第213話「三人目の恋人」

「お前、調子に乗るのも大概にしろよ」

「ゴメンナサイ」

 蓮乗院邸・居間。

 優月は涼太の前で正座させられていた。

「おれと日向先輩だけでもややこしいのに、惟月とまで付き合うってどういう頭してんだ」

 さすがにお怒りだ。

「なんというか……、大事な話を聞かせてもらって、断れる雰囲気じゃなかったし……」

 あの後、惟月からは正式に交際してほしいと告げられた。

 それを受け入れてしまったために、この状況が発生している。

「雰囲気に流されてんじゃねえよ。優月の『優』は、優柔不断の『優』か」

「まあ、そうなんじゃないかな……」

 字としては合っている。

 しかし、雰囲気がどうであれ、優月に惟月からの告白を断ることはできなかった。

 浮気も問題ではあるのだが、それよりも、自分ごときに振られるという屈辱を与えることを避けたかったのだ。

 無論、惟月のことが好きだからというのもある。

「まあまあ。今回の件は一概に優月さんだけが悪いとはいえないし……」

 そばで見ていた龍次も『優月は悪くない』とまでは言ってくれない。当たり前だが。

「先輩は優月に甘すぎるんですよ」

 龍次からは、出会った頃から変わらず優しくしてもらっているが、とっくに幻滅されていておかしくないところだ。

 どうにも初めは真面目な人柄だと思われていたらしいが、声が清純そうだからだろうか。

「わたしが愚考しますに……、わたしに一途さや誠実さを求めるのが間違いなんじゃないかと……」

「開き直んな!」

 殴られた。座っていなければ、涼太の手は優月の頭に届かないのだが。

「なんか、だんだん優月さんがどういう人なのか分からなくなってきたような……」

 龍次も、優月の浮気性っぷりに困惑している。

 三人共、本当に好きで、決して他の者に飽きたなどということはないが、それにしてもひどい。自分でもそう思う。

「今から惟月と別れてこいって言っても無理なんだろ?」

「うん、無理」

「即答すんな!」

「痛い、痛い……」

 涼太の拳が頭にグリグリと押しつけられる。

「大体、日向先輩とおれは元から好きだったとして、惟月はなんで好きなんだよ?」

「わたしが美形好きなのは涼太も知ってるんじゃ……」

「お前、ふざけんなよ」

「い、いや、羅刹化の修行の時も色々とよくしてくれたし、ずっと隠してた悩みまで打ち明けてくれて、わたしが守らないと……みたいな使命感が……」

 涼太に鋭くにらまれて、いくらかまともな理由に言い直す。

「使命感はあっても、貞操観念はねーのか」

「あったらこんなことにはなってない訳で……」

 涼太はあきれ果てている。龍次も内心、涼太と近い感情を抱き始めているだろう。

「元々は、おれか日向先輩か、どっちかを選べるようになるまで待ってやるって話だっただろうが。もう収拾つかないじゃねーか」

 涼太の言う通りだ。

 もはや恋愛対象を一人に絞るのは不可能に近い。優月の性格からすると。

「日向先輩、こいつぶん殴っていいですよ」

「いや、殴らないけど……」

 龍次は平和主義者なので暴力は振るわないが、いっそ殴ってスッキリしてくれた方が助かる。

「結局のところ、わたしはどうなるんでしょうか……?」

「どうにもならねーだろ。今さらおれだけ抜けるのもシャクだし」

 涼太は恋人をやめる気はないようで一安心。

「微妙なところだけど、これが優月さんなんだったら、あきらめるしかないかな……」

「すみません、龍次さん……」

 なぜか二人共、新しい恋を探すという選択肢がないようで、ありがたい限りだ。

 ぜいたくなことだが、三人のうち一人にでも振られたらショックで立ち直れなくなる。

「惟月の悩みがどのぐらい深刻なのか俺は知らないし、誰に対しても優しいのが優月さんの魅力でもあるからね……」

 今のところ、龍次たちには惟月の隠された能力について話していない。

 デリケートな問題だから、勝手に教える訳にもいかないだろう。

「優月さんの扱いは決まったようですね。私のことは、どうされますか?」

「――! 惟月さん」

 タイミングを見計らったように、惟月が入室してきた。

 優月からすれば恋人だが、龍次と涼太にとっては恋敵。どのように対応するのだろうか。

「優月さんは許せても私は許せないのではありませんか? 決闘でしたら受けて立ちますよ?」

 そう言った惟月は、凜とした冷たい空気をまとっている。優月に告白した時とは大違いだ。

 こちらは『氷血』としての顔ともいえる。

「なめんなよ。お前の意思がどうあれ、おれらはお前に助けられてんだ。恋愛沙汰を理由に恩を仇で返すほど、おれは恋愛脳じゃねーんだよ」

「惟月と付き合うって決めたのは優月さん本人なんだし、優月さんを許すからには、惟月とも争う気はないよ」

 涼太と龍次からの返答を受けて、惟月は一気に態度を軟化させた。

「それは良かったです。私は優月さんだけでなく、お二人のことも好きですから。四人で仲良くしましょうね」

 見る者すべてを魅了するようなとびきりの笑顔で常識外れなことを言う惟月。

 両手を顔の前で合わせている仕草は、優月にとってもお気に入りだ。

「本気で三人目の恋人になるつもりか」

「もちろんです」

 涼太が改めて尋ねても、肯定の返事しかない。

 恋人が三人もいて、険悪なムードにもならないというのではあれば、優月にとっては至れり尽くせりだ。

「お前、世界中に信者がいるだろ。なんで既に二人も恋人がいる奴選んだんだ」

 それを聞いている涼太も、学校中にファンがいるのに実の姉を選んだのだから人のことを言えない気もするが、疑問を持つのは当然といえよう。

 優月自身、なぜ急にモテるようになったのか分かっていない。ちょっと前までは、男子から見向きもされていなかったのに。

「多くの人を愛せるって素敵なことじゃないですか。私は優月さんのような素敵な女性といられれば、三番目でも四番目でも幸せです」

 小説に出てきた都合良く動く登場人物が好きだとは言ったが、ここまで都合のいい人物として振る舞ってくれるとは。

「だったら、お前も穂高と付き合ってやれよ」

「私は心が狭いので」

 惟月は、浮気性な優月を素敵だと褒めて、一途な自分を心が狭いなどと卑下している。

 よくここまで、優月を持ち上げることに特化した論理を用意できたものだ。

 『利用されていただけかもしれない』『大切に思われていないかもしれない』などと悩んだことがバカらしくなる。

「私の恋人にふさわしいのは優月さんだけです。これから愛を育んでいきましょう」

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