第5話《Aパート》

「あー……譲のバカー……」

 壮大なため息を吐いて、翔太は放課後の帰り道を歩いていた。

[譲の奴、どうしたんだ?]

 ポケットの中に入れていたデッキケースの中から声が聞こえてきた翔太は、カードを一枚取り出した。カードの中で、ショウが首を傾げ、不思議そうな顔をして腕を組んでいる。

「やりなおしテスト」

[何だ、それ?]

「今日の小テストの点数が悪くて、もう一度勉強した後テストのやりなおししてるんだよ」

[テスト……?]

 翔太の説明を聞いても理解していない様子のショウに翔太は「そこからか……」と小さく呟いた。

「ショウって、学校とか行ってなかった?」

[学校……翔太がいつも行ってる勉強する場所……だっけ?]

「そうそう。ショウは、そういうところに行って勉強とか、テストとかしなかった?」

 翔太が聞くと、ショウは腕を組んだまま再び首を傾げる。

[まあ……ブライト・ブレイバーの中で剣術とか魔法とか教えて貰うことはあったけど……]

「じゃあ、その仲間が先生ってこと?」

 翔太の言葉を聞き、ショウはぴくり、と眉を歪ませて沈黙した。

「……ショウ?」

 突然黙ったショウに、翔太が声をかける。ショウは一度目を閉じてため息を吐いた後、首を振った。

[いや、何でもない]

「うん……?」

 それ以上何も言おうとしないショウを不思議に思いながらも、翔太は聞かなかった。ショウの表情を見ていたら、深く聞いてはいけないと、感じてしまった。

「はあ……それにしても、譲……」

 翔太はもう一度、大きなため息を吐いた。

「譲ってブレバトしてるときは頭いいって思えるのに、テストになると全然だもんなあ……」

[おれもマーリンに稽古をつけてもらいたかったけどなあ……]

 翔太とショウ、二人は同時に大きくため息を吐き出した。

[それで翔太、今日はどうするんだ?]

 ショウに尋ねられ、翔太はうーん、と小さく唸って、それから足を止めた。

「よし! 今日はアーケードする!」

[おう!]

 翔太の言葉にショウが強く頷き、翔太も家に帰る道から方向を変え、ゲームセンターへ向かった。


[さあみんな! アイドルの輝きを集めて、レッツ☆ライブ!]

 ゲームセンターに入った翔太の視線を奪ったのは、とあるゲームの筐体の前に集まる大勢の人々だった。

「な、何……?」

 翔太は思わず足を止め、その様子を見た。筐体の前には、主に翔太と同じ年頃の少女たちや女性、男性問わず様々な人々が集まっている。人々の手には、ホログラム加工されたカードが光っていた。時折、画面を見て「わー!」「おおー!」と歓声が上がっている。

「あ、あれって……」

 筐体の上側には、『ドリーム☆ライブ ショップ大会予選』の文字が見えた。

「す、すごいなあ……人気あるって聞いたことあったけど、こんなにあるんだ……」

 その空気に圧倒されながら、翔太は目的のブレバトの筐体に向かって歩いた。

「あ、空いてる」

「ラッキー!」

 誰も座っていない筐体を見た翔太の声と重なるように、誰かの声が翔太の耳に届いた。声がした方を見ると、そこには少女が同じように翔太の方を向いていた。

「あ……」

 その少女に、翔太は見覚えがあった。以前、譲とアーケードで対戦した後にゲームをしていたサイドテールの少女。相手の方も、どうやら翔太のことを覚えていたようで、「あ!」と声を上げた。

「きみ! この間ブレバトやってた子じゃん!」

「は、はい……」

「もしかして、今日もする予定?」

 にこにこと笑う少女に尋ねられ、翔太はこくりと頷いた。

「マジで?! じゃあ、一緒にやらない?!」

 少女が翔太の手を掴む。翔太は目を大きく開き、頬を真っ赤に染めた。

「あたしと一緒に、ブレバトしようよ!」

「は、い……」

 顔を真っ赤にさせたまま、翔太が返事をすると少女はぱっと翔太の手を放して「やったー!」と両手を上げた。ぴょんぴょんと飛び跳ねる少女を見ていた翔太は、胸の中心に手を当てて、深く深呼吸をした。

[どうしたんだ、翔太?]

