あいつが全ての元凶であることが分かってしまった。

今も不気味に浮く人影を睨んでいると、男とも女とも判断つかない声が街全体に響き渡る。


「ワタシノナハ マクシラ コレヨリニンゲンタチヲシハイスル」


一言だけ告げ、マクシラと名乗る人影は一瞬にして姿を消す。そのあと先ほどと同じように雷鳴のような轟音が至るところから聞こえてきた。


「海斗ッ!」

「分かってる!」


海斗も険しい顔をしながら、マクシラと名乗った奴の言葉を思い出している。

やはり俺と同じように、これが三年前より深刻な状態を示していることは分かっているのだろう。


「とにかく急いで家に戻るぞ! 母さんが心配だ」

「分かった!」


提案通り、俺と海斗は急いで戻ることにした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「誰か、救急車を呼んでくれ!」

「来るな化物!」


駆け足で家に戻る最中、助けを求める声や、化物達に襲われる人達の叫びが耳に飛び込んできたが、俺と海斗はまず母さんを助けるため、周りを見捨てて走り続けていた。


くそ、ごめん……。


「裕太、今は我慢だ!」

「……分かってる!」


考えが伝わっているのか、俺の少し前を走る海斗が背を向けたまま強く答える。きっと、海斗も周りの人達を助けたいと思っているのに違いない。


「海斗!」

「なんだ!?」

「俺は、あいつらを絶対に許さない!」

「当たり前だ! 母さんを安全な場所に避難させたらみんなを助けるぞ!」

「分かった!」


まずは母さんを助けることを第一に、俺と海斗は走り続けて家の近くまでやってきた。


そんな……。


予想通り近所も悲惨な状態。

至るところから炎が上がり、よく足を運んでいたコンビニも倒壊。まるで別の世界にやってきたような錯覚すら覚えてしまう。


「海斗君!」


俺と海斗が変わり果てた光景に絶望していると、大きな荷物を背負った女の人が声をかけてきた。

その正体は隣の家のおばさんで、この街にやってきてからはなにかとお世話になっている。


「あんたたち無事だったのね!」


そんなおばさんが、血相変えて俺と海斗の下までやってきたのだ。


「おばさん、母さんは?」

「あんたたちが帰ってくるかもしれないって、家の近くで待ってるよ!」


どうやら母さんは無事らしい。


無事を確認した途端、少しだけ肩の力が抜けた気がする。しかし、そんな安心を壊すかのように、おばさんが口を開く。


「家の近くにあいつらが出たらしいのよ!」

「え…………」


俺の安心は一瞬にして崩れさった。


奴らが家の近くに……。


「海斗!」

「ああ、行くぞ!」

「ちょっとあなた達!」


おばさんの制止など耳を向けず、俺と海斗はすぐ近くの家まで急いだ。


母さん、母さん……。


最初の方は、こう呼ぶことには慣れずかなり苦労したのだが、母さんの優しさ、愛情を一身に受け俺達は家族になれた。全てを諦めていた俺を母さんが抱きしめてくれた。


今度は俺が助ける番だ!


そう心に誓い、俺と海斗は家の近くまでやってくる。


「海斗! 裕太!」


俺と海斗が見つける前に、母さんがこちらに気がつき駆け寄ってくる。そして、そのまま俺達を大事そうに包み込む。相変わらず包み込む力は強いがそれが何故だか安心する。


「二人とも怪我はない!?」

「俺達は大丈夫、それより母さんは?」


海斗が母さんの言葉に答える。


「お母さんは大丈夫。それよりも本当に無事でよかった!」


そういうと、母さんはもう一度俺と海斗を力強く抱きしめた。


「母さん、今は逃げよう」


ここでも冷静な海斗は、母さんを安全な場所へと避難させようとしている。


「行こう、母さん」


それは俺も賛成だったので、母さんの手を取り走り出す準備を始める。

幸い、周りにいるのはあの時と同じような奴らばかりなので、走れば簡単に逃げ切れるだろう。あとは安全な場所を探すのみ。


「あっちに行っては駄目よ」


ここまでくる途中の道は奴らで溢れ返っているため、違う方向へと逃げようとしたのだが、それを母さんが止める。


「どうしてだよ」


今も奴らは近くにいる。だから止まっている場合ではないと母さんに伝えるのだが、俺の手を握り、引き止められてしまう。


「あっちも危険よ、もうあいつらで溢れ返っている」

「そんな……」


しかし、来た道も既に奴らで溢れ返っているので、引き返すわけにもいかない。

俺達は行く手を遮られてしまった。


くそ、どうすれば……。


隣の海斗を見ても、退路を断たれ苦い顔を浮かべていた。


このままじゃ……。


最悪の状態を想像してしまい、強烈な吐き気が込み上げる。


「裕太、大丈夫!?」


慌てて母さんが俺の背中をさするも我慢をすることが出来ず、学校で食べた昼食を吐き出してしまう。


「ハァ……ハァ……」

「大丈夫!?」

「ごめん、大丈夫だから」


もう大丈夫と言いながら、俺はもう一度立ち上がって辺り見渡す。

乗り捨てられた車からは場違いな洋楽が流れ、その周辺を飼い主とはぐれたであろう犬が寂しそうに鳴いている。みんな自分が生き延びることで精一杯だった。


このままだと本当に俺達は……。


俯いていると、母さんも俺の頭を撫でながら立ち上がる。


「海斗、裕太、走る準備は出来ているわね」


母さんが真面目な表情で俺と海斗に訪ねてきた。


「もちろん」

「お、俺だって!」


海斗に遅れて俺も走れる準備が出来ていることを母さんに伝える。


母さんは一体なにを……。


俺には訳が分からなかった。


「いい、今から家まで走るわよ」

「家まで!?」


突然の発言に驚き、思わず大きな声を上げてしまう。


「絶対に立ち止まったら駄目よ」

「でも母さん……」


ここから家までの距離は二百メートルもないのだが、辿り着くまでには奴らのなかに飛び込まなくてはいけない。それがどれほど危険なものかは大人である母さんなら分かっているはず。だが、それでも行こうとしている。生き残るために。俺達を助けるために。


「家の地下室に隠れてあいつらが消えるまで待つのよ」


それが唯一生き残る方法だと母さんは言う。


「分かった」


引き返したところで奴らからは逃げることは出来ない。

海斗は覚悟を決め、前だけを見据える。生き残るために。奴らを倒すために。

当然、海斗も俺と同じ子供。この状況が怖くない訳ないないのだが、気丈した態度を振る舞い続けている。


「裕太、本当に大丈夫?」


気丈に振舞う海斗とは対照的に一度は大丈夫と答えたが、いざ行うとなるとやはり恐怖が先行してしまう。もし失敗したら、もし誰かが奴らに捕まったら、考えつくのは最悪の結果のみ。


「大丈夫よ、お母さんが必ず守るから」


足がすくんで動かない俺を、母さんが優しく抱きしめる。


「裕太は前だけ見て走り続けなさい。大丈夫。お母さんを信じて」

「俺も裕太を守るぜ」

「……」


二人の言葉を聞き、自分がやろうとしていたことを思い出す。


そうだ、俺は奴らと戦うって決めたんだ! こんなところで怖気付いている場合じゃない!

「————俺も母さんと海斗を守るよ」


怖いが覚悟を決め、奴らのなかに飛び込む決意をした。


「二人共、お母さんから絶対離れちゃ駄目よ」

「分かった」

「うん」


俺達は覚悟を決め、母さん、俺、海斗という順番で奴らのなかに飛び込んでいった。

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