第2話 夜闇の緋――VS.Nissan<Fairlady Z>(Z34)


#0 Formation Lap


 時刻は二一時、気温は十五度、路面温度は十四度、晴れ。月明かりが照らす五月の夜、埼玉大学『教養全学ツインストレート』上にて、二人の大学生が向かい合って視線をぶつけている。

 方や成人して僅かに経った二一歳で、ウェービーボブをアッシュに染め上げた女性。タイトなスキニーとゆったりしたブラウスは対照的だが、不思議とそのどちらもがグラマーな肢体を強調している。首のシルバーアクセサリは鎖骨と交差することで、白い肌が一種の妖美さを獲得していた。

 方やまだ初々しい一九歳で、ナチュラルショートを簡素に整えている男性。細く小柄な体躯とそれを収めるオリーブのカーゴパンツは彼を少年らしく演出し、形容しがたい不安定さを醸し出している。けれども真っ直ぐなその眼差しはエネルギッシュで、それは彼を見た目よりもやや幼くさせていた。

「まずは、こんばんはかしらねぇ? 逃げずに勝負を受け入れてくれて、感謝するわよ……青海くん」

「売られた喧嘩は、生憎買うのが性分なんでね。例え緋宮(ひみや)さんがどんな相手だろうと、バトルをするって一度決めたら俺は逃げませんよ」

 今にも触発しそうな二人。互いの視線が絡まり合って、教養学部棟前には緊迫した空気が張り詰めていた。緋宮と呼ばれた女性が先に口を開く。

「ルールは分かっているのよねぇ? SRCでの一本勝負、先にゴールした方の勝利。コースは決めて来てくれたんでしょう」

「当然、そこは抜かりないですよ」

 艶やかで心をざらりと舐め取るような声に、青海は一枚の紙を突き出すことで応える。彼の作成した今回のコースマップには、埼玉大学を大きく一周するような経路が記されていた。

「ホームストレートをあんまり通らないのねぇ……まぁいいわ、これで行きましょう。事前に伝えてある通りだけど、私のクルマはこの<フェアレディZ>よ。そっちの愛車は、噂の通りなのかしら?」

 緋宮がそう言ってルーフに手を乗せたのは、プレミアムサンフレアオレンジに身を染めた、Z34型の日産<フェアレディZ>。三〇〇馬力以上を誇る<VQ37VHR>エンジンをフロントに載せている、国産車では恐らく最も艶麗なスポーツカーの一つ。別名を『貴婦人』と呼ばれる伝統の<フェアレディZ>シリーズの中でも最新のモデルで、サーキットではとてつもない存在感を放つマシンだ。

 そんな緋色のスポーツクーペに自らの腰を擦り付けながら、彼女がキーを青海に見せつけて挑発してくる。対して緋宮の質問に答えるように、彼は一つ頷いてから自らの愛車に視線を移した。

「噂も何も、最初から目的はこれなんでしょう?」

 スバル<サンバー>。青海の駆るその軽トラックは、スバルにとって重大な意味のあるWRブルーを纏っている。その心臓は乗せ換えた上にチューンナップを施した、スーパーチャージャー付きの四気筒DOHCバルブ<EN07X>エンジン。四輪独立懸架サスペンションとその奇特なエンジンレイアウトから、『農道のポルシェ』と称えられているクルマ。

 相手を、そして自分を嘲笑して、緋宮が率直な感想を漏らす。

「まさか、本当に軽トラとバトルするなんてねぇ……この目で見るまで、ちっとも信じられなかったわよ」

「今更、不平でも零すんですか?」

 突き刺すような青海の意志は、眼差しと声に表れている。それを掴んでぐいと引き寄せるようにして、緋宮は更なる挑発を重ねてきた。

「滅相も無い、SRC最速と言われた走りを期待してるわ。くれぐれも、私を失望させないような走りをね――さぁ、スターティンググリッドに並べましょうかっ!」

 彼女の放ったその一言が、澄んだ月夜に木霊した。


 SRC――埼玉大学ラリー選手権(Saidai Rally Championship)。読んで字のごとく、埼玉大学敷地内の路という路をサーキットとしてクルマのスピードを競い合うレース。私有地であるため法定速度が存在せず、毎度エキサイティングなバトルが見られる話題沸騰中の人気モータースポーツだ。自分のクルマを所有している大学生は講義が終わると愛車のキーを握り、夜の大学をただひたすらに走り込んでそのエギゾーストを響かせる。

 バトルは挑戦を引き受ける形で行われるため、決められた試合がある訳ではなく偶発的。ルールやレギュレーションは紳士規定が少々存在する程度で、当事者同士の合意さえあれば基本的には何でもあり。三台以上のスポーツカーでバトルをしてもよし、ターマック(舗装路)だけでなくグラベル(未舗装路)をコースに織り込んでもよし。そんな大してラリーでも選手権でもないSRCにおいて、最近ダントツで注目すべきトピックスが一つある。

 首都高速埼玉大宮線をホームコースとする走り屋チーム、ナイトフライト。そのリーダーである赤羽の駆るトヨタ<86>が、他流試合として参加したSRCで軽トラックに敗北したのだ。

 高速道路バトルはハイスピードかつ相応以上のドライビングテクニックが要求されるため、その覇者である赤羽はいわば『さいたまの帝王』となる。そんな技量の高いドライバーが、どこの田舎から出てきたかも分からないような軽トラに負けた。これは大学生の走り屋たちにとって非常に重大な出来事であり、これによりSRCの注目度が全国的にもぐっと高まったと表現しても過言ではないだろう。

 そしてこれは同時に、その軽トラックであるスバル<サンバー>とドライバーの青海の華々しいSRCデビューでもあった。

 赤羽の<86>に勝利した軽トラは、そのボディカラーから『青い流れ星』として多くの走り屋の心に焼き付いた。そうなると当然青海の<サンバー>は数多くの有力ドライバーから標的とされるようになり、彼へと宛てられた挑戦状も後を絶たない程に送られてきた。しかし青海はこれら全てに対してSRCで勝利して、毎夜のようにその実力と青い軽トラを遺憾なくギャラリーに見せつけている。

 そして、学期も始まったばかりの五月半ば。ゴールデンウィークもSRCに明け暮れた青海にまた一つ、新たな果たし状が突き付けられた――。


 十四時三〇分、三限の基盤講義が終わった。黒崎と共にその講義を受けていた青海は、もうこれ以降の講義も無いため帰り支度を始める。

「青海~、帰ったらお前ん家でマリカやろーぜ」

「いいぜ、俺の完璧なドリフトを見せてやっからよぉっ!」

 そんな男子中学生のようなことで盛り上がっていた男子大学生の二人に、とある女性が突然声を掛けてきた。

「おうみ……『青い流れ星』の青海って、アナタのことで合ってるかしら?」

「そ、うですけど……えっと、何でしょう?」

「SRCの申し込み。単刀直入に言うと、そういうことになるわねぇ……私の名前は緋宮って言うの。よろしく」

 手にしているレジュメから察するに、緋宮も二人と同じ講義を受講している学生らしい。偶然同じ科目を取っていて、SRCチャンピオン候補の青海にこの場で勝負を挑んだというところだろう。

 このようなバトルの挑戦を、彼は今まで何回も受けてきた。四月、まだその名が広まったばかりの頃は律儀に全てのチャレンジャーとバトルをしていたのだが、彼の<サンバー>はその全てに見事圧勝している。そのため青海は埼玉大学最速の座にかなり近づいたと同時、バトルをすることの意味を見失い始めて挑戦の受け入れを控えるようになっていた。

「緋宮さん……で、良いんですよね。悪いんですけど俺、そういうバトルの申し込みをこれからなるべく受けないようにしたんです。あんまり燃えなくて……家が蓮田にあるんですけど、そこからクルマをここまで持ってくるのだって大変ですし」

「挑戦者にも一定のレベルを要求するの……流石はチャンピオン候補、随分と良いご身分ねぇ」

「別に、そこまでは言ってないですけど」

 緋宮が彼を煽ろうとしていることが、言葉や調子から伝わってくる。なるべく相手を挑発して、自分とのバトルに持ち込もうとする。積極的にイニシアチブを握ろうとしてくる彼女はとても年上らしくて官能的で、青海は一種の威圧感を覚えた。

「それじゃあ、どんな条件ならば私と走ってくれるのかしら? 一応私、本庄サーキットは何回も走ってるくらいの腕前だけど」

「ドラテクも確かに重要ですけど……まだ戦ったことの無い、そんなクルマなら」

「Z34型、日産<フェアレディZ>。どうかしら?」

 舌の上で、緋宮がその車名を転がす。それをただ一つ聞いただけで、青海の眼には静かな青い炎が宿った。

「――勝負を受けますよ、緋宮さん。明日の夜九時、教養棟前で良いですよね?」

「えぇ……そうね。それで行きましょっか、青海くん」

 ゆったりと笑う、緋宮の目尻。これでSRCのバトルが成立したが、彼のその決定に黒崎が一言もの申した。

「おい、ちょっと青海……! お前いいのかよ、二つ返事で」

「構わないだろーよ、あのフェアレディが相手ならな……バトルは難易度が高くて楽しい方がいい、お前だってそう思うだろ」

 面白そうに呟くそんな友人を止められる言葉を、黒崎は生憎持ち合わせていなかった。

「お前、中学の時からそうだもんな……楽しそうなことには首を突っ込むし、やると決めたことは徹底する」

「安心しろよ、負ける気なんざさらさら無いからな。スポーツカーが一番速いって、そんな常識はぶち壊してやるって」

「あらあら、かなり大きなことを言うのねぇ……それじゃあそんなキミに、今回のコースを決めさせてあげる。そっちの方が格下なのは目に見えてるから、丁度良いハンデでしょう?」

