第4話 暗転

 睡眠と気絶の最大の違いは、夢を見るか否かだという人がいる。確かに、殴られ倒れ伏したと感じた途端に目が覚めた気がした。

 ここは……車内だろうか。僕は固い床に荷物のごとく積まれていて、移動中なのか大小さまざまな振動が感じられた。後ろ手を軽く縛られている。痛い。そして先ほどの男たちだろう。壁を隔てた位置にでもいるのか、くぐもった会話が耳に入る。

「そ…を左折……」

「…解」

「カ……ビくら…………欲し…です…ね」

「馬鹿! ……っと……電波…出……うな…ん……られるか」

「確かに……………」

「それに……も、さっきは……ぶん勝手な…………やが……な。小僧…既……ベルア……して………だ。悪……手に…る者…不用……殺せ…ラプ…………が黙…ち………い」

「すみ……ん。で…が………クラ…10………高レベ………値保…者………から闘……は………得策では………と思いま……。あ…次の交…点は………づらい………を付……くだ…い」

「了解。…に任せとけ…………よ、闘……か暴………、そ……うの…。それと……前も…魔の………りるか? ………ら小……同…土俵…………ぞ」

「そ…こそ不用………ょう、雨…一佐。今………ろ、独断……悪………の……ルギ…供…は……違反…す」

「わぁってるよ! 冗…が………いな」

 仔細はわからないものの、僕を殴った男とリーダー格が話しているようだった。部下が独断で僕を襲ったことを叱られているとか、そんな感じだろうか。つーかどこに連れられてくんだ、これ?

 ひとまず、考えなければならないのはディアの行方とこいつらの関係である。僕が拉致されるとすれば、ディア関係以外ありえないからだ(両親関係もないことはないんだけど……)。つまりこいつらがディアを確保していれば、危険だがとりあえず話は早い。逆に、ディアがこいつらから逃げきっていれば、彼女は安全だ。でもそれ、僕は行方とか訊くために連れてこられたパターンじゃないの? なにも知らないで通ればいいけど、映画とかだったら拷問されるやつだ。どうすんだよ。

 ほどなくしてトラックは停車した。足元の観音開きの扉が開く。

「さあ小僧! 長旅は終わりだ。降りな」

 リーダー格が声をかけてきた。さっき漏れ聞いた会話とはうってかわって、芝居がかった言い方で妙にうるさい。つーか降りなも何も、立ち上がれる姿勢じゃないし。結局ほかの男が近寄り、僕を立たせてくれた。部下にさりげないフォローされてんじゃねぇよ。ちょっとだけ面白い。

「あの……なんで僕、連れてこられたんですか?」

 おどおどとトラックを降りながら、なけなしの一般人アピール。

「ははは! わかっていないようだな。お前には、聞きたいことがあっただけなのだよ」

 大げさに身振りをしながら話す様子はやはり役者くさい。こいつら――自衛隊の振りをした怪しい組織なんじゃないか? ともあれ、今は馬鹿正直にのっかるしかない。そのまま知らないふりをして善良な協力者にな

「いいか、お前はあの女の居場所を知っているだろう! 言いたくないか! そうだろうな!! だが今から拷問して吐かせてやるから覚悟しておけ! ははは!」

……れなかった。


 廃倉庫か何かの中に入り麻縄のようなもので椅子に縛り付けられるまでの間に僕は何度も知らないと言ったのに彼らは全く信じてくれずそれどころか何故か嘘つきだという確信を深めたようでますます声を荒げリーダー格の男は僕に何度も拳を振り下ろし僕は涙と鼻水で息が苦しいし血で顔がぐちゃぐちゃになりながらも泣き叫ぶようにして知らない知らないと言ってでも許してもらえなくて知らないのになんでわかってもらえないのかわからない知らないんだ行先は知らない本当に知らないんだどこへ行ってしまったのか

「……『どこへ行ったか知らない』。やはりお前がさっき、あの女を使ってレベルアップした高校生で間違いなさそうだなあ!」

 ここにきて彼は、ようやくその手を緩めた。少しだけ安心したが、信じられないほど涙が止まらない。息苦しくて嗚咽が漏れる。

「ま、その分だと、俺たちの管轄かも怪しいもんだ。レベル10だと目していたが……レベル8なら、帰してやってもいいかもしれない」

 なぜこの男はレベルがわかるんだろう。そう思ったことが表情に出たのか、男は言った。

「俺は魔法使いだ!」

 あくまで僕に対しては、芝居口調を貫くつもりらしい。場にそぐわず言いたいだけだろう台詞も、もはや全く面白いと思えなかった。なんでもいいから、帰してもらえるなら、さっさと帰りたい。

「まだ帰すわけにはいかねぇよ。上に報告しなきゃいけないからな。小僧には悪いが、もうちょっとだけ拷問に付き合ってもらうぜぇ!」

「まあまあ一佐。口を割ったんだから、もう殴ることないでしょう」

 部下の一人と思わしき男が止めに入ってきてくれた。話のわかる人かもしれない。命乞いでもしたらなんとかなるかもしれない。

「帰したらややこしいからいっそ殺したほうがいいと思いますよ」


 もう駄目だ、と思った。この人たちはたぶん、平気で殺しができる、そういう人種だ。視界が色を失い、何もかもがまぶしく見える。ディアは僕に殺されるとき平然としているように見えたけど、ひょっとしてこんな気持ちだったのかな――



「待って!!」



入口から声がした。

「やっぱり巻き込まないって…決めてたのに」

日本刀を携えた少女が、諦めたような表情をして立っている。

「前言撤回を撤回、かなっ」

そう言うとディアは、無理やり笑顔を作って、こっちを見た。非常事態でも心は弾むもんだと、初めて知った。

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