おまけ3 その前のエルフさん(ツイッターより転載)



 う……

 うう……すみません渡辺先輩……


 はっ!?


 夢だったか……

 夢でまで私を叱る先輩の執拗さよ……


 と、え? ここ、どこ?


 和室?

 でも造りが……室町後期あたりの――じゃなくて、どう考えてもこれ私の部屋じゃないよ?


 おっかしいな。

 昨日はお酒なんて飲まなかったのに。



「ここ、どこだろ?」



 ……なに、いまの声?



「――って、えーっ!?」



 私の、私の体がっ!?


 手ほそっ! 足ほそっ!

 髪長っ!? しかも金髪!? 金髪ロンゲ!?


 しかも、しかもムネーっ!?


 なんだこの状況あさおん!?

 にしてもなんで金髪!? しかもなんで和服!?



「――どうしたんですか、おひいさまっ!?」



 わたわたしてると、甲高い声とともにふすまが開いた。

 すごい勢いで入ってきたのは……知らない幼女。



 幼女? 少女?

 とにかく十歳になるかならないか、くらいの、小袖こそでを纏ったかわいらしい娘だ。



 ……うむ。よい。



「……お姫さま?」



 見知らぬ幼女は怪訝な顔。


「おひいさま」ってなんだ。

 さっきも言ってたけど、もしかして私のことか。



「え、と、きみは……ここは?」



 おずおずと話しかける。

 すると、幼女はまんまるに目を見開いて。



「お姫さま! 気をしっかり保ってください! 旦那様がお倒れになったいま、あなたがしっかりしなくてどうするんですか!?」



 襟首を掴まれて、がくがくと揺さぶられる。



 なんでいきなりこんな目にっ!?

 いったい何が起こってるんだーっ!?







「……わたしの名前はまつです。お姫さまの侍女を務めております」



 しばらくして、幼女は悲壮な表情で自己紹介を始めた。



「私の……」


「はい。お姫さまの名前は真里谷初音まりやつはつね、です」


「まりやつ……上総武田の真里谷とかの?」



 上総かずさ武田氏は甲斐かい武田氏から別れた家で、真里谷はその有力な分家――ってのは、いまはあんまり関係ないか。


 だけど幼女はぷるぷると拳を震わせて、叫ぶように言った。



「まさにその真里谷です! 上総真里谷城主、信勝のぶかつ様こそあなたのお父君ではありませんか!」


「……えーっ!?」



 真里谷信勝は戦国中期の人――それが父親、ってことはここは戦国時代!?

 そういえば屋敷の造りとか服装なんかも時代的に合ってる!

 どどどど、どうしよう!? うわーっ!?



「お姫さま! 落ちついて! しっかりしてください!!」


「う、うん。わかった。落ちついた。落ちつきました。もう大声出さないので抑えつけないでください」



 幼女に取り押さえられて、服従の姿勢を見せる私。


 まあ、あれだ。

 ここで暴れてもいいことなんかない。

 いま私が置かれた状況を的確に把握することこそが肝要なのだ。


 うむ。さすが私だ。

 冷静かつ的確な判断である。

けっして目の前の幼女が怖かったからなんかじゃない。


 今わかってるのは、私が戦国中期の武将、真里谷信勝の娘、初音の体に憑依した? 状態だってこと。

 なんで金髪なんだ。ってのは盛大なツッコミどころだけど、まあ置いといて、正確な年代が知りたい。



「……ところで、まつ。今は何年だったかな?」


「……永正えいしょうの10年ですけれど」



 ……1513年か。やっぱり戦国時代中期。

 関東じゃ永正の乱――関東の権力者を丸ごと巻き込んだ大乱まっさかりか……まあ、上総国はまだマシな状況……まてよ?



「ねえ、まつさん? さっき旦那様に続いて、とか言ってた気がするけど、旦那様って私の旦那様だよ、ね?」



 問いかけると、まつは「そこまで忘れてますか」とため息をついてから。



「はい。お姫さまの旦那様は、平安以来の名家、相模三浦家の当主、三浦荒次郎義意みうらあらじろうよしおき様です」


「みっ、三浦!? ……すみません。叫びませんから無言でスゴまないでください、まつさん」



 相模三浦!?

 三浦荒次郎!?


 まってまって!

 それ北条早雲に一族もろとも滅ぼされる武将の名前っ!

 その夫人!? 巻き込まれる! ぜったい巻き込まれちゃう! 死ぬ、死んでしまうっ!


 ……いや、いまは永正10年。

 三浦が滅びるまであと3年もあるじゃないか。

 新井あらい城に雪隠詰めにされる前なら……3年前ならギリギリかっ!?



