第214話「蓮乗院家での恋人生活」

「どうです? 気持ちいいですか?」

「はい。すごく……」

 蓮乗院邸・居間。

 優月は、惟月に膝枕で耳かきをしてもらっていた。

 ここが二人きりの空間かというと。

「お前ら、よくおれと日向先輩がいる前でいちゃつけるな……」

「耳かきか……。俺も練習してみるかな……」

 涼太と龍次もいたりする。

 惟月に、自分と優月の仲を見せつけようという意図はなく、四人で一緒に過ごそうとしているだけなのだろうが。

「動かないでくださいね。耳が傷ついてはいけませんから……」

「あっ、はい。でも、惟月さんに治してもらえるなら少しぐらいは傷がついても……」

 つっこまれても耳かきは継続。

 まさしく相思相愛。惟月との出会いから、誰がこうなることを予想できただろうか。

「ずいぶんと腑抜けた顔をしているな。天堂優月」

 雷斗の声だ。

 部屋の扉が開いていたので、通りがかりに目に入ったようだ。

「あ、今はこんな風ですけど、惟月さんを守る役目はちゃんと果たしますので……」

「ならいい」

 雷斗は去っていった。

 わざわざ声をかけてきたのは少々意外だ。

 惟月と優月の関係に雷斗が興味を持つだろうか。

 もっとも、惟月を大切に思っているのは雷斗も同じなので、優月が惟月を傷つけないかは気にしているかもしれない。

「そういえば、雷斗さまは惟月さんの能力を知ってるんですか?」

「霊力のやり取りがありましたので気付いているとは思います。ただ、言葉に出して教えたのは優月さんだけですよ」

 甘くささやくように言って、惟月は耳に息を吹きかけてきた。

「あ……」

 ぞくぞくする感覚だ。

 これぞ夢に見ていた美男子との恋人生活。

「なんか俺たち出遅れてないかな……?」

「確かにそうですね……」

 先に恋人になっていた龍次と涼太が、まだここまで優月とイチャイチャした経験がないため、敗北感を味わっているように見える。

「素敵な女性を私が独占する訳にはいきませんから、続きはお二人にお願いしましょうか」

 惟月は、片耳の掃除が終わったところで、龍次たちに声をかけた。

「それはいいけど、おれと日向先輩のどっちがやるんだよ? 耳、あと一つしか残ってないだろ」

「それもそうですね。優月さん、耳を増やしましょう」

 無茶を言ってくれる。

 惟月の嫌味のない言動に、龍次と涼太も張り合う気が抜けてしまったようだった。



 蓮乗院邸・久遠の私室。

 惟月との交際が始まって以降、初めて久遠が帰宅した日のことだ。

 優月は、久遠から話があるとして呼び出されていた。

「優月君、うちの弟が本格的に世話になっているようだね」

「あっ、いえっ、わたしがお世話になってるといいますか、他にも恋人がいて申し訳ないといいますか……」

 久遠の眼差しは温かいが、暗に惟月一人だけを愛していないことを責められているのではないかという不安に駆られる。

「こちらこそ、惟月が龍次君や涼太君に迷惑をかけていて申し訳ないよ。君の負担にはなっていないかい?」

「わたしは大丈夫です。こういうの大好きなので。逆ハーレムっていうんですけど……」

 ここに涼太がいたら、また『乙女ゲーか』のつっこみが入るところだ。

「……? そういうことであれば安心だが」

 最後の言葉は初めて聞いたのだろうが、納得はしてくれたらしい。

 目を伏せた久遠は、感慨深そうに語る。

「惟月は昔から隠し事が多かったからね。君が助けになってくれたようで何よりだ。兄として礼を言わせてくれ」

「あっ、いえ。わたしごときが久遠さまからお礼なんて……」

 半分人間の優月と、最高位の羅刹である久遠。頭を下げることはあっても、下げられることはないと思っていた。

 龍次と涼太の時は、彼らの身内に会って厳しい態度を取られたが、今回はまるで違う。

 うれしいが、別の意味で恐縮することになった。

「私自身も惟月には幸せになってほしいと願っている。弟をよろしく頼む」

「は、はい……! 命をかけてお守りします……!」

 龍次と涼太も守るため、『全身全霊をかける』とは言いづらいのが心苦しいが、重ねて感謝されながら久遠の部屋を後にした。



 蓮乗院邸・浴場。

 寝る前に入浴しておこうとやってきたが、やはりいつ来ても広く感じる。

 ここは基本的に、惟月と久遠以外では客人の優月たちしか利用しないので、当然ながら優月が入る時は一人だ。

 広大な風呂場にぽつんと立っているのは寂しい気もするが、誘う相手もいないので仕方ない。

(羅仙界に来てから、すごいぜいたくさせてもらってるなぁ……。仮に惟月さんがわたしを利用してるだけだったとしても文句を言える立場じゃないよね)

