第7話《Aパート》

 とある休日、カードショップシャイン。

「おれの、勝ちです」

「あらー、負けちゃった」

 翔太の宣言を聞いて、バトルテーブルの向かい側に立つ真澄がふふ、と笑いながら言った。

「へー、翔太すげー! 真澄さんに勝ったんだー!」

「い、いや……真澄さんがデッキ調整とか教えてくれながらバトルしてくれたから……」

 譲に言われた翔太は、困ったように笑いながら言う。

「それでも翔太くんのデッキ、少しずつ自分らしさが出てきたね」

「え?」

「最初はスターターデッキの中にあるカードだけだったのが、いろんなカードを組み合わせて、ショウに合わせて変わっていってる、って感じがあるよ」

 翔太は自分のデッキを見た後、アルターゾーンにいるショウに視線を移した。ショウがくるりと振り向き、翔太に向かって笑った。

[ああ。確実にお前も、おれも、強くなってる。自信を持てよ、翔太]

「……うん!」

 ショウに言われ、翔太はきゅっと目を閉じて笑い、強く頷いた。

「じゃあ、私はお店の事をするから戻るね」

「はい! 真澄さん、ありがとうございました!」

「はーい」

 真澄はカードを片付け、レジの奥へと行った。翔太も、バトルテーブルの上にあったカードをまとめはじめる。そんな翔太を見て譲が腕を組みながらうんうんと頷いていた。

「いやー、翔太が強くなって俺も嬉しいぜ」

「って、なんで譲がそんなに偉そうなの」

「そりゃー、オレがお前を強くしたって言っても過言じゃないからさ!」

「そうだね」

 ははは、と笑いながら言う翔太だったが、実際のところデッキ調整で一番付き合ってもらったのは譲だった。そのことにはもちろん、翔太も感謝している。

「そういえば、真澄さんが使ってたのって白のデッキだっけ?」

「うん。最近発売した白のスターターデッキって言ってた」

「ってことは真澄さんの真のデッキではないのか……気になるなあ」

 腕を組んだ譲は、レジにいる真澄を見ながらうーん、と唸った。そんな譲を見ながら翔太は尋ねる。

「譲は、真澄さんとバトルしたことあるの?」

「え? ああ、オレもブレバト始めたばっかりのころは、デッキ調整してもらうので真澄さんとバトルしてもらってたぜ」

「そうなんだ。でも、その時も真澄さんのデッキって見たことないんだ?」

「そうそう。あと、ヒロさんは絶対にバトルしてくれなかった」

「何で?」

 頼めば穏やかな口調で「ああ、構わないよ」と応じてくれそうな雰囲気を出す弘明がどうして、と思いながら翔太は首を傾げながら尋ねた。譲はきょろきょろとあたりを確認し、弘明の姿がないことを確認した上で翔太の耳元に手を当てて小声で答えた。

「ヒロさん、実はブレバトがめちゃくちゃ強くて、手加減とかできないらしいぜ」

「どういうこと?」

「だから、デッキ調整のためのバトルって頼んでも、つい本気を出して相手をこてんぱんにしちゃうんだよ」

「そ、そうなの……?」

 譲から語られる弘明の姿が全く想像つかない翔太は、疑問符を頭の上にふわふわと浮かせながら首を傾げるしかできなかった。

「さてと、翔太。そんなことより、今度はオレとバトルしようぜー!」

「うん、いいよ!」

 譲の提案に、翔太は明るく返事をしてバトルテーブルに向かった。譲もデッキケースをポケットの中から取り出してバトルテーブルに向かおうとした、その時。

「あら、いらっしゃい」

 レジから聞こえてきた真澄の声に、翔太も譲も視線を店の入口の方に向けた。そこにいた人物の姿を見て、翔太と譲の目が大きく丸く開かれた。

「DD?!」

 譲が思わず大声で叫ぶ。叫ばれた張本人、DDこと大門寺ダイゴは「ああ?」と表情を歪めて声を上げた。その表情に翔太はびくりと肩を震わせて譲の背後に隠れるように移動した。そんな間に、ダイゴは譲たちの前に立った。

「なんだよDD、そんな顔してさー」

「お前が人の顔見て叫ぶからだろうが」

 ぶすっとした表情でダイゴはへらへらと笑う譲の額を人差し指でぴん、と弾いた。その様子をぱちぱちと瞬きをして見ていた翔太だったが、視線に気づいたダイゴが翔太を見た。

「お前……」

「はっ、はい!」

 ダイゴに呼ばれ、翔太は上ずった声を上げる。隣から譲が「そんなにビビるなよ」と軽い口調で言うが、どうしても一度怖い思いをしたことのある翔太にとって、まだダイゴの表情や体格から見える影にはなれないものがある。何を言われるのか、と緊張した表情で翔太はダイゴの言葉を待った。

