第4話《Aパート》

「アタック!」

「ディフェンス、『勇者の盾 ラウンド・シールド』!」

 とある放課後。翔太と譲は、シャインでブレバト対戦をしていた。

「くっそー! 今のは行けると思ったのにー!」

「まだまだ! 次のラウンド!」

 頭を抱える譲に、翔太はにっと笑みを向けてカードを引いた。アルターゾーンに置かれたスマートフォンから映し出されるショウも、ふっと笑みを浮かべている。

「ドロー! チャージ、ドロー!」

「カードをレイズ!」

「パーティーコール!」

 シャインのバトルスペースでは、翔太と譲だけではなく、他のブレイバーもブレバトをプレイしていた。その様子を、カードを整理しながら弘明が微笑ましく見ていた。

「いいねえ、こうやってカードをしている光景。俺もしたくなるね」

「ヒロがゲームしたら本気で友達減るからやめといた方がいいわよ」

 にこにこと笑う弘明の後ろから、荷物を抱えた真澄が呆れたような口調で言った。その言葉を受けて、弘明の表情が苦笑いへと変わる。

「あー! 負けたー!」

「やった!」

 弘明と真澄がそんなやり取りをしている間に、翔太と譲のバトルの決着がついた。がく、と頭を下ろす譲と両手を上げて喜ぶ翔太。それを見た真澄はくすり、と笑った。

「今日は譲くんに勝てたみたいね?」

「はい!」

「あー、さっきのアタックが通ってたらなあ……」

 はあ、と大きく溜息を吐き出しながら、譲はカードをまとめる。

「うーん、やっぱカウンター戦法だよなあ……」

「カウンター?」

 譲の口から出た言葉に、翔太は首を傾げた。ホログラフに映るショウも不思議そうな顔を浮かべている。

「ほら、翔太が前にDDとバトルしたとき。あの時、翔太はDDにダメージを与えたけど、逆にダメージを食らったことがあったじゃん」

「あ、うん。えーっと……『スケープゴート・ドラゴン』、だっけ?」

「そうそう。ああいう感じで、反撃をするタイプな。はー……師匠に教えて貰わないとなあ」

「そういえば、前にも言ってたけど、譲の師匠って誰なの?」

 翔太もバトルテーブルの上にあったカードをまとめながら、譲に尋ねた。

「オレの師匠は、反撃の天才! マジですげーんだぜ!」

「反撃の天才……っていうか、譲にブレバト教えたのって要さんじゃないの?」

 翔太は不思議そうな顔をして尋ねる。要、というのは譲の兄であり、たびたび「兄貴にブレバトで負けたー!」という話題を聞く翔太にとって、譲の師匠は要だと思っていた。

「え? ああ、兄貴もブレバト教えてくれたんだけどさあ、それ以上に上手い人がいるんだよー。それがー」

「あら、いらっしゃい。二人とも、久しぶりね」

 譲が言いかけた時、真澄が入り口に向かって声をかけた。誰が来たのだろう、と翔太が入り口を見た途端、隣にいた譲が「ああああああああああっ?!」と大きな声を上げた。

「譲?! 何だよ、急に大きな声出して……」

「し、師匠!!」

「……誰が師匠だよ」

 譲の声に耳をふさいでいた翔太だったが、その単語は聞き逃さなかった。

「師匠って」

 店内に入ってきたのは、二人の中学生だった。一人はブレザーの制服にシャツをだらしなく着た少年、譲の兄こと市村いちむらかなめ。そしてもう一人は、ブレザーの下にパーカを着た少年だった。要の隣に立つ少年は譲の顔を見て、表情をひきつらせている。

しのぶ、相変わらず師匠呼ばわりされてんの?」

「あいつが勝手に呼んでるだけだ。っていうかお前の弟なんだからどうにかしろよ」

「えー? でもなんか面白いじゃん」

「……要」

 忍、と呼ばれた少年は不機嫌そうに要に言う。が、要の方はにこにこと楽しそうに笑って相手にする様子はない。そんなやり取りをしている間に、譲が二人の元に駆け寄っていた。

