猫をひろうように書く、書くように拾う

なんどもなんども猫には逃げられている。逃げられるのは猫に限ったことではなくて、ひとやものや記憶に至るまで、するすると、季節が変わって葉が落ちていくように、きわめて自然に僕から逃げていくのだった。

だので、逃げていったものをせめて逃げないかたちで残しておきたいと思い、覚えているものをできるだけ書き置くようにはしているが、僕の書けるものは総じてぼんやり曖昧の前後不覚な嘘っぱち話だけであって、霧の中で上も下もわからず濡れそぼちながら突き進んでる道筋のような、おぼろげなものしか書き置けない。中学生が勢いだけで書き殴った剣と魔法の世界のようなものしか書けないのだった。もちろん、書きたいことは気が付いたら逃げているのが常なのでまるで準備もない。僕は逃げたものを追おうとしないし、必死で捜そうとももしない。誰彼何分け隔てなく追いすがったためしがないので、逃げていくうしろ姿すら見られずに、ぼんやりと立ち尽くしているだけなのだった。いつもしっぽすら掴めずに、そのまま忘れ去ってしまう。そしてひとつの文字として書き残せないのだった。

それと同じように何度も猫に逃げられている。猫たちのこともやっぱり書き落とせたためしがないのだった。

僕は猫たちと正しく出会った試しはない。

猫と正しく出会うということについて、誰もが「そのタイミングが来たら必ず拾ったり出会ったりするよ」と言っていて、実際そのように猫たちと出会ったひとたちがいるのも知っていた。けれど僕はいちども猫たちを拾ったり、有無も言わせないような理由で貰ったりしたことはない。すごい角度の土下座で無理やり頼んだり、髪を振り乱し血まなこになって、ねこあげたいひとはいねがーとひとを探し回ったり、そうやっていろんなものを無視した力業で出会った猫たちなのだった。だからするすると逃げていったのだろうかと考える。だからこそ猫たちに対しても用意もなく、追いすがらず、透明に近いようなおぼろげな記憶でしかなくて、これは夢だったと最後の行に書き落とす陳腐なものしか残せないのかもしれないのだろうと思った。

本はやたらに拾う。僕が持っていないいろいろなものの代わりにと思って誰かが与えているのかと脳を疑うぐらいに、拾ったり押し付けられたりで出会ったりする。そうした本たちはいつも僕の背後にずらっと並べられていて、本屋でも創めるつもりかとよく言われているのだった。本は逃げることがないのでどんどん積み重ねられ、中身がいつまでも書き換わらず、変わらず背後に鎮座ましましている。必死の形相で探していた本はなにひとつないが、どれも逃げずに残っているのだった。それで本のような形にできれば、書き残すことができればなどと、僕はなおのこと思うのかもしれない。

その昔に、仲間内で猫を拾ったり無理やり押し付けられたりなどが流行り病のように拡がったことがあった。そんな中にあってさえも、みんなの言うようなかたちで僕が猫と出会うことはなかったのだった。

深夜に五人ぐらいで街を徘徊していたときに外国のひとに猫を押し付けられたようなことがあって、そのひとは僕ではなく、最初から決まってるかのように友人に猫を託したのだ。主に話を聞いていたのは僕だったのにも拘らず隣の友人にその猫を渡すところを見て、ああ、これがタイミングかと理解できた。白くてふわふわした、かわいらしくちっさな物体を抱く友人はとても幸せそうに見えて、猫とはこういう出会いをするべきなんだろうなと思ったのだった。

やたらふわふわした猫の子はアメリカと名付けられた。アメリカから来たひとから貰ったのでアメリカにした、と友人は満足げに話していた。安易というか、そもそもあのひとがアメリカ人だったのかなどと謎は残ったが、とてもいい名前だと思った。名付けられるべきものとして最初からアメリカという名前があったような気がしたし、彼に名付けられる必要があって、そうしてあの猫の子はアメリカという名前なのだなと思う。ずいぶん経った今でも、あれはいい名前のつけられ方であったと思っている。


件の彼がアメリカを託されたり、他の友人がひょんなことから猫富豪になったりしていた時分、僕は庭付き四畳半というよくわからない部屋に住んでいて、環境、精神状態、生活態度どれをとってして当然、猫と生きていく余地などないような感じで暮らしていたのだったが、四畳半付きの庭に遊びに来る猫と懇意にさせてもらっていた。