「ねえ、まつさん。ここはどこだったかな?」


「新井城です。まったく、伊勢宗瑞いせそうずいの大軍に囲まれてるこんな非常時に……」



 ……伊勢宗瑞=北条早雲。



 はいアウトー!!





◆翌日



「……朝か」



 昨日はパニックになっちゃったなあ。

 まつさんが半泣きになってたけど、私だって泣きたい。


 目が覚めたらなんで女?

 なんで戦国時代? なんで完全に詰み状態?

 理不尽にもほどがあるっ!!


 ……うむ。一晩寝たら落ちついた気がする。


 まあ、あれだ。

 詰んでるっていっても、3年は猶予があるじゃないか。私一人くらいなら逃げられなくもないだろう。たぶん。


 ……実家に帰ったら、また別の家に嫁がされるんだろうか。

 それはそれでイヤだなあ……命には代えられないけど。


 というか今も私、旦那がいるんだよな。

 抱かれなきゃいけないんだろうか……いけないんだろうなあ。


 つーかあれだ。

 三浦荒次郎っていったら「八十五人力の勇士」とか言われてるリアル戦国無双キャラじゃないか。


 しかも死んだ後も首が三年腐らなかったとか怨霊めいた逸話もあったりして、どこを切っても恐ろしいイメージしかない。

 きっと超強面のガチムチマッチョに違いない。しかも年齢的に思春期真っ盛りだ。抱かれない理由がまったく見当たらない。


 やばい。

 明るい未来が全然見えない。


 というか……なぜエルフ!?


 耳、尖ってるしっ! 金髪だしっ!

 鏡がまともじゃないからはっきり分かんないけど、たぶん碧眼だしっ!


 戦国時代だぞ!?

 筋目正しい武家の姫君だぞ!?


 なんでエルフっ!?


 はあ、はあ……ちょっと気持ちが高ぶってしまった。


 いや、本気で意味不明すぎるんですけど。

 なにこれ。私前世でどんな悪業積んでこんな罰ゲーム受けることになったの?


 心当たりはありません。

 ちょっと歴史愛が強すぎるだけのふつうのサラリーマンでした。

 軍師とか名将とかになるのを夢見てた変わった子ども時代だったけど、大人になってからはその妄想を小説に書くだけで我慢してます。


 まあ、エルフは好きだったけど……

 初めての彼女にするとしたら、エルフしかないと心に決めていました。


 結果はごらんのあり様だよ……



「お姫さま、お加減はいかがですか? 食事はどうされます?」



 食べます。







「……昨日はどうなることかと思いましたが、正気を取り戻されたようで、なによりです」



 食事を持ってきて、まつはほっと胸をなでおろす。


 いや、ぜんぜん戻って無いけど。

 ムダに蓄え続けてきた戦国時代の知識が役に立った。

 ちょっと不安だったけど、なんとか普段と変わらないように振る舞えたみたい。


 と、いうわけで食事だ。


 ……うむ。


 知ってたとはいえ……現代の食生活ってすごいんだなあ。

 品ぞろえに不満は無いとはいえ……とくに調味料関係が……


 醤油、欲しいなあ。

 というのはさておき、食事を終えてほっと一息つくと……うむ、この感覚は。


 うん。

 これはしかたがないこと、なんだけど……いいのかなあ。


 正直恥ずかしいというか、犯罪的というか。

 でも行かなきゃこれ、我慢できないよなあ。


 しかたない。勇気を出そう。



「まつさん、トイレに連れてってください」



 ……ふう。


 当たり前だけど、付いてなかった。無くなってた。

 すさまじい喪失感だ。


 男とはいろいろ違うんだなあ。

 危うくこぼしかけました。なにをとは言わないけど。


厠 に行ったその足で、しばらく御殿の中を徘徊してると、いろんな人に声をかけられた。

ち ょっと焦ったけど、ふわっとした返事で、なんとかごまかした。


 知らない人に声をかけられまくるのは、正直私にはハードル高いです。


 というか、みんな私がエルフであることに違和感を覚えてないみたいなんだけど、なんで?


