第2話 「レベルアップ」と「経験値」

 僕が生まれたのは2月、晩冬としてもとても暖かく、そこから春の訪れとかけて『春成』と名付けられたのだそうだ。苗字と比べて呼びやすいから、自分としては割と気に入っている。対して会津は同音異義語もあるし、響きも少々呼び名感が薄い。何よりよくある地名姓の類で、それ以上何かを意識したことはなかった。

「まず聞きたいのは…レベルについてかな。何故君を斬るとレベルが上がるの?」

「さっき自己紹介したでしょ。ディアって呼んでよ」

 少女の名前はディア・アスメラルタと言うらしい。思いの外がっつり西洋人だった。

 あの後僕らはバス事故の聴取と簡単な手当てを受け…たかったのだが、倒れた大男と血の付いた日本刀、ややこしくなる前に逃げざるを得なかった。泣き寝入りである。いくつか路地をジグザグと抜け、ようやく落ち着いたところなのだった。

「ディア…さん」

「まーいいけど。お答えしよう」

 たたん、とステップを踏んで回るようにするディア。元気か。

「つまるところあれは…プレイヤーキル、だよ」

 プレイヤーキル。オンラインゲームでよくある、モンスターではなく、他の参加者が操作しているキャラクターを攻撃する行為。

「殴り合いの喧嘩なんかで、レベル上がったことないんだけど」

「いや、まあそれは…殺したら上がるよ?」

 物騒な。でも言われれば確かに、さっきの大男を倒した時も、特に経験値は入っていない気分だった。なんとなくの実感だけど。

「私は…複数死、の魔法使いだから。人に経験値を分け与えるのにうってつけなんだよ?」

 案の定というか、この子は魔法使いらしかった。まあ人間離れしてるし驚きはない。ちちんぷいぷいで服くらい直したらいいのに。斬り跡にそって袈裟懸けの裂け目が入った服は目立ちすぎる。あと目に毒だ。

「聞いてるかね、勇者様っ」

 歩きながら顔を覗き込まれる。くそう、目を背けざるを得ないぜ。

「勇者呼ばわりはやめてよ、子孫ってのすら信じられないのに」

「えー」

「そもそもなんで勇者の子孫が日本名なの」

「ほら、側室とか」

「英雄色を好む…」

「好きな色? 私は白かなー」

「そこ拾わないでツッコミにくい」

 この外国人、ベタベタか。側室の概念は知ってるくせに。

 あまりにも唐突な出来事が続いたためか、ディアとの行動自体には抵抗がなくなってきた。不思議だ。いっそ馴れ馴れしすぎるくらいなのだが、これが吊り橋効果という奴だろうか(絶対違う)。案外レベルアップと同時に、人当たりの良さも上がったのかもしれない。いや…現実にレベルアップがあるなんて、さっきの戦闘がなければとても信じられなかったのだけれど。

 というわけで歩きに歩いたり。

「わー着いた! 勇者様の家ちっさいね!」

 僕の家である。襤褸姿のこの子を野放しにするわけにもいくまい。歩いてるだけで通報されかねない。或いは、また襲われることもあり得る。さっきのようなことが何度もあっては、流石にこの子の身が持たない。

 いくら不死身と言っても。

「ぁ…」

 口に出さなくて良かった。自らの乾いた思考に背筋が凍る。昔から、こういうことはよくある…先程の出来事を、少女を一旦は斬り殺したという事実を、淡々と受け止めている。ああ、まただ――心を持たない機械のような、自分の感情とは乖離した思考が気持ち悪い。

「おじゃましまーす」

 我に帰る。こんな僕を待つわけもなく、勝手に門扉を開けて飛び込んでいくディア。ゲームとは違う、イベントは僕の手を離れて進んでいく。彼女の図々しさを咎める権利はないが、自己嫌悪に浸っている時間もなさそうだった。まとわりつく憂鬱さを振り払ってディアに追いつく。玄関ガチャガチャやんな。

「ねー鍵空いてないよ?」

「うん。誰もいないからね」

「鍵っ子?」

「…そんなところ」

 僕の両親はそれはそれはしゅしょーな志をお持ちで、NPOだかPKOだかで世界中を飛び回っているらしい。なにも教えてくれないけど。

「流石勇者様のご両親!」

 確かに勇者的な活動なのかもね。僕はそう呟くと玄関を開け、ディアを招き入れる。なんだかんだ言って自宅に着けば落ち着く。ようやく人心地がついた――と呟くと、なんだか自分への皮肉な気がした。

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