第6話《Aパート》


 とある休日。翔太と譲は、いつものゲームセンターでブレバトアーケードをプレイした後、シャインに向かっていた。

「あーあ、今日は譲に負けちゃったなあ……」

「いつも翔太に勝たせるわけにはいかないからなあ? オレも、翔太のブレバト先輩としてのプライドがあるわけだし?」

「ブレバト先輩ってなんだよー。っていうかその言い方だと、おれと戦うとき手抜いてるみたいじゃん」

 そんな風に笑いあいながら歩いていると、公園に差し掛かったところで翔太が足を止めた。それに気付いた譲も、三歩ほど進んだところで止まり、翔太の方を振り返った。

「翔太? どうしたんだよ」

「いや、あれ……」

 と、翔太が言う方を、譲も視線を合わせてみた。そこにいたのは、先日シャインにやってきた少女、舞だった。

「お?」

 翔太にからかいの言葉でもかけようか、と思った譲だったが、舞の動きを見て言葉が消えた。翔太も、じっと視線を動かさずに舞の姿を見つめている。

「あれって、ダンス?」

「うん」

「なんか、すごくね?」

「うん」

 譲の問いにも、翔太は一言で返すしかできなかった。

 遠目から見る舞のダンスは、普段翔太たちが体育の授業でするダンスとは比べ物にならないくらい動きが激しい。音楽は聞こえないものの、それでもリズムに合わせてステップを踏み、手を滑らかに動かし、一つ一つの動きを取っていることはわかった。

「すごい」

 翔太が言うと同時に、舞の動きがぴたり、と止まった。荒い呼吸をした舞が額の汗を手でふき取ると、突然、翔太たちの方を向いた。

「あ! 翔太くーん! 譲くーん!」

 つい先ほどまで激しく踊っていたはずの舞は遠くからでもはっきり聞こえる大きな声で翔太たちを呼んだ。ぴょんぴょん、とジャンプした後、翔太たちに向かって走り出す。

「え、ま、舞さん?!」

「やっほー!!」

 そんな声と同時に、舞は翔太に向かって飛んだ。両手を翔太に向けて飛んでくる姿は、まるで映画のワンシーンにある感動の再会のようだ、と傍から見ていた譲は思った。が、その後は舞の勢いを支えきれなかった翔太がそのまま地面に倒れ込み、映画のようにはならなかった。

「あ?! ごめん翔太くん! 大丈夫?!」

「あ、えっと、は、はい……」

 舞に押し倒されるような状態の翔太は「あはは」と笑いながら舞の言葉に答える。その頬が赤くなっているのは、もちろん言うまでもない。舞は「ごめんねー」と謝罪をしながら、翔太から離れた。

[情けない……女の子ぐらいちゃんと支えられるようになれよ]

「うっ……うるさいなあ……」

 やれやれ、という様なショウの言葉に、翔太も思わず表情を歪めて小さく言う。それに気付いた舞が、不思議そうに首を傾げた。

「ん? 翔太くん、どうしたの?」

「え?! あ、いや、何でもないです!」

 ぶんぶんと首を振って言う翔太に、舞は不思議そうな表情を浮かべたままだったが、「あ!」と何かを思い出したように声を上げた。

「もしかして二人とも、今のダンス見てた?!」

「はっ、はい!」

「見てました! 舞さんってめっちゃダンス上手いんですね!」

 返事をするので必死な翔太に対し、譲は舞に話を振る。舞は「いやあ、それほどでもー」と照れたように頭の後ろを掻きながらにこにこと笑った。

「あれって授業とかでやってるヤツよりもレベル高いですよね? 舞さんってダンススクールとか行ってるんですか?」

「ううん。そういうの、親が許してくれなくって」

「親が?」

 苦い笑みを浮かべる舞に、翔太と譲は表情を歪めた。

「うちの家さあ、そう言うのに厳しくって。習い事は家のことしてからって感じなの。あ、でもダンスはね、スクールに通ってる友達がいるからその子に教えて貰ったり、たまにそのスクールにお邪魔させてもらってやってるんだ」

「なんだか、大変なんですね……」

 翔太が悲しげな声で言うと、舞は「まあね」と舌を小さく出しながら言った。

「あ。ねえ、二人とも、今から暇?」

「え?」

 唐突な舞の提案に、翔太と譲の声が重なる。

「もしよかったらさ、うちでブレバトしない? ここから近いし」


「押忍!! 押忍!!」

「うちの家、ここね」

 舞に連れられて翔太と譲がやってきたのは『江藤道場』と大きな筆文字で書かれた看板のある、道場が隣接する一軒家だった。

「えっと、江藤……道場?」

「そう。うち、空手の道場やってるの」

「か、空手……」

 さも当たり前、という様な口調で言う舞に、翔太と譲は呆然とした表情を浮かべて舞の言葉を繰り返すしかできなかった。道場の中からは勇ましい男性たちの声が、嫌と言うほど響いてくる。

