第131話「超能力とは」
「わーん。良かったよー」
「おいっ、そんなくっつくな!」
レベル・テンの脅威が去ったのち、傷の回復した舞は、同じく一命を取りとめた昴に抱きつき号泣していた。――やや退行しているようにも見える。
雷斗と惟月に助けられ安堵しているのは優月たちも同じだ。
「惟月さん、雷斗さま、助けにきてくださってありがとうございます」
「いえ、みなさんが無事で何よりです」
惟月は素直に感謝の言葉を受け取ってくれたが、雷斗は敵に敗北した優月を厳しい目で見ている。
「無様だな……。私たちが来なければどうするつもりだった」
「す、すみません……。できる限りのことはやったつもりなんですが……」
言い訳らしい言い訳もできない優月に、惟月はフォローを入れる。
「今回は仕方ありませんよ。時空干渉への完全な耐性は私たちぐらいしか持っていませんし」
さすがに負けはしないにせよ、沙菜や昇太でも阿久井の能力を完封することはできない。まして羅刹になったばかりの優月にそれを求めるのは酷というものだ。
「惟月さんのそのマントかっこいいですね。どうしたんですか?」
せめて何か言えることはないかと考えた結果、思いついたのは惟月の服装をほめることだった。
「お前、日向先輩にそういうこと言ったことあるか?」
「え……? なかった……?」
惟月の反応が返ってくる前に涼太からつっこみを受けた。
普段から龍次のことはかっこいいと思っているため、わざわざ言葉にしたことはなかったかもしれない。もう少し周りに気を配らなければ。
「久遠さんにいただいたものです。戦利品などとおっしゃっていましたが」
そう言って惟月は苦笑する。その表情は優月の卑屈な発言を受けた時に見せるものと似ていた。
惟月に対して敗北を認めた久遠は、勝者にふさわしいとして、戦前は蓮乗院家の当主にしか着用を許されていなかったマントを贈った。それに惟月の霊気が通って羅刹装束と調和したものがこれだ。
「なにやら大変なことになっていたようですね」
優月たちが他愛ない会話をしていると、空から飛び降りるようにして沙菜が姿を現した。
時空変動とやらには、当然彼女も気付いていたのだろう。
「沙菜さん。彼の能力を霊子吸収で奪ってもらえますか? 研究所で封印することにはなりますが」
惟月からの指示を受けて、沙菜は阿久井に刃を突き立てる。
「貴重な能力が私の手に入らないのは残念ですが、まあ仕方ないでしょう。邪道ともいえる術ですしね」
阿久井の能力が霊刀・朧月に吸い出されたのを確認すると、惟月は沙菜に尋ねた。
「超能力発現の原因は解明できましたか?」
「ああ、そのために合流したんでした。トリやんからの報告と私が解析した結果からすると、どうやら寄生ウイルスが宿主に与えているもののようです」
「ウイルス? じゃあ超能力者は、たまたまウイルスに感染しただけってことか?」
沙菜の説明に対して涼太が聞き返した。
人間界で能力測定アプリが配信されていることから、何者かが狙ってことの状況を生み出したのではないかと考え始めていたところだったのだが。
「まあ、たまたまっちゃあたまたまでしょうね」
「ウイルスって普通は病気になったりするものなんじゃないんですか?」
優月は世間知らずではあるものの、さすがにこの認識は間違っていないだろうと思い質問してみる。
「どうやら宿主と共生するタイプのようです。ウイルスは人間に超能力を与え、人間が超能力を鍛えるほどにウイルスも成長する――しかし、成長しても宿主を食い殺したりはしないと」
ウイルスと聞いた直後は、このまま超能力を使い続ければ死に至るのかと、舞や昴が心配になったが、今の結論でひとまずは安心した。
「そのウイルス、人間界で自然に生まれたものではありませんね?」
人間界に着いて間もない惟月が、現在起きている異変の核心を突く。
「さすがは惟月様。お察しの通り、このウイルスは羅刹の能力で生み出されたもののようです。そして、その羅刹の居所も突き止めました。これから乗り込むことにしましょう」
「相変わらず有能ではあるんだな、お前は」
人格はともかく、能力の高さに関しては涼太も沙菜を認めている。無論人格は認めていない。
沙菜は敵に回すと恐ろしいが、味方にいてくれると頼もしい。味方にいてくれて本当に良かったと、優月はつくづく思わされる。
何が目的でウイルスを作ったのかは分からないが、それは黒幕に直接聞くしかないだろう。
「ところで優月さん。レベル・テンの能力者は何人倒しましたか?」
