第111話「好きな人」

 能力者探しということで町に出た優月たち。

 探すといっても、特にあてがある訳でもないのでブラブラと歩いていく。

「そんなに時間は経ってないはずなのにすごく久しぶりに帰ってきた感じがするね」

「そうですね……。色々なことがあったので……」

 三人共、羅仙界の首都・霊京に比べると質素な人間界の町並みを懐かしんでいる。

 羅仙界では戦いの連続だったので、できることなら能力者との戦いなどではなく故郷でまったりと過ごしたいところだ。

「学校のみんなは元気にしてるかな? 気になるけど黙って出てったからなぁ」

 龍次にしても優月と涼太にしても、学校に事情を説明して信用されるとは思えなかったので、詳しいことは話さないままにしてしまった。

 親が退学届けは出しているはずだが、クラスメイトたちは突然のことで心配しているかもしれない。

 特に、龍次と同じクラスで同時期に退学した優月は龍次と何かあったものと疑われていてもおかしくない。龍次の人気を考えれば、こんな風に彼と行動を共にしていて、あまつさえ恋人にまでなっていると知られれば女子からは殺意を向けられること必至。

(下手に前のクラスメイトに会わない方がいいかも……)

 優月がいつも通りのネガティブ思考に陥っていると。

「日向君?」

 向かいから歩いてきた女子が龍次を見て足を止めた。

 制服は優月たちの通う学校とは別のもので、スラリと背が高く、長い茶髪が印象的な美人だ。

 龍次の社交性を考えれば、他校にも友人がいておかしくないのだが、なんとなく嫌な予感がした。

高島たかしま……!」

 龍次が呼んだその名前が何であったか、すぐには思い当たらなかった。

 だが、少し遅れて沙菜の言葉が蘇る。

 『高島はるか』――かつて龍次の恋人だった女だ。

「久しぶりね。こんな急に会うことになるとは思わなかったわ」

「あ、ああ……」

「急に転校しちゃうからびっくりしてたのよ。私、日向君に話したいことがあるの。どこか落ち着ける場所で話さない?」


 龍次の元恋人・高島遥に促され、優月たちは近くにあったカフェテラスに移動して話をすることになった。

(龍次さんの恋人だった人……。龍次さんが一番好きだった人……?)

 別れることになったとはいえ、優月と出会う以前龍次は彼女と交際していたのだ。

 そんな高島が龍次に何を話すのか、優月は気が気でなかった。

「日向君、すごく強くなったみたいね。見違えたわ」

 それはそうだろう。龍次は転校してきてから、身体を鍛え、武術も習い、普通の人間としてなら十分な力をつけてきたのだ。

 霊力がわずかにしか目覚めていないため、羅刹の霊力戦闘には対応できないが、それでも体術では喰人種の赤烏に勝っていたのだから、その強さは間違いない。

「それで、高島。話っていうのは?」

「ええ、あなたが転校してから私もよく考えたんだけど……。私たち、またやり直せないかしら? 今の日向君なら、前みたいなことにはならないと思うし……」

 嫌な予感が的中した。

(龍次さんが元々好きだった人が戻ってきたんじゃ、わたしなんて必要ないんじゃ……)

 容姿を見ただけでも分かる。自分より彼女の方が龍次と釣り合っている。

 勉強・運動・コミュニケーション、龍次は人間としてなら完璧といってもいいぐらいの能力を備えている。あえて羅刹の世界に身を置かなくても、このまま高島と人間界で暮らしていけば幸せになれるのではないか。

 不安に苛まれる優月だったが、龍次の返答は優月の予想とは違っていた。

「悪いけど、俺は今、ここにいる優月さんと付き合ってるから」

(……!!)

 きっぱりとした口調。

 どう見ても優月より華やかな容姿をしていて、以前付き合っていたこともある高島より、龍次は優月を選ぶというのだ。

 前から過大評価されているのではと思っていたが、これには衝撃を受けた。

「この子が?」

 高島の意外そうに目を丸くする様子は、優月では龍次と釣り合わないといわんばかりだ。

「よっぽど寂しかったのね……。でも、大丈夫よ。これからは私たちうまくやれるわ」

 高島は、龍次が寂しさを埋めるために仕方なく優月と付き合うことにしたのだと思っているようだ。

「だから、俺はもう優月さんと付き合ってるんだって」

「え……でも、彼女じゃ日向君とは釣り合わないでしょう?」

 とうとうはっきり口に出した。

 分かっていたことではある。人間界におけるスクールカーストで最底辺の自分がトップにいる龍次と付き合うなどとはおこがましいことだと。

「高島。昔の俺のことはどう言ってもいいけど、優月さんのこと悪く言うのは許さない」

 龍次は、普段見せない怒りのこもったような目で高島に告げた。それはもはや愛しい人を見る目ではない。

 『昔の俺』と聞いてようやく思い出した。この女は、龍次を傷つけた『敵』であると。

 二年前、高島は不良に絡まれた時に助けてもらえなかったことで龍次を逆恨みして、学校から彼の居場所を奪ったのだ。

 優月は今まで、相手が善人であろうとも敵対する者を斬ってきた。

 いくら容姿が釣り合っているといっても、こんな女に龍次を譲ることはできない。

「すみません……。高島さんに龍次さんのことは任せられません。龍次さんのことはわたしに任せてください」

 大それたことを言ったとは思う。だが、それと同時に、このような宣言ができたことは誇ってもいいのではないかとも思う。

「あなたなんかに何が分かるっていうの。鏡見たことある? 私たちとは住んでる世界が違うのよ」

 優月の言葉を聞いた高島がにらみつけてくる。

 彼女の言うことは、すべて優月が抱えてきた劣等感の要因だ。立ち位置が真逆なだけで同じような思考を持っていたといえるかもしれない。

 それでも今は、身の程知らずであろうとも自分が龍次のそばにいると決めているのだ。

「はっきり言わせたいのか。てめえの出る幕はもうねえって言ってんだよ」

「――ッ!」

 一連の話を聞き続けてきた涼太が核心を突いた。

 高島は怒りに任せてテーブルを叩くと共に立ち上がる。

「もういいわ! 日向君、あなたもその程度の男だったってことね!」

 捨て台詞の残して高島は去っていった。

 優月たちは緊張を緩めて息をつく。

「ありがとう涼太君。俺が言いたかったこと言ってくれて」

「いや、おれは単にあの女が気に食わなかっただけですよ。それより優月。お前も言うようになったじゃねーか」

「ま、まあ、あの人よりはわたしの方がマシかなと思って……」

 一時はどうなることかと思ったが、龍次は予想以上に優月を恋人として認めてくれていた。

 できれば高島の捨て台詞にも反論したかったところだが、ひとまずは性根の腐った女を撃退できたことを喜ぼう。



 超能力者協会本部。ここは超能力に目覚めた者たちが互いに協力するための拠点だ。

 入口の扉を乱暴に開いて一人の女が入ってくる。

「あっ、高島さんじゃないっすか」

 室内にたむろしていた男たちの一人が高島に声をかけた。

 それまで不機嫌なオーラをまき散らしていた高島だが、男たちを見て怪しげな笑みを浮かべる。

「そうだ。あなたたちにお願いしたいことがあるんだけど――」

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