「その言葉、後悔させてあげますよ……緋宮さん」

 睨み合う二人の狭間には、激しい火花が散っていた。


 そんな経緯があって、翌日の午後九時。埼玉大学ホームストレート上、全学講義棟一号館前に横たわるハンプ(段差)をスタートラインに見立てて、二台のクルマがそのフロントバンパーを並べていた。進行方向左側が緋色の<フェアレディZ>、右側が青い<サンバー>だ。周囲にはギャラリーが大量に湧いていて、『青い流れ星』と<フェアレディZ>とのバトルがどれだけ注目されているのかが分かりやすい。両ドライバーは、既にドライビングシートに乗り込んでいた。

「青海くん……相手が凄そうなお姉さんだけど、今回も頑張ってね! 私、青海くんのこと応援してるからっ!」

「ん、サンキュな桃山。いっつも俺の味方をしてくれて」

「そっ、それは――そりゃ、だって、青海くんのためなんだし……とにかく、勝って帰ってくるって信じてるよっ!」

 そう言って頬を赤らめ照れながら、桃山は<サンバー>の右ドアを離れた。元々クルマにはあまり詳しくない彼女だが、SRCをやるごとに毎回彼の応援をしてくれる。その真意――恋心、穿った見方をすれば下心は言うまでもない。

「しっかし、お前も果報者だよな~……うらやましく思えてくる」

「何だよ、何か言ったか黒崎?」

 桃山と入れ替わるようにしてやって来た黒崎は、とても微妙な顔をしていた。<サンバー>が勝利することを願っているが、そのための作戦やロジックを心得ていないような。気の抜けた声で彼がぼやく。

「……なぁ青海、お前今回も勝てると思ってるのか?」

「おいおい、お前には分かってるんだろ黒崎? 俺が一体、どこで何をやろうとしてるのか」

 ドアに右肘をかけながらにやける青海だが、対して常識人である黒崎はそんなにも楽しそうな彼を見てハラハラしている。

「止めろよな、お前のやりそうなことは大体危険か非常識で失礼なことなんだから……相手の緋宮さんが年上だってこと、レース中でも忘れんなよ?」

「安心しろって、俺が年上好きなのは知ってるだろ?」

「どーゆー意味だよ、それ」

 青海の言葉に黒崎が呆れて、かつ彼のやろうとしていることを大方確信した。そこにもう一人別の男性がやってきて、彼ら二人に挨拶をする。

「よっ、相変わらず仲良いなお前ら」

「あ、赤羽さん……! 来てたんですか?」

「当たり前だろ青海、お前の走りは俺を負かしたモノだかんな。特に今回の相手は俺の<86>と同じFRなんだ、外からじっくりと見させてもらうぜ」

 青海に親指を立ててから、赤羽が愛用のマルボロに火を点ける。一吹かしして黒崎を一瞥し、彼に一つの質問を投げかけた。

「なぁ黒崎、今回のバトルはどこで見るべきなんだ?」

「おススメは……レースの終盤、大学会館ローソン前ですかね。桃山も連れてきて、三人一緒に見ましょっか」

「おー、俺からもそうして欲しいぜ黒崎。桃山も赤羽さんも、三人からまとめて応援してくれるってのは勇気が湧いてくる」

 黒崎の提案に青海も乗ると、赤羽が北西の方向を向きながら言葉をポツリと漏らした。

「二食前のコーナーと、ホームストレート合流の直角コーナー。それらに挟まれるは、路面状況の悪いストレートか……こっからも近いしな。よし、その話乗った! 俺がスターターを務めるからよ、その後は大学会館前でお前の走りをしかと見てるぜっ!」

「ほっ……本当ですか、赤羽さんっ! 赤羽さんが見守ってくれるってんなら、俺どこまでも頑張れそうですよっ!」

 嬉しそうな青海の笑顔を見てから、赤羽が口角を上げることで応えて二台の間へと歩を進める。それを見届けた黒崎はとりあえず桃山を捕まえて、一足早く大学会館へと移動した。

 レースの準備は、全て整った。

「二人とも、準備はいいよなぁっ?!」

 エンジンの空吹き音を響かせて、<フェアレディZ>と<サンバー>が応答する。両車ともシフトは一速に入れ、ハンドルを握る手に力を入れる。

「そんじゃあ行くぜ、五秒前っ! 四っ、三っ――」

 赤羽がタバコを持った右手を掲げ、一つまた一つとカウントする。ギャラリーの視線は彼に向けられ、レースの主役が一時的に移った。

「二っ、一っ――」

 マフラーから出る排気熱により、クルマの後方で蜃気楼が起こる。赤羽の指が四つ折られて、ブレーキランプが四つ消灯し、後輪が四つ回り始めて。

「かっ飛ばせ、ゴーっ!」

 振り下ろされたタバコの灯火が、大きく力強い弧を描く。スキール音が飽和して溢れ、銃弾のように緋色と青が押し出されていった。


 #1 《Supertonic Lady/MEGA NRG MAN(SUPER EUROBEAT Vol.157)》


 スタート時点でリードしていたのは、緋宮の<フェアレディZ>だった。

(相手は軽トラ、こっちは三〇〇馬力オーバー。いくら向こうが軽くたってねぇ、パワーはこっちの方が有り余ってるのよ)

 加速をすればその分だけ、青い<サンバー>を引き離してゆく。三三六馬力を誇る貴婦人の心臓は、一〇〇馬力強しか出すことの出来ない非力な軽トラとは格が違うのだ。路面条件の良いストレートであればあるほど、その差は如実に現れてくる。

 アクセルを強く踏み<VQ37VHR>エンジンを思う存分に回転させるが、シフトは決して二速には入れない。変速する前にタイトな低速コーナーである最初の関門、『正門前モニュメントゲート』へと突入するからだ。

 このモニュメントゲートの特徴は、何と言ってもその進入口の狭さだろう。正門近くにある小奇麗な花壇とロータリー中央にある謎のモニュメントとが織り成す、クルマ一台分しか通れないようなスペース。

 そこを通過してからロータリーを一周し再びモニュメントゲートを抜けるのがSRCの定番コースだが、ここをクリアーできずにリタイアしてしまう挑戦者も少なくはない。そんなコーナーへと今まさに、緋宮は差し掛かろうとしていた。

「まずは、噂の第一コーナー……この程度なら全然踏めるっ!」

 ブレーキングからの荷重移動に、ステアリングを思い切って右へ。FR由来のオーバーステアはアクセルを煽り加速することで相殺し、限界の速度でバスロータリーを旋回していった。

 <フェアレディZ>、まずはクリアー。二回目通過の前に遅れてきた<サンバー>を前方へと割り込ませて、ひとまず彼のドライビングを後ろから観察する。

(さて、どの程度の腕前なのか――って、ちょっとっ?!)

 青い軽トラのそのコーナリングは、有り体に言って異常だった。

 軽い車体を存分に生かし、ブレーキングを極端に短く。RRレイアウトの旋回性をフルに発揮して、オーバースピードにも関わらず狭いコーナーを曲がっていった。あんな芸当をやっていては、命がいくつあっても足りない。車体が今にもすっ飛んでいきそうなのに、不思議と<サンバー>は接地したままロータリーを駆け抜けていった。

『青い流れ星』のリスキーっぷりは、噂通りの代物だった。クラッシュもリタイアも恐れることなく、けれどもコーナーはギリギリかつしっかりと曲がり切る。誰にも真似出来ないような、頭のネジが数十本は外れたドライビングだ。

(成程ねぇ……SRC最強の走りは、確かに納得できるモノ。でも、それでもね。私のZには、絶対に追いつけない)

 彼女が心中でそう呟きながら、ロータリーを駆ける軽トラを傍目に、次のS字コーナーへと突入する。学内では比較的緩いワインディングをグリップ走行で抜け出して、あまりクルマに負担をかけずにそのテールをゆらゆらと振ってギャラリーに見せつけた。まるで、優雅な貴婦人の舞踏会のように。

 赤い残光で弧を描きながら、緋色の<フェアレディZ>は『駐輪場連続シケイン』へと飛び込む。三つの直角コーナーで構成されるこのテクニカルセクションは、徐々にコーナー径が小さくなってゆく第二の難所。しかしコーナリングマシンであるこのクルマと、サーキットを走りこんでいる緋宮の組み合わせだ。理想的なアウト・イン・アウトのラインを描くことで難なく曲がり、その先に待ち構えているバックストレートを走り抜ける。

 直線区間に入ったこともあって、緋宮は息抜きも兼ねてバックミラーをちらと見ることにした。後方視界に移っているのは数人のギャラリーと連続シケインの最終コーナーだけだが、まだ<サンバー>の姿は見えない。スタート直後に築いたロータリー一周分のマージンを彼女は更に拡大させて、だから今頃青海はシケインに入ったところに――。

 そう思った瞬間。バックミラーに突如として、物理法則を超越したスピードでねじ曲がる青い軽トラックが映り込んだ。

「ちょっ……何よあのクレイジーな危険走行はっ?!」

 彼女の取った走行ラインとは、何から何までが違って見える。コーナーのクリッピングポイントは右前輪が跨いでいたし、脱出もストレートの左端ではなく中央寄りに抜けている。アウト・イン・アウトからはイン側にかけ離れた、普通はありえないコーナリング。

(そう、あれがインホイールリフトってやつね……!)

