第3話《Bパート》

 5ラウンドが経過し、翔太と譲のライフはともに5まで削られていた。

「やるな、翔太」

「そ、そうかな……」

 譲に言われ、翔太は照れたように言う。ブレバトに関しては先輩である譲に褒められることは、翔太にとって素直に嬉しいことだった。

「翔太、ブレバトのルールとかは何となくわかったか?」

「う、うん。今日もやってみて、流れとかはわかるようになってきたし」

「よっし! じゃあ、ちょっとオレ、本気だすわ!」

 にっ、と歯を見せて笑う譲に、翔太は首を傾げた。

「本気……?」

[翔太、油断するなよ]

 画面の向こうから、ショウが翔太に声をかけた。

「油断って」

[あいつ、多分何かするつもりだ]

「何か、って何?」

[それがわからないから油断するなって言ってるんだ]

 疑問符を浮かべる翔太に対し、ショウは真剣な眼差しを翔太に向けた後、正面に立つマーリンと向き合った。

「ドロー!」

 楽しげに言う譲の声を聞き、翔太もデッキから一枚カードを引いた。

「チャージ、ドロー」

「カードをレイズ! さあ、どうするどうするー!」

 譲は満面の笑みを浮かべながら言っている。ゲームの画面で譲の顔が見えていなくても、翔太には譲の表情がわかった。それにつられて、翔太の口元にも笑みが浮かぶ。

「行くぞ、譲!」

「来い、翔太!」

「アクション!!」

 二人は同時にボタンを押す。画面上に、『Action!』というテロップが現れた。

「おれは、『勇者の剣 シルバー・ソード』でアタック!」

「ディフェンス!『水面の精霊 ウンディーネ』をコール!」

 画面の中のショウがマーリンに向かって銀色のシルバー・ソードを振るうが、その刃先はマーリンの前に現れた水で出来た女性の姿をした精霊で防がれてしまった。

「さらに、ウンディーネはアクションを成功させたとき、『精霊の加護』の効果を発動させて、チャージゾーンに置くことができる! ってことで、チャージ一つ追加!」

 そう言って、譲はチャージゾーンにウンディーネのカードを置いた。翔太はその様子を見ながら、シルバー・ソードのカードをドロップゾーンへ置く。

「チャージ……って」

 翔太は自分のチャージゾーンを見る。各ラウンドで一枚ずつチャージして五枚、さらに今までのラウンドで貯めていたものと合わせて、八枚となっていた。

「さあ、次のラウンドだ!」

 譲の声を聞き、翔太ははっと視線をチャージゾーンから手札に戻した。

「ドロー! チャージ……ドロー!」

 翔太と譲はカードを引き、チャージゾーンに置いた。譲のチャージゾーンには、九枚のカード。

「それじゃあ行くぜ、翔太! オレはカードと、チャージを三つレイズする!」

「チャージを……?」

 翔太は今まで見たことのないカードの設置方法に首を傾げた。

「ルールわかったって言ってなかったかー?」

「え、えっとごめん……」

「もー、じゃあ説明してやる! チャージはカードをオープンする前に置くことで、そのカードの効果を発動させることができるんだよ! もちろん、ラウンドで負けたらそのチャージもドロップに送られる……つーまーり!」

 譲がひょこ、と筐体の横から顔を出して、にやりと笑った。

「一か八かの、大勝負ってヤツだ!」

「大勝負……」

「さーて! カードをオープンだ!」

 そう言って、譲は画面の前に戻った。翔太は頷いて、同じように画面を見た。

「う、うん……おれは、『炎の翼 ファイヤ・フェニックス』でアタック!」

「残念でした!」

 譲の言葉に、翔太は表情を歪める。またディフェンスか、と思った時だった。

「ブレイク!」

「え?!」

「『賢者の黙示録』を発動! このブレイクが発動したとき、チャージゾーンのカードをドロップした枚数だけ、相手にダメージを与える!」

「え?! じゃ、じゃあ……」

 譲のチャージゾーンには、六枚のカード。そして、翔太のライフは5。譲はにやり、と笑って宣言した。

「オレは、チャージを五枚、ドロップゾーンに送る!!」

[翔太!]

