第3話 「彼女」の事情、「勇者」の資質

「…ふむ」

 気分の浮き沈みが激しいのは悪い癖だが、可愛い女の子と知り合えて浮き足立っているよりはマシだったのだろう。ディアの話したことは、あらかた僕の中で整理されつつあった。

 第一に、ディアは追われている。追手の詳細は不明だが、今追ってきているのは日本人のグループなのだそうだ。「今追ってきているのは」…つまり、突然襲われた訳でもなく、かなり以前から継続的に狙われているということ。目的はディアの固有魔法のようだ。そして 第二に、その魔法は不死。どうやら貴重な魔法らしい。というか魔法の世界でも実現出来ないのが定説なのだとか。それを実現してしまったが故に、色々な派閥から期待やら懐疑やらはたまた恨み節まで、様々な感情を買ってしまったらしい。

 第三に、人を殺すことについて。経験値が入り、それがある程度貯まればレベルアップする。倫理に反した行為に見返りがあるのは…気持ち悪い。野生動物の頃の名残か何かなのだろうか…。最後に第四、僕のレベルは今10くらいなのだそうだ。思ったよりしっかり経験値が入っている。

「各パラメータは15くらいは上がってるはずだよ!」

「数値化されてもわからん」

 適当言いやがって。

「そもそもさ」

「ん?」

「ディアのこと、あまり教えてもらってないよね?」

「えー色々言ったよう」

「レベルがどうこうとかの話じゃなくてさ。君自身の話。ようは雑談しよってこと」

 言いつつも、僕はどこか冷めた目でこの少女を見つめていた。話は整理したけど、けして全てを信用したわけではないのだ。

 裏を暴いてやる…というほどでもないが。適当に話すうちに今後のヒントくらいは掴んでやろうと思っていた。

「んー」

 のだが。

「怪しいもんね。ごめんね」

 ディアは立ち上がり。

「さっきは助けてくれてありがとうございました。やっぱり頼るべきじゃないなと思いました。もう迷惑かけないようにしときます」

 早口でそういうと、刀を拾って玄関の方へ向かった。

「ま、待ってよ。そんなつもりは」

「いいの、わかってる。信用出来るほどの情報を出してるとは思えないから」

「でも、会ったばかりだし」

「どっちみち」

 言い様に振り向いたディアは、諦めの混じった表情を浮かべて言う。

「私にはこれ以上差し出せるものは、ないから」

 命以外は。

 自嘲気味にそう呟き…ディアは出て行った。

 僕は唐突に唐突を重ねられ、結局それ以上動くことも話すことも出来なかった。

 言い訳だけど。


 正直ころころ感情が変わる相手は苦手だ。徹頭徹尾、テンションの変化に全く追いつけなかった。僕は終始後手後手に回らされていた。あの手の人と話すのは、しばしば地雷原を歩いている気分にさせられる。

 それでも、自分が相手を傷つけ。

 相手が自分への執着を失い。

 そして出て行ったという事実からは。

 自分の不甲斐なさしか見出せなかった。

「なーんであんなこと言っちゃったかな…」


 とはいえ、一方的に情報だけ与えられて、その部分だけで全部信用しろなんて無理だ。僕が悪い、あの子が悪い。思考は堂々めぐりするばかりだった。

「…あ」

 雨が降り始めていた。さっきまであんなに晴れていたのに。

 雨の中、ボロボロのまま飛び出していった女の子。

「これじゃ、完全に悪者だ」

 自嘲気味に呟くことで、『それくらい自分で気づいていたんだよ』と言い訳をする。探しに行く気も無い癖に。ただの雨ですら外出を億劫にさせる。外出――そんな軽い話で済ませてしまおうとしている。

 こんな卑怯者の、どこが勇者なことか。



 下校ルートを逆向きに辿る。ジーパンの裾がどんどん重くなる。もっとも、レベルアップのおかげか、以前より少しだけ速く、長く走れる気がした。とにかく追いつけるようにと脚が動く。彼女は追われているのだから、むしろ別の道を通るかもしれない。そう思って時には立ち止まり、周囲を確認するが、無論その程度で見つかるはずはなかった。結局徒歩の機動力など限られている。

 何故身体が動いたのかはわからなかった。気がつけば走り出していたというほかない。ただ、これはきっとディアを大男から救ったときと同じそれなのだろう。僕の身体は、彼女を護るように行動する。頭よりも心が、彼女を探せと叫ぶ。彼女を護らなければならない。彼女を護らなければならない。

「お姫様を護ろうとする勇者の資質ってところかな…?」

 乾いた笑いしか出てこない。物語の勇者様は、お姫様を追い出したりしない。第一、刀で斬りつけたりはしないだろう。こんないびつな関係であっていいわけがない。今更何かできる気もしない。それでも。

「まにあえ…」

 追っ手に見つかってしまっていないだろうか。不安でたまらない。バスに乗っていても見つかったのだ。今の状況ではすぐにでも捕まりかねない。いや、捕まったからこそ見つからないのかもしれない。

 事故現場にさしかかる。横転したバスはまだ取り残され、現場には数人の警察官がたむろしていた。もはや大男は倒れていない。運ばれたのか、逃げていったのか。騒ぎになっていないところを見ると、たぶん逃げたのだろう。ならば、逃げたその先を突き止めれば――。

「なあ兄ちゃん」

「はい?」

 少し離れたところから、男性が三人、近づいていた。先頭の男が声をかけてきたようだ。テレビでみかける、災害時に救助を請け負う自衛隊の格好だ。

 そして、バス事故の救助に来たわけでは、たぶんない。

 何故なら、男達の手にはもれなく無骨な刃物が握られていて。


 何か言おうとした僕は、後ろから来た四人目に殴られ、昏倒させられたからである。

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