決意 1−4
天災、悪魔の使いなどと騒ぎ立てられた化物達は、一日足らずで人口の三割を殺しつくし、忽然と姿を消した。そして、俺は一ノ瀬裕太として助けてもらった女の人の下で、一つ上の兄、海斗と一緒に暮らすようになったのだ。
もう三年経つのか……。
あれからあの化物達が現れることは一度もなかった。
一体奴ら何者で、どこから来たのだろうか。何故、あんなにも人間を襲ったのだろうか。分からない。子供の俺がいくら考えても答えが出るはずもなかった。
俺はクラスを見渡す。
こいつらのなかには、親や友達を奴らに殺された人もいるに違いない。
もしかしたら、あの悲鳴や叫びの中にいたのではないだろうか。考えるだけで胸が握り潰されたように苦しくなった。
クソッ……。
自然と鉛筆を持つ手に力が入ってしまう。
このままじゃ駄目だ……。
三年もの月日が経つと、あの惨劇を話すような人が少なくなる。子供なら尚更だ。
しかし、俺は考えてしまう。こうして過去のことにしてしまって良いのだろうかと。
確かにノートを取って勉強することも大事だ。だが、それよりも奴らへの対策を考える方が大切なのではと考えていた。
「一ノ瀬君、ちゃんとノートは取っていますか?」
立川先生に注意されるも、考えは変わらない。
「一ノ瀬君」
「先生、俺達こんなことしてていいんですか? もし、また奴らが襲ってきたら!」
「——襲ってくる訳ないじゃん」
立川先生に声を荒げていると、近くに座っていた木村という男子が鼻で笑いながら横槍を入れてくる。
「なんでそう言い切れるんだよ」
頭にきた俺は、横槍を入れた木村の前に立ち、睨め付けるように相手を威嚇する。
木村も俺の行為に腹が立ったのか、自分の席から立ち上がりこちらを睨み返してきた。
「父さんが言ってたぜ、あんなの何千年に一度あるかないかだろうってな」
「どうしてそんなことが言い切れるんだよ!」
「俺の父さんはテレビ局で働いてるからな、あの出来事の話は色々と聞かされてるんだよ」
「そんな適当な情報信じるのかよ」
あの惨劇については色々なメディアで取り上げられていたが、どれもいい加減な情報ばかり。
「あ、お前、もしかして怖いの?」
「んだとお!」
俺は勢い余って木村の胸ぐらを掴んでしまう。それを合図に木村もこちらの胸ぐらを掴み返し、一触即発の状態。
「木村負けるなー」
「やっちまえ!」
周りはこの状況を楽しんでいた。
「ストップ! そこまでです!」
そんななか、立川先生だけが冷静に俺と木村の間に割って入ってきたので、仕方なく掴んでいた手を離す。しかし、お互い相手を睨みつけることは続けている。そんな様子に、立川先生は大きなため息を吐きながらこちらに振り浮いた。
「一ノ瀬君、いきなり相手を掴んじゃ駄目ですよ」
「だってあいつが」
あの惨劇を笑い話にしようとしていたからと、立川先生に伝える。
「いいですか、確かに三年前、私達は大変な被害を受けました。しかし、こうして一歩ずつ前に進んでいます。今は後ろを振り向くのではなく前に進みましょう」
「そうだよ、あんな出来事あと何年か経てば完全に忘れちまうよ」
「木村君!」
さすがに不謹慎ですと立川先生は木村に注意する。
忘れる? あの惨劇を……?
『行かないで!』
『誰かあああ!』
『助けてくれええええ!』
今でも鮮明に覚えている。家や建物は倒壊、無造作に乗り捨てられた車、あちこちから炎と黒煙が上がり、空は見たこともない絶望的な色へと変わった世界。
あれを忘れるだって……。
気がつくと、俺は木村を殴っていた。
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「それはお前が悪い」
「だってさ、あいつが……」
学校からの帰り道、夕日が沈みかける中を兄の海斗と一緒に歩いて家に帰っていた。
結局、あのあと木村とは殴り合いの喧嘩になり、クラス内が騒ぎになった。当然、最初に手を出した俺は、立川先生にこっぴどく叱られる始末。
「手を出したのはお前からだろ?」
「まあ、そうだけど……」
「だったらお前が悪いよ」
海斗や立川先生が言っていることは確かに正しいと思うが、俺にはどうしても許せなかった。
「海斗はあの惨劇を忘れたり出来るか?」
「まあ、正確には覚えてはいられないだろうな」
「か、海斗もあいつらと同じこと言うのか!?」
予想もしていなかった返事に、つい当たるような態度をとってしまう。
だが、海斗は至って冷静に俺の言葉に答えていく。
「お前だって、あの時のこと全てをそのまんま覚えている訳じゃないだろ?」
「それは……」
木村と話している時は鮮明に覚えていると思っていたが、海斗の言う通り、全てをそのまんま覚えている訳ではない。しかし、あの悲鳴や叫びは絶対に忘れないと、海斗の目をまっすぐ見て答える。
「俺だって忘れないさ」
「だったらどうして、あいつらと同じようなこと言うんだよ」
「前に進まないとあいつらには勝てない」
俺には全く意味が分からなかった。
「俺はあの化け物達許さない。あいつらに殺された人達を忘れない。それじゃ駄目か?」
普段は冷静で優しい海斗だが、たまに恐ろしいほど怖い一面を見せる時がある。
今まさにその状態。
この状態の海斗にはなにも言い返すことが出来ない。昔何度か言い返したら酷い地獄をみた。
「俺さ、大きくなったらあの化物達と戦える組織を作ろうと思ってるんだ」
「組織?」
「ああ、もう二度とあんな悲劇は繰り返さないために、みんなを守るために」
拳を強く握りしめ、熱い思いを語る海斗。
こんな海斗を俺は初めてみた。
奴らと戦う組織……。
俺も、海斗と同じようにあの惨劇を防ぎたいと思っていた。
「——俺も手伝う。俺も海斗の夢に協力するよ」
「ああ、お前がいればなんだって出来る気がするよ」
一緒にあの化物達を倒そうと、海斗が俺に手を差し伸べてきた。
勿論、差し出された手を躊躇うことなく強く握り、海斗がやろうとしている計画に協力する意思を示す。
そうだよ、無いなら俺達で作ればいいんだ。奴らを、あの化物達を倒す組織を。みんなを守る組織を。
「やろう海斗」
「ああ、勿論だ」
お互いの決意を再確認しあい、再び力強く手を取り合った瞬間——、
空が一瞬強い光に包まれ、遅れて雷鳴のような轟音が街全体を包み込んだ。
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