第168話「イケメン喫茶」

 文化祭当日。

 なぜか優月は男装して喫茶店のウェイターをやるハメになってしまった。

 千尋がやってくれた化粧のおかげで、目つきはキリッとして見えるようになった気がしなくもない。彼がどこでそんな技術を身につけたのかは知らないが。

「いらっしゃいませー」

 受付をやっている女子の元気なあいさつが響く。

 千尋が客引きをしていて、店内には龍次・涼太・真哉がいるとあって、大変盛況だ。

 狙い通り女性客が次々入ってきている。

「あっ。あの人かっこいい。そこのボーイさーん」

 また龍次たちの中の誰かが呼ばれたのだろうと思い、ぼーっとしていたが、声がした方を見ると明らかにこちらを向いて呼びかけている。

「わた……、ぼ、ぼくですか……?」

 意識的に低めの声を出して女だとバレないようにする。

「そうそう。一緒に写真撮ってもらっていいですか?」

「はあ。いいですけど」

 聞き間違いでななければ『かっこいい』などと言われていた。写真が欲しいということは、映りが良いと思われているのか。

 生まれてこのかた容姿をまともに褒められたことがなかったので、少々面食らった。

 まさか男装することで評価ががらりと変わるなどとは思いもしない。

 ウェイターの容姿もさることながら、惟月と怜唯が作る料理や飲み物も絶品なので、お客様方は上機嫌だ。そもそも霊極が作るものを食べられる機会は、一般人にはそうそうあることではない。

「すいませーん」

 今度は他の客がウェイターを呼ぶ。

 室内を見渡し、対応できるのが自分しかいなさそうだったので、その客の方へ向かった。

「ご注文でしょうか?」

「はい。私は――」

 二人組の女性から、それぞれの注文を聞く。

 注文内容を復唱する優月だが。

「――ミネストローネがお一つと練乳いちごパフェがお一つとアイスコーヒーが――」

「ちょっと。コーヒー、アイスじゃなくてホットだってば」

「あ、す、すみません……!」

 反射的に九十度近く腰を折って謝罪する。

 その拍子に伝票を取り落としてしまう。

「あ、し、失礼しました。えっとご注文がええと……」

 あせって何をやっていいか分からなくなってきた。

 頭が真っ白になりかけていると、女性客の口から笑い声が漏れる。――といっても嘲笑ちょうしょうではない。

「あはは、かわいい~」

「急がなくていいから、ゆっくり、ね」

「あ、ありがとうごいざいます……!」

 異様に扱いがいいような気がする。

(いつもならもっと怒られて……。あ、そうか。今はイケメンに見えてるのか)

 これがイケメンでないどころか女だったら、もっと辛辣しんらつな言葉が飛んできただろう。

 沙菜ほどでないにせよ、人は得てして同性に厳しいものだ。

 もっとも、沙菜が厳しくなるのは主に美人に対してで、優月には優しいので例外はあるが。

 注文内容を慎重に再確認した優月は、惟月から渡された料理を運び終えてから一息つく。

 涼太がモテるのだから、男装した優月もモテるという読みは当たっていたようだ。

「人気者じゃねーか」

 手が空いている間に涼太が声をかけてきた。

「女子にモテても、あんまりうれしくない……」

「男子にもモテるようになっただろうが」

「そういえば……」

 大半の男子からはなんとも思われていないだろうが、みんなのアイドルだった龍次と涼太の二人から好意を寄せられていたら十分だ。

 ましてや二股をかけていて、モテないなどと言ったら龍次と涼太のファンから呪われる。

 見ると、龍次は連絡先交換の申し出を巧みにかわしながら、鮮やかに接客しているようだ。

 優月は浮気をしたというのに、龍次が他の女子と深く関わらないようにしているのは心が痛む。

「龍次さんってなんでもできるんだなぁ……」

 嫉妬しっとする訳ではないし、素直に尊敬できるのだが、自分では釣り合わないということには常々悩まされている。

「霊力だけはお前の方が上なんだから、それでいいじゃねえか。命守ってれば対等ぐらいにはなるだろ」

 涼太には優月の発言の裏にある意識まで伝わったらしい。

 ただ、元はといえば戦いに巻き込んだのが悪いのだから、守るのは当然の義務だと考えている。羅刹絡みの戦い以外でも、あらゆる危険から守るぐらいはしなければ。

「もちろん涼太も守るよ?」

「二股だからか?」

「うーん。二股じゃくてもかな。多分、誰とも付き合ってなくても、涼太と龍次さんのことは守ってたと思う」

 恋人になってもらえたことで、より思いが強まったというのはある。

「あとは惟月もか? 風花さんの刀を譲ってもらったんだしな」

「うん。でも惟月さんはわたしより強いよね……」

「あー。名前忘れたけど副隊長ぶっ飛ばしてたからな」

 やはり明日菜の名前は忘れているとのこと。

 優月の使う断劾は、惟月の持っていた霊子を使用して龍次が開発したものだ。

 惟月の力を借りている優月より、惟月本人の方が強いのは、まず間違いない。

「まあ、守るのは無理でも、一緒に戦うことはできる……のかな……?」

 惟月のそばには大抵、雷斗もいる。彼らの戦いに参加できるだけの力が自分にあるだろうか。

 そうして話しているうちに、新しい客が入ってきた。

「あ、いらっしゃいませ」

 再び声を低くしてあいさつする。

 客の応対をしながら、周りの声を聞いていたら、楽しい気分になってきた。

「草薙君、ウェイターの制服も似合ってるね」

めてもなにも出ないぞ。それより、怜唯様の手料理だ。よく味わって食べろ」

 隣のクラスの女子に注文の品を届けた真哉。

「あなたが人間界から来た人?」

「はい。今は蓮乗院家でお世話になってます」

 羅刹化していない人間ということもあって一般客から興味を持たれている龍次。

「君、かわいいね。何年生?」

「一年生。念のため言っておきますが、高等部の一年生です。二つ飛び級はしてますが」

 小学生と間違われても客にキレる訳にいかないということで、先手を打っておく涼太。

「あなた、あの子のお兄さん?」

「あ、はい」

 予想通り、優月を涼太の兄だと信じる客も現れた。

「名前は?」

「弟は涼太と言います」

「あなたは?」

「え? あ、ええと……」

 しまった。自分の名前を考えていなかった。

 『優月』でも男子の名前として通用しそうだが、人羅戦争での活躍で『天堂優月』の名前は、いくらか広まっているかもしれない。

優輝ゆうきです」

 即席で適当な名前をでっち上げることに。

「どんな字を書くの?」

「『優しい』に『輝く』です」

 このやり取りで、思い出したことがある。

 優月が初めてまともに戦った喰人種・赤烏。彼も優月を対等の人間と認めて名前を尋ねてきたのだった。

「いい名前ね」

「あ、ありがとうございます」

 羅刹の世界というものがあって本当に良かったと思う。

 こうして自分の居場所ができたのだから。

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