第5話《Bパート》
「アタック! いっけー!」
次のラウンド。再び『ルージュ・ブレスレット』を装着したミーコのアタックが、エフェクトでコールされた『輝く剣 ライトニング・ソード』を砕き、翔太に2のダメージを与えた。これにより、翔太のライフは5に減少する。
「やったー! やっと攻撃通ったー!」
嬉しそうに声を上げる舞に、翔太もつられて笑う。
「舞さん……楽しそうだなあ……」
[確かにな。でも翔太、そろそろ反撃した方がいいんじゃないか?]
画面の中から翔太を見ていたショウが笑みを浮かべながら言う。確かに、と頷いて翔太は手札を見た。
「……でも、もう少しだ」
チャージゾーンには、六枚のカード。それから翔太は、ちらり、とドロップゾーンを見た後、次のラウンドの準備をした。
「パーティコール! おれは、『炎の剣 フレイム・ソード』をコール!」
「あたしは『橙の舞姫 リーザス』をコール!」
ショウが赤く燃え上がる炎の刃を持つ剣を握る。一方、ミーコの前には華やかな衣装を身にまとったポニーテールの女性、リーザスが現れた。
「アタック!」
「こっちもアタックだ!」
舞と翔太は同時に宣言する。画面上でも、ショウとミーコ、そしてリーザスが同時に駆けだした。
「『ショウ』のアルター効果、『剣の加護』! アタック値を500上げる!」
効果によりアタック値が上昇したショウは、炎をまとった剣を一気に振り下ろした。炎に包まれ、リーザスは光となって消えた。同時に、舞のライフが7から4に減少する。それを見ていた舞が驚いたように声を上げる。
「うわー! 翔太くん容赦ないなあー」
「ご、ごめんなさい……」
「ううん! 全然! っていうかすっごく楽しい!」
舞に謝罪をした翔太だったが、舞は首を強く振った。
「あたしさ、こうやって誰かと一緒にバトルするの初めてだったの」
「え?」
そう言って、舞はひょこ、と筐体の横から顔を出した。
「いっつもさあ、アーケードでオンラインとかスピードとか、そういうのはするんだけど、対人戦? っていうのかな……目の前で誰かとバトルするって、初めてだからすごく楽しいの!」
「お、おれも」
翔太も、舞の顔を見る。
「おれも、最近ブレバト始めたばっかりなんです。それで、いろんな人とバトルするの、楽しくて!」
「だよね!」
「はい!」
「よーし、じゃあ次、がんばって行こうかなー!」
にっ、と笑った後、舞は筐体の前に戻ってカードをセットした。
「おれも……負けません!」
そして翔太もカードをパーティゾーンに置いた。
「あたしはチャージを三枚レイズしてコール! 『輝きの調べ ルナ・ミューズ』!」
「おれは『剣の翼 ブレイド・ロック』をコール! ディフェンス!」
「あたしはエフェクトだよー! 『ルナ・ミューズ』のエフェクト効果は回復! ってことでレイズした分だけ回復するからー、ライフ7になるよ!」
先ほど翔太が与えたダメージの分を取り戻すように、舞はライフを回復させた。
「ふふーん、どうだ翔太くん!」
「すごい……」
誇らしげに言う舞に、翔太は驚いたような表情を浮かべた。回復、という効果もあるのか、と思いながら翔太はチャージとドローをした。
「でも……、おれは、カードを六枚レイズ!」
「パーティコール、『永久の舞姫 ナターシャ』! いっけー、アタック!」
舞がコールしたのは、青白い肌に黒い髪の女性――ナターシャ。ミーコと共にリズムを合わせてステップを歩む二人は、顔を合わせて微笑み合う。その姿は、まるで女神が踊っているようだ――などとショウが考えていた時。
「ショウ!」
翔太がショウの名を呼ぶ。はっと顔を上げたショウは、首を振って表情を戻した。
「行くよ、ショウ」
[ああ!]
翔太の声に答え、ショウは剣を構える。きらり、と銀色の刃が光る。
「ブレイク!」
「うにゃ?!」
翔太の宣言に対し、舞が驚いたような声を上げた。
「おれは『ソードズ・レイン』を発動させる! バトルフィールドにある『剣』と名の付くカードの数だけ、相手にダメージを与える!」
「えっと、それってつまり……?」
「ドロップゾーンには六枚、アルターゾーンにいるのは……」
困惑する舞に、翔太は確信を持った眼差しで画面を見つめている。翔太の言葉に舞がはっと目を開いた。
「『剣の勇者 ショウ』……?! ってことは……」
「これにより、相手に7のダメージ!」
画面の中のショウが剣を天に掲げる。刃が輝くと、ショウの周りに先ほどまでパーティコールされた剣が半透明な状態で宙に現れた。そして、ショウの隣には大剣を構えるレンの姿もあった。
[行くぞ、ショウ]
[ああ!]
レンの言葉に答え、ショウは剣を天からミーコたちに向ける。すると、ショウの周りにあった剣がミーコたちを囲むように現れた。
[なんですって?!]