 青海の人知を超えたドラテク、その真髄を緋宮はこの瞬間に垣間見た。


「青海の得意技は主に二つあってだな、『溝落としサイドターン』と『インホイールリフト』に分けられるんだ」

 大学会館西、パラソルの開いた深緑のガーデンテーブル。黒崎、桃山、赤羽の三名はそこの椅子に座ってローソンのプレミアムケーキでも貪りながら、青海がこの地点まで到達するのを呑気に待っていた。

「黒崎、その一つ目の溝落としサイドターンはあれだろ? コーナーのクリッピングにある溝にイン側のタイヤを落とすやつ」

「……赤羽さん、くりっぴんぐって何ですか?」

 桃山が口元に人差し指を当てながら、首を傾げて赤羽に問う。対して彼は初心者にも分かりやすいよう、出来るだけ砕いて解説した。

「そうだな、クリッピングを説明するには……まずアウト・イン・アウトからか。桃山ちゃん、クルマで曲がり角を曲がる時は曲がりたい方向に幅寄せすべきだって思うか?」

「お、思うも何も……交差点では右に曲がりたければ右に寄れって、教習所で習いましたけど……」

「って思うだろ? でもな、速く走るためにはその真逆を行くんだよ。例えば右に曲がりたければ、出来るだけ左側に幅寄せして大きく曲がる」

 赤羽が指のジェスチャーで、径が大きめの弧を描く。桃山がそれに驚いて、一方の黒崎はにやにやと見守っていた。

「えっ、でもそれじゃあ最短距離じゃ無くなるじゃないんですか?」

「そこがキモなんだよな。基本中の基本のテクニックで、アウト・イン・アウトって言うんだけど。コーナー進入時にアウト側に振って、曲がってる最中はクリッピングポイントって呼ばれるコーナーのイン側の頂点をかすめ、脱出は逆にアウト側に振る。こうすることでタイヤのグリップを一番効率良く使えるし、何よりゆったりとした走行ラインだからスピードが出ている状態でも一番曲がりやすい。だから、結果的に一番速く曲がれるんだよ」

「んで、青海の溝落としサイドターンだが。赤羽さんが今言ったクリッピングポイントに窪みだとか溝がある場合限定で、その溝に前輪をわざと落とすんだ。そしてサイドブレーキを引いて後輪をロックさせることでわざと滑らせ、けれど前輪を溝に引っかけることで遠心力を殺す」

 黒崎が話に横槍を入れる。サイドブレーキで後輪の動きを止めることでドリフトのようにクルマが横方向に滑るのだが、クルマには横方向へのブレーキが搭載されていないため車体がどこかへすっ飛んでいくリスクがある。一方で埼玉大学のコーナーのいくつかにはクリッピングポイントに小さな溝があるが、青海はそこを支えとして上手く利用することで横方向へのブレーキを無理矢理かけるのだ。これにより、アウト・イン・アウトよりも速いスピードでコーナーを旋回することが可能となる。

「それでだよ黒崎、もう一つのインホイールリフトってのは?」

「赤羽さんだったら、『縁石跨ぎ』って言えば通じるかもですね。ほら、青い<スカイラインGT-R>に乗ってたあの世界最速の男が得意だった……」

 そのセリフで赤羽は合点の行った表情をするが、桃山は当然のことながら置いてけぼりにされている。そんな彼女を見かねてか、黒崎が詳しい説明を入れようとしたが。

「なぁ桃山、慣性の法則って覚えてるか?」

「え~っと……あれだよね? 電車の中で、身体がぐぃ~ってなるやつ」

「そう、それ。そのぐぃ~ってなるやつを青海が使ってるんだよ」

「おいそこの無教養学部生共、何だよその中学生レベルのしょーもない認識は?」

 工学部生としてのプライドが許さないのか、赤羽が呆れて額に手を当てていた。しょうがないので、彼が慣性の法則についてレクチャーを始める。

「いいか? 慣性の法則の定義はな、『物体に外部から力が働いていない時、静止している物体は静止し続け、運動している物体は等速直線運動をする』ってやつなんだよ。さっきの電車の例で説明すると、電車が止まってる状態から加速をしだすと中の乗客は止まった状態のままでいようとするからぐぃ~って後ろに倒れるし、逆に電車が急停車すると乗客は前進する力を受け続けていたからそのまま前に倒れる。これをクルマに応用するとな、加速する時はクルマの荷重――つまりトラクションが重心から後ろ側にかかるし、ブレーキングの時はトラクションが前にかかる。乗客の例を荷重に置き換えた訳だな」

 赤羽がルーズリーフを取り出して、そこに単純な四角形の絵を描く。それに進行方向の矢印を加えることで、クルマを上から見た時の図として二人に捉えさせた。喋りながら様々な書き込みをして、分かりやすく荷重移動の仕組みを解説する。

「そこでコーナーを曲がる時なんだがよ、普通は減速してきっちりとスピードを落とし切らないとアウト・イン・アウトでも曲がり切れないからブレーキを踏む。つまり、この時はトラクションが前輪にかかっているんだ。そしてクリッピングを通過してから加速して、トラクションも徐々に後輪側へと移る。けどな、青海はクリッピングに差し掛かる前からアクセルを踏むんだよ」

「そんなことやっちゃっても……青海くんは、ちゃんと曲がれるんですか?」

 桃山の質問を受けながら、赤羽はクルマの俯瞰図に様々な書き込みを増やしてゆく。

「詳しく見てくか。青海はまずコーナー入口で減速して、荷重を完全に前へと集中させる。けどその次にステアリングを素早く切り込んで、クリッピングポイントを踏まないうちにクルマのノーズをコーナー脱出口にある程度向けるんだ。そして間髪入れずにアクセルオンで加速して、トラクションを後ろのタイヤ二輪にかける。キモはこっからでな、この時はコーナーを曲がってるから遠心力が発生するんだよ。そうするとだなぁ……」

 ルーズリーフに記された目印は、クルマの後輪の二つと、コーナー外側にある片方一輪ずつの前後輪。右コーナーを想定する矢印を赤羽が書き加えると、たった一か所だけデッドスポットが現れてきた。

「あっ……右側の前輪だけ、何の力も加わってない!」

「そう、そのとお――」

「正解だぜ、桃山。赤羽さんのこの図で分かるように、コーナーのイン側にあるタイヤは荷重がかからないんだ。だから言ってしまえば一番力の軽いタイヤになって、つまり場合によっては地面から浮いてしまう。これがいわゆるインホイールリフトで、青海はこれを利用してクリッピングを『跨いで』いる」

 核である重要な解説を黒崎に取られてしまって、赤羽が少しばつの悪そうな顔をする。その代わりか、その先の説明は黒崎も赤羽に譲った。

「クリッピングを跨ぐことの利点だけどな、これは一般的なラインよりもインベタ……イン側に車体を寄せられるどころかその奥にまで行って、通過スピードを速めに保ちながらもより短い距離でコーナーを通過できるんだよ。青海は溝落としサイドターンとこのインホイールリフトを、コーナーごとに使い分けているって訳」

 両者に共通していることは、コーナーへ突っ込む際のスピードを極力殺さずに生かすことだ。だからコーナリングスピードを速めに保つことが出来るし、車体の軽さも相俟ってスポーツカーにも追いつけるほどの速さがある。一方で両者の違いと言えば、遠心力の使い方が正反対であることだろうか。

「どっちを使うにしろ、青海のコーナリングはピカイチだ。あり得ない速さで曲がっていくから、それがアイツの武器になってる。けど、ストレートはどうしても勝てないからな……駐輪場連続シケインを抜けてからが、青海にとっての正念場だろう」

 黒崎の不安そうなその呟きは、遠くから聞こえる二台のエグゾーストノートによって掻き消された。


 #2 《With Your Photograph/Annalise(SUPER EUROBEAT Vol.175)》


 その日のギャラリーを最も沸かしていたのは、何といってもやはり<サンバー>の限界コーナリングだった。

 駐輪場連続シケイン、一つ目と二つ目は地味なグリップ走行。そのはずなのにブレーキを伴わないオーバースピードで突っ込んでくるので、速さも迫力もドリフトのそれを上回っていた。右に左にと揺らぐ車体は、不安定で今にも飛んで行ってしまいそう。

 短いバックストレートを抜けた後は、連続シケイン最後の直角コーナーが待ち構えている。青海はコーナー入口で一旦アウト側に<サンバー>を寄せ、<フェアレディZ>よりもっと深いポイントでレイトブレーキングをして見せた。慣性の法則に従ってドライバーも前に倒れ、ハンドルに頭をぶつけそうになる。

 ブレーキペダルをやや早いタイミングでリリースしてから、すぐさまステアリングを右に鋭く切り込む。そうして遠心力を存分に発生させた後、茂みへ向けて迷わずアクセルオン。外縁側三つのタイヤに確かなトラクションを覚えて、自分の真下に位置する右前輪を浮かして縁石を乗り越えた。

 スキール音だけをその場に残して、<サンバー>が次のストレートを駆け抜ける。前方に見えるは貴婦人の赤いテールライト、まだそこまでは離されていない。『理三裏S字カーブ』を向こうはブレーキングで減速してから曲がったのに対し、青海は車体の軽さを存分に発揮してノーブレーキで果敢にクリアー。スタート直後に千切られた<フェアレディZ>に、あともう少しで追いついてみせる。

(いや、違う……ここまでだ)

