第167話「文化祭の準備」

 多数決の結果、優月たちのクラスは普通の喫茶店をやることになった。

 メイドも執事も出てこないのであまり面白みはないが、一般人はこの方が入りやすいだろう。

 準備期間はそれほど長くないということで、教室内が慌ただしくなっている。

「日向君! 裁縫できる!?」

「まあ、人並みには」

「じゃあ、こっち手伝って!」

 ウェイターの衣装を作成している女子が龍次を呼ぶ。

 男性陣のレベルが高いという優月の認識は、他の女子と共通だったようで、基本的に接客を男子がやって調理を女子が担当するということになった。

 そのため、念入りに作られているのは男子の衣装だ。

「草薙! 食材の調達できたか!?」

「問題ない。怜唯様に調理していただくものだ。草薙道場の門下生も総動員して最高級のものを集めた」

「穂高! お前、もっとテキパキ動け!」

「わたし、これ以上速く動けないよー……」

 真哉がしっかり役目をこなしている一方、穂高はノロノロと荷物を運んできている。

 惟月と怜唯の仕事は、形状が整った衣装に霊気を通わせて、羅刹が身につける服として完成させることだ。そのままでも着ることはできるが、霊気の通っていない服は、羅仙界だと正式なものと認められない。

「片桐さん、手際いいわね。その調子でお願い」

「うん!」

「千尋も上手いな。どこで身につけた技術なんだよ」

「ホントは女子のコスチューム作りたいんだけどなー」

「お前が、メイド喫茶却下したんだろ」

「誰よ、涼太君にこんな重い荷物運ばせたの!」

「なんだ、重い荷物運べる体型じゃないって言いたいのか」

「あ、いや、そんなつもりは……」

 みんな何がしかやっている中、優月は。

「あのー。わたしは何をすれば……」

「天堂の仕事? 考えてる時間が惜しい! 自分で見つけろ!」

「は、はぁ……」

 見つからないから聞いているのだが。

「優月ちゃん、優月ちゃん。わたしトロいから荷物運び手伝ってー」

「穂高さん……」

 向こうが手伝いを求めてきているのに、こちらが救われた気がする。

 手先の不器用さはどうにもならないが、腕力や脚力は、霊力で強化できる。力でなんとかなる仕事に徹することにした。


 そうして、気付くとあっという間に文化祭前日になっていた。

 喫茶店らしい内装になった教室で、当日の役割分担を決める。

「惟月様に接客と調理のどちらをやっていただくかは悩ましいところだな」

 真哉は腕を組んで考え込んでいる。

 惟月のような美少年がウェイターなら女性客が増えるだろうが、惟月の調理能力を以ってすれば素晴らしい料理が出せる。

「わたしだったら惟月様を呼びつけて注文するとなると恐縮しちゃうから、料理を作ってもらえた方がうれしいかな」

「そうか、一般客はオレたちと違って惟月サマと一緒にいることに慣れてないもんな」

 編入してきたばかりの千秋が持っている意見に千尋も同意する。

「客引きとか受付は誰がやる?」

 教室内の生徒を見渡す学級委員。

「客引きなら任せろ。これでも結構顔は広いからな」

「女子だけだろ」

「イケメンをウェイターにして女性客を引き込む方針なんだし、ちょうどいいじゃん」

 千尋の役割も決定した。

「それなら日向と涼太と草薙はウェイターだな」

 龍次も涼太も人間界の学校で人気者だった。真哉がどんな扱いを受けてきたかは知らないが、容姿を見る限りモテないはずはない。

「ねーねー、わたしなんにもできないんだけど、なにしたらいい?」

 穂高が間延びした声で尋ねる。

「なんにもできないなら、なにもできないだろ……」

「穂高はチラシ配りでもしてたらいんじゃね? 人見知りしないから、誰にでも渡せるだろ」

 穂高と付き合いの長い千尋が的確に役を与える。

「あの……。わたしも料理とかできないんですが……」

 優月は、ここでおずおずと手を上げる。

「お前もか。このクラス、怜唯様以外ロクな女子いないな……」

 男子の目から見て魅力的な女子がいないのは分かるが、不幸に見舞われて顔がなくなった千秋はまともな女子に入れてあげてほしい。料理もできるようだし。

 聞くところによると、千秋の顔は治せない訳ではないが、兄の犠牲を忘れないために、あえてそのままにしているとか。

「このクラスに限らず、今までに会った羅刹の女、バカばっかじゃねえか」

 人間界から羅仙界に渡って以降、色々な羅刹を見てきた涼太。

「如月を筆頭に、八条瑠璃、なんとかいう副隊長、それに東雲しののめ

若菜わかなさんのこと呼び捨てなんだ……」

 かなり年上なのに、苗字で呼び捨てとは。

 明日菜に至っては、名前すら覚えていないらしい。

「如月はともかく、優月さんにはきっとなにかできることがあるよ」

 龍次は、どうにかして優月を励ましてくれようとしている。

 具体例を挙げるのには苦労しているように見受けられるが。

「優月に関しては、オレにちょっと考えがあるんだよね」

 こうした場で頼りになるのは、やはり千尋だ。

「優月にも真哉くんたちに混ざってウェイターをやってもらう!」

 頼りになるかと思ったが、妙なことを言い出した。

「……? ウェイターだと男性なのでは……?」

 ウェイトレスなどという柄でもないが、だからといって男性扱いだと本物の男性に失礼だ。

「だから男装してもらう訳」

「え……!?」

 元から女子らしい服装はしていない優月だが、完全に男子に見えるようにしろと。

 確かに体型はごまかすまでもなく、ほとんど男子と変わらないし、なんなら遠目に男子と見間違われたことすらある。

「髪切って、男らしい目元になるような化粧して、他の男子と同じ制服着てればバッチリだろ」

 千尋は、自分の案に自信満々だ。

「い、いや、美形の男性陣を売りにするのに、地味な見た目のわたしが混ざっても邪魔なだけでは……」

 接客も苦手だし、断ろうと思うが。

「そういえば天堂さんって、涼太君と髪の質感とか似てるよね」

「うんうん。涼太君のお兄さんってことにすれば、ウケそうじゃない?」

 その他大勢の女子生徒からも変に興味を持たれてしまった。

「えっと……」

「私は、優月さんの男装姿、きっと素敵だと思います! 楽しみにしていますね」

 困惑していると、惟月に期待の眼差しを向けられる。

 中性的で美しい顔の前で両手を合わせたその仕草は反則だ。

「そういうことでしたら……」

 結局、乗せられてしまった。

「ちょっと待って。文化祭だけのために髪まで切らなくても」

 他の生徒たちは優月の髪などどうでもいいと思っていそうだが、龍次だけは心配してくれる。

「あ、いえ、別にそれほど髪型にこだわりないですし」

「治癒術使ったら戻るから平気平気」

 千尋に言われて思い出した。

 羅刹の身体には霊力が通っているため、本来の姿であろうとする力が働いており、回復さえすれば失った腕でもまた生えてくると。

「惟月様に期待を持たせておきながら、それを裏切るようなことは許さんぞ」

 怜唯だけでなく惟月も尊敬している真哉から念を押される。

 プレッシャーを感じるが、これも新しい学園生活を充実させるためだ。人間界にいた頃とは違ったものにしたい。

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