 画面の中のショウが叫ぶ。しかし、翔太にはもう、打つ手はない。

[――さあ、これで終わりです]

 ショウの前に立っているマーリンが、小さく口を開いた。マーリンはどこからか分厚い本を左手の中に出していた。ぱらぱらとめくり、とあるページで手を止める。

[海よ、我が言葉に答えよ]

 マーリンの言葉に反応するように、画面の中の地面が、空が、空気が、青い光で染まる。ショウは険しい表情で、剣を構える。

[荒れよ、乱れよ。激流の中、彼の者に結末を与えよ!!]

 そして、マーリンはショウに向かって右の掌を向けた。青い光はマーリンの手の中に凝縮され、直後、巨大な濁流となってショウに向かって放たれた。

[うわああああっ?!]

「ショウ!!」

 濁流に飲み込まれたショウを見て、思わず翔太は叫んだ。画面に表示されていた翔太のライフが5から0になったと同時に、画面の濁流が消える。そこには地面に剣を立ててしゃがみこんでいるショウと、その正面に立つマーリンの姿があった。

「ショウ……よかった……」

 翔太はショウの姿を認識して、ほっと安心した息を吐き出した。ショウも濁流が消えたことを確認し、ゆっくりと顔を上げた。

[すげえ……強い……]

[君たちも、素晴らしかったですよ]

 ショウの呟きに、マーリンが穏やかに答えた。マーリンはショウの前に立ち、すっと手を差し伸べる。

[きっと君たちはもっと強くなれる。期待しています、小さな勇者よ]

 ふっと微笑みながら言うマーリンを見上げ、ショウは驚いたような顔をしたが、すぐに笑みを浮かべた。

[……ああ! 次は、おれが勝つ!]

 マーリンの手を掴み、ショウは立ち上がった。にっと笑うショウに、マーリンも目を細めて笑った。

「すごい……」

「翔太!」

 ショウとマーリンのやり取りを見ていた翔太が驚いたような表情を浮かべていると、後ろからやってきていた譲が大きな声をかけてきた。画面に集中していた翔太は思わず「わあ?!」と声を上げた。

「なんだよ翔太、そんなでっかい声出して!」

「ご、ごめん……えっと、な、何だっけ?」

「何だっけ? じゃない! 今日はオレの勝ちだぜ!」

 ふふん、と誇らしげに言う譲に翔太はこくり、と頷いた。それから画面を見ると、ショウとマーリンの姿はなかった。『You lose…』というテロップに切り替わっており、次のボタンを押すような指示が出ていた。

「うん、負けちゃった。でもすごい。譲ってそんなに強かったんだ」

「まあな? って言っても、まだまだ兄ちゃんとか師匠には及ばないけど」

「師匠?」

 譲に兄がいることは知っていたが、『師匠』と呼ばれるような存在がいると知らなかった翔太は不思議そうに首を傾げた。

「それより翔太! 続きやれよー! カードの強化!」

 譲が画面を指さしながら翔太の肩を叩く。翔太は言われるままに、ボタンを押した。画面に『カード強化!』と言うテロップが出る。

「どのモードをやっても経験値がもらえて、カードが強化できるようになるんだ。強化したいカードをアルターゾーンに置いたらいいんだけど……どうする?」

 譲の説明を聞きながら、翔太はフラットパネルに置いてあるカードを一枚取った。

「もちろん!」

 アルターゾーンにショウのカードを置いて、ボタンを押す。すると画面上にショウが映し出され、その身体が白い光に包まれた。

「わあ……!」

 光が消えたら姿が変わるのだろうか、と期待の視線を画面に向ける翔太。しかし、光が消えた先に現れたショウの姿は、以前と変わった様子が見られない。

「……あれ?」

「あのな、1回の勝負で、しかも今回お前負けてるから、そんな劇的に強化されないって。強化の道も一歩からって言うだろ?」

「何それ……初めて聞いたんだけど」

「それは置いといて! あと、アーケードしたら一枚カードがもらえるから忘れずに持って帰れよ!」

 譲に言われ、翔太は筐体の下側にある『カード取り出し口』と書かれた取り出し口に手を入れた。指先にカードの感触があった。

「これ?」

 そう言って取り出したのは、『獄炎の剣士 レン』、赤茶色の髪に黒い瞳で大剣を抱えた青年が描かれたカードだった。

「お、強そうなカードじゃん! 剣士だし、翔太のデッキと相性いいと思うぜ!」

「そうなんだ……」

「あの」

 翔太と譲がカードを見ながら話していると、後ろから少女の声が聞こえてきた。二人が振り向くと、頭の右側で髪をシュシュで結った、サイドテールの少女がいた。彼女の手には、黄色いデッキケースが握られている。