「って、いうことはさっき言ってた家のことって……」

 ふと、翔太が先ほどの舞の言葉を思い出して尋ねると、舞は「うん」と頷いて足を止めた。肩幅に足を開いて、手を静かに下ろして腰で構える。

「押忍!」

 いつもの明るい大声とは違う、気合いの入った声。舞が突き出した拳は、ひゅん、と高い音を立てて空を切った。

「……ってな感じで」

 と、舞が振り向くと、後ろに立っていた翔太と譲がぽかんとした表情を浮かべていた。

「え?! えっと、ご、ごめん! もしかして、怖かった?!」

「き」

 二人の表情を見ておろおろとする舞に対し、翔太の口からようやく、一言言葉が出た。

「きれい、でした」

「……え?!」

 翔太の率直な感想に、舞の頬が赤く染まる。

「なんていうか、かっこよかったんですけど、えっと、きれい、っていうか、えっと」

「舞さん超かっけぇ!!!」

 翔太が必死に言おうとした横で、ようやく思考がまとまった譲が大声で叫ぶように言った。

「ええ?! そ、そっかなー? いやー、照れるなあ」

 いつもの調子に戻った舞が、へらりと笑いながら言う。翔太は譲の勢いに負けて、それでも同意はできるため、こくこくと必死で頷いていた。

「舞、友達か?」

 と、翔太たちの背後から低い男性の声が聞こえてきた。

「あ、お父さん!」

 そこにいたのは道場の師範であり、舞の父親である江藤じゅうぞう。挨拶をしないと、と翔太と譲が振り向いたが、言葉が続かなかった。

 もちろん舞の父親、と言う事で自分たちより身長が高いのは当たり前なのだが、それにしても自分たちの身長の二倍、下手したら三倍あるのではないかという背の高さと、翔太と譲が二人並んでいてもはみ出そうなほどの大柄な身体。道着の隙間から覗く胸板や腕についた筋肉。そんな男が身長差から仕方なく見下す状況。以上の要素で、小学生男子二人が、蛇に睨まれた蛙のように沈黙してしまうのも、無理のない話だろう。

「あっ、あ、あ、あの」

「オレ、ぼ、ぼく、ぼくた、ち」

 何か言わなければ、と翔太と譲が声を出すが、それはまともな文章にはなっていなかった。下手したら殴られるかもしれない、と考え始めた翔太だったが、

「おお! よく来てくれた! 舞にも男の友達が、しかも二人か!」

 がはは、と豪快に笑う姿を見てようやく安堵の表情を浮かべた。そして充蔵は、翔太と譲の肩を、大きな掌でばんばんと叩いた。本人としては軽く叩いているつもりなのだろうが、その勢いで翔太と譲の身体は前後にぐらぐらと揺れている。

「まー、大して面白いものもない家だが、ゆっくりくつろいで行ってくれ! あ、もしよかったら道場の方にも来ていいんだからな? あっはっはっは!」

 充蔵は大声で笑いながら翔太たちの元から去って行った。大声は父親譲りなんだな、と翔太の隣で譲がぼそりと呟いた。

「ごめんねー、うちのお父さん、あんな感じで」

「いや、大丈夫ですよ!」

 言いながら、翔太は先ほど充蔵に触れられた肩にそっと手を当てた。誰に言うでもなく、翔太はぽつりと、こぼした。

「……お父さんって、いいな」

「翔太くん、……何か言った?」

 舞が問うと、翔太はぶんぶん、と首を振った。

「な、何でもないです!」

「そう? あ、じゃああたしの部屋、案内するねー! こっちー!」

 舞が自室の方向を指さしながら先へ進む。それに譲と翔太が続いて向かって行った。


「はい、オレの勝ちー」

「うぎゃー!」

 譲の宣言の後、舞が頭を抱えながら悲鳴のような声を上げる。その様子を、カードを整理しながら翔太が見て笑った。

「舞さん、惜しかったですね」

「あー、あたしってやっぱり読み下手なのかなあ……難しいなあブレバトって」

「まあでも、今のが通ってたらオレが負けてたけどな」

 と言う譲の残りライフは1まで削られていた。最後は舞のアタックに対し、譲のディフェンス、そして反撃効果によって舞のライフ2を砕いた、という結果だった。舞がむう、と表情を険しくさせてカードを見る横で、翔太が舞のデッキを覗き込む。

