第11話 あくと10

 朝ごはんを食べ終わって、仁は洗面所で歯を磨く。鏡を見ながら丁寧にだ。しっかり歯を磨かないと気がすまない性質だった。部屋に戻って、カバンに必要なものが詰め込んであるか確認する。宿題は、土曜日の午前に済ませてある。あの後の騒ぎを考えるとそれで正解だったのだろう。勉強する暇もなかったから。そして仁はカバンを持って玄関に向かう。ヒメは準備できているのだろうか?

 玄関の下駄箱に立っているヒメを見て、仁は驚いた。

 制服姿のヒメ。白い和服姿も、ゴスロリの服を着ているときも確かに可愛かった。よく似合っていた。しかしとりわけこの制服姿は良く似合っている。ベージュのブレザー。赤チェックのスカート。胸元のリボン。なんというか清楚なお嬢様といった感じだ。

「…………」

「どうじゃ、かわいいじゃろ? 似合っておろう?」

 黙りこくる仁に対して、得意げに尋ねるヒメ。

「ま、まあね。それも蛇術で生み出したの?」

「うむ。仁、ちょっと顔が赤くなっておる。今夜はこの制服でプレイするとするかの?」

「しないよ!」

「ほっほ、照れ屋さんじゃの」

「あ、ヒメ」

 話がおかしな方向に行きそうなので仁はちょっと話題を変えることにした。

「なんじゃ?」

「その口調。さすがに学校では止めてよ」

「なぜじゃ?」

「おかしな人と思われるの! だから、もうちょっと……」

「こんな話し方でよろしいかしら?」

 突然にお嬢様口調でヒメは仁に言った。仁はちょっとびっくりした。

「う、うん」

「それでは、学校へ参りますわよ」

 ヒメが玄関のドアを開ける。

「む」

 ヒメがそう言ったのは、ある少女が外に立っていたからだろう。ヒメと同じ制服姿。もちろん綱島法子だ。

 彼女はにっこり微笑んだ。

「仁、迎えに来たわよ」

 ヒメは眉をピクピクさせながら、法子に詰め寄る。

「小娘、妾にあれほどやられても懲りぬのかや?」

 法子の表情は笑顔のままだ。

「あら。あたしは清姫、あなたを倒すためにここに来たんじゃないのよ。いつものように仁を迎えに来たの。あなたのことも気になったし。やっぱりうちの学校に転入してくるのね」

「ほっほ。こうやって一緒に学校に行けば、仁の心はきっと妾に傾くじゃろうからのう。もうすでに傾いておるわ」

「そうやすやすとはいかないわ。あたしはあなたの監視役よ。学校で仁にハレンチなことをしないか見張るの」

 法子が厳しい表情になってそう言った。登校途中が大変なことになりそうだ。

「めんどうくさい小娘じゃのう」

 ふてくされるヒメに、仁が声をかける。

「まあ、仲良くやってよ」

「無理じゃ」

「無理!」

 ヒメと法子の声がハモった。

「だいたい妾がそんなえっちな女だと思っておるのかの? 妾はいつも貞淑じゃ。小娘は妾と仁が二人きりで登校するのが気に食わぬだけであろう!」

 ヒメはずびし、と法子に人差し指を突きつける。あの夜這いはなんだったのだろうか? 貞淑ってどういう言葉なのだろうか。仁は呆れてしまう。

「いつもは、あたしと学校に行ってるの! 同じマンションだし。それより仁。昨日清姫にハレンチなことされなかったでしょうね?」

「し、してないよ!」

 だが、ヒメは顔を赤らめて恥ずかしがるしぐさをしながら、こう言った。

「仁~~~~~。昨夜は激しかったの? 妾は何回も何回も……」

 法子のこめかみに青筋が立った。

「うそうそうそ! なんにもしてないよ! 僕はそんなにエロくない!」

「本当に?」

「信じてよ」

「むう、仁は妾に合わせてくれぬのかえ?」

「合わさないよ」

 不満げなヒメに仁はため息一つ。

「まあよい。仕方ないの」

 納得してくれた様子のヒメに仁は少し胸をなでおろした。

「あ、そうだ、法子。これからは、清姫のこと、清野さんって呼んでくれるかな?」

 法子が怪訝な顔をした。

「きよの、さん?」

「妾は人間界では清野ヒメと名乗ることにしておるのじゃ」

 ヒメが横から口を挟んだ。

「そうみたいなんだ。学校で清姫呼ばわりはまずいと思うしさ」

「それもそうね。よろしくね、清野さん」

「さ、学校に行くぞえ!」

「ちょっと! せっかくあたしが丁寧に挨拶してるのに、何よその態度!」

「ほっほっほ。小娘が図に乗るでないぞ」

「小娘って呼ばないで。あたしのことも『綱島さん』って呼んでよね」

「学校ではそう呼ぶぞえ」

 彼女たちに口論させておくときりがなさそうなので、仁はなんとか収拾しようと考えた。

「ちょっと、いい加減に止めなよ。ほら、早く学校に行こう」

「……そうね。さ、行くわよ、仁」

「さ、妾と手をつないでいこうぞ!」

 どちらからも手を引っ張られて仁は困り果てた。

「いい加減にしてよ!」

 そう言って二人の手を振り払い、先にすたすたと歩き出した。

「待ってよ」

「待ってたもれ」

 本当に先が思いやられる、仁はエレベーターを待ちながら、恨めしそうに天井を見上げた。

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