「もうゲーム終わったなら、代わってもらってもいいかな?」

「えっ、あ! はい! ごめんなさい!」

 翔太は慌てて、カードをケースの中に収める。突然の揺れに驚いたのか、ショウが[うわあ?!]と声を上げたが、そんなことを気にする余裕もない翔太は椅子から立ち上がった。

「ど、どうぞ!」

「ありがとう」

 少女はにこり、と笑って椅子に座って百円玉を筐体に入れた。

「翔太、じゃあシャイン行こうぜ」

「う、うん」

 譲が先に行く中、翔太はちらり、と少女を見てから譲を追いかけた。

「女子も、ブレバトするんだ」

「まあ、女子でもたまにやってるヤツ見かけるけどなあ。でもああいう女子って、ドリライの方が好きかと思ってた」

「ドリライ?」

 翔太が聞き返すと、譲がはっと眼を開いて、頬を赤らめて首を振った。

「ち、違うからな?! オレが好きとかそう言うんじゃなくて! CMでやってるの見たことあるだけだからな?!」

「ドリライって……あ」

 必死で否定する譲の視線の先を追いかけると、そこにあるゲームの筐体があることに翔太は気付いた。

「ドリーム、ライブ?」

 そこには、少女たちが行列を作ってプレイしているゲームがあった。筐体には大きく、『ドリーム☆ライブ』というピンクと黄色の文字、そして女の子のキャラクターの絵が描かれていた。

「じょ、女子向けのゲームだよ……なんかクラスでも言ってるヤツいるじゃん……」

「ああ……」

 翔太は納得したような声を上げ、そしてにや、と笑って譲の前に立った。

「譲ってそういうの、好きなんだ」

「なっ……?! 違うって言ってるだろー?!」

 譲は顔を真っ赤にして否定し、笑いながら逃げる翔太を追いかけて走った。


「オレとしてはー、翔太のデッキにはチャージを貯めるカードがあってもいいと思うんだよなあ」

 シャインへ行く道中、翔太と譲はデッキについての話をしていた。

「チャージって、いまいち使い方がよくわかってなかったけど、今日の譲見てたらなんか、使ってみたいなあって思ったよ」

 翔太は今日の譲とのバトルを思い出しながら頷く。

「だろー? で、あとお前のブレイクな。あのカードは強いけど、ぎりぎり自分を追い詰めないといけないし、逆に言えばライフが1じゃなきゃ使えない」

「うん、そうだね」

「で! オレが今日試したのは、お前のバーニング・スラッシュ封じなのだ!」

 ふふん、と誇らしげに腕を組みながら譲は言った。

「バーニング・スラッシュ封じ?」

「そう。翔太のライフを削るけど、1にはしない。そうすることで、お前のブレイクは発動できない!」

 びし、と翔太を指さしながら譲は断言した。その断言を受けた翔太はびっくりしたように目を丸く開いていた。

「どうだ、すごいだろ!」

「うん、すごい……譲って頭いいんだ……」

 テストの点数では自分とそう変わらない平均点を取っている譲が、ここまで考えながらブレバトをしていると知らなかった翔太は、素直な感想を言った。と、言っている間に二人はシャインにたどり着いていた。

「真澄さん、ヒロさん、こんにちはー!」

「こんにちは!」

 自動ドアが開き、譲と翔太が昨日と同じように挨拶をして店に入ると、二人の目の前に黒い背中が見えた。背丈のある、学ラン姿とモヒカン頭。その姿を認識した翔太は目を大きく開いた。譲はその人物を指さして悲鳴のような声を上げた。

