第二十二章-憎悪と愛情-

第132話「元凶」

 沙菜に案内されて超能力騒動の黒幕のもとへ向かう優月たち。

 雷斗と惟月は羅仙界に帰ってしまったため、メンバーは、優月・龍次・涼太・沙菜の四人だ。

「穂高はどうした?」

「足手まといなので、その辺で遊ばせてます」

 これまでの戦いで死んだということは考えにくいにせよ、涼太も穂高を気にかけているようだ。

 そのほかは他愛ない雑談をしながら歩いていくと、見えてきたのは病院だった。

「何年も前につぶれた病院ですが、ここを拠点にしているようです。名前は保科ほしなあずさ。私同様、科学者という属性の羅刹ですね。いまいち活躍してない優月さんには彼を捕縛する役目を担ってもらいましょう」

 沙菜の説明を受けて、また涼太が疑問を呈する。

「そこまで分かってるのに、なんですぐに捕まえてないんだ?」

「私でも一人では少々手こずりそうな相手でしたし、何より優月さんに任務を果たしてもらいたいじゃないですか。親心という奴ですよ」

 わざわざ優月を戦わせようとする沙菜に龍次は反感を持っているようだが、先ほど優月自身の意志を伝えられたということもあり黙っていた。

「うさんくせーな。優月の保護者はおれ一人で十分だろ」

 昔から優月の保護者といえば涼太だと相場が決まっていたが、一人で十分というのは優月の成長を認めているともいえる。一人では支えきれないぐらい、以前の優月は頼りなかったのだ。

「ありがとうございます、沙菜さん。今度こそ役に立ってみせます」

 いつになく優月が強い目をしている。

 阿久井に負けたことを忘れた訳ではないが、それ以上に龍次に対して意思表明したことが大きく影響しているのだろう。

 かつて沙菜は龍次に『霊力戦闘の才能がない』『才能がなければ努力しても無駄』と告げたが、逆に優月には霊力戦闘の才能しかない。コミュニケーション能力は低い、家事はできない、スポーツもできない。できないことばかりの優月に唯一できるのが、羅刹として戦うことだった。

 六年前の出来事には感謝している。霊刀・雪華との出会いがなければ、自分は生きがいを見つけることもできないまま単なる惰性で生きていたところだ。

「さて、ここに入ったら早速戦闘です。セーブはしましたか? 武器は装備しないと意味がありませんよ」

 いつぞやの台詞を再現する沙菜。確か喰人種・玄雲げんうんと戦う前だったか。

「なんだセーブって。それに装備って普通に持っているのと何が違うんだ」

「龍次さんはゲームやりませんか? セーブはそれまでのゲームの進行を保存する機能ですよ」

「あんまりやらないけど、そのぐらいは知ってるよ」

 どんな時でもふざけた態度を崩さない沙菜はある意味大したものだ。まともな人間である龍次ではついていけない。

「ついでに難易度はベリーイージーに下げておきましょうね」

 最近のゲームは、途中から難易度の変更をすることができるものが多い。どうでもいい話だが。

 いつまでも沙菜に付き合っていても仕方ないと三人は病院内へと踏み込む。沙菜もそれ以上は余計なことを言わずについてきた。


「誰だ? 私の病院を荒らしにきたのは」

 今回の騒動の原因を作った人物――保科梓は、少し痩せ型で茶髪の青年という姿をしており、診察室や病室の外で待ち構えていた。

 姿と表現したのは、彼が持っている霊気から、実年齢が外見よりかなり上だと感じられたからだ。それが分かるのは優月の羅刹としての能力が成長している証拠だろう。

 白衣を着ていることもあり、霊子学研究所第一研究室副室長・八条瑠璃と似た研究者らしい雰囲気もまとっている。実際、霊子学研究所の室長クラスの技術力を持っているとのことだった。

「別に荒らしゃしませんよ。素直に捕まってくれればね」

「犯罪者の捕縛にくるということは、騎士団の者か? 世界を守るなどという柄には見えないが」

 『犯罪者』と口にするからには悪いことをしている自覚はあるようだ。

 沙菜を見て、その性格を瞬時に見抜く辺り鋭い洞察力を持っている。

「私は霊子学研究所の所属です。こっちの優月さんは最近騎士団に入りましたがね」

「霊子学研究所? 聞いたことがない名前だな。騎士団の協力者ということか?」

 六年前に設立された霊子学研究所を知らないということは、かなり前から人間界に移り住んでいたということだ。

「世界を守りたい訳ではないですけどね。ま、半分は暇つぶしですよ。もう半分は自分の地位を盤石にするため――といったところですか」

 準霊極という強者とはいえ方々で恨みを買っている沙菜は、総合的に見て有益な存在であると証明できなければ霊極の手で討たれる可能性が高い。興味がなくとも、ある程度は人々を助けなければならないのだ。

「いずれにせよ私は捕まる気はない。悪いが返り討ちにさせてもらう」

 梓はメスのようなものを取り出す。これも魂装霊俱か。

「あの……」

 戦いが始まろうとしているが、優月としては先に確かめておきたいことがあった。

「何のためにあんなウイルスを作ったんですか……? 目的によってはわたしたちで協力できることも……」

 悪人というのであれば沙菜がまさしくそうだ。それでも利害が一致しているが故に争ってもいないし、仲良くできているようにも思える。

 梓のやっていることは、結果的に人間界に混乱をもたらし、人間界で活動する羅刹にも害をなしているが、完全な私利私欲のためと考えるには本人に利益がなさすぎる。

 超能力自体は喰人種との戦いに役立つのだ。今からでも人々の益になるやり方に変えてもらえれば。

「私にとって己の能力で生み出したものは子供同然。子の成長こそが私の喜びだ」

「じゃあ、超能力者の人たちに羅刹と戦わないようにさえしてもらえば――」

 ここにきて争わずに済む希望が見えたかと思ったが。

「今、放してあるウイルスは宿主に害を与えないが、他の子もそうだとは限らない。我が子には自由であってもらいたいのだ。そのためならば君たちを殺すことも厭わない。そちらの――」

 梓は沙菜に目を向ける。

「第四研究室室長・如月沙菜です」

 名を聞かれているのだと察して自己紹介をする沙菜。

「如月君も、似たようなものではないか?」

「まあ、そうともいえますね」

 自分の目的のためなら、他人を犠牲にしても構わない。彼もまたそういう人種なのだろう。

「現に先ほど新しいウイルスを放った。今度は人間の魂魄を喰らうタイプだ。君たちがここに来てくれたのは幸いだったな。全員ここで殺せば邪魔をする者はいなくなる」

(……!)

 悠長なことは言っていられなくなった。

 このままでは多くの人々が死ぬことになる。

「ついさっき放たれたようですね」

 沙菜が魄気を巡らせて周囲の状況を把握する。

 まだ今なら間に合うかもしれない。

「どうします? 私と共闘して彼を確実に倒すか、それとも私をウイルスの回収に向かわせて人間界を救うか」

 沙菜は、さして深刻な問題ではないかのような軽い調子で優月に尋ねてきた。

 沙菜が持つ『霊子吸収』の能力ならウイルスが拡散する前に処理できるはず。優月は決断を迫られた。

「――行ってください。ここはわたしがなんとかします」

 阿久井戦で役に立てなかった優月が名誉挽回するチャンスだ。元人間として人間界を守るため気合いを入れることにした。

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