 そんなことを考えながらシャワーの方へ向かって歩いていると、浴室の扉が開く音がした。

 覗かれることなど微塵も心配していないため、カギをかけていなかったものの、中に誰かがいることは分かるはずだが。

 振り返ってみると、そこには惟月の姿があった。

「い、惟月さん……!?」

 袖をまくってはいるが服は着ていてくれて良かった。

 しかし、服を着たまま風呂場に入ってきてどうするのだろうか。

「どうしたんですか? なにか急ぎの用事でも……」

 惟月と違ってこちらは全裸だ。さすがに恥ずかしい。

 とはいえ、屋敷に賊が入ったなどの事件だとしたら、すぐに対応しなければならない。そのために自分がいるのだ。

「よろしければ、お背中をお流ししようかと思いまして」

「へ……」

 予想外に平和的な用件で気が抜けた。

「せっかく恋人同士になったのですから、そのぐらいのスキンシップがあっても良いのではないかと」

「そう……ですかね……?」

「お邪魔でしょうか……?」

 疑問で返すと、悲しげな顔をされて、罪悪感が湧く。

「い、いえ、惟月さんに背中を流してもらえるなんて夢みたいです。ぜひ、お願いします」

 シャワーの前に座った優月の背中を、惟月がスポンジで洗うことに。

 惟月が持つイメージ通り、優しく丁寧にしてくれている。

「普通こういうのって、偉い人が洗ってもらう側なんじゃないんでしょうか……?」

「だからこそです。優月さんは私のご主人様ですから」

「わ、わたしなんて誰かに仕えてもらえるほどの人間じゃないですし、ましてや惟月さんの主人なんて言ったら、色々な人に怒られます……」

 惟月の口調からは、本気だとしか思えない。

 本気にしか見えない演技をすることはできるのだろうが、今、それをする意味はないので、結局本心なのだということになる。

 人知を超えた存在のトップでありながら、優月程度の人間にかしずく気になるとは、四魂隷従、恐るべし。

「私は、ずっと前からあなたを見ていたんですよ?」

 不意に惟月が優月のお腹の方へ腕を回して抱きついてきた。

「い、惟月さん、着物が濡れてしまいますよ……!?」

 惟月は構わず話を続ける。

「あなたの存在を知ったのは六年前でした。母が死んだ、あの時です」

「あ……」

 惟月の母・風花から霊刀・雪華を譲り受けた時の記憶が蘇った。

「元より母の生死に興味はありませんでしたが、終極戰戻のデータを得るために監視をしていました。最初は、私と真逆の性質を持っているのが面白いと思っただけでした。でも、あなたについて知れば知るほど、惹かれていったんです」

 ここで惟月から、秋嵐と沙菜の役割についても教えてもらえた。

「まずは秋嵐にあなたの監視を命じました。秋嵐からの報告を聞く度、あなたは私にないものをたくさん持っていると知りました。そして二年前、あなたは龍次さんに恋をしました。涼太さんとも既に両思いになっていたのでしょうが、明確に恋心を意識したのはその時からですよね?」

「は、はい……」

 他の男性への恋心を正直に話していいのか疑問だが、惟月は許してくれるだろう。

「恋をしているあなたは本当に魅力的で、もっとよく知りたいと、非常に高い能力を持つ沙菜さんにもあなたについて調べてもらうことにしました」

 沙菜は二年前から優月の監視をしていた。道理で優月のことをよく理解している訳だ。

「あなたが喰人種・赤烏と出会って戦う意志を目覚めさせた時、いよいよだと思いました。雷斗さんと戦わせ、さらには人羅戦争に巻き込んで、あなたがどれだけ自分の好きな人のために動けるか試すことにしたのです」

 好きな人を試すような真似をするのは、一般的には不道徳だろうが、その結果が今のこの状況だと考えると、優月にとしては幸福以外の何物でもない。

「どんな相手も憎まず、それでいて好きな人を守るために戦い抜ける。あなたのような人は他にいません。私の本性が明らかになってもなお、私の元に駆けつけてくださった時、本当にうれしく思いました。どうか、私にあなたを主人と呼ばせてください」

「そ、そういうことでしたら……」

 自分はとことん愛されている。

 もはや惟月と別れるなどという選択肢は頭のどこにもない。


 入浴を終え、脱衣所から出ると、涼太と鉢合わせになった。

「ん? お前ら、なんで同時に風呂から出てきてんだ?」

 涼太に尋ねられてギクリとする。

 不器用な自分が変にごまかそうとしたところで裏目に出るに決まっている。正直に話すことにした。

「ええと、惟月さんに背中洗ってもらってて……」

「混浴って訳か」

 涼太の刺すような視線が痛い。

「惟月さんは、ちゃんと服着てたよ……?」

「じゃあ、お前は裸だったんじゃねーか」

 失言だったか。そういえば沙菜から失言王の称号をもらったような気がする。

 恋人が自分以外の異性に裸を見せていたらどう感じるか。

(わたしだったら嫌だな……)

 自分がされて嫌なことを人にしてはいけない。小学生でも分かっていることだ。

「ご、ごめん……」

「もうお前の倫理観には期待してねーよ」

 ありがたいことに、あきらめの境地に達してくれたようだ。

 そこへ龍次もやってくる。

「あれ? みんな廊下でなにやってるの?」

 涼太が説明すると、龍次はなんともいえない顔になった。

 怒ったり不満を持ったりしている顔ではないが、喜んではいない。

「私だけ優月さんと混浴したのでは不公平ですし、今度四人で一緒に入りましょう」

 惟月がとんでもない提案をしてきた。

「お前、どういうキャラなんだよ」

 第一印象とのギャップに、つっこみを入れずにいられない涼太。

「わたしの貧相な身体はともかく、みなさんの裸なんて見せられたら、わたしの頭がおかしくなります……」

「お前はそういうキャラだな」

「そ、そうなんだ……」

 涼太が納得する一方、優月の本性に慣れていない龍次は困惑している。

湯帷子ゆかたびらならご用意できますので、それを着て一緒に、ということでどうでしょう?」

「それならわたしに異存はないです」

 合意してしまった惟月と優月。

 涼太と龍次は。

「もうなんでもいいわ」

「なんとか優月さんたちについていけるように努力するよ」

 こうして蓮乗院邸は、優月にとっての楽園と化していくのだった。



第三十章-明かされる真実- 完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る