「ああああっ?! DD?!」

 呼ばれたDDこと大門寺ダイゴは「あ?」と低い声で返しながら、翔太と譲の方を向いた。

「……お前ら」

「おっ、お前?! 何しに来たんだ! ま、まさか翔太へのリベンジマッチか?!」

「ええっ?!」

 ダイゴが何かを言いかけたが、譲の混乱したような言葉にかき消されてしまった。そして、その譲の言葉を真に受けた翔太が怯えたような声を上げる。譲はポケットの中からデッキケースを取り出し、ダイゴに向かって突き出した。

「なら今度はオレが相手だDD!!」

「……違う」

 はあ、と大きく溜息を吐き出してダイゴは否定した。その言葉は怒り、と言うよりは呆れのような、けれど昨日のダイゴまでとは全く違う様子から出るものだった。

「これ」

 ダイゴは持っていた紙袋の中から何かを取り出し、翔太と譲に渡した。渡されたものを見て、二人はぱちぱちと瞬きをする。

「ブレバトの……ウエハースチョコ?」

 それは、ブライト社から発売されているブレバトのカードが一枚入っているウエハースチョコだった。最近ではブレバト人気に合わせて、品切れ続出、と言われているものを何故ダイゴが、と譲は首を傾げた。

「詫びだ」

「詫び?」

「今まで、この店にも……お前らにも迷惑をかけたからな」

「本当に、ダイゴくんって律儀なのね」

 翔太と譲から視線をそらしながら言うダイゴを、真澄が微笑みながら見ていた。

「とりあえず、ダイゴくんがいつものダイゴくんに戻って安心したわ」

「本当に、すみませんでした。真澄さん、弘明さん」

「いいって、そんなかしこまって謝らなくても」

 深々と礼をするダイゴに、弘明が両手を振る。

「またみんなと一緒に、楽しくバトルをしてくれたら、それでいいよ」

「そうよ。また遊びに来てね、ダイゴくん」

 弘明と真澄の言葉を聞いて、ダイゴがようやく頭を上げた。

「ありがとうございます……! また、来ます」

 そう言ってもう一度礼をした後、ダイゴは翔太を見た。

「昨日は、悪かったな。お前、初めてのバトルだったんだろ」

「え、あ……はい……」

 ダイゴに言われ、翔太は頷く。翔太の反応を見て、ダイゴは再び頭を下げた。

「え?!」

「あんな形で、お前とバトルしてしまって、本当に悪かった」

「そ、そんなことないです!」

 翔太が言うと、ダイゴは頭を上げる。

「その……確かに、あの時はちょっと怖かったけど……。でも、ダイゴさんとバトルして、おれ、ブレバトもっとやってみたいって思いました! だから……えっと……」

 言いながら、翔太はポケットに手を入れ、デッキケースを取り出した。

「また、バトルしてください!」

 翔太の言葉を聞き、ダイゴの目が大きく開かれた。それから、ふっと目を細めて、ダイゴは笑った。

「ああ、またしよう」

「あ! じゃあ、オレともバトルしろよな、DD!」

 翔太の横から、同じようにデッキケースを見せながら譲がダイゴに言う。ダイゴはそれに頷きながら、手を振った。

「やってもいいが、俺に敵うと思うなよ」

「なにー?! 絶対バトルしろよ?! 絶対だぞ、DD!!」

「へいへい」

 譲と翔太に背を向け、大きな紙袋を持ったダイゴは店を出て行った。気怠そうに答えるダイゴだったが、その口元には、小さな笑みが浮かんでいた。遠くなる背中を見つめていた翔太は、手の中にあるデッキケースに視線を落とした。

「……ショウ、おれ……もっと強くなりたい」

 翔太はケースの中に入れてあるショウのカードに向かって、小さく語り掛ける。

「もっと、強くなって……いろんな人と、バトルしたい!」

[そうだな。おれも……もっと、強くなりたい]

 ショウの声を聞き、翔太はきゅっと目を閉じて笑った。それから振り向いて、翔太は真澄のところへ向かった。

「真澄さん! ブレバトのこと、もっと教えてください!」

「あら、翔太くんやる気ね?」

「はい! おれ、もっとブレバトがやりたいです!」

 翔太は満面の笑みを浮かべ、バトルスペースへと走った。

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