第212話「選ばれし者」
「革命軍を作った理由は分かったんですけど、なんでわたしなんかを加えてくれたんですか?」
惟月ほどの人なら、守ってくれる者はいくらでもいよう。
護衛役を選ぶに当たって不自由はないはず。
こんな恋愛で二股をかけるような女を採用する必要もないのでは。
「『
『感情の欠落』と聞いて、またしても驚かされた。
以前、沙菜が革命軍の主力は沙菜以外全員障害者だと言っていたが、自分の障害がそこまで大層なものだとは思っていなかった。
(道徳心が欠けてるのかな……? だから二股なんて……)
龍次と涼太に対して、障害を言い訳にするつもりはないが、すぐに思いつくのはこれぐらいだ。
「多分、全く違うことを考えているのでしょうね」
優月の心を見透かしたように笑う惟月。
おそらく四魂隷従の力など使わなくても、優月の思考は読めるのだろう。
「あなたの魂から欠落しているのは、憎しみの感情ですよ」
「憎しみ……」
「あなたは今まで、誰かに怒ったことがないでしょう?」
「そう言われてみれば……?」
惟月に教えられてようやく気付く。
確かに、人を憎いと感じたことはない。それどころか怒るという程度のことすらしてこなかった。
てっきり、自分がダメ人間だから、他人に上から物を言う機会がないだけだと思っていたが。
凪に龍次たちを侮辱された時の違和感はこれか。怒らなければならない場面で怒れなかったのだ。
人に嫌われることが怖くてコミュニケーションに消極的だったのも、憎しみという感情が未知のものだったからこそ。
「やっぱり、まずいんでしょうか……?」
「いえ、私は憎しみなどという感情は不要だと考えています。優月さんは、怒りなどなくとも戦えているのですから」
柔らかく微笑んでくれる惟月を見たら、別にこれでいいかと自分の性質を受け入れられた。
惟月の弁によると、魂魄欠如の持ち主は欠落しているもの以外の感情も表に出にくく、優月があまり笑わない理由はそれらしい。
理由が分かれば気に病むほどのことでもない。感情表現が豊かでなくても、人付き合いはできるようになった。
「惟月さんとお揃いというのは、ちょっとうれしいです。惟月さんが優しいのも、魂魄欠如のおかげだったんですね」
惟月はいつも温かく接してくれた。
だからこそ、それが偽りのものであるかのように言われた時にショックを受けたのだが、恐ろしい力を抱えているが故に守ってくれる人を探していたのだと知った今は選んでもらえて良かったと心から思えた。
悪いものでないとはいえ、障害は障害。共通のものを持っているなら、親近感を覚えてそばに置きたくなるのも納得だ。
「そこも誤解していますね」
惟月は、笑顔のまま優月の言葉を訂正しようとする。
「え……?」
『お揃い』と言ってはおこがましかっただろうか。あるいは障害の『おかげ』というのが不謹慎だったか。
「私の魂から欠落しているのは、憎しみではなく愛情ですよ」
「え――」
何を言ったのか、すぐには分からなかった。
愛情が欠落と聞こえた気もしたが、聞き間違いだろうか。
「私の魂は愛情、優月さんの魂は憎しみの感情を持たずに生まれてきました。私たちは対極に位置する存在なんです」
聞き間違いではないようだ。
ここで、『氷血は母親を見殺しにした』という言葉が蘇った。
肉親への愛情がなければ、見殺しにすることもできるだろう。しかし、そうなると優月たちに向けている好意はなんなのか。
「世界を良くするという目的があるからといって、自分の親戚を自分の仲間に殺させることなど、人間なら感情が邪魔をしてできないでしょう」
蓮乗院家は元々大貴族だった。王室とかなり近い血筋といえる。
少しだけ離れた親戚でもあり、同年代の少女でもあり、相手からすれば友人でもあった朱姫を世界のために殺すなどという冷徹な判断が下せたのは、根が冷酷だったからこそか。
現在、優しく見えている理由は、とても儚い表情で告げられた。
「四魂隷従は精神を操る力。私の心は、その一端によって
幼少期に『氷血』の異名を持っていたのは、四魂隷従の力を得る前だったからだと。
優月は、どんな言葉をかければいいのか考え込む。
「私はおそらく――最初から本物の人間ではなかったのではないかと」
なんとも悲しい言葉だ。
漫画などでも、人工的に作られた生命体が、『自分はただの兵器だ』などと言っていたりするのを見てきたが、こんな身近に同様の思いを抱えている人がいたのか。
「この世に完璧な人間はいません。だからこそ、霊力にも必ずといっていいほど、弱点は存在しています。なのに私の力には弱点がない。それは私が人形にすぎない証拠なのではないでしょうか」
ここまで本音を打ち明けてくれるのは、優月を仲間と認めてくれているからだろう。
優月は懸命に惟月をなぐさめられる言葉を探す。
しかし、自分の知識では惟月が人間であると証明することができない。
そこでふと、ある文章が頭に浮かんだ。
「――作り物でもいいと思います」
これはその文章ではない。文章を読んで自分が抱いた感想だ。
「え……」
これは予想していなかったのか、惟月は目を丸くしている。
「前に読ませてもらった明日菜さんの小説は、登場人物が主人公にとって都合良く動きすぎだって講評されてました。でも、面白かったです。主人公を自分に置き換えたら、リアリティがないぐらいなぜか好意的に振る舞ってくれる人がいるのは心地良かったです」
こんなところで明日菜の小説の話をすることになるとは思わなかった。
彼女の小説に出てくる人物は、リアリティに欠けた人形だとしてコンテストでは低い評価を受けていた。
それでも、小説の評価など人それぞれだ。
「わたしは、惟月さんみたいに魅力的な人なら本物の人間じゃなくても好きになれます」
本物の定義をはっきりさせることはできない。
だが、まがい物にも価値があると伝えることはできる。
自分ごときに好かれていることが、どれだけ救いになるか分からないが、優月なりに惟月の価値を示してみせた。
加えて。
「誰でも自分がどう見えるか考えながら、演技をしてる部分はあると思います。惟月さんが作ることにした自分が魅力的なら、それは惟月さんが魅力的だってことなんじゃないでしょうか」
ずいぶん偉そうに語ってしまった。
的外れなことを言った可能性はある。
そうだとしても、心を痛めている惟月になにも言わなかったとしたら、優月は自分自身を許せない。
「うれしいです。あなたから、そんな風に言ってもらえるなんて……」
惟月は瞳を潤ませている。
いつも落ち着いている彼のこのような姿を見るのは、なかなかないことだ。
どうにか惟月の心に訴えかけることができただろうか。
「あなたを仲間に引き入れた一番の理由をお教えします」
単に同じ障害を持っているというだけではない理由。
続く言葉を待っていると、惟月は身体を寄りかからせてきた。
そして、優月のくちびるをキスで塞いだ。
(……!?)
互いにしゃべれない状態だが、惟月の心は、優月の心に直接流れ込んできた。
『あなたのことが好きだからですよ』
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