 どう考えてもおかしいだろ。

 異世界でも並行世界でもなさそうな、周り日本人しかいない戦国時代で、私だけエルフとか。誰かツッコめよ。



「カカッ」



 と、ふいに笑い声が聞こえた。


 見ると、廊下の向こうに白頭巾で顔を覆った男が居た。

 声を聞くに、それなりの老齢だろう男は、こちらを一瞥すると、踵を返して居なくなった。



「大殿様」



 まつがつぶやく。


 大殿、ってことは、私の夫である荒次郎の父、三浦道寸みうらどうすんだろう。

 北条早雲最大の敵として有名な武将だ。当主の座は退いたものの、若い荒次郎の後見人として三浦家を守護し続けている、この時代屈指の名将。


 まあ、ここが新井城なら、当然居るよな。

 すごい。生で見ることになるとは思わなかった。







 それから、室に戻っていろいろ考える。

 私の旦那の荒次郎は、数日前から倒れて意識が戻って無いらしい。


 史実だと北条早雲相手に大暴れしてるから、ちゃんと意識は戻るんだろうけど、大丈夫だろうか。


 いや、意識が戻ったら戻ったで、私の貞操の危機なんだけど。


 なんてことをうだうだと考えて、日が暮れた。

 夕食を取ると、就寝……なのだが。


 ……風呂入りたい。


 いや、まあ現状だと贅沢だとはわかってるし、無茶いう気はないけど、せめてお湯で体を拭きたい。

 というわけで、続きの間でウトウトしてたまつさんに頼んで湯を持ってきてもらう。



「お手伝いしましょうか?」



 とまつさんは言うけれど、なにやら背徳感がすごいので遠慮した。

 そういうプレイは慣れてからにしてほしい。


 ……さて。

 そろりと小袖を脱ぎ、裸になる。


 ……細い。

 いろいろ細い。そして白い。なにこれ美しい。


 そして胸……ちょっと薄い?

 でもしっかりおっぱいだ。色薄い。


 これ、布でゴシゴシぬぐってもいい物体なのか?

 血が出たりしないよね?


 そっと指で触れてみる。

 そして指を這わせ――ぞわっとした!?


 やばい。

 ものすごい背徳感だ。

 犯罪犯してる気分。でもいいよね? 今は自分の体だし。すみません元の初音さん、不可抗力ってことで!


 ……ふう。

 勉強になった。


 けど、変だな。

 思ったより興奮しないぞ?


 興奮しないというか、男の時にえっちな動画とかみて「うおーっ」てなる感じがない。

 そのために必要な器官がないからかな?


 ぐっばい。私の未使用のアレ。

 てのはともかく、感情が体に引っ張られる的なアレはヤバイな。うん、ヤバイ。そういう展開は全力で避けていきたい。


 きっと自分のだからダメなんだ。

 まつさんの裸を想像してみよう。


 ……うん。ちょっと興奮してきた。私はまだ大丈夫だ。


 ……ちょっとダメなんじゃないだろうか。

 別の方向でアウトな気もするけど、いまの私は戦国時代のお姫様でエルフなのでセーフです。


 というわけで、さっぱりしたので寝ます。





◆翌日



 おはよー。

 うん。寝たら気が楽になってきた。


 この城には、かの名将、三浦道寸が居る。

 そして私は戦国時代の知識を持っているんだ。それもかなり詳細に。


 これを利用して軍師として戦えば、北条早雲にだって勝てるかもしれないじゃないか!


 これはいける!


 よし、戦略を練ろう!

 敵は北条早雲率いる七千。

 こちらは三浦道寸率いる、せいぜい二千。


 ……あらためて考えてもヤバいな。

 三浦道寸がこの時代の関東屈指の名将なら、早雲は戦国時代通して見ても、屈指の名将だし。


 ええい、こちらには知識ってアドバンテージがある!

 滅亡までの三年間の、状況の推移も知ってるんだ。なんとかなる!


 というわけで、ごはんー。

 と、どうしたのまつさん?



「すみません。八重やえ様が、お見せしたいものがあるので部屋に来てほしい、と」



 八重様って誰?



「まだぼけてるんですか? 八重様は大殿様の御側妾じゃないですか」



 解説ありがとう、まつさん。

 なにを見せたいのか分からないけど、とりあえず八重様の部屋に連れてってくれるかな?


 というわけで到着!



「初音様、お呼び立てして申し訳ありません」


「いや、ぜんぜんです!」



 八重様は三十過ぎくらいの美人さん!

 はかなげで物憂げな表情がまたよいです。おっぱい大きそうだし!



「それで、用というのは」


「かかっ、それはだな――」



 と、ふいに外から声がかかった。

 ふすまが開かれる。「御免」と入ってきたのは、白頭巾をした男――三浦道寸だった。



「用があるのは吾輩なのだ、嫁女殿」


「大殿様」


「うむ。八重、部屋を借りて住まぬが、すこし外してくれぬか?」


「はい。さあ、まつも……」


「あ……は、はいっ」



 あれよあれよと、道寸と一対一に。


 しかしすごい存在感だな三浦道寸。

さすが名高い戦国武将! 歴戦の名将って感じでかっこいいな!



「さて、まずは嫁女殿に尋ねたいことがある」


「な、なんでしょう?」


「日光東照宮、東京、ラジオ、テレビ、平成、携帯電話……聞き覚えがないかね?」



 は? ……え? なんで戦国時代の人がそんな言葉を?