[悪いな]
困惑するミーコの言葉に、まるで悪びれた様子も見せずにレンが答えた。そして、レンが一歩駆けだすと、剣が一斉にミーコたちに向かって飛ぶ。
[きゃあ?!]
刃を受けたナターシャが悲鳴を上げる。とどめ、と言うようにレンがナターシャの身体に横一線を入れると、その姿は光となって消滅した。
[くっ……?!]
ミーコの視界から光が消えた時、目前にショウの姿があった。
[食らえ!!]
ショウの斬撃が、銀色の光となってミーコの身体に入った。そこで、舞のライフが0となり、ゲームは終了した。
「……か、勝てた……!」
ふう、と翔太が小さく息を吐き出した時。後ろから拍手と歓声が聞こえてきた。
「え?!」
振り向くと、いつの間にか大勢の人が翔太の後ろに立っていた。
「すごいバトルだったなあ」
「あの女の子のカード超かわいいー!」
「なるほどこのカードはそうやって使ってたのか……」
「ねえ、あの子のアルター、あの子にそっくりじゃない?」
そんな会話が錯綜している様子を、翔太は目を丸くして見ていた。
「えっ、ええ?!」
「翔太くーん!」
と、困惑する翔太に向かって舞が大きな声を上げながら駆け寄ってきた。そして、その駆けてきた勢いのまま、翔太に抱き着いた。
「わあぁっ?!」
「翔太くんすごい! 超強いじゃん! っていうか最後のブレイク何あれ?! すごくかっこよかったんだけど!!」
興奮した様子の舞が翔太をぎゅうっと抱きしめながら叫ぶように言う。抱きしめられた最初こそは顔を真っ赤にさせて照れていた翔太だったが、徐々に加わる力に顔が青くなりはじめる。
「まっ、舞さ……く、くるし……」
「え?! あ! ごっめーん!」
えへ、と言いながら舞はパッと手を放して翔太を解放した。翔太は大きく深呼吸をして、不足していた分の酸素を身体に取り込んだ。そんなやり取りをしている間に、先ほどまで集まっていた人々はばらけていた。それを見て翔太は少しだけ、ほっとしていた。
「でも、本当に楽しかった! 翔太くんとバトルできて、本当によかった!」
舞はそう言って、翔太の右手を両手で握った。翔太も舞の手に自分の手を重ねて、握り返した。
「えっと……お、おれも楽しかったです!」
一方、画面の中ではショウが倒れていたミーコに手を差し出していた。
[立てるか?]
[ええ……ありがとう]
ミーコは差し出された手を握り、立ち上がる。
[あなた、強いのね]
[い、いや……それほどじゃ……]
[ふふっ、かわいい]
くすり、と笑ったミーコはショウに顔を近づけた。想像していなかったミーコの行動に、ショウは目を大きく開く。
[なっ?!]
[また、私と踊ってね。勇者さま]
そう言って、ミーコはショウの額に優しく唇を当てた。ショウの顔はぼんっ、と爆発したような音を立てて真っ赤に染まった。
[ふふっ、バイバイ]
ミーコは手を振り、その場から姿を消した。
「あ、あの、舞さん」
「ん?」
そんな、顔が真っ赤になっているショウに気付きもしない翔太はゲーム機の上に乗っていたカードをまとめて舞に言う。
「も、もしよかったらこれから、一緒にカードショップ行きませんか?」
「カードショップ?」
「えっと、その……、舞さんって他の人ともバトルしてみたいって言ってたから……。おれが行ってる店、店長さんが女の人で優しくて、それにおれの友達もいるし」
「え! 行きたい、行きたい!!」
ぴょんぴょんと跳ねまわりながら舞が言うのを見て、翔太はふっと笑った。
「じゃあ、行きましょう!」
「うん!」
翔太と舞はカードデッキを鞄に収め、弾むような足取りでシャインに向かった。
「じゃあ、翔太くんってブレバト始めたばっかりなの? それなのにあんなに強いってすごいねー!」
「え、ええっと……まだまだです……。でも、最近はブレバトを教えてくれる人がいて」
シャインに向かう道中で、翔太と舞は互いのブレバト事情について話をしていた。
「ブレバト教えてくれる人? それってどんな人?」
「中学生で、おれの友達のお兄さんの、友達なんですけど……すごくブレバト好きで詳しくて、いろんな戦い方とか教えてくれたんです。今日の戦い方も、その人に教わったやり方の一つで……」
「へえ、そうなんだ! あたしにも、ブレバト好きな中学生の幼馴染がいるんだよねえ」
舞は頭の後ろで手を組み、大股で歩きながら言う。
「そうなんですか?」
「うん! あれはブレバト好きっていうかブレバトバカっていうか……本当は一緒にやりたいんだけど、中学生になってからなかなか遊んでくれないしー。それこそカードショップに行ってるみたいなんだけど、どこの店か教えてくれないしさあ」