「師匠お久しぶりです!!」

「だから師匠はやめろって言ってるだろ」

「えー? 師匠は師匠だもん! 師匠以外に何て呼べばいいの?!」

「……面倒くせえ」

 はあ、と少年がため息を吐き出す。それから、睨むように要を見た。

「お前、譲が居るって知ってて誘ったのか?」

「いやー? まあでも大体こいつ、ここにいるし」

「……お前ら兄弟は……」

 少年が眉間に深く皺を刻みながら、低い声で呟く。一連のやり取りを見ていた翔太は、そばにいた真澄に尋ねた。

「あの、真澄さん。あの人は?」

「彼はおお河原かわらしのぶくん。要くんの同級生でお友達ね。前から要くんとブレバトをやってたみたいで、譲くんにもよくゲームのコツとかを教えていたみたい」

「へえ……じゃあ、あの人が譲の師匠なんだ」

 真澄から話を聞いた翔太が何気なく呟くと、少年――大河原忍はぎろり、と翔太を睨んだ。その眼光に、思わず翔太はびくりと肩を震わせる。忍の視線が動いたことに気付いた要が、忍の横から翔太を見た。

「あれ? 翔太じゃん。あ、そう言えば最近ブレバト始めたって言ってたな?」

「あ、はい……」

「へー。どうだよ、譲ボコボコに負かしてるー?」

「いや、翔太よりオレの方が強いし!」

 ニヤニヤと笑いながら言う要に、譲がぽかぽかと兄の身体を殴りながら言う。さっき勝ったことは言わないでおこう、と思いながら翔太は乾いた笑い声を上げた。

「それで、久しぶりにブレバトをしに来てくれたの?」

「はい。また新しいパック出たんですよね? それも買いに」

「まあ……たまには……」

 真澄に問われ、爽やかな笑みを浮かべて答える要と曖昧な返事をする忍。そんな忍の腕を、譲ががしっ、と掴んだ。

「……おい、何だよ」

「師匠! オレとバトル、しよ?」

 上目遣いで首を傾げながら、譲は忍に言う。それを見た忍の表情が、明らかに歪んだ。

「俺は何度お前とバトルしないといけないんだよ」

「だって弟子のお願いだよ?! 師匠として聞くべきじゃない?!」

「だから誰が師匠だ!」

「あ、あの」

 しがみつく譲を離そうと腕を振る忍に、翔太が声をかけた。

「……翔太?」

 譲が疑問符を浮かべながら、翔太を見る。忍も手を止めて、翔太を見た。

「誰だ?」

「あの、譲の友達の、日村翔太です。えっと……もしよかったら、おれとバトルしてくれませんか?」

「お前と?」

 どうして、と言うように忍は聞き返す。忍としては普通に見返したつもりなのだろうが、自分より年上の人物にそのような視線を送られることに慣れていない翔太は思わずびく、と怯えたように震えてしまった。

「え、えっと……譲から、すごく強いって聞いたから……。あの、おれ、もっとブレバトやって、強くなりたいから!」

「……はあ」

 必死に言う翔太に、忍は表情を特に変えることなく平然とした様子で返事をした。

「まあ、別にバトルするなら誰でもいいけど」

「本当ですか?!」

「ちょっと師匠?! オレには冷たかったのに翔太に対して甘くない?!」

 ぱあっと表情を明るくさせる翔太に対し、譲は再び忍の腕にしがみついて反論した。

「あー! お前は面倒くさいんだよ! いいだろ、たまに別の奴とゲームしたって! お前とはいつでもできるだろうが!」

「じゃあ次! 次は絶対オレとバトルしてよ?!」

「はいはい……」

 大きなため息を吐き出し、忍はバトルテーブルに向かって歩いた。忍に続いて、翔太が同じテーブルに向かって歩く。

「なあ、譲。翔太って強いのか?」

 バトルテーブルに立ち、向かい合う翔太と忍を見ながら、要が譲に尋ねる。

「んー……まだ始めたばっかだから何とも言えないけど、でも、DDには前に勝ったよ」

「え?! あのダイゴに?! へえ……翔太、結構やるじゃん……」

 ふっと笑いながら、要は腕を組んで二人のバトルを見守ることにした。


 バトルテーブルに向かい合って立つ忍を、翔太はじっと見つめた。

「譲にブレバトを教えた人、か……」

[反撃、って言ってたな]

