第138話「弟離れ」
人間界で起こった超能力騒動。これを鎮静化させ、祝勝会も終えた優月たちは、天堂家に帰ってきていた。
「この紙切れはいらないだろ。捨てるぞ」
「待って。それはゲームのレビューの切り抜きだから置いといて」
「だいぶ前のゲームじゃねーか。もうクリアしてるだろ」
「気が向いた時に読み返すかもしれないし……」
今はというと、羅仙界に帰るに当たってこちらから持っていくものを決めるため、涼太に手伝ってもらいながら自室を漁っているところだ。
他の者たちはリビングで待機している。
優月の部屋は物が散乱していて、ほとんど足の踏み場もない。前に沙菜が泊まった時にベッドを使ったため、そこだけは空いているが、他は片付けてくれなかったらしい。
涼太が落ちているものを整理していき、優月はどれを持っていくか判断していく。
判断していくのだが、持っていく側に入るものがやたら多い。初めて羅仙界に向かった時は龍次を追いかけるという重要な目的があったので持ち物は最低限にしていたのだ。
「そんな色々持っていって、惟月の家まで物置きにするつもりか?」
「次いつ帰ってくるか分からないし、どれも近くに置いておきたいなーと……」
「向こうに持ってくどころか、捨ててもいいようなもんが混ざってる気がするんだが」
優月の性分として一度手に入れたものは手放したくないし、欲しいと思ったものは全部買うとなってしまっている。だから物は増えていく一方だ。
蓮乗院邸は広いので置き場所に困ることはないだろうということで、結局優月が希望したものは一通り持っていくことになった。
「ふう。まあ、こんなもんか」
「お、お疲れさま……」
持っていくものを分けたのと、涼太が残ったものも整理し、掃除もしてくれたおかげで部屋はずいぶんきれいになっていた。
「お前、おれが片付けてるのを見てるだけで何もしてなかったじゃねーか。一応お前の部屋だろ」
「だって、めんどくさい……」
つい本音が出てしまった。
「お前にめんどくさいもんは、おれにも面倒なんだよ!」
「ご、ごめん……」
謝りはするものの、改めようとはあまり考えていない。涼太にはこれからも自分の身の回りの世話をしてもらいたいと思っている。
「まあそれでも家事ができないってだけで、日向先輩とも如月みたいな奴ともちゃんとしゃべれるようになったし、やれる仕事も見つかったし、もう大丈夫だな」
(え……。大丈夫……?)
言葉の意味とは裏腹に不安な気持ちが湧き起こった。
「おれはこっちに残ろうと思う」
今度の嫌な予感は的中してしまった。
「の、残るって、一緒に向こうに行かないの……?」
涼太の言う『こっち』とは人間界のことだ。優月が羅仙界に行き、涼太が人間界に残ったら、普段からは一緒にいられなくなる。
「必要ないだろ。元々お前が頼りないからついてっただけで、おれは別に向こうにいく理由がないからな」
部屋を出ていこうとする涼太の肩をつかんで引き留める。
「ま、待って。わたしは涼太も一緒がいいよ」
「なんで?」
今さら尋ねられても困るような質問を返された。
「な、なんでって……。涼太は大事な弟だし……」
なんとなくそれらしい答えをしたつもりだったが、涼太から告げられたのは、今までで最もショッキングな言葉だった。
「おれは、お前の弟になんて生まれたくなかった」
「え……」
確かに手間ばかりかけてきた。危険な目にも遭わせてしまった。いつもあきれられていたのは分かっている。
しかし、姉弟仲は悪くないものと思い込んでいた。
――信じられなかった。信じたくなかった。
「前、おれが寝てる時にキスとかしてきただろ。あんなことされても迷惑なんだよ」
以前、龍次との関係が壊れかけた時に、寂しさを埋めようと思わず涼太にキスをしてしまったことがあった。その場で怒られなかったのでバレなかったものと思っていたが。
涼太の優月を見る目は、いつになく冷たいように感じられる。
「涼太……。そんなにわたしのこと嫌いだったの……?」
好かれるようなことをした覚えはなかったが、根拠もなく好意的に見てもらえている気がしていた。
優月の精神は、敵に追い詰められた時以上に揺らいでいた。
「……きなんだよ……」
「え……?」
うつむいた涼太は、聞き取れないような声で何かをつぶやく。
優月に伝わっていないことは分かっていたらしく、やがてはっきりと告げてきた。
「好きなんだよ! お前のことが!」
(……!!)