名前はモンゴル。モンゴルのひとから貰ったわけでもないし、飼い主のひとがモンゴルから来たわけでもなかった。そもそも飼い猫であるか違うのか、僕の判断もおぼろげで、庭に遊びに来ているというそこにある事実しかわからなかった。便宜上、名前が必要になって、そのときに浮かんだのがモンゴルという言葉だったに過ぎなかったが、今でもいい名前だったと思っている。アメリカが名付けられたときのように、必要であるゆえにどこかからか僕に降ってきて、そうして名付けられたのかもしれないと、今もやっぱりぼんやりとしたことを書きながら思っている。

庭付き四畳半の部屋は取り壊されてもうそこにはなく、長い間その土地にすら住んでもいないのでわからないが、モンゴルはどうしているのだろうか。遠い日に別れてしまった彼女のように、忘れたころにふいに電話をしてくることはない(そして心を乱されることもない)。もちろん、嫁いでどこかへ引っ越していったと風のうわさで聞き、偶然訪れた土地のローカル線の電車の中でばったり出会うようなこともなかった。彼は誰かの飼い猫かもしれなかったが、その飼い主が誰なのかもわからなかったので消息は分かりようもないのだった。

モンゴルと懇意にさせてもらっていた同じ時分に、道で女の子を拾った。名前はみよこという。こちらには名前は最初からあるので名前を付けたりはしていない。僕が拾ったのか僕が拾われたのかよくわからない状況ではあったが、本人がひらってーと言ったので拾ったのだと認識している。捨て猫を見つけることはなかったが、こうやって落ちているひとを拾ったりはたまにあったりするので、人生はよくできているのかもしれない。

みよちゃんは以前に働いていた職場の上司で、大層かわいらしいひとであった。かわいらしいのでどうにか懇意にしてやろうと頑張ってはみたが、まるで相手にしてはもらえなかったひとである。そんなひとが職場の近くでもない、彼女の家の近くでもない、そして大して懇意でもなかった僕の自宅近くに落ちていて、拾えと口に出して言っている。拾わない理由はなかったし、それで拾って持って帰ることにしたのだった。そうしてしばらくの間――二ヶ月ぐらいの間だったと思う、彼女はそのまま庭付き四畳半に住んでいたのであった。

庭付き四畳半の空間で、みよちゃんとモンゴルはよく遊んでいた。仕事から帰ってくるとたいてい二人で遊んだり寝たりしている。そのうちモンゴルはどこかに帰っていくが、しばらくすると戻ってきて、窓を叩き、俺を部屋に入れるがいいなどと催促するのだった。もしかすると、僕がひとりで部屋に住んでいる間もモンゴルはそうやって頻繁に訪ねてきているのかもしれなかったが、それを知る由もなかったので、そんなことも知れてよかったと思った。日に何回もくるよとみよちゃんは言っていたので、きっと彼は頻繁に窓を叩いていたのだろうと思う。

知れてよかったのはモンゴルのことだけではなく、みよちゃんのことも次第に知れてきてよかったのだった。

実家に居づらいのでひとの家を転々としていること、職場では見たことがなかったが、意外にぽわわぼんやりとしているところ、かなり本が好きだったことなどがわかってうれしく思った。ことに本が好きだという事実はうれしく、僕にしか価値のないものとしか思っていなかった本を喜んで読んでいたみよちゃんを大変好ましく、かわいらしいなと思ったのであった。

天気のいい日があったりすると、日光でほかほかになったモンゴルがやってくる。ブブブブと音をさせながら横に座るモンゴルを撫でると、いいものがうちにいるなあといい気分になる。ぼんやりしていたり、わけのわからないことを言っていたり、すごい勢いでご飯を食べたりするみよちゃんを見ていると、やっぱりいいものがあるなあという気分になる。かわいらしいものが家にあるのはとてもいいことで、仕事や、いつまでたっても結果の出ない音楽のこととか、うだつのあがらない生活だとかもどこかに放り込んでうやむやにしてしまう力がある。もやっとしているものが決して無くならないことはわかっていても、見えないところに追いやってうやむやにしてくれる。それだけで日々はかなり違うのだった。そんなあれこれを眺めながら僕はぼんやり思う。いいものがうちにあるからたいそう幸せなのだと。

そのうちに猫のアメリカの件があって、その一連を話した際に、でもこんだけモンゴルが頻繁に来てるのだったら飼ってるのとおんなじでしょ、とみよちゃんが笑い、もしかすると猫たちとそういう出会い方をして、そうやって共に暮らしていくやり方もあるのかもしれないと都合のいいことを思った。たぶん、いいものがうちにあるという事実が大事なのであって、飼う飼わない、置く置かないは些細な問題でしかないのかもしれないなどと。


