第159話「百済の遺産」

 聖羅学院の授業である迷宮の攻略。

 優月たちは、最上階までたどり着いていた。

「ケガはしないですけど、攻撃受けたら結構痛いですね」

「なにもなかったら気を抜きすぎるだろ。特に天堂姉は」

「そ、そうですね……」

 中鏡から指摘されて納得させられる。

 自分の痛みもそうだし、涼太が痛い思いをすることがないなら守ることのモチベーションも上がらない。

 優月は、二股をかける代わりに、せめて龍次と涼太の二人を危険から守るぐらいのことはすると決めた。そのためにここに来ている。

 本来、恋愛を抜きにしてもやらなければならないことなのだが、より一層の力を注ぐということだ。

「さて、ゴール直前には一番強い敵が出てくんのか?」

 涼太の予想通り――というより予想を超えた相手が出てきた。

「く、百済隊長……?」

 人羅戦争開始の直前、優月が決死の思いで戦って倒した霊極の姿が作り上げられた。

 本人が生きているはずはない。これも中鏡の能力によるものだろう。

 しかし、霊極を簡単に再現できるものなのか。

「百済隊長からもらった情報を基にした俺の力作だぞ。心して戦え」

 中鏡の声は自信満々といった感じだ。

 通常、生きている羅刹は自分の魂魄情報を他人に与えない。万が一にも敵に知られれば命に関わるからだ。

 だが、自分の死後、魂魄情報を学生の鍛錬に役立ててほしいというのが、百済の遺言だった。

「くらら隊長、すっごく強いよ? わたしたちじゃ勝てないよ?」

「舌回らないのか、お前は」

 穂高と涼太のやり取りを見て、惟月が補足する。

「強さ自体は、あなたたちが勝てる程度に調整されています。いずれ霊極と戦う日がきた時のための予行演習だと思ってください」

 霊極は事象を司る力を持っている。風使いとして百済より上の者はいない。

 そうした性質の敵を倒せるようにということだ。

「そもそも霊極が敵になったら、わたしじゃどうしようもないんじゃ……」

 大切な人を守ると決めたはずなのに、さっそく弱音を吐いてしまう。

 今度は沙菜の声が聞こえてきた。

「私が弱らせていたとはいえ、優月さんは百済隊長を倒したでしょう? 今後、雷斗様が他の霊極と戦う時に助太刀できるようにすればいいんですよ」

 理解した。このぐらいのことはやらなければ、龍次と涼太の想いに応えることはできない。

 優月は、百済の正面に立って刀を構える。

「一応、おれたちもいるからな。なんとかなるだろ」

「優月ちゃん、いっしょにがんばろうね」

 三対一だ。やりようはある。

 まずは優月が斬り込んだ。

「霊剣・百嵐びゃくらん

 百済が名を呼ぶと、刀の変化が解かれ大剣になった。

 優月と百済が刃を合わせる。

「久しいな、優月君」

「しゃ、しゃべるんですか?」

 驚く優月に、中鏡が答える。

「魂魄を再現したって言わなかったか? 言葉ぐらい話せるさ」

 百済継一は、悪人には程遠い高潔な人物だった。

 優月の戦いの大半は悪ではない者を殺すものだった。

 心の痛みに耐えることが今回の試練なのかもしれない。

「私は、私が愛した騎士団の伝統を守るべく君たちを殺そうとした。君も君自身が守りたいもののために私を斬るがいい」

「――分かりました」

 今は断劾を撃てる。

 かつて本物の百済を倒した技を放つことにした。

氷河昇龍破ひょうがしょうりゅうは

 霊剣・百嵐と触れ合った霊刀・雪華の刃が、氷と冷気の渦をまとう。

 剣がわずかに刃こぼれしたところで、百済は距離を取る。

 優月は、刃がまとった力を前方に撃ち出す。

百鬼風霜剣ひゃっきふうそうけん

 百済もまた断劾を発動し、優月の技を受け止める。

 前回の戦いでは、百済が限界まで消耗していたおかげで、このまま押し切ることができたのだが、今は力が拮抗していた。

「さすが、私に勝っただけのことはある」

 百済が大剣を振り切ると、氷河昇龍破は霧散する。

 互いに次の技を繰り出さんとした時、百済の肩が後方から紅い刃に貫かれた。

 涼太が壁伝いに蛇腹剣を伸ばし、切っ先で背後を取ったのだ。

「優月。一人で戦おうとすんな。一緒に戦いながらでも守ることはできる。おれも足手まといにならない程度には修行してるからな」

 そうだ。敵の攻撃が涼太たちに当たりさえしなければいい。攻めに関しては協力することができる。

「さあ、仲間たちを守り抜いてみせろ」

 一瞬、風がやんだかと思うと、百済の剣の一振りと共に暴風が吹き荒れる。

 優月は、流身るしん――体内の霊子を操って行う高速移動術――を活かして涼太と穂高を抱え、風の刃をかわしていく。

「どうした。逃げているだけでは、守りきることはできないぞ。容赦なく私を斬れ」

「挑発だな。もうしばらく回避に専念しろ」

 涼太にいい考えがあるのだと信じることにした。

 逃げながらも氷の刃で百済の風を打ち消していく。

 これを十数秒間続ける。

 やがて暴風が収まると百済の剣は再び強力な風の霊気をまとっていた。

 体勢から分かる。直接斬りかかってくる気だ。

「いけるぞ、優月!」

 百済の身体能力は霊力同様、本物よりかなり弱く設定されている。

 百済が優月たちに接近する前に、紅の結界が彼を包み込んだ。

 結界の端には、紅い刃が設置されている。

 逃げ回っている間に、涼太が霊剣・紅大蛇の刃をワイヤーから外して部屋中にバラまいていたのだ。

 涼太・穂高・優月の一斉攻撃が放たれる。

「断劾『蛇紋灼炎陣じゃもんしゃくえんじん』!」

爆炎刃ばくえんじん

「断劾『氷刀一閃ひょうとういっせん』」

 炎に包まれて全身が焼け焦げた百済の身体を、巨大な氷の刃が両断する。

 炎を受けていた間、炎熱の力に対抗する霊子構成を取っていたが故に、最後の氷雪属性の刃は防ぎきれなかった。

「見事だ。君たちになら羅仙界の未来を任せられる」

 消える直前、百済はもう一つの遺言を口にした。

明日菜あすなにもよろしく伝えてくれ。君なら羅仙界を守れる――そのことは私が保証する、と」

 勝利した優月たちの間には、なんともいえないしんみりした空気が流れていた。

「明日菜さんって、多分、百済隊長のこと好きだったんだよね……」

「そんな感じがしたな」

 任務中は『百済隊長』と呼んでいたが、彼の死後、単身、優月たちの前に現れた時は『継一様』と呼んでいた。プライベートでもそうだったのかもしれない。

 恋人だったのか、片思いだったのか、百済が明日菜の気持ちに気付いていたのか、それらは優月には分からないが、好きな人が死ぬ悲しさは知っているつもりだ。

 百済の剣で龍次が倒れ、助ける方法がないとされていた期間に味わい続けていた絶望は今でも忘れない。

「くらら隊長も明日菜ちゃんのこと大事に思ってたから、明日菜ちゃんもうれしいよね?」

「緊張感がなくなるから、ちゃんと発音できるように練習しとけ」

 穂高のおかげで暗いムードが緩和されて、この時限の授業は幕を閉じた。



第二十四章-聖羅学院転入- 完

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