 彼が目一杯にアクセルを踏んでも、緋色のクーペは徐々に小さくなってしまう。S字カーブを抜けた先は、『工学部東コロナーデストレート』。路面状況が悪くスピードが中々出せない区間だが、それでも二〇〇馬力以上の差は圧倒的だった。どれだけ悪路に強い『農道のポルシェ』ことスバル<サンバー>でも、パワー負けして再び差を開かれてしまいつつある。

 そしてコロナーデストレートの先に待ち受けているのは、『工学部ロングストレート』と『体育館北ロングストレート』。この二本を合わせれば、ホームストレートに匹敵するほどの長い直線区間となる。加えて、体育館北ストレートは路面状況が比較的良くて緋宮に有利だ。コロナーデと工学部ストレートとを繋ぐ直角コーナーでのブレーキングでこれまで通り車間を詰めても、その先でまた力負けしてしまう。

(ここいらが泣きのストレート、ってか……もっとも、最初から織り込み済みだ。コースはこっちに決めさせてくれたからな、簡単に勝たせにゃ行かさねーぜ、緋宮さん)

 そのコーナーに差し掛かる直前、<サンバー>のブレーキランプがほんの一瞬だけ点灯。レイトブレーキングを駆使して荷重をフロントに移したものの、青海はオーバースピードで直角コーナーへと突っ込んだ。

 クリッピングポイントには小さな溝があったので、先程は浮かせた右前輪をその溝に落としてちょいと引っ掛けてやる。同時にステアリングを切りながらサイドブレーキを引くことで疑似的なドリフト、クレイジーな勢いをさほど殺さずに生かして旋回。必殺の溝落としサイドターンを、ほぼ完璧に決めて見せた。後はRRレイアウトの加速の良さを存分に搾り取って、工学部ロングストレートを走ってゆくのみ。

 一度ストレートを耐えてしまえば、その先は青海が有利となる。このことを裏返せば、この直線区間でどれだけ車間距離を維持できるかでこの先の展開が左右されるのだ。引き離されるのは分かっている。ただその差を一センチでも短くすることで、逆転への希望をその分だけ繋ぎ合わせることになる。

「こっからそこまでの秘策は皆無だ……でもそれ以降は分かんねーぜ、ホラ緋宮さんも逃げてみろよなぁっ!」

 一〇〇馬力超の<EN07X>エンジンをアクセルベタ踏みで鞭打ちしながら、青い<サンバー>は二つのロングストレートを果敢に流れていった。


 駐輪場連続シケインから先が、青海にとっての正念場。黒崎のその言葉を聞き逃さなかった桃山が、一体どういうことかと尋ねてきた。それに対して彼は、赤羽と会話しながら答えることにする。

「今頃走ってる区間、コロナーデストレートとロングストレートですけど。赤羽さんは、前に青海とのバトルでここを走っててどう思いましたか?」

「そうだな……最初は、ストレートだからスポ車の高出力を生かせるって思ったな。でも存外に路面状況が悪くて、あまり飛ばし過ぎるとタイヤも足回りもいかれるなって速度を抑えて。その間に、後ろから青海が追ってきたっけか」

 四月のこと、青海と赤羽のバトルを思い出す。赤羽の<86>は二〇〇馬力を誇るのだが、コーナーの連続する区間ではその出力を出し切れなかった。そしてその状況が打開して、コーナーが無いためブレーキングをしなくてもいい完全な直線区間として現れたのがコロナーデストレートだった。しかし蓋を開けてみると路面のひび割れや凹凸が酷かったためスピードを出せず、一方の<サンバー>は悪路が得意な軽トラなために全開走行で猛追した。

「赤羽さんのその体験談からすると、青海はストレートでも緋宮さんから大きく離されることは無い。でも、今回は赤羽さんの時とは違う要素が一つある……桃山、分かるか?」

「わっ、私っ?! ん~と……ここまでのコースは前回と同じだよね。じゃあ、当然だけど相手が違うとか?」

 彼女が当てずっぽうで出した回答に、他の二人が目を見開いて驚く。

「珍しいこともあるもんだな、ドンピシャだよ桃山。具体的には、馬力が違う。<86>は二〇〇馬力きっかりだけど、<フェアレディZ>は三三六馬力。つまり一〇〇馬力以上も差があるんだ。そこまで違ってくると、悪路といえど流石にストレートスピードも変わってくる」

「緋宮の方が、俺よりスペックに余裕があるって訳か……ストレートだと馬力の差が如実に出てくるもんな。アイツの<サンバー>が一〇〇馬力ちょっとってのを考えると、流石に今回はついて行くのも難しいってか」

 赤羽が納得して頷く。青海の馬力に合わせるのなら<86>は五〇パーセントの馬力を出す必要があるのに対し、<フェアレディZ>は三割も出さなくても事足りるのだ。

「でも、コースを決めたのは青海くんなんだよね? 自分にそこまで不利なコースなんて、普通選ぶかなぁ……?」

 気の抜けた声で訝しげに呟く桃山に対し、黒崎は真っ向から否定する。

「違うぞ桃山、このコースはアイツにとってむしろ有利なんだ。今爆走してるストレート区間は、最初からアイツが捨てにかかってるパートだ。だから正念場って言ったろ、ロングストレートを抜けた先は――」

「『教育学部テクニカルセクション』……低速コーナーが連続する、青海の得意なもう一つの区間かっ!」

「その通りっすね、赤羽さん。ストレートはいわばコーナーとコーナーの繋ぎでしか無くて、アイツの仕掛ける二つ目のポイントはそのテクニカルセクションですよ」

 <サンバー>の持ち味は車体の軽さを活かした低速コーナーで、加えて青海の二つの必殺技が炸裂するのもそこだ。SRCにおいては駐輪場連続シケインの他にも幾つか低速コーナーが集中している区間があり、その一つが教育学部テクニカルセクションである。道が狭くコーナーも五つあって、軽くて小さい軽トラがその真価を発揮できるセクター。ここは逆に<フェアレディZ>のような大型のスポーツカーでは、小回りが利かずに走り辛くて不利なのだ。

 連続シケインと教育学部セクションの両方をコースとするには、その途中にあるコロナーデ&ロングストレートを通過しなければならない。コーナーを拾うために苦手なストレートも走るか、それともストレートを避けるためにコーナーまで一緒に捨てるか。青海はこの二者択一に対して、前者の選択肢を採用した訳だ。

「直角カーブは<サンバー>の方が速いって、連続シケインのギャラリーから情報が入ってたからな……青海のやつ、コーナリングマシンにコーナーで勝つってのは本当に頭いかれてやがるぜ」

「えっ、<フェアレディZ>ってコーナリングマシンなんですか? あんなナリで……」

 赤羽のぼやきに、黒崎が意外そうな表情をして反応する。初心者にはやはり話の流れが見えないので、桃山が再度質問してきた。

「はいはーい、こーなりんぐましんって何ですか~?」

「赤羽さん、俺説明できないんでお願いします」

「メーカーが『コーナリングマシン』って言って売ったら、そのクルマはコーナリングマシン。以上だ」

「えぇっ?!」

 桃山の顎が外れるのも気にせず、しかし念のためなのか赤羽が補足説明を加えた。

「エンジンパワーが強いクルマは、基本的にストレートが速い。例えば、日産だと<GT-R>とかだな。でもさ、コーナー曲がる時って基本的にブレーキ踏むんだよ。馬力をフルに使い切って曲がるコーナーってのは、サーキットでもなかなか見れない。つまり直線が速いクルマはコーナーじゃそこまで速くはないんだけど、一方のコーナリングマシンは逆なんだ。パワーはそれほど高くないけど、クルマ本来の運動性能を活かすことで他のスポーツカーよりも速くコーナーを曲がれる」

「じゃ、じゃあ……その運動性能って、どうやって決まるんですか」

「基本的には、駆動方式かね。俺の<86>や緋宮の<フェアレディZ>はFR(Front Engine Rear Drive)駆動で、特にコーナーの旋回性とかに優れたレイアウトなんだよ。もっとも、<サンバー>のRR(Rear Engine Rear Drive)駆動には負けるけどな。後は前後重量配分だったり、車体の軽さとかだな」

 クルマの性能はストレート重視かコーナリング重視か、基本的には片方しか選べない。ストレートが速いクルマはパワーがあるがその分だけ重くて、トラクションが良いが旋回性の悪い四輪駆動を採用しがちだ。対してコーナリングマシンはFRレイアウトによって高い運動性能を獲得するものの、トラクションは悪いし重量を軽くするためにエンジンパワーを抑えている。

 ポルシェ<911>やスバル<サンバー>の採用しているRR駆動は、言ってしまえば『トラクションに優れたFRレイアウト』だろうか。重心が後ろにあるため旋回性も高く、駆動輪の真上にエンジンがあるからストレートも路面への動力伝達率が良い。ただハンドリングのクセが強くピーキーで、青海のような熟練されたドライバーでないと乗りこなせないのが難点だ。

「んで、Zがコーナリングマシンって話ですけど。赤羽さん、俺はそんな与太話信じませんよ」

「まぁ、先代のモデルで評論家が勝手に言ってたことだから気にすんなよ。<フェアレディZ>はFRだから運動性能が高いし、パワーもあるから高速コーナーが特に速い。前後重量配分もほぼ五〇対五〇でバランス良いしな、サーキットじゃそこそこ立派なコーナリングマシンだぜ? いやさ、俺だって黒崎の言いたいことは分かる。Zの弱点のことだろ」

