第5話 あくと4

「おお、まんがやらのべでいっぱいじゃのう!」

 好奇心でいっぱいの様子で、ヒメは店内を見回す。

 漫画。

 アニメのDVD。

 ライトノベル。

 ゲーム。

 そして同人誌。

 仁はヒメが行きたがっていた、コミック・アニメ専門店に彼女を連れてきたのだった。家から一番近いところだ。日曜日なので午前中でも比較的混みあっている。周りから見ると二人はオタクカップルに見られたりするのだろうか。

 ここには仁の年齢では、買うことのできない成人向けのものも置いてある。ヒメは、男性同士が見つめあうイラストが描かれてある本を手に取っていた。

「おお、これがぼーいずらぶというものかえ。ひょうたんの中では知識としてだけ持っておったが、実際に見てみるとやはり封印から解かれたというのを実感するのう」

「ちょ、ちょっと。それはまずいよ」

 仁がヒメをたしなめると、しれっとした様子で彼女は、答える。

「なぜじゃ?」

「これは僕らの年齢は買ってはいけないものなの!」

 変なところで真面目な仁だった。実際にはネットでエッチな画像を見たりしているのだが。

「年齢、ああ。妾にとっては問題ないぞえ?」

「なんでだよ?」

「妾は多分千歳超えておるからのう」

 そういう問題ではない、と仁は呆れてしまった。確かに彼女は千年くらい前に封印された蛇精、清姫だ。けれども、見かけの姿はまるっきり十代の女の子だ。実際の年齢が何歳であろうと意味があるものではない。身分証明となるものにそう書かれていたら納得しなければならないだろうが。

「あのさ、ちょっとは自重しようよ? それと口調も変えてって言ったのに変えてないし……」

 ヒメは周りの人にまるっきり言動が痛い子のように思われているだろう。確かにオタクの中にはこういう『自分は千歳だ』と痛いことを言ったり、古風な口調で話す人はいるかもしれない。だがそれは中二病をこじらせた人として扱われる。しかしそれでも仁は彼女に普通の女の子のように振舞ってほしかった。恥ずかしくてたまらなかった。

 そんな仁の言葉に耳を貸さず、ヒメは成人男性向けのほうへと歩き出す。そして一冊の本を手に取ると、じーっと表紙を見つめた。仁は慌てて彼女のほうに向かっていき、本を取り上げようとする。その表紙には何が描かれているかというと。

 おっぱい。

 乳。

 朝の人気子供向けアニメの美少女戦士、キュアキュアの二次創作同人誌であるその本には、キャラクターの一人であるキュアグリーンのあられもない姿が描かれていた。

 ヒメは仁がその本を取り上げようとするのを、素早くかわして、こう言った。

「のう、仁。やはりそなたもこのようにおっぱいが大きな娘がよいのかの? 妾もなかなかのものじゃと思うがの? 触ってみて分かったじゃろ?」

 仁はヒメのおっぱいの柔らかさを思い出して赤面を禁じえなかった。

「ほほう、純じゃのう。初心うぶじゃのう。おお、それなら妾の体の秘密を教えてやろうぞ」

 そう言ってヒメはえっちな同人誌を棚に戻すと、仁の耳に口を寄せた。

 ちゅっ!

仁の耳にヒメの柔らかい唇が触れたのを感じた。

「うわっ!?」

 慌てて顔をヒメから遠ざける仁。

「ほっほ。ほんに仁はからかいがいがあるのう。それ、今度は本当に妾の秘密を教えてやるぞえ、耳を貸せ」

 仁は首を横に振って拒否する。ヒメは仁の体をつかんで無理やり口を彼の耳に近づけてささやいた。

「妾はまだ生娘じゃぞ」

「ぶ」

「ほっほ、早く妾の処女を奪ってたもれ」

「もう、やめてよ!」

 思わず仁は叫んでしまった。周りの人がなんだなんだと視線を仁たちのほうへと向ける。その中で、仁のよく知っている人が声をかけてきた。

「お、安藤じゃん。ここに来るならなんで俺を誘わなかったんだよ」

 脱色した髪をナチュラルな感じにセットした、縁無しメガネをかけた少年。仁の親友、只野宅哉ただのたくやだ。

 その姿を見て、ヒメは怪訝な顔をした。そして仁に尋ねる。

「こやつは、だれじゃ?」

 仁が答える前に只野がヒメに自己紹介をする。

「あ、俺は只野宅哉。安藤のダチさ」

「ふむ」

 ヒメは興味なさげに相槌を打った。

「あのさ、自己紹介くらいしようよ。僕の友達なんだし」

 仁が促すとヒメは不承不承、只野に自己紹介をする。

「妾は、清野ヒメじゃ」

 それだけ言うと、仁の服を手で引っ張った。

「妾はおなかが空いたぞえ。なにか食べに行きたいの」

 どうやら只野に対して全く関心がないようだ。冷たくあしらわれた只野といえば、特に気を損ねたふうでもなく、愛想よい笑みを浮かべながら仁に話しかける。

「はは、変わった娘こだね。どこで知り合ったの?」

「ああ、僕の遠い親戚なんだ。明日からうちの学校に転校してくるらしいよ」

 只野が興味深げにメガネの底を光らせた。

「へえ! そりゃ楽しみだなあ。でも『らしい』ってなにさ?」

「急に決まってね。僕も実はよく分かってないんだ」

 辻褄を合わせるのに仁は必死だ。

「のう、そやつの相手はそのくらいにしての、仁。早くご飯食べに行こうぞ」

 ヒメが不満げにそう漏らす。

「俺も一緒に行っていいかな?」

「妾は仁と二人きりがよい」

 只野の提案を軽く一蹴りするヒメ。仁以外の男に冷たいこと限りない。

「あのね、ヒメ。ちょっといいかな。只野は僕の親友なんだ。だからもうちょっと愛想よくしてよ」

 仁がそうヒメをたしなめると、ヒメはぶっすーとした顔で答えた。

「もしかして、仁はあの同人誌のような男を好きになる性癖があるのかの?」

 その言葉に仁は呆れ果てる。ヒメの嫉妬心は限りない。

「そんなわけないでしょ。ごめんね、只野」

「……はは。本当に変わった娘だね」

 さすがの只野も乾いた笑いだった。仁は只野に対して本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「とりあえずさ、只野も一緒にモグモグバーガー行かない?」

「いいのかい? 清野さんは安藤と二人きりがいいみたいだぜ?」

「いいんだ。只野がいたほうがちょっとは気が楽だからね」

 ちょっと本音を漏らしてしまう仁。ヒメと二人では気が休まらない。だから仁は只野を強引にでもついてこさせようとしていた。

「本当にいいのか?」

「いいんだよ」

 ヒメはやはり不満げな顔だが、この際自分の意思を通そう、と仁は思った。

「分かったぞえ、仕方ないの」

 どうやらヒメは納得してくれたようだ。ともあれ、仁たちはコミック・アニメ専門店を出て、モグモグバーガーに行くことにした。

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