第3話 展望

 「まったく、デリカシーというものを持ち合せてはいないのかしら。乙女を秘部を見るとは恥を知りなさい」


 不思議な衝撃波で吹っ飛んだ俺はしばらく気を失っていたらしい。飛ばされた際にガラスで切ったのか頭がズキズキする。血が止まらない。痛い……物理的にも猫に説教されているという精神的にも……


 「まったく、少しは反省したかしら。次ふざけたことやったらそれ位じゃ済まないわよ。続きを話すから席に戻りなさい。傷も治してあげるわ」


 メアリーが俺を一瞥する。優しい光が俺を包む。傷が塞がっていくのがわかる。傷の痛みも引いてきた。

 すごいまるで魔法だ。


 「ごめん。しかしすごい力だな、魔法みたいだ」


 「魔法みたいでなく魔法そのものよ。言ったでしょう、偉大なる大魔導士だとね」


 「その魔法は俺でも使えるようになるのか。さっきの回復魔法はゾンビになった人間も治すことは出来るのか」


 「結論から言うと出来るようになるわ。ゾンビになったものは如何しようもないわね。そのことも含めて説明を続けるわね」


 「マジか」


 魔法が使えるという話に気分が盛り上がるが、ゾンビには治せないという話を聞いて盛り上がりも落ち着く。


 「神々はこの事態を解決するため、事象改変を行うことにしたの。」


 「事象改変ってなんだ」


 「簡単にいうと科学から魔法の原則に変えることよ。科学が発展した世界は少なくて貴重だったけどこの世界が滅亡するよりはマシだと判断したの。上層世界が滅亡すると下層世界で何が起きるか分からないのよ」


 俺たちの世界は貴重なものだったらしい。しかも滅亡すると色々とマズイらしい。


 「事象改変の内容だけれども、まず穴を塞ぐことが重要なんだけど、これには長い年月がかかるの。応急処置として神樹を地球側に開いた穴に植えて塞ぐことにしたわ」


 「神樹ってすごい名前だな。それを植えるとどうなるんだ」


 「神樹というのはね、瘴気を吸収して成長する神の樹よ。この樹が成長して穴が塞がるというわけよ。ただ、神樹からはマナと呼ばれる要素が放出されるわ。マナは魔法の元になるわ。ただ神樹でも完璧に穴を塞げるわけじゃないから瘴気の流入は止まらないわ。かなりの効果があるけどね」


 メアリーの様子から他にも不思議要素が地球にやってくるらしいことが分かった。


 「減少した瘴気でもまだゾンビ発生は止まらないの、だから世界各地にダンジョンと呼ばれる施設が生み出されるわ。ダンジョンも瘴気を吸収して成長するわ。これは神樹と同じだけど、ダンジョンはモンスターを生み出すの。モンスターはダンジョンで生み出されてある一定量になるとダンジョンの外に出てきてしまうの。そうなると氾濫したモンスターが人々を襲いだすわ」


 ファンタジー要素が地球にやってくるがいいことばかりでもないみたいだ。ゾンビの代わりにモンスターがコンニチハらしい。ただ、モンスターなんて現代兵器でなんとかなるんじゃないかな。銃とかミサイルとかでさ。


 「生憎、ゾンビには効果があってもこの世界の武器ではモンスターは倒せないわ。モンスターは魔法世界の理だから科学の武器では傷つけられないの。銃ではスライム一つ倒せないわ」


 オワタ。そう簡単には行かないみたいだ。瘴気が無くなるのは分かったがゾンビで溢れた世界はどうするんだ。未来のことより今の命のほうが重要だよな。


 「ダンジョンはモンスターを生み出すだけではないわ。各種色んな素材を手に入れることが出来るの。倒したモンスターからはドロップ品が手に入るし、この世界にはない鉱石や薬の元になる薬草などの植物も手に入るわ。それとこれが重要なのだけど、その薬草の中には瘴気を体内から打ち消す効果のものもあるの」