 翔太の言葉に続けるように、ショウも言う。声色から、忍を警戒している様子が翔太にも伝わってきた。譲があれほどまでに言う相手。

「どんなバトルになるんだろう……」

 それは不安や怯えから出る言葉ではなかった。早くバトルをしたい、そんな思いが強く入った言葉。ショウはそれを聞きながら、ふっと口元に笑みを浮かべた。

[翔太、行くぞ]

「うん!」

 翔太は頷き、デッキゾーンにカードを置いた。それを見て、忍は小さく息を吐き出す。

「準備はいいか」

「はい!」

 冷めた様子の忍と対照的に、生き生きとした表情を浮かべる翔太。

「バトル!」

 翔太と忍が同時に宣言し、バトルが始まった。

「アルターコール! 『剣の勇者 ショウ』!」

「アルターコール、『りょくの忍者 村正むらまさ』」

 それぞれのアルターゾーンに置かれたスマートフォンの上にカードが置かれ、ホログラフが表示される。翔太のアルターゾーンにはショウの姿が、忍のアルターゾーンには緑色の忍装束に身を包み、黒い髪を高く結った男性の姿が映し出された。鋭い眼光と口元を隠す布で男性――村正の表情は読み取れない。

「ドロー。チャージ、ドロー」

 忍は冷静な動作で、カードを引き、チャージゾーンに一枚置いた。翔太もチャージとドローをする。

「カードをレイズ」

 二人はカードをパーティーゾーン、アクションゾーンにそれぞれ置いた。

「アクション!」

 宣言し、二人はカードを表に返す。

「アタック! 『勇者の剣 シルバー・ソード』!」

「ディフェンス、『身代わり忍者 半蔵』」

 ショウが銀の剣を振るって村正を斬ったかと思ったが、斬撃を受けた直後、村正の姿は別の忍者の姿と変わっていた。

[何っ?!]

「アタック失敗……」

 ぎり、と奥歯を食いしばりながらショウと翔太は苦い表情を浮かべる。忍は表情を変えず、ドロップゾーンにカードを置いた。

「次」

「えっ、は、はい」

 忍に言われ、翔太は慌ててカードをドロップゾーンに置く。そして、次のラウンドへと進む。ドローとチャージを終え、二人はカードをセットする。

「アクション! おれは『炎の狼 ファイヤ・ガルル』をパーティーコール! アタックだ!」

「エフェクト、『闇斬り忍者 甲賀』」

 ホログラフのショウの前に、炎に包まれた小柄な狼のファイヤ・ガルルが現れた。村正の前に現れた黒い忍び装束の忍者、コウガに向かってファイヤ・ガルルが飛びかかる。

「『ファイヤ・ガルル』の打撃力は2だ!」

 翔太の宣言を聞いて、忍は左手首に着けているBフォンを見る。10と表示されていたライフが8へ減少する。それから一つ息を吐き出し、忍は口を開いた。

「……『甲賀』の破壊時効果、『闇一線』」

「え?」

「このカードがアクションを失敗したとき、相手のチャージを一つ減らし、自分のチャージを増やすことができる」

 そう言って、忍は翔太のチャージゾーンを指さした。翔太は「あっ」と声を上げ、チャージゾーンのカードを一枚、ドロップゾーンに置いた。忍もデッキから一枚カードを引き、チャージゾーンに置く。

「ラウンド終了」

「はい……」

 ちら、と翔太は忍の顔を覗き見る。忍は気だるそうな表情のまま、カードを準備していた。が、翔太の視線に気づいたのか、手を止めて翔太を見た。

「何だ」

「え?! あ、いえ……」

 びく、と肩を震わせて翔太は慌ててチャージとドローをした。その様子を見ていた要がくすくすと笑いながら忍に声をかける。

「おいおい、忍ー。ちびっこいじめてんじゃねえぞー」

「いじめてねえよ。っていうかお前もいちいち人にビビりすぎだろ」

「す、すみません……」

 わずかに震える声で言う翔太に、忍は大きく溜息を吐き出した。

「……まあ、いいけど」

 どうでもいい、と言うように忍は言い放った。ホログラフのショウがむっと表情を曇らせ、腕を組む。

[おい、翔太。あいつなんか、やる気なさすぎじゃないか?]