 そんな翔太の異変に気付いたのか、ショウが不思議そうな声で問う。問われた翔太はぶんぶん、と頭を振って「なんでもない!」と答えた。

「ねえ、きみ、名前は?!」

 少女は、翔太に顔を近づけて尋ねる。せっかく冷静になりかけた翔太だったが、再び顔を真っ赤にさせて、心臓をばくばくと鳴らした。

「ひっ、日村、翔太で、す!」

「翔太くん、かあ! あたしは江藤えとうまいね! よろしくー!」

 にっと歯を見せてピースをする少女――江藤舞に、翔太はこくこくと頷いた。

「え、翔太くんってどこの小学校? っていうか小学生だよね?」

「あ、えっと、七星小……五年生、です」

「えー?! 学校一緒じゃん! でも学年は違うからあんまり会わないのかなあ? あたしは六年生だよ!」

 驚いたような顔をしたり、首を傾げたり、笑顔になったり、と表情をころころと変える舞。翔太はそんな舞をぼんやりとした表情で見ていた。

「で、翔太くん!」

「は、はい!」

「早速やろうよ、ブレバト!」

 舞は言いながら、肩にかけていた鞄から黄色のデッキケースを取り出した。翔太は頷き、同じように鞄からカードを収めている赤いデッキケースを出した。

「じゃあ、始めよう!」

 ぱたぱたと走って、舞は筐体の前に座る。翔太もブレバトアーケードの筐体の前に座り、百円玉を入れた。舞も慣れた手つきで、カードを用意する。

「あの、舞さん」

「ん?」

「舞さんって、ああいうの、しないんですか?」

 そう言って、翔太はちら、と背後を見た。そこでは、『ドリーム☆ライブ』の大会で盛り上がっている人々の姿があった。舞も筐体から顔をのぞかせ、「あー……」と納得したような声を上げる。

「ドリライはなあ……なんかこう、踊る感じがないから」

「踊る?」

「そう! あ、あたしダンスもやってるんだけどねー、でもドリライだとその感じがなくって」

 舞の話を聞きながら、翔太は首を傾げた。それを見ていた舞は苦い笑みを浮かべる。

「あははー……やっぱ、わかんないよねえ……」

「え?! あ、えっと……ご、ごめんなさい……」

 翔太が謝ると、舞は首を振って笑った。

「大丈夫。これって多分、感覚とか直感的な感じだと思うから」

「感覚……直感……?」

 首を傾げ続ける翔太を見て、舞がぷっ、と吹き出す。

「翔太くん深く考えすぎー! ま、その辺はあたしとブレバトしたらわかるかもよ?」

 そう言って、舞は親指と人差し指で拳銃の真似をして、「ばーん!」と言った後に筐体の前に座りなおした。

「は、はい!」

 翔太は頬に熱を灯らせながら、画面を見た。『二人で対戦』を選び、カードデッキをデッキゾーンに置いた。しばらくすると、画面に『アルターゾーンにカードを置いてください』と表示される。翔太はデッキからショウのカードを取り出した。

[……翔太、顔が真っ赤だぞ? 大丈夫か?]

「え?!」

 翔太は思わず両手で自分の頬に触れる。その手からひらりと落ちたカードから[おわぁっ?!]とショウの悲鳴が上がった。

[おい、翔太!]

「えっ、あ?! ご、ごめん!!」

 カードの中で怒鳴るショウの声を聞いた翔太は、慌ててカードを拾い上げてアルターゾーンに置いた。

「あ、アルターコール! 『剣の勇者 ショウ』!」

 翔太が宣言すると、画面の中にショウの姿が現れる。が、その表情は不機嫌そのもので、頬を膨らませて腕を組んで突っ立っていた。

「……あれ?」

[もうちょっとおれを丁寧に扱ってもいいと思うんだが]

 ぶすりとしたふて腐れた顔でショウが画面の向こうにいる翔太を睨む。翔太は「ご、ごめんね……」と困ったように笑って謝罪をした。

「じゃあ行くわよ! アルターコール! 『踊る拳士けんし ミーコ』!」

 画面の向こう側から、楽しげな声が響く。それと同時に、翔太とショウの前に、舞のアルターがコールされた。橙に近い金色の鮮やかな髪と、茶色の瞳。そして、露出の多いひらりとした衣装を身にまとう、長身の女性。思わず、翔太もショウも胸を高鳴らせてしまった。

「さあ、バトルだ!」

 舞の元気な声と、画面の中のミーコの妖艶な笑み。翔太はごくり、と、喉を鳴らした。

「ドロー! チャージ、ドロー!」

「カードをレイズ!」

 カードをセットし、翔太と舞はボタンを押す。

「アクション!」

 画面上に『Action!』と文字が表示される。それと同時に、ショウとミーコの周囲に光が灯った。

「おれは『勇者の剣 シルバー・ソード』をコール! アタックだ!」

「あたしは『舞姫の腕輪 ルージュ・ブレスレット』をコール! こっちもアタック!」

 銀色の剣を構えたショウと赤い宝石が付いた腕輪をつけたミーコが、同時に互いに向かって駆けた。

「『ショウ』のアルター効果、『剣の加護』! 『剣』と名の付くカードをコールしたとき、そのアタック値を500アップさせる!」

 ショウの剣が銀色の光を帯びる。効果により、アタック値はショウのほうが上回った。

[はあっ!!]

