第113話「あいさつ」

「能力者の連中は喰人種と普通の羅刹の区別がついてないんだろ。優月が羅刹化してその辺歩いてれば向こうから仕掛けてくるんじゃねえか?」

 高島にけしかけられた能力者たちを退けたのち、涼太が今後の方針について提案してきた。

 気配を探ることで能力者を見つけることはできるようになったので、後はどう戦いを始めるかだ。

 確かに羅刹すべてを敵と見なしている能力者と戦うなら、こちらが羅刹であることを示せばこと足りるかもしれない。

「着物のまま町を歩くの恥ずかしいような……」

 惟月の母・風花の形見ともいえる羅刹装束は非常に美しいのだが、おしゃれに興味のない優月としては、いつもの味気ない白のシャツと黒のズボンの方が落ち着くのだ。

「服そのままでも羅刹化できるだろ」

「あ、できるかも……」

 よく考えてみれば、服装が羅刹装束になるのは、服に自身の霊力を通わせているためだ。

 羅刹装束もまとわず、刀の変化も解かずに羅刹化することは普通にできる。

 羅刹としての霊気を周囲に放ちながら町を歩き回って、能力者が近づいてきたら人気のないところへ誘導する。それで、他の人間を巻き込まずに戦うことが可能だろう。

「あの、ちょっといいかな」

「あっ、はい。なんでしょう?」

 一時とはいえ、龍次を蚊帳の外にして話してしまっていたことに罪悪感を覚え、あわてて対応する優月。

「優月さんはさっきも戦ったんだし、少し休憩してもいいんじゃないかな? それに俺も一度家に顔を出しておきたいと思って」

 龍次は、如月研究室に協力することになって以来家に帰っていないはず。親が心配しているのは間違いない。沙菜が何かしら手を打ったとは言っていたが。

「龍次さんの家……。わ、わたしも行っていいでしょうか……?」

 ちょうどこちらに帰ってきた時に、龍次を自分の両親に会わせることができた。できれば龍次の両親にもあいさつに行きたいところだ。

「もちろん。俺も優月さんのこと親に紹介したいしね」

 龍次も快諾してくれたので、戦いはいったん置いておいて、日向家に向かうことになった。


(こ、ここが龍次さんの家……。緊張するなぁ……)

 龍次の家は、さすがに蓮乗院邸や如月邸のような豪邸ではないが、人間界で雷斗たちが活動拠点としていた家に近いぐらいの大きさはある。おそらくそれなりの家柄だろう。

 自分から言い出したことだが、龍次の両親から彼の恋人として認めてもらえるか非常に不安だ。前の恋人が、少なくとも外見は美人だっただけに、見た目のグレードが下がりすぎだと思われないだろうか。

「ただいま」

「お邪魔します」

「お、お邪魔します……」

 龍次・涼太の後に続いておずおずと玄関に入る。

 やはり家の中も整然としており気品が感じられた。このような場所に自分が立ち入っていいのか。

「龍次!」

 龍次の声を聞きつけた母親が、奥の部屋から出てくる。

 なんとなく古風な雰囲気を持った厳しそうな人だ。

「あんまり連絡してこないから心配してたのよ。向こうに行ってからおかしなことはない?」

 龍次の母が言う『向こう』とは、羅仙界のことではない。

 沙菜が邪眼でかけた暗示で普通の研究所に行っていると思い込んでいるのだ。

 といっても、沙菜がウソをついた訳ではなく、普通でない研究所という可能性に思い至らないように意識を操作したのだった。

 また、羅仙界と人間界で通話をするシステムは確立されており、龍次も時々は実家に連絡を入れていた。それでも、やはり母親は心配していたようではあるが。

「特に問題はないよ。他の研究員もいい人ばかりだし。ちょっと前まで単なる高校生だった俺のことも評価してくれてるし」

「そう。なら良かったわ」

 龍次の無事を知って安堵した母親は、今度は優月たちに視線を向けてきた。

「ところで、そちらの方々は?」

「あっ、は、初めましてっ……。天堂優月といいます。龍次さんとお付き合いさせていただいていて……」

 龍次の母の厳しい眼差しを受けて、うろたえながら自己紹介する優月と、それに続く涼太。

「不本意ながらこいつの弟の涼太です」

(不本意……)

