第133話「マッドサイエンティスト」

 沙菜と別れて、マッドサイエンティストとでも呼ぶべき羅刹・保科梓と対峙する優月。

「我が子を殺されては困る。君たちを殺して如月君を追わせてもらうよ。もっとも私のウイルスは簡単に死にはしないがね」

 梓は手にしたメスに霊気を集め始める。

 優月は、二度と敵に後れを取ってはならないと、羅刹化と霊魂回帰をまとめてする。

 自らを包んだ霊光を破るようにして刀を構える優月。

「涼太。わたしがあの人と戦うから、もしあの人に隙ができたら紅大蛇で攻撃して」

 涼太の霊力が上がっているとはいえ、羅刹化した優月と比べたら生命力は劣る。自分が前に立たなければ。

「羅刹としての力を持っているようには見えたが、まさか戰戻を使えるとは……」

 梓は、優月のまとった羽衣を見て驚きの色を浮かべる。固形化した霊気は霊魂回帰を極めた達人の証だからだ。

「騎士団に入ったということだが、王家などに仕えるのはバカバカしくないかい?」

 やはり梓は羅仙界の最新情報は知らないらしい。

「王家はもうなくなりました。わたしが女王の朱姫さんを殺しましたから……」

 優月はあえて『殺した』と明言した。自らの罪をはっきり認めるために。

「ほう……。革命家という奴か。君もそんな柄には見えないが、しかし手を抜く訳にはいかなさそうだ」

 梓がメスを振って霊気を飛ばしてくる。

 後ろにいる龍次や涼太に当たってはまずいので、かわすのではなく斬り払う。

 斬った瞬間に刃に伝わってきた衝撃だけでも分かる。今度の敵は、真羅朱姫より数段格上だ。

 朱姫は天理石のペンダントから加護を受けてようやく、百済と戦って満身創痍の優月と互角だったので沙菜からは『雑草』呼ばわりされていたのだが。

(この人はまだ霊魂回帰してない。本気を出す前に一気に倒さないと……!)

 優月は床を蹴ると共に流身で加速して梓に斬りかかる。

 しかし違和感を覚えてあわてて飛び退いた。

 すると梓の正面の床から火柱が上がった。この炎から感じる力は霊力とは微妙に異なる。

 続けて天井から氷柱が降ってきた。

 こちらは刀で受けて、氷雪の力同士相殺させた。

 この違和感は霊力と超能力の違いだ。

「羅刹のあなたが、超能力を……?」

「ウイルスは私自身にも寄生させている。親として当然のことだ」

 やはりこの男はウイルスを自身の子供として扱うという点において狂人といえる。

 その後も梓は超能力・霊法・霊戦技・秘奥戦技・断劾と様々な属性の攻撃を放ってきた。

 針の雨が降ってきたかと思えば正面から光の球が向かってくる。足元が闇に侵食されてきたかと思えば幾条もの電撃が襲ってくる。

 幸い電撃は威力も速度も雷斗が放つものには遠く及ばず、こちらも秘奥戦技を放てば相殺できた。

 だが、断劾に対しては、こちらも断劾で応じるほかなく、『氷河昇龍破』を何発か撃って霊力を大きく消費していくことになった。

 梓が断劾を会得できているのは、ウイルスに対しての慈愛故だろう。皮肉な話ではあるが、断劾の習得に愛情が歪んでいるかどうかは関係ない。

(断劾を使ってくるだけでも厄介なのに超能力まで……)

 単純な威力でいえば、普通に霊力による攻撃をした方が強いのだが、超能力を織り交ぜることで技の霊子構成が多彩になり防御が難しくなっている。

 さらにいえば、超能力を使用する際に梓の霊気はほとんど消費されていないため、消耗は優月の方が断然大きい。

 何とか隙を作らないことには勝ち目がない。

 梓の得物は小型のメスだけあって隙の小さい技が中心だ。その分威力も小さいのが弱点と思われる。

(攻撃に専念すればなんとか打ち勝てる……?)

 仮に直接刃を交えれば刀とメスの差で敵の武器を破壊できるかもしれない。

 優月は梓を視界から外すことなく、涼太に呼びかける。

「次に攻撃がきた時、避けられる……?」

「任せとけ」

 龍次を守ることも含めて、という意図も汲み取って涼太は引き受けてくれた。

 これで一発だけ、後ろを気にすることなく敵の攻撃をかわして接近できる。

「氷河昇龍破」

 優月の断劾が発動する予兆を感じて梓も断劾を撃ってくる。

 今までの応酬なら断劾同士威力が相殺されるところだが、優月は『氷河昇龍破』を遠距離攻撃として放たず刀身にまとわせた。

 梓が断劾で放った光線を流身で飛び上がってかわし、さらに空中で加速して一気に詰め寄る。

 魄気で確認した限り光線は龍次にも涼太にも当たっていない。

 優月は冷気と氷をまとった刃で梓に斬りかかった。

「くっ……」

 予想通り、梓はメスを使って霊刀・雪華の刃を受ける。

 優月の断劾の圧をもろに受けた梓の魂装霊俱であるメスは大きく吹き飛ばされた。

 丸腰になった梓を、優月は手加減せずに本気で斬りつける。

 鮮血が顔と着物にふりかかるが、意識は敵の身体の霊子構成から外さない。

 霊極の百済継一と戦った時から、強大な敵と戦う際には傷つけることに対する迷いは捨てることにしたのだ。

「霊法九式・しゅん!」

 優月との間に霊気を固めた盾を設置しつつ流身で距離を取る梓。

 優月が盾を破壊してもう一度斬りかかろうとしたところで、梓を囲むように紅の結界が展開された。

「なに!?」

 動揺する梓に向かって放たれる技の名を口にする者は、優月の背後にいた。

「――断劾『蛇紋灼炎陣じゃもんしゃくえんじん』」

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