第十九章-顕現せし夢想-
第114話「友達Ⅱ」
「あれってコスプレかな?」
「ここ秋葉原じゃないよな?」
「着物が妙にリアルだけど、刀はさすがに本物じゃないよね」
町中を
普通の人間でも着物を身につけている者はいるが、羅刹装束と普通の人間界の着物では趣が異なる。デザインは漫画やアニメのキャラクターの衣装のようでありつつも、コスプレ衣装のような作り物感がない。刀を抜きにしても不思議な格好に見えておかしくないだろう。
本人たちはというと、沙菜は他人の視線など気にしておらず、穂高はそもそも変な目で見られていると気付いていない。
「今、刀がどうとか聞こえてきましたが、そういえば穂高さん。魂装霊俱の霊刀・日華はどうしたんです?」
「ほわ?」
人間界で目立たないようにという目的があった訳ではないが、穂高はいつも持っている霊刀・日華を差していない。よく分からないという様子で腰回りをぺたぺた触っているが、ないものはない。
「うっかりさん」
「忘れてきた訳ですか。まあ戦力としては期待してないので別にいいですが」
穂高は羅刹としての能力がすべて低い。能力と引き換えに独特の雰囲気を手に入れているのだが、雰囲気などという数値で評価されないものしか持っていない穂高は、人々から尊敬されるどころか見下されることが多かった。そんな不遇な天才に同情し、また共感もした沙菜は穂高を友人と認めて行動を共にしている。
今の穂高はというと、羅仙界とは異なる人間界の町並みをキョロキョロと眺めている。
羅仙界の技術レベルは人間界と比べて遜色なく、人間界に科学技術という点で驚くほどのものがあるということもないが、建造物に関していえば、羅仙界のものは幻想的な雰囲気を醸し出しているため、羅仙界出身の穂高には人間界がかえって珍しく見えるようだ。
そして、羅仙界と異なっているのは建造物だけではなく――。
「ねえねえ、沙菜ちゃん。あれなに?」
穂高は道路の方を指差しながら尋ねる。
「ああ、自動車ですね。空ではなく地上を移動する乗り物で、列車より小回りが利くものです」
羅仙界でも自動車が作れないということはない。ただ、流身を応用した技術を使えば、簡単に空を飛ぶ乗り物を作れるし、高位の羅刹は自分の流身だけで普段の移動は問題ないため、わざわざ道路しか走れない自動車はあまり使われていないのだ。
実用性では特に優れている訳ではないが、車を見る穂高の目は輝いて見える。
「わたしも乗ってみたいなー」
「ふむ……。さすがに車を買うのは面倒ですね……」
人間界での活動資金は、貴金属を売却するなどして確保しているのだが、あまり無駄使いはできない。
そこで――。
「わーい。人もゲームもいっぱいだー」
沙菜は、穂高をゲームセンターに連れてくることにした。
普通の人は、人が多いと気疲れしてしまいそうなものだが、人間――羅刹含む――が大好きな穂高は賑やかな場所を気に入ったようだ。
車に乗りたいと言っていたので、まずはレースゲームを遊ばせてやることにする。
「これ、どうやったら動くの?」
席に座った穂高は、ゲームの遊び方を聞いてくる。
「下にあるペダルのアクセルの方を踏めば走り出します。逆にブレーキを踏めば止まります。進む方向はこのハンドルを回して調整してください」
口頭で説明しても、いまいち理解しているのか怪しいので、あとは実際に遊びながら慣れてもらうことにした。
「わー、すごい、速いー。わー、ぶつかっちゃったー。わー」
羅仙界でも沙菜が持って帰ってきたゲームを遊ぶことはあったが、あまり大掛かりなものは持ち帰れなかったので、車の内装まで再現されたゲームを体感するのは穂高にとって初めてのこと。大はしゃぎしながら、ゲームセンターをすっかり満喫している。
一ゲームが終了すると、その結果に応じてメダルが排出されてきた。
「すごーい。お金がジャラジャラ出てくるー!」
「このゲームセンター内でしか使えませんよ」
とはいっても、穂高はここで遊べるだけでも十分満足できそうだ。
如月家の保有している財産は基本的に人間界では通用しないので、資金が潤沢にある訳ではないが、ゲームセンターで使うメダルを追加購入するぐらいの余裕はある。
沙菜は、穂高の気が済むまで目一杯遊ばせてやることにした。
羅仙界の住人の多くからは冷酷無比と見られている沙菜だが、友人である穂高に対しては甘い。
レースゲームに続いて、音楽ゲーム・シューティングゲーム・ダンスゲームと色々遊んで回って、メダルが尽きたところで、自動販売機の前でジュースを飲みながら一息つく二人。
(これで穂高さんがさらにゲームを気に入って友人に話してくれれば、私の目的にも近づくことになるな)
沙菜は元々、羅仙界にゲーム・マンガ・アニメといった娯楽を溢れさせるという夢を持っていた。
五年前の事件で人生が狂い、夢などというものは捨ててしまったが、そもそも夢というものは現実にならないから夢なのかもしれない。
かつて沙菜は、近所に住む兄貴分・真田達也に自分の趣味を布教し、共に楽しんでいた。
だが、彼は冤罪で投獄されそのまま帰らぬ人となった。
当時罪人を管理していたのは騎士団の第三霊隊だが、囚人に対する虐待があるという噂を聞いており、初めはそれが達也の直接の死因だと考えていた。しかし、実際には達也は自殺している。殺されるのではなく、自ら命を絶つほどの絶望はどれほどのものか。
沙菜は殺人は平気で行うが、人を自殺に追い込むという行為は決して許されるものではないという価値観を持っている。
ゲーム関連の趣味といい、戦いにおける姿勢といい、沙菜は達也の存在から少なからぬ影響を受けていた。
今は夢ではなく、単なる目的という認識で、羅仙界に人間界のサブカルチャーを広めることにしている。
世界中を楽しさで満たすという幼い夢は失われたが、せめて自分の周囲で自分の好きなものが楽しまれる状況を作り出そうという考えだ。
穂高だけでなく、優月もゲーム好きだし、惟月も沙菜に対して協力的である。沙菜の目的は順調に達成されつつあった。
「ねえ、沙菜ちゃん……」
先ほどまで、終始笑顔で遊び回っていた穂高が、ふと物憂げな表情を浮かべる。
「どうしました?」
「沙菜ちゃんはわたしのこと殺さないよね……?」
穂高は本気で不安を抱いているようだった。
穂高には、自分が人より劣っているというコンプレックスがある。沙菜からも無価値と判断されれば殺されるのではないか。そう思うことがあるのだ。
「どう思います?」
「ん~……。わかんない……」
胸の内を正直に明かす穂高に対し、沙菜は静かに語った。
「仲間を死なせるなどとは恥ずべき不徳ですよ。私を誰の信者だと思っているんですか」
沙菜が持つ信仰心の意味。それについて、まともに考えたことのある者は少ない。
一拍置いて、沙菜は穂高の問いに対する答えをはっきりと示した。
「誇りは命より重い」
この言葉の意味は、命を軽んじるということではない。仲間を守るのは沙菜にとっての誇りであり、それは揺るぐことのない意志だ。
沙菜の答えを聞いた穂高は笑顔を取り戻し、沙菜に告げる。
「沙菜ちゃん。二人でいっしょに遊べるゲームってあるかな? わたし沙菜ちゃんといっしょに遊びたい」
「私も同じ気持ちですよ。何か探してみましょう」
笑いながら人を殺せる沙菜と、誰とでも仲良くなれる穂高。奇妙な組み合わせだが、二人は間違いなく友達だった。
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