 あんまりな物言いだが、姉らしいことを何もしていないので仕方ない。

 最近は戦いで守ってあげることも増えたが、それまでの世話になっていた期間が長すぎる上、今でも日常生活では世話になりっぱなしである。

「お付き合い? あなたが龍次の恋人ということ?」

 龍次の母が怪訝けげんそうに見つめてくる。その様子からは、やはり優月を信用していないことがうかがえる。

 会って間もないのだから、優月の私生活のだらしなさまでは知らないはずだが。

「え、えっと……、一応そういうことになってます……」

「一応? もっとはっきりとものを言ったらどうです」

「あっ、はい……! 恋人になっております……!」

 精一杯はっきり答えたつもりだが、龍次の母の不信感は拭えないようで。

「本当に彼女で大丈夫なの? 前の人はひどかったじゃないの」

 龍次の母が言う『前の人』とは、高島遥のことだ。彼女の龍次に対する仕打ちを見かねて転校を勧めたのも龍次の母だったはず。

「優月さんは高島とは違うよ。絶対に人を傷つけるようなことはしない」

 龍次の言葉はうれしいが、少々胸が痛むような感覚もある。

 優月は今までの戦いで何人もの人を傷つけてきているからだ。

 もっとも、憎しみに駆られて刃を振るったことは一度もない。そして、どんな相手にも攻撃的な態度を取ったことはない。

 人を傷つけない人間であるということは、半分外れており、半分当たっているといえるだろう。

「前よりはいいというだけじゃ話にならないわ。本当に龍次にふさわしい人なのかしら?」

 そう言われてしまうと自信がない。優月の認識は、彼とは釣り合わない人間でありながら、お情けで付き合ってもらっているというものである。

「あまり品があるようには見えないし、今脱いだ靴だって弟さんが揃えていたようだけど……」

「あっ……」

 終始緊張していた優月は、靴も揃えずに家に上がってしまっていた。これは印象が悪い。

 そもそも優月が得意としているのは敬語だけで、その他のマナー全般となると専門外だ。

 上座が入口から遠い方、程度の知識はあるが、それとて状況によって変化するので臨機応変には対応できない。

 立ち居振る舞いから気品が感じられない優月に対して、龍次の母は安心して龍次の恋人を任せることはできないようだった。

 優月と龍次の交際を知って優月の両親は大喜びしてくれたが、こちらでは真逆の反応だ。

「いい加減にしてよ。優月さんに失礼だろ」

「龍次……」

 龍次に対して過保護ともいえる母親だけに、龍次本人から抗議されてしまうと弱いらしい。

 とはいえ世間の人々から悪く言われる度に龍次にかばってもらってばかりいるのは気が引ける。ましてや彼の親の前で、そんな情けないことではいけないと思う。

「あ、あの……。今のわたしは龍次さんにふさわしくないかもしれないですけど、これからなんとか龍次さんのお力になれるように精進します。なのでどうか龍次さんとの交際を認めていただけないでしょうか……?」

 これが今の優月が示せる最大限の誠意だ。

 龍次をあらゆる危険から守り抜く、それが赤烏と戦った時から優月が抱いている誓いだった。

「そこまで言うなら、龍次の恋人ということで認めてあげるわ。その代わり、龍次と付き合うからには、龍次の隣を歩いていて恥ずかしくない女性になりなさい」

 やっと龍次の母も譲歩してくれた。

 だが、一つ問題が。

「あの……、お言葉ですが……」

「何かしら」

「胸は一朝一夕に大きくならないと思うんです……」

「誰がそんな話をしましたか!」

「す、すみません。つい……」

 外見的には最も龍次と釣り合っていない部分だと思っていただけに余計な言葉が出てきてしまった。

「心配しなくても優月さんはすごい人だよ。母さんだってそのうち分かるよ」

「ま、まあ、龍次自身がそう思っているなら……」

 ありがたい言葉ではあるが、羅刹関連の情報を教えていない龍次の母に優月のすごさが分かるかどうかは微妙なところだ。

 優月が持っている優れた才能は、あくまで羅刹としての霊力戦闘に関するものなのだから。

「本当は優月さんたちに家でくつろいでもらおうかと思ってたんだけど、母さんがこんな調子じゃ、全然リラックスできないよね。よそに行こうか」

「そういうことでしたら。あの、失礼しました」

 龍次の母に頭を下げて、龍次の提案に乗ろうとしたのだが。

「何を言ってるの。天堂さんには、これからこの家でちゃんとした礼儀作法ができているか見せてもらわないと」

「え……」

 玄関先で会話しているだけでも緊張するというのに、家の中で礼儀をきっちり守りながら過ごしていけと。

 なかなか精神をすり減らす苦行だが、それも龍次との交際を続けるためと思えば仕方ない。

 途中何度も怒られることは目に見えているが、龍次の母の言葉には従うことにした。

「優月。この機会に根性叩き直してもらえ」

 涼太も賛成したことで、結局夜がくるまでの数時間、日向家で身の縮む思いをしながら過ごすことになった。

 寝るのはそれぞれの自宅で、ということになったのが、せめてもの救いか。

 本当は親にも歓迎されながら龍次の家に泊まれれば最高だったのだが。



第十八章-帰郷- 完

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