「……名前、何だ?」

「へ?」

「は?」

 ダイゴの唐突な問いに、翔太も譲も同時に素っ頓狂な声を上げた。小学生二人に不思議そうな顔をされて見上げられたダイゴは、頭の後ろを掻きながら言った。

「いや……この間、お前の名前ちゃんと聞いてなかったから……翔太、だったよな……って」

「あ、えっと……日村翔太、です」

「そうか」

 翔太の名を聞いて、ダイゴはこくりと納得したように頷いた。

「翔太、今から時間はあるか?」

「え? あ、は、はい」

「俺と、ブレバトをしてくれないか」

 翔太に言うと、ダイゴは深く礼をした。自分より年上の人物にそんな風に頼まれたことのない翔太は驚いたような表情を浮かべた。

「え、え?! ど、どうして?! そんな改まって……」

「前の詫び、まだできていないからだ。ちゃんと、お前とブレバトがしたい」

 そう言って、ダイゴは顔を上げ、自分のデッキケースを取り出した。

「……おれも、ダイゴさんとブレバトがしたいです。おれも、あの時から、強くなってるから!」

 翔太はダイゴを見上げ、先ほどのショウの言葉を思い出してはっきりと言った。それから翔太は、譲の方を見て手を合わせた。

「譲、ごめん! バトルなんだけど」

「いや、いいよ。むしろ、オレ、翔太とDDのバトル、見てみたい!」

 譲はにっと笑い、翔太の肩を叩いた。

「今度は、お前のデッキでDDに勝ってこいよ!」

「……うん!」

 そして、翔太はダイゴの方を向いて礼をした。

「よろしくお願いします、ダイゴさん!」

「ああ、俺の方こそ、よろしく」

 ダイゴは再び礼をし、顔を上げて翔太を見た。ふっと穏やかに微笑むダイゴにつられて、翔太も笑みを浮かべた。

 翔太とダイゴはバトルテーブルに向かい合うように立ち、デッキゾーンに自分のデッキを置いた。

「それじゃあ、行くぞ、翔太」

「あっ、は、はい!」

 ダイゴに言われ、翔太はこくこくと頷いた。

「アルターコール! 『剣の勇者 ショウ』!」

 翔太はアルターゾーンに置いてあるスマートフォンの上に、ショウのカードを置く。ショウのホログラフが現れ、マントを翻しながら剣を構えた。

[行くぞ、翔太!]

「うん!」

「アルターコール! 『爆竜神 ダイナミック・ドラゴン』!」

 ダイゴも宣言し、カードを置いた。スマートフォンから映し出されたのは、黒く大きな翼と黄金の瞳を持ったドラゴンだった。黒い鱗は重々しい輝きを灯しており、金の瞳がぎろり、とショウを睨んだ。ショウはその視線を受けて怯むどころか、にやり、と笑った。

「あれ……ダイゴさんの、アルターって……」

 翔太はダイゴの出したカードを見て、疑問符を浮かべた。以前翔太がダイゴと対戦したときは、『破壊の暴龍 デストロイ・ドラゴン』をアルターとしていたはずだった。

「やっぱりDDのアルターはこいつだよなあ!」

 翔太の横で、嬉々とした表情で譲が言った。翔太は「え?」と声を上げた。

「あ、そっか。翔太はDDと戦うの前が初めてだったもんなあ。……ほら、前にDDがちょっと変になったって言っただろ」

 譲は翔太の耳元でこそり、と小さな声で言う。

「変になる前まではあの『ダイナミック・ドラゴン』だったんだよ。っていうか、『デストロイ・ドラゴン』使ってからなんかおかしくなったって言うかさあ……」

「そう、なんだ?」

「そうそう。だから、今のDDは間違いなく、本気だぜ」

 譲はそっと翔太の隣から離れた。言われた翔太は前方に立つダイゴを見た。

「じゃあ、はじめるぞ」

「はい!」

 翔太とダイゴはカードを引き、手札から一枚をアルターゾーンに裏向きにして置いた。

「カードをレイズ!」

「パーティーコール!」

 二人は同時にカードを表に返す。

「『小さき破壊龍 ブラック・ミニドラゴン』! アタックだ!」

「おれも『勇者の剣 シルバー・ソード』でアタック!」

 ダイゴのアルターゾーンのダイナミック・ドラゴンの前に、三頭身ほどのデフォルトされた黒い龍が現れる。しゃあ、と威嚇するように大きく口を開けるブラック・ミニドラゴンだが、迫力には欠けていた。一方のショウは目の前に現れた銀色の剣を手慣れた様子で掴み、そして駆けだした。

「『ショウ』のアルター効果、『剣の加護』! 『剣』と名の付くカードのアタック値を500アップさせる!」

 翔太の宣言を受けると、ショウの身体が赤く光った。アタック値はショウとシルバー・ソードのものが上回り、ショウに飛びかかったブラック・ミニドラゴンは一刀両断されて消えた。その様子を見ていたダイゴは口元にふっと笑みを浮かべる。

「なるほど。どうやらブレバトに慣れてきたみたいだな」

「はい!」

「なら、あの時と違うお前のバトル、見せてもらうぞ」

 そう言って、ダイゴはカードを引く。翔太もダイゴの言葉に頷き、カードを引いた。

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