沙菜に尋ねられてギクッとした。
「いえ……、その……、一人も……」
雷斗もこの場にいるため、余計に言いづらい。おそらく彼は内心軽蔑している。
「ダメじゃないですか。シノやんですら一人倒しているんですよ。あれより下でいいんですか?」
「別にいいですけど……」
どちらかというと、『ですら』と言われている若菜が不憫だ。
「まあいいでしょう。その代わり、この事件の首謀者と戦ってもらいますか」
超能力者の出現で危険にさらされている羅刹がいるにも関わらず、この状況を放置していることからもウイルスの生みの親が善人だとは考えにくい。戦いは避けられないか。
「ちょっと待って。これ以上優月さんを戦いに巻き込むのはやめてくれないか」
声を上げたのは龍次だ。
彼はずっと、優月が戦いで傷つく様を見て心を痛め続けてきた。阿久井との戦いで死の直前まで追い詰められたことで限界がきたのだろう。
「本来なら優月さんが羅刹だの超能力者だのと戦う必要なんてないじゃないか。それをお前らの勝手な都合で……」
龍次は、沙菜だけでなく惟月や雷斗の方も見回して抗議する。
「ならば逆に誰なら戦いで死んでいいと言うんですか?」
沙菜のいやらしい質問を受けて答えに詰まる龍次。確かに優月が戦力から除外された場合、別の誰かが補充され、その者が死なない保証はない。
「私は優月さんの意思を尊重したいと思います。戦いたくないのであれば、無理に協力しろとは言いません。霊刀・雪華は護身用として差し上げます」
惟月は、母の形見を受け継いだ責任を取れとは言わなかった。
だが、優月としては、惟月に協力しないなら刀は返すべきだと思っている。
雷斗は、今は何も言ってこなかった。以前の『その刀に相応しくないようであれば命はないものと思え』という言葉がすべてということか。
「わたしは……、できれば自分で戦いたいです……。人を斬るのはつらいですけど、他の人にそれをさせるのはもっとつらいですから……」
「優月さん……。俺は、優月さん自身が傷つくことが……」
優月にとって苦痛なのは自分が傷を負うことではない。相手を傷つけることだ。そして、それすらも自分が引き受けるつもりでいる。
心配してくれるのはありがたいが、雷斗のように厳しく突き放してくれた方が迷わずに済む。
「先輩。優月の奴は戦うようになってからの方が生き生きしてますよ。おれからすると、戦いをやめたら前の暗い表情に戻るんじゃないかって、そっちが心配です」
優月の一番の理解者である涼太が、今回も的確なフォローをしてくれた。
自分でもうまく表現できていなかったが、誰かのために戦うという『役目』をもらえなければ、優月の人生は鬱屈したもののままだったのだ。
「龍次さん……。わたしの言葉なんて信用できないかもしれないですけど、わたしは死にません。死なないように戦います。だから、わたしにも何かさせてください……!」
人間として生きている間、単なる無能だと思われていた優月が、羅刹と関わることで役に立てるようになった。それは優月の存在意義ともいえる。
「優月さん……涼太君……。分かったよ。その代わり、優月さんが死ぬことになったら俺も死ぬから、そのつもりでいて」
「あ、ありがとうございます……」
優月は、自身の存在意義を奪われずに済んで安心した。
一蓮托生、優月と龍次は共に生き共に死ぬと誓い合った。
「ところで、そっちのバカップルも一緒に来ますか?」
沙菜は、一応舞と昴にも声をかける。
「誰がバカップルだ!」
反論する昴に対して、舞の反応は変わっていた。
「私たちのことでしょ?」
「はあ!?」
「昴が無事で本当に良かったわ。もう危ないことからは手を引いて、二人で平和に暮らしましょう」
舞は昴の腕に抱きついた状態で、肩に頬を押しつけている。ついでに呼び方も下の名前に変わっている。
「お前、そんなキャラだったか!?」
昴が死んだと思った時に、素直になれずにいたことを心から後悔したのだろう。舞はもう、昴への好意を隠すことはやめたようだった。
「ま、レベル・エイトなんて足手まといですし、トリやんたちと一緒に能力者協会との交渉に行ってもらいましょうか」
沙菜と優月たちは、舞たちと別れて敵の本拠地へと向かうことに。
いよいよ、人間界で起こった騒乱に決着をつける時が近づいていた。
第二十一章-過去への斬撃- 完
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