「<フェアレディZ>の……弱点?」

 二人の会話に、桃山の疑問が挟まる。しかし水を差されたからと言って嫌な顔をしないのが彼らで、彼女に対して解説の続きを展開した。

「結論から言うと、<フェアレディZ>の車両重量だ。その値はまさしく一五二〇キログラム、青海の<サンバー>の実に二倍以上。クルマが重いと特にコーナリングで不都合が生じるんだが、ブレーキングとアンダーステアが酷い有様になっちまうんだ」

「桃山ちゃんにも分かりやすく説明するとな……重さの違う二つの物体に同じだけのパワーをかけるとすると、動いてる物体を止める場合は重いやつの方が止めづらいし、物体の進路を曲げる場合は重いやつの方が曲げづらい。このくらいだったら、日常的にも分かるんじゃないか?」

 物体を動かすにはエネルギーが必要だが、それは物体が重ければ重いほど大きなモノが必要になる。つまり同じ速度で動いている二つの物体があっても重い方が高いエネルギー量を持っていて、だから止めるにも曲げるにもそれ相応のエネルギーが必要となってくる。今回で言えば<フェアレディZ>は<サンバー>よりも、二倍もある重量差の分だけ止まりづらいし曲がりづらい。

「なるほど~……あれっ、ブレーキングはブレーキを踏むことだよね。じゃあさ黒崎くん、アンダーステアって何?」

 桃山の疑問。因みにブレーキングの意味自体は間違っていないが、『ブレーキングに勝つ』というのはよりブレーキを踏まずに適切な速度を保つことを指す。スピードを過剰に落としてはタイムも遅くなってしまうが、反対に車速が乗り過ぎていてもコーナーを曲がることは出来ない。この場合に発生する現象が、次に黒崎が触れるアンダーステアだ。

「そこも説明するか……決められた道をクルマが走る時、一番速く走れる道筋をラインって呼ぶんだけど。コーナーを曲がる際にそのラインよりも外側にはみ出すぎて曲がり切れないのがアンダーステア、逆にラインの内側に入っちまって最悪スピンしてしまうのがオーバーステア。方やハンドルを切らなさ過ぎるのが、そして方やハンドルを切り過ぎるのが主な原因だけど……アンダーの原因には他に車速と重量がある。どっちもその値が大きすぎると、遠心力がかなりかかっちまってラインの外側に外れるんだ」

 速すぎたり重すぎたりする場合は、基本的により多くのエネルギーが掛けられているということになる。遠心力はエネルギーが大きければ大きいほど作用する力なので、この場合遠心力のせいで曲がれないという事態に陥りかねないのだ。そのリスクを常に孕んでいるのが、車重のある<フェアレディZ>という訳である。

「この先のテクニカルセクションで要求されるのは、より精度の高いブレーキングと小回りの利くオーバーステアだからな。青海の<サンバー>の方がこの点で有利だから、アイツは教育学部セクションに賭けてるってことさ。本当は桃山ちゃんも教育B棟あたりで観戦できりゃ良かったんだけども……それじゃあダメなんだろ、黒崎?」

「えぇ、アイツが今日張ってるヤマはここですからね」

 大学会館前には、二台の排気音が遠く響いてくるだけだった。


 #3 《Invisible Touch/FASTWAY(SUPER EUROBEAT Vol.208)》


 体育館北ロングストレート、前を走る<フェアレディZ>が右へと曲がっていくのが小さく見える。<サンバー>は未だストレートの中腹を走っていて、ここまでのセクションで埋めがたい大差を付けられてしまった。

(彼我差は大体五~六秒……いや、四秒か五秒の間ってところか。もっと離されると想定していたんだがな、向こうさんが不慣れな分だけこっちにもチャンスがあるってこった)

 青海が心中で呟く。モータースポーツ、特に開発競争の激しいF1の世界ならば四秒のタイム差は海溝のように深く決して埋められない技術差なのだが、しかしこれはSRCであってF1ではない。この絶望的なはずの四秒差でさえも、『青い流れ星』は覆そうと走り続けている。

 かと言って、希望が全く無いという話でもない。彼の予想では七秒以上のビハインドでこのロングストレートを終えるはずだったが、緋宮がSRCに慣れていないためか戦力差が意外と開いてはいないのだ。無駄の多いブレーキングで右コーナーを二つ曲がっていったところから鑑みても、彼女がコース、つまり埼玉大学に翻弄されていることが受け取れる。

 教育学部テクニカルセクションに突入。長い直線で十分に助走して得たスピードを、彼はレイトブレーキングによって限界ギリギリまで維持する。大きくステアリングを右に振りながらアクセルを煽り、右前輪を浮かせるインホイールリフトで縁石を乗り越える。この大技を二回繰り返すことによって、果たして何秒分も縮められただろう。

(向こうがブレーキを踏むたびに、こっちは一秒分の差を縮めてる……それだけ重量とコーナリングの精度がダンチって訳だよ。つまるところ、残りは二秒――)

 教育学部H棟の前を流れた時、先程よりも確実に貴婦人のテールが大きく見える。<フェアレディZ>のブレーキングに対して、<サンバー>の尾灯は三分の一の時間も点灯していない。次に待ち構える大学唯一のワインディングすら彼の方が車速を活かしていて、左コーナーで斬り込むようにしてその距離をどっと切り詰めていく。

(残り、一秒――)

 B棟前の直角コーナー、緋宮はアスファルトを綺麗に走ろうとしてライン取りに失敗する。対して青海はブレーキングだけならず、イン側の前後輪をレンガ敷きへと二輪脱輪させることで強引なショートカットを決めて見せた。ここのレンガ敷きは微高地であるもののインホイールリフトでいとも簡単にクリアーできるし、それに何もアスファルトの上だけを馬鹿正直に走らなくてもいいのがSRCというモノだ。歩道部分まで含めた大きなコーナーとして捉えた方が、この細い道はより速く曲がれる。

 まるでツインテールのような<フェアレディZ>のブレーキランプは、もう目と鼻の先にまで来ている。テクニカルセクションを脱出するコモ棟脇の最終コーナー、ここでもやはりブレーキングの差は如実に現れた。ABSを利かせて四輪ディスクブレーキでその重たい車重を受け止めさせようとする緋宮に対して、飛ぶ鳥を体当たりで落とす勢いでブレーキペダルを踏む青海。

「残り、ゼロ秒――っ!」

 喉を震わせて相手を見据え、ブレーキパッドが赤く発光する。緋色のボディは目の前を支配し、青海の意識も<フェアレディZ>に占拠される。クラッチを繋げてシフトを一速へ。両手と右足に力を込めて、全身全霊を込めて減速し。

 フルブレーキングの結末として、貴婦人のテールを軽トラのバンパーがコツンと軽く突いた。


 後ろの方で軽い接触の音がしたのを、緋宮は瞬時に感じ取った。こちらが狭小コーナーを抜けるために減速したところを、向こうが突っ込み過ぎたせいで止まり切れずに追突されたのだ。感触からして板金屋に直葬するほどのヘコミは付けられていないだろうが、それでも彼女の精神はズタボロにまで蹂躙された。

「レディのテールを……っ! そういうことはやっちゃいけないって、キミは学校で習わなかったのっ?!」

 <フェアレディZ>のリアバンパーに触るということが、貴婦人の尻を突くことを揶揄しているようにしか思えない。或いはそれ以前に、緋宮は自分が遅いから退けと軽トラに批難されたように感じた。クルマのボディ以上に、彼女のプライドは傷付けられた。

(良いわよ、そこまで言うんだったら……私の本気、見せてあげる!)

 コーナーを曲がり血眼になってアクセルを踏んで、『埼玉大学ホームストレート』をフル加速で駆け抜ける。ここは埼玉大学どころか全国の大学の中でも屈指の直線区間であり、路面も良く大排気量スポーツカーが本領を発揮するには最適の場所だ。だから彼女は<VQ37VHR>エンジンの三七キロをも誇るトルクを最大限に生かし、コンマ一秒でも<サンバー>より速く二周目の体育館北ストレートを通過しようと車体を目いっぱいに押し出した。

 しかし埼玉大学のコースは彼女にその牙を剥き、SRCに不慣れであることが確実に勝負の流れを悪いモノへと運ばせていた。

「ハンプ――こんなところにっ?!」

 ホームストレートとロングストレートの交差地点に、ご丁寧にも減速用のハンプが設置されていた。SRC経験の浅い緋宮はこれを完全に見落としていて、第一食堂前で急に右足をアクセルからブレーキペダルに移す。結果としてブレーキングポイントを見誤り、想定よりも余分に減速してしまった。

(全くねぇ、ハンプがあるんならちゃんと地面に『段差あり』って書いて……!)

