第140話「剣士」
人間界での超能力騒動を解決したのち、羅仙界に帰還した者たちは、それぞれ帰途についていた。
「カモさんカモさん、どこ行くの~」
穂高は、自作の歌を口ずさみながら歩いていく。
穂高の自宅は蓮乗院家と同じ五番街にあるので、そう遠くはない。
「よー、穂高」
向かい側から同じぐらいの年頃の男子が、片手を上げて声をかけてきた。
「あっ、ちーちゃん」
親しげな様子のこの男子は、穂高の友人で同級生の『ちーちゃん』こと
Tシャツにジーンズというラフな格好をしており、あまり羅刹らしさは感じさせない。
だが、彼が発している霊気の強さは、そこらの一般人とはかけ離れている。
「また変な歌作ったのか?」
「うんっ。カモさんの歌だよ」
穂高は変な歌であることは否定しない。
「カモって、お前が飼ってんの猫だろ」
「猫さんとカモさんはセットなんだよ」
よく分からない話だが、千尋は『いつものことだ』と笑っている。
千尋は穂高と小学生の頃からの付き合いで、惟月や沙菜以上に穂高の性分を知っているため、今さら反応に困ったりはしない。
「そういえば人間界に行ってたんだってな。刀忘れてったって瑞穂さんが心配してたぞ」
「うん。楽しかったよ。今度ちーちゃんもいっしょに行こうね」
「おう。沙菜が持ってくるゲームだけじゃなくて、自分で人間界のゲーム探してみたいしな」
千尋は、沙菜が人間界から持ち帰ってきたゲームを度々遊んでいる。
特に気に入っているのが、男性向け恋愛ゲーム――俗にギャルゲーと呼ばれる――だ。
容姿端麗で女子からの人気が高く、実際に女子と遊ぶことが多い彼は、ゲームでも美少女と戯れるのが好きだった。
沙菜はというと美少女が嫌いではあるのだが、ゲームキャラならいいかと思ってそうした作品も持ち帰ってきている。
美少女キャラが好きとはいえ、人間界のゲームに好感を持ってくれる人物という意味で千尋は、沙菜の兄貴分だった真田達也と似ているので、なおさら仲良くなれたのだろう。
「じゃあ、また学校でな」
「うん。バイバイ、ちーちゃん」
穂高は千尋と別れて自宅へ向かうが、姉の瑞穂に心配をかけたという話はあまり頭に入っていなかった。
同刻。沙菜は五番街から四番街へと通じる街道を歩いていた。
先ほどから近くに何者かが潜んでいるのを感じる。
喰人種特有の穢れは感じないため、敵ではない可能性もあると思い、わざわざ自分から仕掛けるということはせずにいたが、背後から霊気の刃が襲いかかってきた。
それをかわした沙菜は腰の刀に手をかける。
「王室の残党か何かですか?」
振り向いた沙菜の前には黒装束の少年が立っていた。
自分への殺気から、革命軍に恨みを持つ勢力の者かもしれないと尋ねてみたものの、かつての王族を『残党』と表現しても顔色を変えなかったことから王室の関係者ではないと判断した。
「…………」
無言で沙菜と対峙している少年は、上は筒袖の着物、下はズボンと前面を切り取った袴のような装飾という一風変わった格好をしている。
服に加えて髪や瞳も黒いので、彼からは『黒』の印象を強く受ける。
黒くない部分といえば、肌と、手にしている両刃の剣の刀身ぐらいか。
「王室でないとすると、朝霧大和の友人辺りですかね? まあ、あの戦いで死んだ騎士なんて大勢いますから、霊京の住人ならその誰かしらの知人でしょうけど」
過去の殺戮を振り返りながら、沙菜も抜刀する。
敵と思われる少年からは、準霊極とまではいかないまでも、限りなくそれに近い力を感じる。
少なくとも人羅戦争で戦ったどの敵よりも格上であることは確かだ。
「確かめておきたいことがある」
ようやく口を開いた少年は疾風のごとき速さで斬りかかってきた。
かなりの実力者のようではあるが、霊力の高さでは沙菜の方が上。さらに霊子吸収があるのだから苦戦することもなかろうと刀を構えたが。
「――!」
刃を合わせることで敵の力を奪おうとした沙菜に対し、少年は朧月の刀身に触れないよう巧みに剣を振るった。
少量ではあるが、沙菜の肩から血が飛び散る。
