羅刹伝 雪華

第199話「未来への斬撃」

「よくやった。技を一つ出させただけでも十分だ」

　羅仙城・団長室。

　攻め込んできた冥獄鬼の一体を倒した久遠の前に新手が現れた。

　今度は、下級兵士を無数に連れている。

　強大な霊力を誇る霊極に対抗するためには、情報と数の力が必要だと理解しているのだろう。

「蓮乗院久遠。次は私たちがお相手いたす」

　先ほどの冥獄鬼に比べ、口調が丁寧だ。

　霊力や神力の使い手は得てして、謙虚な振る舞いをする者の方が強いもの。

　さらなる苦戦は免れないか。

「黒竜激昂破！」

　黒き竜を模した霊気が暴れ回り、幹部格の背後に控えていた下級兵士たちを飲み込んでいく。

「草薙君」

「久遠様！　ご無事ですか！」

　霊神騎士団第一霊隊副隊長・草薙真哉だ。

「よく来てくれた。こちらも二人となれば心強い」

　まだ敵の方が数は多いが、強大な力を持っているのは一体だけ。

　その一体に集中できれば勝機はある。

「後ろの雑魚は俺に任せてください。久遠様は、敵の幹部を」

　真哉は、こちらから伝えるまでもなく戦い方を察してくれた。

　惟月が団長の補佐役にふさわしいと見なしただけのことはある。

　真哉が跳躍して下級兵士たちに斬りかかると同時に、久遠は冥獄鬼の幹部格と斬り結んだ。

「刹那五の型・重魄斬（じゅうはくざん）」

「同じ技を続けて使ってくれれば楽なものだが、そうはいかぬか」

　久遠が繰り出したのは、斬った対象の速力を大幅に下げる技。

　光の力を宿した雷斗には通用しないだろうが、この冥獄鬼にはどうか。

「くっ……」

　久遠の刀に触れ続けるのは危険と察した敵は飛び退くが、動きは鈍っていた。

　霊刀・刹那の刃をかわしきれずに頬に傷を負う。

「今の技といい十三式といい、どうやら接近戦はこちらに不利のようだ」

　冥獄鬼は神気の球を無数に放ってきた。

「刹那一式・白鳳天翔破（はくほうてんしょうは）」

　白き風のような霊気の刃が敵の神気を打ち払う。

　広範囲を飲み込む斬撃で多少の手傷は与えられるかと思ったが。

「これも天理石の加護か」

　空間の歪曲によって技の軌道は逸らされ敵は無傷だった。

　床には不自然に敵の周囲だけを避けて傷が走っている。

「天理石の力が上だと断言はできぬが、副隊長が下級兵士の相手をしている間にカタをつけたい」

　冥獄鬼が放つ神気をかわしながら、久遠も霊気の刃を飛ばす。

　空間に作用する能力を持っているのは同じ。

　なかなか決着はつかない。

　真哉が下級兵士を倒し終えてくれれば有利になるが、その前に勝利する考えはあった。

　霊気の刃は空間の変動によって冥獄鬼に命中しない。それでも久遠は刀を振るう手を休めない。

「ずいぶんと無駄な攻撃を続けるものだ。副隊長を当てにしているのか？　歴代最強の騎士団長ともあろう者が新任の副隊長に頼ると？」

　挑発のように投げかけられる言葉。

　向こうは、こちらが捨て身で攻めたところを迎撃することを狙っているのだろう。

「そろそろ頃合いか」

「なに？」

　久遠が切っ先を敵に向ける。

　すると、霊気の刃が敵の四方八方から襲いかかる。

　その数と威力は一度に放出できる限界を超えたものだ。

　何より、久遠は今、刀から霊気を放っていない。

「どこから湧いて出た!?」

　動揺する冥獄鬼は、空間の歪曲に守られながらも、すべての刃をかわしきることはできすに四肢を切断された。

「ぐっ……」

　床に伏した冥獄鬼は、ようやく何が起こったか理解したようだ。

「未来を斬っていたということか……！」

　久遠の放った霊気はかわされた後消えていたのではなく、未来の特定の時点に移動させられていたのだ。