 心中で悪態をつきながらも、彼女はコーナーを曲がろうとステアリングを右に倒す。ここまでミスが目立ってしまったが、けれどもこの<フェアレディZ>に限っては挽回できないなどという失態はあり得ない。何せ相手は軽トラなのだ、そう高をくくってルームミラーを一瞥すると。

 その青い軽トラックが、ルームミラー一杯に映し出されていた。

 卵を一個割ったような、本日二度目の軽い追突音。彼女の優美なリアバンパーを、またもや黄色いナンバープレートが汚したのだ。つい先程にされた侮辱が、数十メートルしか離れていないこの地点でも繰り返された。それは誇り高き貴婦人にとって、追い打ち以外の何物でもない。

「このっ……バカにしてぇーっ!」

 クリッピングポイントを抜けると同時、緋宮ががむしゃらにアクセルオン。有り余るパワーを受け止め切れずにリアタイヤが空転を起こし、パワースライドが発生する。とてつもない加速力をもって、<フェアレディZ>が体育館北ロングストレートを駆け抜けていった。自分が一番速いと信じて。軽トラごときに舐められて堪るかと怒って。

 しかしそんな彼女をあざ笑うかのように、二周目の教育学部テクニカルセクションは過酷なブレーキングを要求してきた。


 埼玉大学ホームストレート付近に居たギャラリーたちは、とんでもない光景を目の当たりにしていた。

「追突したぁっ!」

「おい何だよ、何だったんだよ今の音はっ?!」

「フェアレディのケツを軽トラが突っついてるぜ!」

 コモ棟脇で繰り広げられたそのバトルは、彼らを大いに沸かせて見せた。最高速度が必然的に抑えられてしまうSRCにおいて、接触やクラッシュは滅多に見られない。しかしそこを噂の『青い流れ星』が、赤羽とのバトルに引き続いて披露してくれたのだ。ここでテンションの上がらない者はモグリだ。

 緋色の<フェアレディZ>が右の低速コーナーを曲がっていく際、これまでと様子が違っていることが外側からも受け取れた。序盤の駐輪場連続シケインでは優雅に踊っているようだった彼女のコーナリングが、ここではまるでドリフトのようなパワースライドを起こしながらの下品なモノに変わり果てていたのだ。

「あの<フェアレディZ>、何かヤバくねーかぁ?」

「キレた走りしてやがるぜ、普段の緋宮さんは余裕ある性格だってのに!」

 <サンバー>の追突が挑発と化して、緋宮がそれに乗せられてしまった。このことは当事者でないギャラリーが見ても明らかであり、またSRCにおいて冷静さを欠くというのは非常にまずいことだった。

 青海のよく使う手法が、この精神的な揺さぶりだ。具体的にオーバーテイクをしている訳でも無いのに、相手の焦燥感を煽ってミスを誘発させる。そして針の穴ほどの小さな隙が出来たところに、ウルトラCのスーパーテクニックでそこを突く。クルマのスペック的な速さだけがバトルの勝敗を決めるのではないと証明する、『青い流れ星』らしいやり方だ。

 さて、今の<フェアレディZ>は完全に冷静さを失っている。加えてドライバーの緋宮はSRCを殆ど走ったことが無いので、非常に危険なコンディションだった。その結果として第一食堂前のハンプに気付かずブレーキング失敗、そこを青い<サンバー>が再度接触。バンパーとバンパーのぶつかり合う音が響いて、ドライバーとギャラリー両方のボルテージが最高潮に達した。

「まただぜ、また追突したぁ!」

「まだ追い打ちをかけるのかよ、えげつねーっ!」

「ってか、この区間じゃ<フェアレディZ>よりも軽トラの方が速いってことなのかよぉっ?!」

 スキール音を響かせながら、緋色の<フェアレディZ>が半ドリフト状態でコーナーを駆け抜ける。それを猛追する<サンバー>はRRレイアウトのトラクションを活かして最大限の立ち上がり加速をするが、流石に純粋な加速力ではスポーツカーに敵わない。軽い車体をゆらゆらと揺らしながら、赤いテールランプが体育館北ロングストレートの闇へと入り込み消えていった。

「すげー、ホームストレートでも<サンバー>は離されてなかったのかよ!」

 ギャラリーの一人が感嘆の呻きを挙げるが、別のギャラリーたちがそれを否定する。

「お前、それは違うんじゃねーのか? 今の立ち上がりを見りゃ、<サンバー>は加速で負けてるぜ。一度離されたのをブレーキングで詰めた、ってのが正しいんだろ」

「ってことは、このロングストレート終わりでもまた追突……?」

「それは無いんじゃないのかな、長さが全然違うから。今回のホームストレートが短かったからこそブレーキングで詰められたけど、ロングストレートじゃそうはいかない。それにこの先は狭くて抜きどころも無いから、青海は逆転できずに終わるんじゃないのかな?」

「やたら詳しいな、お前……」

 数人のギャラリーが寄ってたかって、これからのレースの展開を予想する。けれどもその結論が出るのを待たずに、二台のクルマはチェッカーフラッグを先に受けようと熾烈な争いを繰り広げていた。


 #4 《Lovable Love/Larabelle(SUPER EUROBEAT Vol.103)》


 ギャラリーをしていたナイトフライトのメンバーから、赤羽はケータイで二台が今どうなっているのか報告を受けた。短く纏められたそれを頭の中で整理してから通話を切り、その内容を黒崎と桃山にもすぐさま伝える。

「コモ棟脇と一食脇のコーナーで、計二回の追突があったんだってよ。全く、無茶しやがるぜ」

「追突、ですか……青海のやつ、年上相手に何失礼なことをやってんだか」

 呆れたような黒崎の口調が返って来るが、そんな彼はどこか頼もしそうな笑顔も見せている。まるで、切り札が全て揃った時のような。赤羽が話を続けた。

「結果的には<フェアレディZ>を<サンバー>が追っているって展開に変わりねーけどさ、俺がアイツに負けた理由が分かった気がするよ」

「えっ、先輩今の情報だけで分かっちゃうんですか?」

 桃山が意外そうに尋ねる。

「コーナー入口で追突したってことは、ブレーキングとか進入速度は青海の方が速いってことなんだよ。つまるところ、全体的なコーナリングスピードが速いって言い換えられる。俺の時もその通りで、ストレートじゃ勝ってるのにコーナーでぐっと詰められるような展開だったんだよな」

 いくら乗せ換えたといえど、<サンバー>の積んでいる<EN07X>エンジンは非力だ。そのためスポーツカーが相手だと馬力勝負では敵わず直線区間で引き離されるのだが、ことコーナーにおいてはそうは問屋が卸さない。RRレイアウトの回頭性と軽量車体によるコーナリングは先程触れた通りで、だから赤羽の時も今回もコーナーで追いつき、隙あらば一瞬を突いて追い越すのである。

「だから青海の走りにゃ感服せざるを得ないんだけどな……でも流石に、この先はきついぞ」

 表情を曇らせた赤羽の心情を、黒崎が瞬時に察してくれた。

「オーバーテイクポイント、ですよね?」

「そうだ、この先のAストレート・Bストレートは道が細くて抜きどころが少ない。テラストライアングルだって曲がるので精いっぱいのレイアウトだしな……」

 教育H棟を抜けた先にあるのが、幅員が狭いことで有名な『埼大西Bストレート』と『埼大西Aストレート』。クルマ一台分しか幅が確保されていないその狭さはトラックすら通るのにテクニックが要る程で、スピードの乗ったバトルにおいてはただ走るだけでも難所となり得る。当然追い越しが出来るような場所では決してないし、だから青海の<サンバー>は物理的に仕掛けられないのだ。

 しかしそんな彼の心配を、黒崎は例の笑みで一蹴してみせた。

「大丈夫ですって、赤羽さん。アイツは絶対に、このローソン前じゃ貴婦人の目の前を走ってますから」

 二台のクルマがこの地点に差し掛かるまで、結果が分かるまではもう少しの辛抱だった。


 埼大西Bストレート脇、ちょうど教育H棟の北には、素性の知れない謎の銅像が三体ほど鎮座している。その辺りで観戦していたギャラリーが数人居たのだが、彼らの耳に官能的なエグゾーストが届いた。

「来たぞ、<フェアレディZ>が先行だっ!」

「マジかよ、すぐ後ろにもう<サンバー>が張り付いちまってるじゃねーか!」

 体育館北ストレートからH棟に向けて曲がってきた<フェアレディZ>のすぐ後ろ、青い<サンバー>がブレーキングで差を詰めてはまるで背後霊のようにピタリとくっ付いて来た。その車間はおよそ一メートル、もうZにマージンは殆ど残されていない。

 グリップ走行で大仰に曲がる貴婦人に対し、インホイールリフトを駆使して速く機敏に猛追する軽トラ。次にあるシケインも<サンバー>はその車幅のコンパクトさを活かしてステアリングの舵角を極限まで削り、右と左の両クリッピングポイントを縫うようにして最短距離で攻めに攻めた。

「おいおい押されてるぜあのフェアレディ!」

「軽トラでスポ車を追い回すなんて……くぅ~っ、『青い流れ星』も毎度アツい夢を見させてくれるぜっ!」

 ギャラリーたちが騒然とする中、H棟のアンダーパスを緋色と青とが吹き抜けてゆく。そして突入するBストレートは、埼玉大学の数あるストレートの中でも五指に入るほどに路面状況が悪いのだ。ここまで来て尚、大学は<フェアレディZ>を拒絶する。

「ここが二台の勝負所だぜ! <サンバー>がストレートで力負けするか、それとも<フェアレディZ>が悪路にメタンコにされちまうかぁっ?!」

「いいや、<サンバー>がジリジリ離されてってる! やっぱしここは腐ってもストレートだぜ!」

 一周目の工学部東コロナーデストレートと、全く同じ状況だ。どれだけ路面状態が悪かろうと、貴婦人は<VQ37VHR>のエンジンパワーでゴリ押しをしてクリアーする。しかも今の彼女は頭に血が上っている、アクセルベタ踏みの全開走行は『青い流れ星』をも振り落としていった。

「バカみてーな加速してやがる、安全とか徐行とか頭に全く残ってねーだろアレ!」

「くぅ~っ、キレた走りでかっ飛ばしてくれるぜっ!」

 このままAストレートに突入してしまえば、完全に逃げ切られて<サンバー>の打つ手が無くなってしまう。この取り付く島もない状況、青い<サンバー>にとっては絶体絶命のピンチ。どれだけウルトラテクを披露しようが、ここがストレートである限り彼に勝機は残されていないように思えた。