「は? はあああああああっ!?」


「カカッ、その反応で十分であるな! 吾輩三浦猪牙ノ助。ゆえあって三浦道寸殿の影武者をしておる……現代人よ!」



 え? まってまって。理解が追いつかない。


 目の前の男は三浦道寸じゃなくて影武者で、しかも現代人? おんなじ境遇の人? 戦国武将っぽくてかっこいいとか思っちゃったよ恥ずかしい!



「三浦猪牙ノ助って、ひょっとして」


「おお、知っておったか。その通り。元参議院議員の三浦猪牙ノ助その人である」


「あんたがあの? 道路族の汚職議員の?」


「カカッ! そう褒められても困る! その通り! 昨日のお主の様子がおかしかったのでな、これは御同類かと声をかけた次第である!」



 いま汚職議員って言葉をナチュラルにスルーしなかったか?



「でも、まてよ? 猪牙ノ助さん、あんたそんな顔だったっけ?」


「うむ。お主のエルフと同じであろう。吾輩は三浦道寸とおなじ容姿を持ってこの時代に来たのだ」



 エルフになったりドッペルゲンガったり、ますます謎な事態なのはさておき。


 ともあれ、仲間が居るってのは心強い。

 こちらでは先輩になる爺さんと、知識を交換し合って……やっぱり詰んでるって認識を新たにして。



「ひょっとすると、わしら以外にもこの時代に来た人間が居るかもしれぬ。吾輩と嫁女殿の立場ではそうそう会うことも叶わぬでな、符丁を考えておかぬか?」


「ああ、まあ影武者と当主の嫁じゃなあ……じゃあ、どうする?」


「どのような理由でもよい。要件に“火急の”とつけるとしようではないか。それで、わかるであろう」



 まあ、連絡を取ること自体、そんなにないだろうしな。簡単でいい。



「でも、よかった。爺さんが三浦道寸本人じゃなくて」


「ん? なぜであるか?」


「いや、息子も倒れてて、三浦道寸まで現代人なんてことになってたら、それこそ終了だろ?」


「……」



 おい、なんだその無言は。



「実はな、吾輩現在、この城で三浦道寸本人として振る舞っておる。その理由はだな……」



 超絶嫌な予感が……



「三浦道寸は現在、病で伏せっておるのだ」



 あ、目の前が、真っ暗に……





◆さらに翌日



 ……朝か。


 なんかあたま真っ白になったまま、まつさんといっしょに部屋に戻ってきたのは覚えてる。


 もうだめだ。おしまいだ。

 この状況、詰んでるなんてもんじゃない。完璧殺しにかかってる。


 頭を抱えてたら……なんか城の中が騒がしい?



「まつさん、様子を見て来てくれる?」


「はい」



 うなずいて出て行ったまつさんが、しばらくすると顔を輝かせて戻ってきた。



「お姫さま! 喜んでくださいっ!」


「なにがあったの?」


「旦那さまがお目ざめになったんです!」



 旦那様……三浦荒次郎が復活したか。

 道寸が病気の今、荒次郎は本当に頼みの綱だ。



「本当によかった……まつ、旦那様はお元気だった?」


「すみません、城の人たちが押しかけてて、お会いできませんでした」



 しょんぼりするまつさん。



「お姫さまも、人の入りが落ちついたらお会いしに行きましょうね」


「ええ。病み上がりであまり騒ぐのもあれだし……まつさん、旦那様の様子を気にかけておいてくれるかな?」


「はいっ!」



 元気良く返事するまつさん。


 でもあれだな。

 旦那様ってことは、夫婦の関係的なあれもあるってことで……うん無理。


 状況は好転した。

 逆に私の貞操はマッハでピンチになっている。


 なんとかごまかせないものか……

 そんなことをうだうだと考えてると、先ほど元気な返事をして出て行ったまつさんが戻ってきた。



「お姫さまっ! 旦那さまがお呼びですっ!」



 早いよっ!



「早くっ! 湯を用意しますから体を清めてください! いつお求めがあってもいいようにっ!」



 まつさん事を急ぎ過ぎじゃないですか!?



「旦那様は病み上がりなんだし……」


「それでも備えておくのが女のたしなみというものですっ! さあ早く早くっ!」



 あーれー。



「……さ、お姫さま、行きますよ」



 体を上から下まで奇麗に整えられた後。

 まつさんに連れられて、荒次郎の部屋に向かう。


 緊張してきた。

 うう……行きたくない。

 時間が止まっちゃえばいいのに……



「し、失礼いたします」



 背中を押されるようにして室に入る。

 そこにいた荒次郎は、控え目に言ってガチムチマッチョな若手プロレスラーだった。


 じろじろとこっちを見る荒次郎に、私は身をこわばらせながら、かろうじて口を開く。



「あ、荒次郎さま……お呼びでしょうか」



 それが。

 これから長いつき合いになる相棒との――最初の出会いだった。




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