魂装状態の沙菜の一番の武器は霊子吸収だ。
少年はこれを発動させずに、沙菜の身体の随所に傷を刻み込んでいく。
敵が弱ければ、離れた状態でも霊子吸収は効果を発揮するのだが、この少年は霊気の守りが堅く力を吸い出すことができない。
剣をかわせたと思ったら、すかさず蹴りを入れてくる。
(体術と剣の腕は私より上か)
人間界の常識なら、この二つで勝っていれば十分といえるが、羅刹には霊力の奥義がある。
――すなわち、断劾。
流身で一気に距離を離した沙菜は魂装霊俱の変化を解く。
「霊槍・朧月」
斧槍の姿になった朧月の先端が光を帯びる。
「煌刃月影弾・
沙菜が霊槍・朧月を大きく振ると、その刃から薄い三日月型の霊気が撃ち出される。
守天・
これは簡単に防げまいと思ったが、少年の刃は沙菜の霊気を斬り裂く。
沙菜の断劾が霧散する一方で、少年の剣が光を放つ。
剣の一振りと共に霊気の塊が飛ばされてきた。
「くっ……」
断劾を放った直後で、霊子吸収を発動できなかった沙菜は、霊気を受けて半身を焼かれる。
致命傷にはほど遠いが、羅刹装束が破れて肌も黒く焦げてしまった。
(今のは――
通常、霊気を使った後はいったん休息をはさむ必要がある。断劾を放った直後の沙菜がまさしくそうだった。
しかし、この少年は煌刃月影弾を斬り払った上で、間髪をいれずに遠距離攻撃を放ってきた。
最小限の力で敵の攻撃を無力化し、即座に攻撃に転じる――。
この技は、『草薙流燕返し』だ。
「単なる草薙道場の門下生ではありませんね。師範といったところですか?」
「さすがに流派が分かったか。貴様は剣術になど興味がないかとも思ったがな」
少年は冷めた目で沙菜を見据える。
草薙専心流の真骨頂は、優れた眼力だ。
霊子構成を見極める力には沙菜も自信があったが、今はこの少年に後れを取った。
「草薙
ここにきて少年は自らの名を教えた。
「なるほど、強い訳ですね。ストイックに霊剣術の腕を磨いてきたなら、王室の権威にすがっていた連中とは比べものにならないのも道理です」
奥の手がまだまだあるとはいえ、普通に戦う分には沙菜が劣勢だった。
人羅戦争、喰人種退治、超能力者との戦い、それらすべてを含めても沙菜が本当に苦戦したのは久方ぶりのことだ。
相手が美男子だから手心を加えていたというのはあるが、沙菜が一方的に傷を負わされるなどめったにあることではない。
「一つ聞いておきたい。貴様が人を殺す理由はなんだ?」
草薙真哉と名乗った少年は、静かに問いかけてくる。
「正義のため。正気の人間が人を殺す理由なんて他にないでしょう?」
沙菜は、いけしゃあしゃあと答える。
さらに、その人の憎しみをあおるような物腰のまま、ついでとばかりに補足する。
「と言っても、民間人は三桁ぐらいしか殺してませんよ」
人羅戦争ののち、沙菜は自らの判断で、法律では裁かれていない悪人を殺していた。
ただ、沙菜にとっての悪は世間の感覚とは
加えて、自分が殺した騎士の妻なども殺して回っていたので、革命軍参謀という地位を盾にした凶悪殺人鬼というのが、沙菜の評価だった。
「『桁』に『ぐらい』か……。人の命をなんだと思っている」
「二番目に大事だけど、一番無価値なものってなーんだ?」
真哉の問いに、なぞなぞでも始めるかのような口調で返した。
自分の命は自分の誇りに次いで大事。他人の命には価値がない。そういう意味である。
「ふん……」
真哉も沙菜の意図を理解したらしく、再び斬りかかってきた。
どちらも霊魂回帰はしていないが、沙菜も油断することなく迎え撃つ。
しばらく斬撃の応酬が続いたのち、真哉は距離を取って剣を納めた。
「……の……というだけのことはあるか……」
何かをつぶやき、沙菜に背を向ける。
「今すぐ殺しはしない。せいぜい身の振り方を考えておけ」
彼から、沙菜に殺された者の遺族という印象は受けない。
所属こそ分かっているものの、目的は謎に包まれた少年剣士は去っていった。
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