　ここまでの戦いで放たれたすべての霊気に一度に襲われては、到底回避できるものではない。

「そうだ。私に過去を変える力はない。私にあるのは、今を生きて未来を変えていく――人間が誰でも持っているのと同じ力だ」

　久遠は時空を司る羅刹でありながら、自身を普通の人間と本質的に変わらないものと考えた。特別な謙遜ではなく、純粋にそう思っている。

　久遠に斬られた冥獄鬼の死体は消滅した。

「さすがです。久遠様」

　真哉の方の敵もあらかた片付いたようだ。

「さすがに――」

　しかし、両名共、気を緩めてはいない。

「敵から危険視されているようです」

　天井を突き破って、新たな敵が襲いかかってきた。

　雷斗と惟月に敗れたとはいえ、久遠の霊力は全羅刹中最高。冥獄鬼側も、かなりの戦力を割いてきたようだ。

「霊刀・黎厳（れいげん）」

「霊刀・獅子王！」

　第三霊隊詰所前。

　重光がサーベルから、千尋が太刀から放つ霊気が冥獄鬼を粉砕する。

「くくく……。この程度か」

　敵は身体をバラバラにされているにも関わらず、首だけで浮いて笑っている。

　さらに細切れになっていた身体も一部再生して腕や脚の形に戻っていた。加えて、肉片が膨張して体積が増しているようだ。

「こいつ不死身かよ！　刻印文字の効果か!?」

　千尋の読みは外れていないが、本当に不死身では爆砕しても意味がない。

　この状況で意味を成す能力といえば――。

「お前たちは力を持ちすぎた。己の才能を呪うがいい」

　無限に再生する冥獄鬼。このような存在は稀に見ることがある。

「桜庭君」

「――！」

　重光の意図を察した千尋は、敵の首へ直接斬り込んでいく。

　だが、数多の肉片が盾となって行く手を阻む。

　霊刀・獅子王で斬り裂くが、分裂と結合を繰り返し倒れる気配がない。

　飛散している敵の身体を斬りながら、徐々に千尋は包囲されていく。

「どうやら食われたいらしいな」

　いつの間にか肉片は相当な分量になっていた。千尋の身体を飲み込んで一つの巨体として再生することができそうだ。

「くっ！」

　冥獄鬼の肉片が千尋にまとわりつく。このまま取り込まれれば、敵の力は増大し、千尋の自我は失われる。

「まずは一人――ッ!?」

　千尋を覆いつくさんとしていた冥獄鬼の身体に鎖が巻きついた。

　鎖は、千尋の周りに集まった冥獄鬼の身体すべてを囲むように展開されている。

「副官ごと封印する気か!?」

　重光戒の能力は封印。かつて雷斗の剣すら封じたことがある。

　準霊極以上の羅刹であれば、不死身の敵を倒す手段を持つ者は珍しくない。

　沙菜でも、霊子吸収で再生能力自体を奪って殺すことができるだろう。

「ばーか。封印されるのはお前だけだよ」

　千尋は刃に霊気を集中させる。

「断劾『獅吼爆砕破（しこうばくさいは）』！」

　炸裂した霊気の威力を利用して、千尋は一息に飛び出した。

　冥獄鬼はというと、膨大な量の鎖に縛りつけられ力を失っていく。

　やがて鎖が球体のようになり、中にいる冥獄鬼の神気は消えてなくなった。

「なんとか上手くいったか……。よくやってくれた、桜庭君」

「すごいっすね、重光隊長！　沙菜も準霊極の中では数少ない格上の羅刹だって言ってましたよ」

　重光と千尋は、互いを称え合う。

「いや、人羅戦争で晒した恥を雪ぐには足りない」

「やっぱ隊長のそういうとこ、ちょっと優月に似てますよ。今度二人で食事にでも行ったらいいんじゃないっすか？」

「それは若くて美しい男子諸君に任せておくよ」

「隊長もまだまだいけると思いますけどねー」

　重光と千尋は軽口を叩きながらも、次の戦いに備えて気合を入れ直した。