つまらなさそうに言う舞の言葉に、翔太はむっと表情を曇らせる。その幼馴染はなんてひどい人なんだ、と思っている間に、目的のカードショップ、シャインにたどり着いた。店に入ると、レジの近くで気付いた真澄が翔太に声をかけた。
「翔太くん、こんにちは……あら、今日は女の子と一緒なの?」
「え、ち、ちがっ」
「え?! 何だとぉ?!」
にやにやと笑いながらいう真澄の言葉を否定する翔太の横から、譲の大声が響いた。どたばたという駆け足の音と共に譲が翔太に向かって走ってきた。
「譲?! 何でここにいるの?!」
「やりなおしテスト必死の思いで終わらせてきたんだよ! それで翔太が待ってるかと思って急いで来たら……オレを差し置いてデートかよ?!」
翔太の両肩を掴んでがしがしと身体を揺らしながら譲が悲鳴のように言う。翔太は顔を真っ赤にさせてぶんぶんと首を振る。
「ち、違うって!! 舞さんは一緒にアーケードやって、それでショップに行こうって言って!」
翔太は譲の手を掴んで自分の肩から引き離した。翔太の説明を聞いても、譲は納得した様子を見せなかった。
「そうそう、あたしは翔太くんとアーケードしただけだよ? あ、っていうか君が翔太くんのお友達? はじめましてー! あたしはー」
「おうおう、ちびっこどもが何騒いでんだー?」
舞が名乗ろうとしたところで、バトルスペースから要と忍が顔をのぞかせた。
「あ、要さん、忍さ……」
「忍ちゃん!!」
翔太の横から大きな声が聞こえたとともに、風が一瞬、吹いた。何が起きたのか、と翔太が隣を見ると、つい先ほどまでそこにいたはずの舞の姿はない。
「うおおぁあ?!」
続いて翔太が視線を悲鳴が上がった方に向けると、そこには忍に抱き着く舞の姿があった。
「ま、舞?! 何でお前がここにいる?!」
「もー!! 忍ちゃんが行ってるカードショップってここだったんだね! 久しぶりに忍ちゃんに会えてうれしいー!!」
「おい! その呼び方はやめろ!!」
「もうー! 忍ちゃんは忍ちゃんでしょー?! じゃあ、これからここで忍ちゃんともブレバトできるねー! やったー!!」
「ああ……もう……」
舞に抱き着かれたまま、忍は低い声を上げてうな垂れた。そんな二人の光景を、翔太はぽかんとした表情で見ていた。
「……まあ、何だ、翔太」
いつの間にか翔太の両隣には要と譲が立っており、二人が翔太の肩をぽんぽん、と優しく叩いた。
「初めての恋は実らないって言うのが、世間の定番でな」
「ドンマイ、翔太」
「えと……え?! 何言ってるの二人とも?!」
要と譲は何かを察しているというようにうんうん、と頷いている。そんな二人の様子にワンテンポ遅れて反応した翔太は困惑したように両隣にいる市村兄弟をきょろきょろと見ていた。
「いい加減離れろ、舞!」
「忍ちゃんがまたあたしとブレバトしてくれるって言うまで離れなーい!」
「面倒くせえ……」
「何だとー?! 女の子に面倒くさいとか言う人はー!」
忍が気だるげに言うと、舞が不満げに声を上げた。直後、どたんばたん、と激しい音が店内に響く。
「こらこらー、お店の中で暴れるのはやめてねー」
注意するには穏やかな口調の真澄が、絞め技を決めている舞と絞め技を決められて悶絶している忍に声をかける。「はあい!」と元気に返事をした舞は、何事もなかったかのように忍の身体を解放する。忍は両手を地面につけ、ぜいぜいと荒く呼吸をした。
「で、忍ちゃん? あたしと遊んでくれるんでしょ?」
そんな荒い呼吸をする忍を見下しながら、舞が忍に問う。忍はひきつった表情で、舞を見上げた。
「……もう、好きにしろ」
「わーい! これからよろしくね、忍ちゃーん!」
「だからその呼び方は止めろ!!」
忍と舞のやり取りを見ていた要が「思い出した」とぱん、と手を叩いた。
「忍が言ってた幼馴染って、あの子か」
「え? じゃあ、舞さんが言ってたのは……忍さんのこと?」
要と翔太の頭の中で、二人の関係が一致した。それを見ていた譲は首を傾げて忍と舞を見ている。
「え、じゃあ師匠と舞さん? って、付き合ってるの?」
「違う!!」
「そうそうー、あたしと忍ちゃんは相方、みたいな?」
「それも違う!!」
譲と舞の両方の言葉に必死で否定する忍は顔を真っ赤にさせていた。怒りや焦りや苛立ちやその他いろいろな感情を含んだ忍の表情を、要がにやにやと笑いながら見つつ、スマホで写真を撮っていた。翔太はおろおろとあたりの様子を見ていた。
「なんだかこの店も賑やかになってきたわね」
くすくす、と楽しそうに笑いながら、真澄は一同の様子を見て、呟いた。
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