第211話「四魂隷従」

 蓮乗院家・庭園。

 冥獄鬼たちとの戦いが終結したのち、優月は惟月の元に帰ってきていた。

 大切な話があるような口振りだった。おそらく虎徹から教えられたことと関係があるのだろう。

「惟月さんがご無事で良かったです」

「優月さんこそ、本当に過酷な戦いをいてしまって申し訳ありません」

 惟月は深く頭を下げる。

「い、いえ、わたしなんて戦うしか能がないですし……」

 謝ることには慣れているが、やはり謝られることは苦手だ。

 早く話題を変えたい。

「そ、それで、話したいことっていうのは……?」

「そうでした。虎徹さんから真実を伝えられてもなお、私の元に来てくださったあなたには、知る権利があると思います」

 虎徹が語ったことは真実だが、それがすべてではないということか。

「私がなぜ、あなたたちを巻き込んだのかお話ししましょうか」

 場に緊張感が漂い始める。

 虎徹の話では女王殺しの罪をなすりつけるためということだったが、その程度のことだけのために、わざわざ優月の力を成長させる手間をかけるのは不自然だ。

 もっと深い理由があるのではないか。

「本来、私が騎士団と王室を打倒するのに革命軍を組織する必要などなかったのです」

 話の内容を予想していた訳ではないが、それでも意外なことを言い出したと感じた。

「えっと……。雷斗さまと二人だけで良かったということでしょうか……?」

「いえ、私一人で十分だったという意味です」

「え……?」

 優月はともかく、雷斗すら不要だったとは。

 久遠は霊極第一柱、惟月は第二柱ということだった。これはウソではないはず。

 久遠の方が格上なのに、どうしてそう言いきれるのだろうか。

「霊極にはそれぞれ司る事象があります。私の場合は精神。能力名は『四魂隷従しこんれいじゅう』です。これだけでは洗脳ができるぐらいにしか思えないでしょうか」

「あとは心が読めるとか、他には……」

 どんな例があるだろうかと頭を働かせるが、格上の相手を簡単に倒せるようなものは、すぐに出てこない。

「羅刹の霊力の源がなんであるか、もちろんご存じですよね?」

「はい……あっ」

 少し予想ができてきた。しかし、確信ではない。

「霊力の源は精神であり、霊極の力も例外ではありません。つまり私の『四魂隷従』は、すべての事象を司る能力なのです」

 霊力の源を完全に支配できるということは、無限の霊力を持つということ。そして、あらゆる性質を兼ね備えるということ。

 他の霊極が一人につき一つの事象を司っているのに対し、能力を解放した惟月はまさしく全知全能になるとのことだった。

「そんな能力が……」

 にわかには信じられない。だが、惟月がウソを吐いているとも、うぬぼれているとも思えない。

 それだけの力を秘めているからこそ、冥獄鬼たちは惟月を恐れたのだろう。

「すべてを意のままに操れるというのは夢のような話に聞こえるかもしれませんが、そんないいものではありません。この世で起こる出来事は全部自分が決定し、新たに知ることはなにもない――そうなっては、もはや人間として生きる喜びはなくなってしまいます」

 全知全能となれば、それは人間ではなく神だ。魔界にいる邪神や魔神などとは違う、いわば一神教の。

 深く考えたことはなかったが、言われてみれば確かに、幸福を失ってしまうに違いない。

 物語の悪役が世界征服や神になることのために必死になっているのが、ひどく滑稽に思えた。

「じゃあ、惟月さんが第二柱なのは……」

「意図的に、自分が一番にはならないよう力を抑えているからです。一人でも戦争に勝利できる理由は理解していただけたでしょうか」

「は、はい……」

 自分が利用されていたと知らされた時とは違った衝撃を受けた。

 今度は自分ではなく、惟月のことが心配になる。

 ひとたび解放すれば嫌でも神になってしまう能力を抱えていたなどとは。

「私はどんな物事にも全力で取り組めない。誰かの力を借りたかった。それが革命軍を作った理由です」

 さらに惟月は付け加える。

「もし戦いの中で追い詰められることがあれば、強制的に能力が発動してしまうでしょう。私には、それが最も恐ろしいのです」

(そうか……。だから惟月さんは守ってくれる人が欲しかったんだ……)

 弱いから守られたいのではなく、あまりにも強すぎるから守られたいと。

 全知全能を強すぎると表現するのは的確ではないが、そのような意味になるのだろう。

 敵ではなく自分の中にある力を恐れる惟月に、優月は守ってあげなければという意志を強くした。

 母親の形見を譲り受けたことなど関係ない。

(あれ……? でも、なんでわたしが選ばれたんだろ……?)

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