第二十五章-二人の恋人・新たなる敵-

第160話「勧誘」

「優月さん、涼太さん、先ほどの戦いは見事でした」

 学院での休憩時間。惟月から、迷宮攻略の授業での戦いぶりを称えられた。

「いえ……、わたしは大したことはしてないです」

「かといってお前がいなかったら話にならなかっただろ」

 涼太も優月の活躍は認めてくれている。

 日常生活の態度は全く認められていないが。

「惟月さまー。わたしもがんばったー?」

 なぜか名前を呼んでもらえなかった穂高が、自分から惟月に尋ねる。

「そうですね。十分、優月さんのサポートができていたと思います」

「えへへー」

 あっさりした褒め言葉だったが、穂高は幸せそうに笑っている。

「ところで、真哉さんたちの方も見せていただきましたが――」

「は、はい……!」

 惟月に呼びかけられた真哉は、かしこまった様子で反応した。

 怜唯の従者になるというだけあって、格の高い羅刹への敬意を強く持っているようだ。

「真哉さんと千尋さんのお二人に、騎士団の副隊長をお願いすることはできないでしょうか?」

「俺たちが副隊長に……ですか?」

「ん? オレもなの?」

 真哉も千尋も意外そうにしている。

「はい。ご存じの通り、戦後の騎士団は家柄ではなく実力を重視して総合的な戦力の強化を目指しています。お二人ほどの腕前の持ち主は、そう多くはいません。どうでしょう?」

 現在、副隊長の座が空白になっているのは、第一霊隊と第三霊隊だ。

 第三位の者が繰り上がって任命されていないのは、副隊長が務まる力量を持っていて、なおかつ着任を希望する者がいないため。

「俺には、まだ荷が重いように感じます……。藤森ふじもり副隊長や剣崎けんざき副隊長のような準霊極でもありませんし……」

「準霊極のオレにもキツいよ。ずっと学生やってたのに、いきなり騎士団の副隊長なんて」

 真哉と千尋、どちらの答えも惟月の期待に沿えるものではない。

 騎士団に籍を置くことになった優月としても、平隊員ではなく部下を管理するような階級だったら辞退しているところだ。

「お姉ちゃんでもできてるんだから、ちーちゃんと真哉くんなら大丈夫だよ」

 穂高の姉・瑞穂みずほは、優月も所属している第五霊隊の副隊長だ。彼女は準霊極ではないし、それに近い戦闘能力がある訳でもない。

「瑞穂さん、バカにされすぎだな」

 千尋は、妹に慕われていない姉に同情している。

「脳筋だから仕方ないでしょう。そもそも副隊長が務まっているともいいがたいぐらいですしね」

 準霊極の沙菜は、瑞穂のことを完全に見下している。

 もし、人羅じんら戦争せんそうで戦っていたら瑞穂は沙菜の手にかかっていてもおかしくない。

 なんなら瑞穂を外して真哉か千尋を副隊長にしてもいいぐらいだ。

 あるいは、霊力の高さだけで階級が決まるなら、優月に取って代わられている。

「ところで如月はいつまでいるんだよ?」

「涼太さんは私に出ていってほしいんですか? 私だって学園生活を疑似体験したいのですよ」

「出ていってほしいから言ってんだよ」

 沙菜は研究室長などやってはいるが、中学校中退なので学歴としては小学校卒業でしかない。

 中学ではいじめに遭っていたらしいので、ちゃんとした学園生活には憧れもあろう。

「私がいなかったら、誰が優月さんに男性陣からの好感度を教えるんですか」

「乙女ゲーか」

(このやり取り、さっきも見たような……。デジャヴ……?)

 好感度を教えてくれるかはともかく、沙菜は優月の友達ではある。

 沙菜を憎んでいる者が大勢いるのは承知しているが、自分に対してはなにもしていない人を、世間の評判に合わせて非難しようとは思えなかった。

「学生としての勉強とかけ持ちになるので、大変だとは思います。すぐに決められなくても構いません。頭の片隅にでも置いておいていただければ」

 惟月は、真哉たちに選択肢を示すに留めた。

「俺が準霊極に至ることができたら、挑戦してみようかと思います」

「オレは真哉くんがやるならかなー?」

「そんな基準でいいのか……?」

「今の騎士団は実力主義で、能力さえあれば動機はなんでもいいんだろー?」

 真哉と千尋の会話に惟月はうなずく。

「その通りです。アルバイトのような感覚でやっていただいても構いません」

 さすがにそこまで気楽なものではないと思うが、社長業の傍ら副隊長もやっている剣崎風雅の例もある。戦前のように騎士は騎士の使命に全力を注がなくてはならないというものでもない。

 第三霊隊副隊長だった朝霧大和は、命を犠牲にして発動する終極戰戻を使った挙句、沙菜に敗北した。逆に命など賭けなくても勝利できる者であれば騎士としてふさわしいというのが惟月の考えだ。

「穂高。今度、お前んち行っていいか? 瑞穂さんに副隊長がどんな感じか聞いてみたいから」

「いいけど、お姉ちゃん頭悪いから、あんまり役に立たないよ?」

 誰に対しても優しいのかと思いきや、実の姉には辛辣なことを言う穂高。

 これには千尋も苦笑いしている。

「私も短い期間でしたが、副隊長をやっていましたので、なにかお力になれれば……」

 怜唯は、惟月の勧めで第六霊隊の副隊長を務めていた時期がある。実際には、人羅戦争の最中に隊を狭界の調査に向かわせ、戦力を削ぐことが目的だったのだが。

「ありがとうございます。怜唯様のお言葉を聞いて、真摯に入団を検討いたします」

 怜唯と話す時の真哉はうれしそうだ。

 そばに仕えていられるだけで幸せというのは、優月も共感できる。龍次にせよ涼太にせよ、恋人にできるなどとは、少し前まで微塵も思っていなかっただけに。

 そんなことを考えていると、校内放送が流れた。

「高等部一年の天堂涼太さん、教頭先生がお呼びですので、職員室に向かってください」

 内容は、呼び出しだけで、具体的な用件はなかった。

「涼太君だけ? 俺たちは行かなくていいの?」

 龍次は、人間界から来た自分たちに関する話だと思ったのだろう。

「ああ、多分大丈夫です」

 涼太は、呼び出された理由に見当がついているらしい。

「涼太が呼び出されるなんて珍しいね」

「お前みたいに叱られにいくんじゃねーぞ」

「あ、いや、そういう意味じゃないけど……」

 また余計なことを言ってしまった。

 最近マシになってきているとはいえ、以前は言うべきこともなかなか言い出せない性格だったというのに。

 涼太を見送った後は、適当な雑談をして過ごした。

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