モンゴルのやってくる庭付き四畳半は、契約を交わしてから二年後に取り壊される予定で借りられていたので、日が経ち、次の部屋を探すという段になった。誰かの飼い猫かもしれなかったモンゴルを連れて行くことは――アホみたいにありとあらゆる方法や、一生十字架を背負って生きるような非道なやり方を考えてはいたが――、やっぱりできないことである。彼は僕にとってとてもいいものだったが、誰かの飼い猫かもしれないという可能性は覆しようがないし、彼に訊くわけにもいかないのだった。同じようにみよちゃんはどうするのだろうと考えたが、住んでいる部屋を出なければいけないことは常々話していたのだし、また改めてどうするかを訊けばいいだろうと思い、特に話し合いをすることもなかった。

モンゴルを連れて移動するという可能性を極限まで考えているうちに、みよちゃんが戻ってこない日が続くようになって、特になにを言える関係性でもなかったのでそのままにしておいたら、やがて帰ってこなくなった。逃げられたとは思わなかったが、当たり前のように悲しく思った。老若男女問わず、拾ったひとというのはいつの間にか居なくなってしまうものであって、それを悲しく思ってはならないものだが、そんな僕にとっての大前提を考える隙間もなく悲しく思ってしまった。

拾ったひとというのは、いつのまにか色が薄くなり自然に消えていくものだった。いつだってするするとすり抜けていき、そのままどこかへ行ってしまうのが常であった。そうして二度と会うことはなかったひともずいぶん居る。それが常なので、特定の誰かを特別に悲しく思ってはならないものだと思っていたが、みよちゃんはどこかへ行ってしまったなと確信した時は立ち尽くすしかできなかった。なにも食べたいものが思いつかないような気分で、ただぼんやりと部屋に立ち尽くした。本だけが積み重なって鎮座ましましている部屋の真ん中で、やはり追いもしなかったし、すがりもしなかった。必死に探し回ったりしなかったりしないで、立ち尽くしているだけだった。

ぼんやり立ち尽くしていると、ぱしぱしと窓を叩く音がしてモンゴルが部屋にやってきた。窓を開けて入れてやる。いつものようにご飯を与える。どこかからブブブブと音がする。モンゴルが自分で来てくれればいいのにな、ひらってーって落ちていてくれたなら拾って連れて行くのになと、にべもないことを思った。にべもないことを思ったのでモンゴルに話した。彼は目を細めてブブブブと音を立てるばかりで、答えてくれることなどないのだった。

引っ越す前の一週間ほどは準備や所用などで仕事を休んだので、家にいる時間は長かった。その間もモンゴルは頻繁に訪ねてきてくれていた。そのたんびにご飯を与えたり、遊んだり、話しかけたりしていた。にべもないことをやっぱり思ったりしたが、それをもうモンゴルには話すことはなかった。にべもないことを思う果てに、タイミングが来たら必ず拾ったり出会ったりするよ、と誰かの言っていた言葉を思い出し、モンゴルに伝えてみた。彼は大量の本が詰まったダンボールの間で、目を細めて、わかったようなわからないような顔をしたので、な? と言って、ふわふわの背中を撫でたのだった。

それから何年も経ってしまったが、モンゴルとみよちゃんどちらにも会ってもいないし、どうしているかもさっぱりわからないままである。本だけは変わらずに、これを書き置いている今でも、背後に積みあがったままだ。あのころ、みよちゃんが喜んで読んでいた本たちも、もちろん変わらずにここにある。どの本だったのかは脳の具合のせいで思い出せないが、背後にうず高く積みあがった山々のなかにきっとあるはずだ。なぜなら本は逃げないし、抜け落ちずに、書き換わらずに残る。決して逃げてはいかない。


なんかセンチメンタル過剰気味にここまで書いてきて、いい話だなーみたいになってはいるが、書き始めるほんの数時間前まで、僕はあれほどいいものだと思っていたモンゴルのことも、同じようにいいものだと思っていたはずのみよちゃんのこともさっぱり抜け落ちたように忘れていたのだった。逃げていったものを追わないし、捜しもしない僕は、同じように抜け落ちていくものたちを選ぶことはできない。それで、書き落とされることのないもののひとつとしてあったのだった。僕は例外のように悲しく思ったことも、モンゴルににべもないことを話したことも、まるですっかり忘れていた。抜け落ちていてしまっていたことすらもすっかりと忘れていたのだった。

あの陽だまりの暖かさみたいなものを思い出したのは、部屋が何回も変わったいまでも変わらずに積みあがっている本をあれこれ弄っているときだった。

僕は今、本をどこかから買ってきて、どこかに本を売る仕事をしている。

それで売れて出荷しようと手に取った本のページに書き込みがあり、どうしても消せなかったので、出荷するはずだった本の代わりに自分の持っている同じ本を本棚から取り出し出荷することにしたのだが、本を手にとって見ると角のところがなにかに削られたようになっていた。この類の傷を僕は憶えている。猫か犬たちにやられた傷だ。彼ら彼女らはときおり本を食べようと試みたり、引っ掻き回したりする、その記録なのだった。