 しかし、彼にはただ一点だけ希望が残されていた。

「何だよアレ、フルブレーキングでZのブレーキが赤熱してやがんぞっ!」

 ここは完全なストレートではないのだ。大学設計者の仕掛けた、絶大な罠。誰もが引っ掛かってしまう魔のポイント。

『埼大西A-Bシケイン』が、この期に及んでも貴婦人にその牙を剥いた。


「基本的に、この大学は『クルマを速く走らせないように』、最高速度を抑えて走るように設計されているんですよ」

 黒崎が突如展開した話に、しかし赤羽は落ち着いた表情で納得する。

「直線主体のレイアウトの割には無駄に多いコーナーとか、至る所にあるハンプとかのことを言ってんだろ? そりゃあ大学構内でトップスピードの限界レースやられちゃ困るからな、構内最徐行なのだって安全性が理由だろ」

「先輩、一応そのこと自覚してるんですね……」

 桃山が引きつった笑みを浮かべていたが、それを無視して黒崎が会話を続けた。

「埼大西のストレートがAストとBストに分割されてるのも、それが理由なんですよ。この二つを一本のストレートにしたらどこぞのバカな走り屋がドラッグレースを始めかねないから、二本の直線をずらすように配置してブレーキングポイントを無理矢理作った……」

「それが、埼大西A-Bシケインって訳か」

「例えBストレートで青海が緋宮さんに離されても、A-Bシケインでのブレーキングで差を戻す。アイツらしい作戦ですよ、直線区間をコースに組み込む場合はどこかにそのリカバーを入れる」

 特に二〇〇五年のF1アメリカGPで顕著に求められた要素だが、鉤字コーナーであるシケインにはクルマの減速作用がある。そこを通過するには必ずブレーキを踏まなければならない程の曲率が設定されていて、だからアベレージスピードを落とす設計のコースにするには適任だし、上手く使えばストレートの速いクルマに追いつくポイントともなり得る。

 A-Bシケインの有用性については黒崎の言う通りだが、しかし何故彼がこのタイミングでその話をするのか、赤羽には意図が見えなかった。

「んでよぉ、それがどーやったら青海の勝利に繋がるんだよ? 確かにシケインで差は詰まるけどさ、オーバーテイクまではできねーんだろ」

「このシケインの後……テラストライアングルとその次のコーナーでも、同じ理論でアイツが戦おうとしてるからですよ。ブレーキングをアドバンテージとした、あり得ない速度でのコーナリング……」

 そこで黒崎が言葉を一度区切り、次のセリフに繋げて見せた。

「今まで散々言ってきたことと同じですよ。<フェアレディZ>と<サンバー>の重量差、これを武器にして青海は追い越しを仕掛けます」


 #5 《My Heart Burns Like A Fire/Lolita(SUPER EUROBEAT Vol.157)》


 <フェアレディZ>のブレーキランプが血涙のような赤に発光した時、青海は自身の作戦が最終段階に突入したことを確信した。先程の追突が良い挑発になったのか、緋宮は見事なまでにこちらの思惑通りに動いてくれている。

(やっぱりな、A-Bシケインにゃ引っ掛かってくれた……これでマージンはまた消えた。引っ付いたり離れたり、全く磁石みたいなことになってやがる)

 彼は心中で文句を吐きながら、ブレーキを一度も踏まずにシケイン突破。H棟前でやったことの繰り返しで、<サンバー>の車幅をもってすればこの程度のコーナーはノーブレーキで造作も無く通過できた。

 これでテールトゥノーズにまで持ち込んだ。前方の日産エンブレムがスタート時よりも大きく見えることに、青海は確かな感触を覚える。三度目の追突とまではいかなかったものの、これで広いコーナーさえあればいつでも抜ける状態になった。

 しかし全体としてみると、状況は完全に膠着している。ここまで何分も<サンバー>は<フェアレディZ>のテールをずっと追いかけ続けているし、A-Bシケインで詰めたところで今度は埼大西Aストレートでまた離されることになる。加えてこの先に待ち構えている『経済学部テラストライアングル』はかなり狭いシケインで、ここで追い越すだなんて夢のまた夢だ。

(そろそろ決定打をかまさねーとな、このままじゃ緋宮さんが先行逃げ切りで勝たれちまう……残りはAストレートとテラストライアングル、二食前コーナーにホームストレート)

 どこで仕掛けるべきなのか、青海に残された選択肢はもう少なくなっている。その内直線区間である二つのストレートは、パワー負けするためオーバーテイクには適さない。それどころか抜いた後に追いつかれないよう、ホームストレート進入時には<フェアレディZ>に大差をつけていなければならない。

 テラストライアングルか二食前コーナーで千切る。青海が成さねばならないことは、とてもハードルの高い難問だった。

(それでも、どれだけ難しかろうとこなさなくちゃならない――)

 どこで何をすべきなのか、シナリオは既に頭の中で確定している。後はただ一つ、実行あるのみだ。

 ここで両者が埼大西Aストレートに突入、緋宮の<フェアレディZ>が鬼の形相で加速を強める。パワーにものを言わせるそのドライビングは、エンジンにとっては負担そのものだ。マフラーから響くエグゾーストの甲高い喘ぎ声は、もはや貴婦人の悲鳴のそれである。

 対する青海はA-Bシケインがノーブレーキだったので、ストレート進入時点で既にトルクを使い切っている。車重の軽さで相手を殴るようなそのスピードは、相手の加速に匹敵するほどの勢いとエネルギーを兼ね備えていた。

 左右をギャラリーが流れてゆく。ウィリーになってしまいそうな車体を、ドライバーの体重で調整する。歓声が風切り音に溶け込み、スピードに思考が置いていかれてしまいそう。飛びかけの意識を繋ぎとめるように。

「レディのケツを追っかけまわすのは、俺の性分じゃあ無いんでねぇっ!」

 叫び目の前に意識を集中、タイヤのブレーキ痕をテラストライアングル進入口に色濃く残すことで、経済研究棟上層階で観戦するギャラリーを沸かせた。


「まずテラストライアングルで、両車はまたテールトゥノーズになるでしょう。ブレーキングで差を詰めて、だけど青海は緋宮さんを抜けない」

 黒崎の冷静な分析には説得力があった。ストップアンドゴーであるテラストライアングルではブレーキングが重要になるが、けれども道幅が無いためオーバーテイクはしづらい。人差し指を口元に当てながら、桃山が話を促した。

「じゃあ、その次の……二食前の右に曲がる時に、青海くんは緋宮さんを抜けるのかな?」

「消去法でそこしかないってのもあるけど、むしろアイツなら確実に俺たちの目の前で魅せてくれる。ここならば、絶対に仕掛けられるんだ」

「おい黒崎、それって一体どういうことだよ? 二食前のコーナーって、実質的なレコードラインが一本しか無いって噂だろ」

 赤羽の反論は、一部で囁かれていることだ。第二食堂前には樹が一本植えてあるのだが、それが障害物として働くことでラインが自然と強制されてくる。しかしこの噂話にはもう一つの根拠があり、黒崎がそれを交えて説明し始めた。

「コーナーってのは、入口と出口の道幅も重要ですからね。アウト・イン・アウトを決めるにはそれなりに広い幅が必要ですけど、このコーナーは出入口がどちらも狭い。テラストライアングルも中々の細道ですけど、ローソン前のこのストレートは特に酷い……トラック一台分の幅しか無けりゃ、路面もガタガタ言っている。普通のクルマじゃ、大人しいラインしか通れませんよ」

「だろ? だから青海もわざとラインを外して並走するなんて芸当も出来ずに、緋宮のケツをただ追っかけ回すしか選択肢が無いって思ったんだけどな」

「普通のクルマなら、ですよ。軽トラの<サンバー>が普通のクルマだなんて思います?」

 妙に含蓄を持った言葉で、黒崎が赤羽を牽制する。それを受けて赤羽も、疑問が解けた表情で二食前のコーナーを見た。

「そうか、<サンバー>は軽いからか……!」

「軽いから、って……赤羽さん、軽いとこんな所でも有利なんですか?」

 ただ一人分かっていない桃山に向けて、彼ら二人が最後の解説を入れる。

「それじゃあ桃山ちゃん、おさらいだ。車重が軽いことのメリットって、何だったっけか?」

「え~っと……止まりやすいのと、曲がりやすいのでしたよね。ブレーキングでスピードをそこまで落とさなくても、遠心力が小さいから曲がれるって感じの」

「よし、合格だな。桃山ちゃんが言ってくれたように、軽いと遠心力がかからないんだよ。これはそのまま普通のラインでも他よりも速いスピードで曲がれるって感じでまとめちゃってもいいんだけどさ、もう一つだけ可能になることがあるんだ。それが、『オーバーステア傾向で他よりも小回りが利くこと』」

「普通のクルマより遠心力がかからないってことは、コーナーの外側方向にかかる力が小さくてアンダーステアになりにくいってのは分かるだろ? このことを二食前コーナーに当てはめてみると、<フェアレディZ>よりもオーバーステア、つまりラインの内側で<サンバー>が曲がれるってことなんだよ。だから、ここでだってオーバーテイクが可能になるんだ」

 前を走るクルマを追い越すには、ラインをアウト側かイン側かに外さなければ追突してしまって上手く行かない。だからコーナーではどちらか片側に振らなければオーバーテイクが出来ないのだが、青海はそこを車重の軽さを生かすことで緋宮よりもイン側を速く走ろうとしているのだ。そうすることで走行距離も短く収まるし、車速も乗っているのでぐんと抜きやすくなる。

「このコーナーで、青海くんが仕掛けるってこと……」

「その通りだ桃山、だからよく見てろよ。『青い流れ星』という結果は、俺らの目の前にもう現れてくれるぜっ!」

 黒崎がそう叫ぶと同時、テラストライアングルを右へ左へと小刻みに振りながら、緋色と青のクルマがブレーキパッドを赤熱させて全速力で突入してきた。


 緋宮は今、完全に焦っていた。

(軽トラが追いついてくる……軽トラが迫ってくるっ! 離しても離しても、ゾンビのようにしつこく追ってきて!)

