第198話「冥獄結界」
霊京一番街の上空。
雷斗は、界孔の前に残った白煉と対峙していた。
「貴様が頭目か?」
雷斗の問いに、白煉はかぶりを振る。
「いいえ。我らが統率者はこの奥におります。倒したければ、まずは私を斬ることです」
冥獄鬼がここまで積極的に羅刹を攻撃してくるのはめったにないことだ。
ここ最近、何度か現れていたのは、この日のためか。
「この結界、霊極の戰戻を封じるものだな」
「お気付きになりますか」
街全体を覆っている炎の結界。熱は羅刹の実力者を倒せるほどではない。
実際に霊魂回帰を試みるまでもなく、雷斗は効力を見抜いていた。
「我々にとって最大の脅威は霊極です。ですから、準霊極以下への効力を犠牲にしてでも、あなたたち霊極の力を封じることに特化した結界石を作り出しました」
「成程。用意は周到ということか」
以前、惟月を人質に取った際、『戰戻さえ使わなければいい』と言ったのはこのためだろう。魂装状態の戦闘データを得たかったのだ。
雷斗は霊剣・月下を抜き放つ。
元より戰戻なしでも負けるつもりはない。敵として立ちはだかるならば斬り捨てるまで。
対する白煉は、懐から二つの天理石を取り出す。
「神器に加えて天理石も二つか。先の戦いでは相当加減していたらしいな」
「早々に手の内を明かして勝てるとは思っておりませんでしたので」
天理石が輝くと、白煉の手には前回より強化された剣と盾が現れる。
さらに、この戦域を囲むように岩の壁が形成された。
「白煉……。おれとお前で、こいつ倒す……」
界孔の中から新たに出てきたのは、冥獄鬼・堅固だ。
岩の壁は堅固の能力によるものと思われる。
「人質を取ることもなく私を倒すか。なめられたものだ」
雷斗は剣から霊気を撃ち出す。
敵は、幹部格が白煉と堅固の二体、下級兵士が数十体といったところだ。
羅刹の霊力と冥獄鬼の神力、二つの力が激しくぶつかり合うことに。
羅仙城・団長室。
壁を破って冥獄鬼が攻め込んできていた。
「こうもあっさり団長の元に着くことができるとはな」
久遠は腰の霊刀・
「部下たちを盾にする気はない。私を狙う者は私が相手をしよう」
気配を見る限り、霊京内の随所で戦いが始まっている。
久遠は騎士団長として、一体でも多くの敵を倒す覚悟だ。
「殊勝な心がけだが、甘いな。貴様が倒れれば部下たちの士気は下がる」
「どのみち私は勝たなければならない。二度と、人羅戦争の時のような醜態を晒す訳にはいかない」
霊刀・刹那を抜いた久遠は、霊戦技を繰り出す。
「刹那一の型・
刀の一振りに合わせて、空間が斬り裂かれていく。
斬鉄能力同様、防御不能な一撃だ。
「我らには理の加護がある」
冥獄鬼の胸で天理石が光を放つと、空間の裂け目は敵に届く前に閉じていった。
久遠の能力は時空の支配だが、冥獄鬼には世界そのものが味方している。能力を相殺されてしまった。
「刹那四の型・
数秒
敵はそれを正面から受け止める。
霊神騎士団が羅刹の世界の人々を守護する者たちであるのに対し、冥獄鬼は世界の理を守護する存在。
どちらが上とは一概にいえないが、これは人を守ることの方が重要だと示すための戦いでもある。
「一つ聞いておきたい。父上を殺したのはお前たちか?」
鍔迫り合いの最中、久遠は長年の疑問を投げかけた。
「隠すほどのことでもない。確かに貴様の父は、我が同胞の手にかかって死んだ。邪悪ではなくとも闇黒剣の使い手は危険だ。人間界で単独行動をしているのを見逃すほど、我らは甘くない」
久遠の刀が敵の刃を弾く。
「どうした? 仇を討ちたいか?」
「憎しみに駆られて剣を振るうべきではない。真実が分かればそれでいい」
久遠の心は憎悪を無理に抑え込んでいるのではなく、むしろすっきりとしていた。
今はただ、人々の安寧のために、それを脅かす者を斬るだけだ。
「どのような感情で剣を振るったところで無駄だ。人羅戦争で
蓮乗院久遠が持つ最後の断劾とされた『刹那十二式・終の刃』。この技は雷斗との戦いで使用した。
戰戻で生み出した異空間の中で使ったのであれば、冥獄鬼の目からは逃れられたかもしれない。
しかし、不運というべきか、戰戻が解けた直後のことだった。
「雷斗君に敗れた私は初心に返るべきだと悟った……。まだ私は断劾を極めてなどいない……」
「何を言っている……?」
飛び上がった久遠は霊刀・刹那を両手で握り、敵に向かって振り下ろす。
防御の態勢に入る冥獄鬼だが。
「刹那十三式・
霊刀・刹那は、敵を刀ごと両断した。
「バ……カ……な……」
今、久遠が放ったのは長らく習得する機会がなかった『新しい断劾』だ。
効果は、単純に刃を強化するだけ。
時空の支配者などという大それた肩書きはいったん忘れて、修行を積んだ成果だった。
未知の霊子構成を持つ技を受けて倒れた冥獄鬼は塵と化す。
「よくやった。技を一つ出させただけでも十分だ」
これで終わればいいのだが、倒れた者に労いの言葉をかける新手が登場するのだった。
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