第110話「優月の恋人」
狭界の中にできた羅仙界と人間界をつなぐ道を歩いていく優月たち。
前にも一度通ったが、相変わらず暗くて何もない空間だ。
「ほわー、羅仙界の外ってこんな風になってたんだ~」
穂高は狭界に立ち入るのは初めてらしく、驚いたような声を漏らす。
「あたしも狭界に入ったことってほとんどなかったかな。こうやってちゃんとした道ができて歩けるなんて不思議な気分」
若菜も、自身の上官である久遠の能力で安定化した『狭界の道』には感心しているようだ。
「私は人間界との往復で何度も通ってますがね。騎士団でも狭界についての調査は行われていますから、シノやんは馴染みがあってもよさそうなもんですが」
「シノやんって誰!? あたしのこと!?」
勝手に変なあだ名をつけられてしまった若菜が抗議の声を上げるが、沙菜はあっけらかんとしている。
実際には前にも呼ばれているのだが、あの時は呼ばれ方についてどうこう言う余裕はなかった。
「
沙菜が人間界を訪れるようになったのは、優月に会うよりずっと前だ。
学生時代にも人間界から娯楽品を持ち帰って、如月グループの商品開発の参考にしていた。
もっとも、羅仙界の住人には沙菜の趣味に対して否定的な者もいた。
人羅戦争で沙菜に殺された元第三霊隊隊長・
結果的には、彼らは無残な最期を遂げることになったのだが。
「先輩、室長の相手を真面目にしても時間の無駄ですよ」
昇太の物言いは、以前に比べると冷たくなっている。
だが、これこそが昇太の素であり、本当の意味で心を開いた証なのだ。
七人がゾロゾロと歩いていくとやがて人間界側の界孔にたどり着き、外に出ることができた。
「あ、ここは……」
狭界から出たそこは、天堂家のリビングだった。
「わたしの家につないでたんですね」
「外につないで一般人に見られても面倒ですからね」
優月と沙菜の声を聞きつけて、優月の両親がリビングに入ってきた。
今日はたまたま家にいたらしい。
「あ、お父さん、お母さん」
「涼太! 無事だったのね!」
母は優月を無視して、真っ先に涼太の元に駆け寄る。
やはりこの人は優月より涼太が大切らしい。
「おれも優月も無事だけど、少しは優月の心配もしてやれよ」
「無事だったのは何よりだが、そちらの方々は?」
父は優月と涼太以外の見慣れない人物たちに目を向けた。
「私のことは聞いているでしょう? 優月さんたちを羅刹の世界へ案内した如月沙菜です」
「わたし、穂高。優月ちゃんたちとお友達になったの。優月ちゃんのおとーさんとおかーさん、はじめまして~」
沙菜に続いて、のんびりした口調で名乗った穂高は、ゆったりとした動作で頭を下げる。
「肩書きは言っても分からないでしょうから、とりあえず名前を。鳳昇太です。天堂さんたちとは、まあ、仲間といったところですね」
「同じく東雲若菜です。昇太君の恋人です」
優月の両親にとってはどうでもいいことだろうが、自分が昇太の恋人であることはアピールしておく若菜。
仲間たちの中では、龍次が最後に自己紹介をした。
「俺は人間の日向龍次です。今、優月さんとお付き合いさせてもらってます」
最後に回った理由は、優月の両親にとって一番気になる存在だという自覚があるためだろう。
「お付き合い!? 恋人ってこと!? 優月の!?」
母は信じられないといった様子。父も同様。
無理もない。龍次は一目見ただけでも分かる美男子だ。優月に恋人ができただけでも衝撃だというのに、これほどの相手となるとさらに衝撃的だろう。
「ほ、本当に優月とお付き合いしてくれてるの? 何かの間違いじゃなくて?」
「は、はい」
驚きを隠せない母の勢いに龍次は押され気味になっている。
「ありがとう龍次君!! どうしようもない子だけど、どうかあきれないで付き合ってあげて!」
母は龍次の手を取って懇願する。
優月が愛想を尽かされないようにと必死だ。
「あの優月に彼氏ができるとはなあ……。本当に嫁のもらい手がないんじゃないかと心配していたが……」
父も目頭を押さえている。
なんだかんだいって両親も優月のことを全く考えていない訳ではない。
つい出来のいい涼太のことを優先してしまうだけだ。
「優月もあんまりモテなかったんだね……」
若菜は優月の身の上に共感しているようである。
若菜も昇太に出会うまでは恋人ができたことがなかったので、これも無理はない。
「あんまりじゃなくて全くだけどな」
そう吐き捨てる涼太は、なんとなく面白くなさそうな顔をしている。
自分より早く優月に恋人ができたことが不満なのか、それとも――。
「沙菜ちゃん沙菜ちゃん。沙菜ちゃんもモテないんだよね?」
「そうですが、穂高さんはいらんこと言いですね」
「ごめんなさい」
穂高はさほど深刻そうな顔はせず、いつも通りのぼんやりした様子で謝った。
「謝るなら許しましょう」
穂高と沙菜のやり取りはよそに、今度は優月の父が龍次に話しかけている。
「龍次君。私からも頼む。優月のことを見捨てないでやってくれ」
まるで既に見捨てられそうになっているかのような言い方。
それぐらい両親の中での優月の評価は低いのだ。
「お父さん、お母さん。優月さんには本当によくしてもらってます。俺の方がお世話になってるぐらいですよ」
龍次は、優月の母の心まで射抜きそうなほほえみで優月への想いを告げた。
世話になっているのは明らかに優月の方だが、彼を守るために戦ったことは称えられてもいいか。
「お義父さん……、そう呼んでくれる子が現れるとは……! 龍次君、困ったことがあったら何でも言いなさい。私たちが全力で助けになろう」
父が龍次と話している間に、母は優月に詰め寄ってきた。
「優月! 龍次君に迷惑かけるんじゃないわよ! 彼を逃したらあんたに彼氏なんて二度とできないんだから」
母は、龍次に向けるのとは対照的な険しい表情で忠告してくる。
「あ、うん。それはもちろん……」
迷惑を一切かけないというのは難しいが、自分に恋人ができるなどという幸運が一度しかないのは分かっているつもりだ。
「さて、これから能力者狩りですが、全員固まって動くのも効率が悪いですね。手分けして探しましょうか」
ようやく本来の仕事の話になった。
皆、沙菜の提案に異存はないようだ。
「あたしはもちろん昇太君と一緒に行くよ」
「あえて僕は単独行動というのも面白そうですね」
「ええ!?」
若菜は昇太にいいようにもてあそばれている。
「穂高さんの面倒は私が見ましょう」
「優月の面倒はおれが見るしかないな」
穂高には沙菜、優月には涼太、それぞれの保護者ということでメンバーが決まっていく。
「龍次さんは……、わたしと一緒にきてもらってもいいでしょうか……?」
恋人になったというのに、同行の許可をおそるおそる求める優月。この性分は変わらない。
ただ、戦力だけでいえば沙菜や昇太の方が優月より強いので、彼らに任せずに自分が龍次を守るのだという意思を示せたのは成長している部分かもしれない。
「もちろん。俺も優月さんと一緒がいいよ」
これで班分けは決まった。
優月・龍次・涼太の三人、沙菜と穂高の二人、昇太と若菜の二人、という三組に分かれて行動することになる。
ターゲットはレベル・テンの超能力者。新たな戦いに向かって七人は天堂家を後にした。
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