 「瘴気を打ち消す効果ってなんだ。ゾンビに効果はないんだろう。さっきゾンビになったものは治せないって言ってたじゃないか」


 「そもそもゾンビは瘴気が死体を汚染して動かしているの。この場合、瘴気は人間でいうところの頭部に留まっていて死体を動いているわけ。だから感染は直接噛まれた場合で、引っ掻かれたりしてもゾンビにはならないわ。噛まれた人間は瘴気の毒により時間とともに死んでしまい、体内の瘴気によりゾンビとなる。こういうサイクルでゾンビは増えていくわけよ。」


 メアリーの言葉で希望が見えた。


 「じゃあ、たとえ噛まれても死ななければその薬を使えばゾンビにならずに済むのか」


 「そういうことね。ただその薬はダンジョンでしか育たないの。だからダンジョンに潜るために魔法理論による攻撃手段とかが必要になるわけね。それを教えるために妾は神々に頼まれてこの世界に来たの。そこで其方を弟子にして色々教えることに決めたのよ」


 何ということだ。俺はそんな重大なことに足を踏み入れつつあるらしい。ただ魔法使いにはなれないと思う。やることはやっているからな。プロの人に頼んだけど。


 「何をバカなことを言っておる。そんなこと関係あるわけないでしょう。童貞や処女が魔法の条件なんて聞いたことないわ。」


 声に出ていたらしい。やはりネット界隈で流れた噂はデマだったみたいだ。


 「ところでダンジョンていうのはどこに出来るんだ。この国だけでなく他所の国にも出来るのか。こういっては何だけど俺は武器なんて持ってないぞ」


 「ダンジョンはもう発生しているわ。大体、山や森などの自然があるところに出来るわね。建物が変質してダンジョンになったりもするし、世界各地で誕生しているわね。武器はダンジョンでも手に入るし、私もいくつか持っているから安心しなさい」


 不謹慎だがなんだか楽しくなってきた。未知の冒険が俺を待っていると思うとなんだかワクワクしてくる。久しく忘れていた少年の心が戻って来たみたいだ。


 「楽しそうなところ水を差すようだが、そんな楽しいものではないぞ。ダンジョンは死ぬ危険も多くあるし、其方は元同胞だった姿のものを殺す覚悟はあるの。アンデットは人を殺すという感覚があるため出来ないもの多くいるのよ」


 メアリーから釘を刺された。確かに俺は覚悟がない。狩りをしたことはあったが、人を殺したことは当然ない。ゾンビは元人間だ。それを殺すことが出来るのだろうか。命のやり取りをしたこともない。少し前に食われかけていたことを思い出した。

 怖いな。ただ何もしなければ死ぬしかないのは分かる。覚悟を決めることが重要だろう。


 「まあ少しづつ慣れていくことね。安心しなさい、妾が死なないように鍛えてあげるから」


 メアリーは俺にそういうと、ヒョイっと肩に乗る。


 「説明は終わったから取りあえずここを出ましょうか。先ずは拠点を確保しないとね。安全に食事や睡眠を取れる場所は大事よ。其方……弟子になるから堅苦しいわね、耕太と呼ぶわね。どこか拠点になりそうな場所は知っているかしら。闇雲に歩いて探すのも危険だしね」


 「メアリー、いや俺も弟子になるなら師匠と呼ぶよ。拠点になりそうか分からないけど、俺の家は如何かな。師匠に助けられる前は家に帰ろうとしていたんだ。周りは田んぼと畑しかないけど」


 「うむ、中々良さそうね。街中はゾンビがいるし、食料を生産するのも難しいからね。では早速行きましょう。耕太、その家の場所を頭に思い浮かべなさい」


 師匠に言われて俺は目をつぶりながら家の場所を思い浮かべる。


 「準備はいいみたいね。それでは行くわよ、転移。着いたわ。ここね中々良さそうなところね」


 俺が目を開けるとそこはコーヒーショップではなく、出社前までいた俺の家の前だった。

 魔法ってすごいな。


(続く)

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