先ほどとは全く違う意味で衝撃を受けた。
好き――話の流れからして姉に対する思いではなく、異性に対する想いだ。
怒りや悲しみがないまぜになったようにうっすら涙を浮かべた涼太の表情が、それを物語っている。
「日向先輩と付き合えたんだからそれでいいだろ! おれのことはもうほっとけ! 他の男と付き合ってるお前を、ただ見てるなんてできないんだよ!」
こんなに感情をあらわにしている涼太を見ることはめったにない。
それほどまでに強く想ってくれていたとは。
嫌われていたのではないという安堵と、好かれていたという喜びと、傷つけてしまっていたという罪悪感が同時に心を満たす。
「なんで弟なんだよ……。姉弟なんかじゃなければ……」
次第に涼太の語気は弱々しくなっていった。
もし涼太が弟ではなく幼馴染みであればとっくに交際していたかもしれない。
今にも流れそうな、その涙を止めたい。そう願った優月が取った行動は。
「……!」
「わ、わたしも涼太のことが好きだよ……。これからもずっと一緒にいたいよ……」
自分でも気付かないうちに、涼太の小さな身体を抱きしめていた。
相手を単なる家族以上に見ていたのは、涼太の方だけではない。優月も涼太に対し、恋愛感情を抱いていた。
自分でもその感情を十分理解できていなかったが、涼太の気持ちを聞いたことで、一気に明瞭なものとなったのだった。
「お前……本気か……?」
「うん……」
涼太の涙は、あと少しというところで流れずに済んだ。
しばらくの間、優月は涼太の身体を放さなかったが、お互い落ち着きを取り戻したところで、再び話し合うことになった。
二人揃ってベッドに腰かける。
「で? どうすんだよ」
「ど、どうしよう……」
優月と涼太が両思いだということが判明したが、問題は全然解決していない。
「日向先輩と別れるのか?」
「いや……それは……その……」
あんなに熱望していた龍次との交際が実現したのに、別れることなど考えられない。
しかも相手から振られるならともかく、こちらから振るなどとは無礼にもほどがある。
「言っとくが、今さら前言撤回とか言ったら絶交だからな」
それはそうだろう。元々涼太は優月と距離を置くつもりだったのだ。そんな人の心をもてあそぶような真似をしたら完全に愛想を尽かされる。
かといって、このまま涼太と付き合うとしたら、それは龍次に対する裏切りだ。
(うう……、どうすれば……)
龍次のことも好き、涼太のことも好き。どちらか片方だけを選ぶことなどできない。
さんざん悩んだ末に、優月の口から出てきたのは。
「バレなかったら浮気してないのと同じにならないかな……?」
――最低の答えだった。
「……如月みたいな理屈だな。だんだんあいつに毒されてきてないか?」
影響は受けているように思える。沙菜から妙に気に入られているだけあって、彼女と通じるものがあるのかもしれない。
もっと怒るかと思ったが、どちらかというとあきれ果てた様子だ。
「悪いことなのは分かってるんだけど……、わたしにはそれ以外……」
優月の情けない言動を見て、涼太は小さく息を吐く。
「はあ、仕方ない。お前がちゃんとした答えを出せるまで付き合っててやるよ」
「じゃあ……!」
「いいか。本気でどうすんのか考えろよ。こればっかりは適当に済ます訳にはいかないからな」
「う、うん……。ありがとう涼太……」
こうして優月のぜいたく極まりない二股生活が幕を開けることになった。
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