 ショウがミーコに向かって剣を振るう。ミーコは両腕を頭の上で交差させて攻撃を受けた。その衝撃で、ミーコの腕輪が粉々に砕ける。そして、舞のライフが10から7に減少した。

「すっごーい! 翔太くんやるじゃーん!! っていうかさ、翔太くんのアルターって、なんか翔太くんに似てるよねー?!」

 攻撃を受けたはずの舞が嬉しそうに翔太に言う。名前を連呼された翔太は顔を赤らめて「えっ、あ、あっ、あの」とぎこちなく声を出すしかできなかった。そんな翔太の様子を、ショウが冷めた目で見る。

[翔太、次のラウンド]

「あっ?! は、はい!」

 ショウに促され、翔太は慌ててカードを引いた。

「えっと、チャージ、ドロー……カードをレイズ」

「はーい! あたしも準備オッケー!」

 翔太の声を聞き、舞も返事をした。

「あたしは『煌めきの獣 レーア』をコール!」

「『炎の狼 ファイヤ・ガルル』をコール!」

 ミーコの前に現れたのは、黄金色の毛をなびかせる大きな狼、レーア。それに対し、ショウの隣には炎を身にまとった小さな狼、ファイヤ・ガルルだった。大きさの差に、ファイヤ・ガルルが一歩後ろに足を引いた。

「いっくよー! もう一度アタック!」

「ディフェンスだ!」

 レーアがショウに向かって飛びかかるが、それをファイヤ・ガルルが塞いだ。そして、二匹の狼は同時に消滅した。

「うわー! 読まれたかー! でも次はそうは行かないからね、翔太くん!」

「う、は、はい……」

[全く……]

 照れた様子のままの翔太を、ショウが呆れた顔で見た。やれやれ、と言いながらショウはミーコを見た。

「次のラウンド!」

 舞と翔太はカードを置いて、ボタンを押す。

「アクション! 『獄炎の剣士 レン』をコール!」

「あたしは『大地の守護 ガイア』をコール!」

 ショウの隣には大剣を構えたレンが、ミーコの隣には茶色の長い髪の目を閉じた女性、ガイアが現れた。

「『ガイア』でディフェンス!」

「おれはエフェクト! 『レン』のエフェクト効果、『炎の補佐』でチャージを一つ増やす!」

 宣言し、翔太はチャージゾーンに一枚カードを置いた。その間、レンはぎろり、とショウを睨んだ。

[オイ]

[は、はい!]

 レンに呼ばれ、ショウは上ずった声で返事をする。それを聞いていた翔太も思わずびくり、と肩を震わせる。

[テメェ、俺が力を貸してやったんだ。負けるんじゃねェぞ]

 言った後、レンは光に包まれて姿を消した。また怒鳴られるんじゃないか、と思っていたショウはほっと安心したように息を吐き出した。翔太のチャージゾーンには四枚のカード。翔太はカードを引いた。

「……よし」

「うーん、あたしって読みが下手なのかなあ……ドロー!」

 確信を持って頷く翔太に対し、舞は首を傾げながらカードを引いてチャージゾーンに置いた。

「でも、なんとかなるよねー! コール!」

 にっ、と笑いながら舞はパーティーをコールした。

「『輝く拳 ゴールデン・リング』!」

「『勇者の剣 レッド・ソード』をコール!」

 ミーコの右手が黄金に輝く。ショウの手の中にも赤い刃の剣が現れ、しっかりと握りしめた。

「エフェクト!」

「よっしゃ! ミーコ、アタックよ!」

 舞の喜ぶ声と同時に、ミーコがショウに向かって走り出した。ショウは剣を構えるが、ミーコは軽やかなステップを踏んでショウの視界をかく乱させる。

[くっ……?!]

[あら、追いつかないかしら?]

 ミーコの声が聞こえた直後、ショウの視界から完全にミーコの姿が消えた。ショウははっと目を見開き、振り返った。目と鼻の先に、ミーコの笑みが、あった。

[まだまだね、小さな勇者さん]

 にこり、と微笑むミーコ。直後、ショウはミーコの黄金に輝く右手から放たれた一撃をまともに食らい、勢いよく吹っ飛ばされた。

「『ゴールデン・リング』の打撃力は3! ってことで、おあいこだね、翔太くん!」

 地面にたたきつけられるショウ。翔太のライフの表示が7に切り替わった。

「ショウ! 大丈夫?!」

 仰向けに倒れているショウに、翔太は慌てて声をかける。が、よく見るとショウの表情は痛がっている様子はなく、呆然としているものだった。むしろ頬が、赤い。

「……ショウ?」

[……ミーコ……綺麗だった……]

「ショウ……、鼻の下伸びてるよ」

 翔太が言うと、ショウは慌てて飛び起きた。首をぶんぶんと振った後、頬をぱしぱしと叩くショウを、今度は翔太が冷めた目で見ていた。

「……ショウ、次行くよ?」

[お、おおう! どんと来い!!]

 若干裏返った声で言いながら、ショウは剣を構えた。

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