出荷不可の旨を伝えるメールを書きながら、僕の家にいて、やがて逃げていった猫たちのことを思い出す。あの子たちに本を破られたことと、とてもいいものだったことを思い出す。そこではたと気付く。この本はあの子たちにやられてしまった本じゃないということを。意地汚くも僕は、彼ら彼女らにやられた本のタイトルを覚えており、この本はそのどれでもないのだった。じゃあなんだろ、と考えるうちにモンゴルというふわふわの猫がうちに遊びに来ていたこと、あのしなやかで長いしっぽ、灰色がかった薄い青色のふわふわした毛なみ、日光のにおいのする背中をようやく思い出すことができたのであった。

みよちゃんのこともやがて思い出す。彼女がとてもいいものだったことを。庭に投げ出した白い足や、しぐさが大層かわいらしかったこと、訳のわからない質問攻めを、すごい勢いでご飯をかきこむ音などを。こういう大事なことが見えなくなったり忘れたり抜け落ちたりするのはいけないことだ。どこかへ押しやってたはずの、もやっとしたものがもりもりとせり上がってきて、意味もなく悲しくさせてしまう。そうやって悲しくなったりすることは、とても残念なことに思える。その繰り返しの中できっと、今の僕はいつだって悲しいと思って過ごしているのだろうからだ。

それで、思い出せたのにも関わらずそのまま沈めてしまったということを、なにもかも忘れてしまっていたことを、僕が思い出すべきことを、ようやく思い出すに至るのだった。

庭付き四畳半から引っ越して数年後、当時に付き合っていた彼女に、みよこさんってさ、てっちゃんのなんなの? と問いただされた。悲しいことに僕の残念な脳髄やらシナプスやらそういったものは、その時ですでにみよちゃんのことをすっかり忘れていてしまっていたので、彼女の言っていることがなんのことかさっぱり掴めなかった。

「いってたよ? 部屋の中、本ばっかりでしょ? あの子の部屋 って! あたしの図書館だからっていってた! ちょくちょく会ってるんでしょ!」

そこでみよちゃんのことを思い出すことがことはできたが、みよちゃんが今どうしているのか、そもそもなんでみよちゃんと彼女とが話す機会があり、僕の話になったかなどはついに知ることはできなかった。彼女を走って追いかけて追いつくことはできたが、その他のもろもろ身に憶えのないことや、こまごました、崩れ落ちそうなぐらい積みあがってしまった僕に対するもやもやを叩きつけたのち、彼女は走り去っていってしまい、そのまま僕は彼女と二度と顔を合わせることはなかったのだった。それで、みよちゃんのことやモンゴルのことも、その彼女に叩きつけられたもやもやしたものと一緒に、僕はきっと沈めてしまった。そうやっていろんなものが沈んでいき、抜け落ちる順番を待ちながら、やがて押し出されて跡形もなくなっていくのだろう。いいこともわるいこともいいものもわるいものも分け隔てなく。

拾えないことを改めて悲しく思う。猫たちを必死の形相で探し出して、そうして逃げられていく。追いかけないし、捜さない。あれだけ好きと思った女の子も、よくわからないままにすり抜けてしまって、そのうちに書き置くこともできずにすっかり抜け落ちて、消えてしまう。沈んだ場所も見失ったまま。沈んだことすらもすっかりと忘れてしまう。件の彼女がとてもやさしかったことも、誰よりもあたたかかったことすらも、こうやって書こうと努めるまですっかり忘れている。忘れて、勝手に悲しく暮らしている。いいものたちに僕が貰ったものは計り知れないのに、それをなかったもののようにして暮らしている。

この残念な脳をなんとかするために、いいものと思ったことを忘れて勝手に悲しく思ったりないように、どんな形であっても書き落とす必要がある。僕がわかる形でこそ残さなければならない。あのしっぽのしなやかさを。あのかわいさを。温度を。あたたかさを。やさしかったことを。僕の悪癖の羅列の末に逃げられる前に、やがて抜け落ちてしまう前に。背後にそびえ立つ本たちのように、しっかりと残す必要がある。忘れないように。正しい形で拾い上げて、けして逃げないと思えるように。いつだってすぐに取り出して眺め、悲しく暮らすことを止められるように。

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ロジックライト・スーサイドロマンスカー 安達テツヤ @t_adachi

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