 埼大西Aストレートで差が開いたと思いきや、テラストライアングルでグッと近づいてくる。Vモーションデザインを取り入れた<フェアレディZ>のテールライトを振り回しながら、しつこく付いてくる猫を振り払うようにして青海の呪縛から抜け出そうとした。けれどもその試みも失敗、むしろテラストライアングル終端ではまた追突しそうなほどのテールトゥノーズ。彼女に希望は残されていない。

「何たって……どうしてこうなるのよぉっ?!」

 青海の無礼に対する怒りと、そんな彼を千切れない自分への苛立ち。この二つがないまぜとなった今の緋宮には、もう何一つとして見えていない。タコメーターも分からなければ、この先の経路もあやふやだ。頭の中は、軽トラと青海で一杯だった。

 雑念を蹴落とすようにして、テラストライアングルから全開の加速。アクセルペダルが地面に付きそうなほどにベタ踏み、今日最大のスピードで二食前のコーナーに突っ込んでいく。速度計には目もくれず、今時速何キロなのかも把握していない。

 曲がりなりにも経済学部所属の彼女にとって、この道は毎朝のように通っているホームコースだ。歩きか<フェアレディZ>かの違いこそあれど、勝手知ったる自分のコーナー。ここで緋宮が失敗するはずもなく、焦りと自信のハイブリッドでこの右コーナーを駆け抜けた。ここは何てことも無い、ここさえ抜ければ先行逃げ切りで緋宮が勝てる。

 そのはずだった。

(何……これは何っ?! Zが思うように曲がらない、アンダーがグイっといきなりドンって……!)

 <フェアレディZ>が、曲がってくれない。自分の走ろうとしたラインに対して、車体が外側へとかなり寄ってしまったのだ。ステアリングをもっと右に倒しても、二食側から見えない糸に引っ張られる。典型的なアンダーステアが、最終コーナーの貴婦人を縛り釣り上げた。

 コーナリングマシンであるはずのZが、コーナリングマシンでは無くなったのだ。

 オーバースピードで突っ込み過ぎた、緋宮は瞬時に判断する。ようやくスピードメーターを視界に入れれば、指し示す速度は七〇キロ弱。脱出口が狭いこのコーナーにとって、それはクリアー不可能な値だった。

 アンダーステアと闘いながら、彼女はルームミラーに映る青を見やる。常識的なラインを走るなら、<フェアレディZ>よりも遅いスピードでなければならない。バンパーとバンパーが紙一重の差だった<サンバー>も、だから今は離れて小さく見えているはずだ。そして低速ながら普通のラインで曲がって、そこからアウト側に逸れた彼女を傍目にパスする。

 しかし緋宮が目にしたものは、彼我差の全く変わっていないスバル<サンバー>だった。

「同じ速度で突っ込むっていうの――私と仲良くどアンダーでクラッシュするつもりっ?!」

 黄色いナンバープレートは、やはり時速七〇キロで爆走しているようにしか見えない。それならば遠心力にやられて、Zと同様のアンダーステアを起こしてしまう。すれば二台とも、一本だけつっ立っている樹に正面衝突してしまうはずだ。

 貴婦人の四輪が外側にテールスライド、タイヤがすり減ってゴムの焼ける匂いが撒き散る。緋色の残光が左へと曳かれて、ノーズも前を向かなくなっている。恐怖が彼女の肌にべたついて、衝突の危機が青海含めて二台を支配する。そのはずだったのに。

 彼女の予想が半分ほど裏切られ、『青い流れ星』は本来の低速ラインよりもイン側を高速で駆け流れていった。

 信じられない光景だった。ルームミラーから消えたと思ったら、すぐ右側に軽トラの姿が移動している。顔を向けてもドライバーの顔は目で追い切れず、あっという間に遥か遠くへと曲がって行ってしまう。大学会館前のストレートへは何の特殊技能も使わずに進入、全体としてみれば綺麗なアウト・イン・アウトを決めてくれた。もう口を開けて見惚れることしか、こちらに出来ることはない。

(あのコーナリングスピードとライン、まさか重量差から来てるって言うの――っ?!)

 同じスピードで走っているのに、こちらはアンダーで向こうはオーバー。この運動能力の絶対的な格差は、約二倍もある車体重量の違いしか原因として考えられない。ドラテクで誤魔化すことが完全に不可能な、そのクルマの持つ絶対的なポテンシャル。遠心力が圧倒的に軽いこと、軽トラの有する最大の利点を、青海はそれが一番に活かせるこのポイントで切り札として披露してきた。

 今<フェアレディZ>がどうなっているのか、彼女は若干鈍ってしまった判断力で把握する。反射的にサイドブレーキを引き、後輪をロックして意図的にスライド。津波のようにしてスキール音の暴力がギャラリーを打ちつける。このままでは保健センターにダイナミック入店してしまうところ、わざとスピンすることで勢いを逃がして無理矢理停止させた。

 残されたのはWRブルーの残像と、何がどうなったのかも分からないような混乱のみ。頭の中で整理しようとしても、緋宮にはわずかなことしか理解できなかった。

「完敗、ね――」

 制御できない貴婦人の車内で、緋宮が諦めて負けを認める。スポーツカーの持ち合わせない軽トラの特性と、それを惜しみなく使い切るコース選定。青海が持ち合わせているのは技術だけでなく作戦力もだと、このバトルで痛いほどにまで思い知った。

 緋宮の<フェアレディZ>、復帰不能によるリタイア。

『青い流れ星』の伝説にまた新たな一夜が追加されたが、彼女の意識にもその名は深く刻み込まれた。


 #6 Checker Flag


 ギャラリーたちに囲まれながら埼玉大学ホームストレートのゴール地点を通過して、<サンバー>から今夜のヒーローである青海が降りてきた。彼にまず駆け寄ったのは桃山で、近づくや否や両手を握って上下に強く振った。

「やったね、青海くんっ! 今日もあんなに速い人に勝ったよ、やっぱり青海くんが一番速いんだ!」

「桃山……だから、いつも俺より喜ぶのはやめろって。まるで桃山がレースに勝ったみたいで……まぁ、ありがと。祝ってくれるのは嬉しいよ」

 そう言って笑いかけると顔を紅潮させた彼女をどかしながら、今度は黒崎が彼に話しかけてくる。

「青海、今回もやってくれたな。二回も追突したときはどうなることやらと思ったけど、結果的には勝ってくれたし。俺は信じてたぜ」

「果たして、その言葉はどこまで本気なんだか。でも素直に嬉しいよ、ありがとな」

「なーに、何年来の付き合いだと思ってんだよ」

 二人がハイタッチでお互いの意思を通わせ合っていると、今度は赤羽が祝勝のコメントを伝えてくれた。

「よっ、青海。最後のオーバーテイク見てたぜ、やっぱお前はクレイジーだよ。軽トラのポテンシャルを引き出して勝つ、お前のやり方はやっぱり俺含めた多くのギャラリーの心を突き動かしてる。流石だった、よくやったな」

「あっ、赤羽さん……っ! あの、その……ありがとうございますっ!」

 勝者が頭を下げるというやや珍妙な光景に苦笑いを浮かべつつ、赤羽が青海の背中を二回ほど叩いてくれた。それだけでも、今回のバトルに勝った甲斐はある。

 そうして四人で余興に勤しんでいると、対戦相手である緋宮が青海に近寄って握手を求めてきた。<フェアレディZ>はまだスピン現場に停まっているらしく、彼女自体は徒歩でこちらまでやって来ている。

「緋宮さん……どうでしたか、俺とのSRCは?」

「最高、って一言しか出ないわねぇ……良い意味で予想を裏切られたわ。スリルと刺激のあるバトルだった、こんなに背筋がゾクゾクしたのは初めてかも」

 青海がそう口にする緋宮の手を握り返そうとすると、彼女はそのままの勢いで青海の身体を唐突にギュッと抱き締めた。ギャラリーたちは騒然とするが、特に驚いたのは青海と桃山。大きな声を出して非難するも、一方の緋宮は何が悪いのかと平然とした表情だった。

「ちょっ……緋宮さん、私の青海くんに何をするんですかぁっ?!」

「このコのドライビングに惚れたのよ、あんなのはこのコしか感じさせてくれない……だから、私には青海くんが必要。んで、何でもない有象無象のアナタが何だって?」

「そっ、絶対にそーゆー問題じゃないですっ! こんないきなり、そんな――!」

 ガクガクと顎を震わせる桃山が大声を出す一方、青海はただ状況を飲み込めていないだけで緋宮の包容力にはかなり満足している様子だった。

「桃山、青海の野郎が鼻の下伸ばしてるけどいいのか?」

「良くないに決まってる! 緋宮さん、青海くんは絶対に渡しませんからねっ!」

「出来るモノなら、やってみれば? でも私、このコを手放そうだなんて未来永劫思わないけどもねぇ……」

 桃山と緋宮、全く違う二つの色が青を巡って火花を激しくほとばしらせていた。



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