第139話「羅仙界への帰り道」

 天堂家・リビング。

 羅仙界に帰るために集まった面々に沙菜が呼びかける。

「みなさん準備はできていますね? おやつは三百円まで、バナナとお好み焼きはおやつに含みますよ」

「そういうことは行きに言え!」

「行きにもいらないと思うけど……」

 微妙にボケている涼太に龍次がつっこむ。

 つい先ほど優月と涼太は隠れて付き合うことになったのだが、涼太は何事もなかったかのように堂々と振る舞っている。

(お好み焼きがおやつにもつっこんだ方がいいのかな……)

 優月はというと、もし二股がバレたらとビクビクしていたので、沙菜が作る場の空気はありがたかった。

 龍次にしても涼太にしても、どちらか一方と付き合えるだけで学校中の女子から嫉妬されるところだ。まして両方と付き合っているなどと知られたら嫉妬が殺意に変わるだろう。

(うちのお母さんに知られても、龍次さんのお母さんに知られても殺されるな……)

 優月の母は涼太をかわいがっていた。出来の悪い姉が実の弟に手を出したとなるとその怒りは計り知れない。

 龍次の母は前に会った時の感触からして言うに及ばず。

「あー、久遠様。こっちは大丈夫です。つないでください」

 沙菜が携帯霊子端末を耳に当てて話すと、部屋の真ん中に黒い円が出現した。

 異世界まで電話が通じているということか。

「じゃあ、ぼちぼち帰りますか」

 沙菜が黒い円――界孔に踏み込んだのに他の者も続いた。


 今回も久遠の能力で空間が安定し足場も作られているため、のんびり歩きながらそれぞれ雑談をする。

「人間界も結構面白かったなー。隊長が作る空の欠片を使えばあたしも簡単に狭界を通れるんだよね」

「シノやん、迷子にならずに往復できるんですか?」

「できるよ! あたしの流身性能なめないでよね!」

「若菜先輩。移動術だけで空間把握ができなかったら結局迷子ですよ」

「空間把握もできるよ!」

「ほーちゃんと若菜ちゃん、仲良しさんだねー」

 特に意識している訳ではないが、羅刹と人間に分かれて会話している状況だ。

 ちなみに穂高は昇太のことを『ほーちゃん』と呼んでいる。

 昇太は若菜以外の女性から下の名前を呼ばれることを嫌うため、苗字で呼ばざるをえないのだが、穂高はもっと親しみを込めて呼びたいということで『鳳』を音読みにしてあだ名にしたのだった。

「優月さん。晩ご飯何が食べたい? 今日は俺が作るよ」

「え、えーと……。龍次さんが作ってくださるものならなんでも……」

 人間界で生活していた時から料理は涼太に任せきりだったので今さらではあるが、わざわざ自分のために手間をかけるかと思うと恐縮してしまう。

 とはいえ、このような優月の態度は平常通りだ。

「……なんだか今日、いつもと違う?」

「えっ……?」

 龍次はわずかに首をかしげる。

 いくら後ろめたいことがあるといっても、自分では今の反応は普段と変わらないと思っていたのだが。

「いつもは俺が話しかけた時もっとうれしそうにしてくれてた気がするんだけど」

 予想以上に龍次は優月のことをよく見てくれていたようだ。感情表現が苦手な優月の『うれしい』という感情を汲み取っていたとは。

 考えてみれば、龍次ほど人付き合いが上手い人なら、他人の様子に細かく気付いてもおかしくない。

「も、もちろんうれしいです。龍次さんの手料理が食べられるなんて夢みたいです」

 これは別にウソではない。うれしい気持ちはある。それと同時に不安な気持ちも起こっているだけだ。

「それになんか動きがぎこちないような……」

 龍次に優月を疑うような意思はなく、むしろ心配してくれているのだろうが、隠し事をしている優月は冷や汗をかかされる。

「あの保科って奴の能力、よく分からないですが、口振りからすると精神に干渉するようなものだったっぽいですし、その影響じゃないですか?」

 関係が露呈すると困るのは涼太も同じなので助け舟を出してくれた。

「そっか。じゃあ帰ったらすぐ休まないとね」

 一応納得してくれたらしい。

 本来何よりも楽しいはずの龍次との会話を素直に楽しめなくなってしまったのは悲しいが、完全に自業自得である。


 狭界からの出口に着いて一行は羅仙界へと戻ってきた。

「おかえりなさい。ご無事で何よりです」

 羅仙界側の界孔が開いてあった蓮乗院家の庭園には、久遠だけでなく惟月の姿もあった。

「すまない。人間界で起こった時空変動にもっと早く気付ければ良かったのだが……」

 久遠は、レベル・テンの超能力者・阿久井の能力で優月たちが窮地に追い込まれた件について謝罪する。

「いえ! 異世界のことだったんですし、この中ではあたしの責任です!」

 若菜は、昇太はもちろん皆をかばって謝罪を返す。

「シノやんの探知能力で気付ける訳ないじゃないですか。そもそも優月さんたちと交戦する前にあの能力が使われたのは、私たちが人間界に行くより前のことですよ」

「え!? 沙菜、そんなこと分かんの!?」

「だから先輩は室長に負けてるというんですよ。準霊極ともなれば同じ地域で起こる時空変動ぐらいは分かります」

 昇太と沙菜は、霊極に次ぐ準霊極という存在だ。

 対する若菜は単なる羅刹。断劾や戰戻を習得しているだけでも、一般人から見れば達人なのだが、昇太たちは格が違う。

 異世界で過去に時空干渉が行われていたという事実に気付くことができたのは、久遠が時空を司る霊極だからこそだ。

 元々霊極の中には、久遠を含めて、特に重要な事象を司る三大さんだい霊極れいきょくがいたのだが、今はそこに雷斗が加わって四大よんだい霊極れいきょくとなっている。

「皆、疲れているだろう。帰ってゆっくり休むといい」

 久遠のねぎらいを受けて、優月たちは蓮乗院邸内に、沙菜・穂高・昇太・若菜はそれぞれの自宅に帰ることになった。

「また丸一日寝てていいかな?」

「いい訳ないだろ。働け」

 あまり期待せず涼太に尋ねてみたが、あっさり却下された。

 羅仙界に移り住んでからも、涼太は家事にいそしみ優月の任務のサポートもしていたのだから、甘えてばかりもいられない。

 特にこれからは――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る