「舞さんのデッキは、えーっと……拳士デッキ?」

「っていうか女子デッキ? なんか可愛くて強い女の子入れたら楽しそうだなあって思って組んでるのー!」

「確かに女子キャラ多かったもんなあ」

 舞の言葉に譲が頷きながら言う。確かに翔太が以前舞とバトルしたときも、パーティコールされていたのは主に女性キャラクターだった。

「そういう組み方もあるんだ……」

「まあねー。やっぱり可愛い女の子で組んで楽しくバトルしたいじゃん」

「そんな組み方だからまともに戦えないんだろう」

 と、舞が楽しげに言うのをばっさり否定したのは第三者の声。空きっぱなしにしていた舞の部屋の扉の前に、ブレザーの学生服を着た男の姿があった。

「……お兄ちゃん」

「兄ちゃん?」

 舞がむすっと表情を曇らせて呼ぶと、翔太と譲が不思議そうな顔をして男の方を見た。舞とは違う黒色の髪に眼鏡を着用した姿。顔つきは先ほど会った充蔵と似たつり目ではあるが、舞とはあまり似ていないような印象を受ける。

「うちのお兄ちゃん、ひと。高校生なんだけどさ」

「なんだけどさ、何だ」

 部屋の外から舞を見る兄――一瀬の視線はぎろり、と、鋭い。隣にいた翔太でさえも思わずびくり、と震えた。

「……いっつも妹にちょっかい出し過ぎだと思うんですけど」

「心配してやってるんだ。感謝はされても文句を言われる筋合いはないな」

「はあ?! 何それ! いっつもあたしがやることなすこと否定してさ! 大体、ダンススクールのこともお兄ちゃんがお父さんたちに変なこと言ったせいでダメになったし、それに!」

「ブレバトのことか?」

 はあ、とため息交じりに言う一瀬に、舞は思わず立ち上がって兄を指さした。

「そうだよ!! またお父さんたちに変なこと言ったんでしょ! しかも忍ちゃんの事も混ぜて!!」

「……忍さんのこと?」

 翔太が不思議そうに言うと、舞は小さく頷いて答えた。

「忍ちゃん、元々はうちの道場に通ってたんだけど中学上がるちょっと前に辞めたの。それが、ブレバトのせいだってお兄ちゃんが言い出して……」

「それは事実だろう?」

「だからって! 忍ちゃんが決めたことじゃん! それに、あたしは空手もダンスも頑張るし、ブレバトだってやりたいの!」

 舞は必死で言うが、一瀬は聞く耳持たず、と言う様に眼鏡のブリッジを人差し指でくい、と上げた。

「何事も中途半端なお前に何もできるはずがない。ダンスも、ブレバトも」

「えっ」

 隣で話を聞いていた翔太が思わず声を上げる。その言葉に、舞はぎり、と拳を強く握った。奥歯を食いしばり、険しい表情をして一瀬を睨む舞の横顔を、翔太は見つめていた。

「舞さん……」

「そんなこと、お兄ちゃんに言われる筋合いはない!」

「ならば一つぐらい何かをやり遂げたことはあるのか? どうなんだ」

 淡々とした口調で、一瀬が言う。

「お兄ちゃんだって……自分のやりたいことばっかり、やってる……くせに……」

「俺はやるべきことをやった上でやっている。お前とは違う」

 舞が反論するが、それをきっぱりと否定して一瀬は言った。どうしてそこまで、と翔太が思っていた横で、譲が翔太に小さく耳打ちした。

「翔太、あの制服、思い出した」

「え?」

「あの制服、めっちゃ頭いい高校の制服だ。すげー大学に合格するような奴ばっかり行ってる学校だって、兄貴が言ってた」

 言われて翔太は一瀬が着ている制服を見た。確かに時々街中で見かける制服だったが、そんなにすごいところに行けるほどの人だったのか、と驚きの表情を浮かべる。

「でも……」

 翔太は、隣にいる舞の悲しげな表情と、静かに舞を見下す一瀬の表情とを見比べた。

「でも、舞さんだって、ダンスもブレバトも頑張って、ます」

 翔太が言うと、一瀬は今気づいたかのように視線を翔太の方に向けた。

「君は?」

「ひ、日村翔太です……。え、えっと……舞さんと……ブレバトで仲良くなった友達です!」

「……舞の友達?」

 翔太の言葉に、一瀬は眉を歪める。一方の舞は、はっと目を開いて「翔太くん……」と小さく言った。そして舞は頷いて、一瀬を見つめた。

「そう……あたし、ブレバトで友達ができたの! だから!」

「だから、何だ」

 一瀬は無表情のまま、舞を見ていた。

「あたしと、ブレバトで勝負して!!」

「え?!」

 舞の突然の提案に、翔太と譲は思わず同時に声を上げた。まさかの勝負になったことよりも、あれだけ舞がブレバトをしていることを否定していた一瀬が、ブレバトをしているのか、と言う事実に驚きを隠せなかった。

「……いいだろう」

「え?!」

 そして、その提案を受け入れた一瀬にも、再び翔太と譲は驚きの声を上げる。

「ほ、本当にやってるんだブレバト……」

「一体どんなデッキなんだろう……」

 小さく瞬きをしながら呟く譲と翔太の横で、舞と一瀬の間にはばちばちと見えない火花が散っていた。

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