「え? えっと、そうかな……」

[そうだろ?! もうちょっとやる気出してもいいんじゃないのか?!]

 びしっ、と忍を指さしながらショウが怒ったような口調で言う。ショウと目の前にいる忍の温度差を見て、翔太は「はは……」と乾いた笑い声を小さく上げた。

「おい、次行くぞ」

「は、はい!」

 忍に言われ、翔太はカードを引く。翔太のチャージゾーンには今置いたものを含めてカードが二枚、忍のチャージゾーンには四枚。

「チャージを……貯める……」

 忍のチャージゾーンを見ながら翔太は呟く。先日、譲と戦った後から、相手のチャージゾーンの動きを意識するようになった翔太にとって、忍のチャージゾーンは警戒するには十分だった。

[それにしても、反撃っていう割には反撃してこないな]

「……うん」

 ショウに言われ、翔太はBフォンに映し出されている自分のライフを見た。まだ1つも削られていないライフを守るのか、それとも攻めるべきか。翔太は手札を見ながら考えていた。

[おい翔太]

「は、はいっ」

 ショウに呼ばれ、思考を巡らせていた翔太は思わず裏声で返事をした。

[攻めるぞ]

「……へ?」

[あいつ! 何か気に食わないんだよ! おれが一発決めて、シャキッとさせてやる!!]

 忍を指さしながら、ショウは苛立ったように言う。そんなにイライラしなくても……と思いながらも、アクションに悩んでいた翔太はショウの言う通りにすることに決めた。

「カードをレイズ」

「アクション」

「おれは、『獄炎の剣士 レン』をパーティーコール!」

 ショウの前に、大剣を持った赤茶髪の青年剣士――レンが現れる。それを見たショウががく、と肩を落とす。それから肩を震わせ、翔太を見て怒鳴った。

[おい、翔太! おれが決めるって言っただろ?!]

「えっ……だ、だって……」

[あァ? なんか文句あるのかコラ]

 困惑する翔太と怒るショウのやり取りの間から、レンが低い声で言う。その声に思わず、翔太もショウもびく、と肩を震わせた。そんな二人の反応を気にした様子のないレンは大剣を振り、構えた。

「俺は『疾風の忍犬 キバ丸』をパーティーコール」

 忍が宣言すると、村正の前に忍び装束に身を包んだ二足歩行の茶色い柴犬が現れた。

「アクション! レン、アタックだ!」

「こっちもアタック」

 キバ丸とレンが同時にたがいに向かって飛びかかる。アタックポイントは、ショウとレンを合算したものが上、つまり攻撃が通るのは翔太の方だった。

「レンの打撃力は2だ!」

 翔太が宣言すると、レンがキバ丸を大剣で一刀両断した。忍のBフォンに映るライフが6に減少した。

「キバ丸の破壊時効果、『疾風の牙』」

「え?」

「このカードがアタックバトルで敗北したとき、相手に自分が与えられたダメージと同じダメージを与えることができる」

 レンが切った先から強い風が吹き、その風がショウに当たる。

[うわっ?!]

 ぶる、と翔太のBフォンが震え、表示されていたライフが8に減少した。

「これが反撃……?」

「翔太、まだまだだぞー」

 翔太が驚いたような顔をしていると、横から見ていた譲が声をかけた。

「師匠のカウンターは、こんなもんじゃないぞ」

 にやり、と自信ありげに笑う譲に、翔太は表情をこわばらせた。まだ、何かある。そう思いながら、翔太は目の前にいる忍を見つめた。

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