第108話「魂魄分離障害」

 騒動鎮圧のため人間界へ向かう当日。蓮乗院家の庭園。

 実際に出向く優月・龍次・涼太・沙菜・穂高・昇太に加え、見送りとして惟月と久遠、さらに雷斗もこの場にいる。なお、若菜はまだ来ていない。

「雷斗さままで見送りにきてくれるなんて、ちょっと意外でした」

 優月としては、雷斗は少し怖いが、好みの異性ではあるので少しうれしい。

 とはいえ、雷斗の優月に対する態度は冷たいものだった。

「私は惟月についてきただけだ。貴様に興味はない」

 やはり雷斗が心を許しているのは惟月一人だけのようだ。

 久遠には敬意を持っているようだが、距離が近いとはいいがたい。ここにいない沙菜の異父兄・如月白夜も好敵手としては認めているが、友人にはほど遠いだろう。

 その他の者に関しては、言葉通り特に興味を持っていなさそうである。

「シノやんを待っている間に、能力測定機能を試してみましょうか。優月さん、私に携帯を向けてアプリを起動してください」

 沙菜に促されて優月は携帯霊子端末を取り出す。

 八条瑠璃がちゃんと仕事をしていれば沙菜の能力強度が測定されるはず。

『対象の能力強度は五十です』

 機械的な音声で通知された。

「五十!? 確か超能力者のレベルと能力強度ってのは大体同じなんだったよな?」

 声を上げたのは涼太だが、優月と龍次も驚いている。

 超能力者の最高レベルの五倍というと、とんでもない数値にも思えるが、羅刹は一つだけではなく多彩な能力を持っているため、総合的な能力強度は高くなりやすいのだ。

「私こそが革命軍最強ですからね。このぐらいは当然です」

 沙菜は自信満々の様子だが、言っていることが違う気がする。

「雷斗さまの方が沙菜さんより強いんですよね……?」

 優月が人間界における雷斗たちの活動拠点に向かう道すがら聞いた話ではそういうことだった。

 それに、今は雷斗の力が弱まっているが、それでも戦いを通して成長した優月には沙菜より雷斗の方が格上だということが感じ取れている。

「革命軍の主力は私以外みんな障害者ですからね。強者というのであれば私ですよ」

 本当の意味での強さではなく強者という立場のことを言っているらしい。それはそれで能力強度と関係ない気もするが。

 雷斗が生まれつき霊力障害を患っていたという話は惟月から聞いた。

 しかし、主力全員というのは初耳だ。

 全員ということは、優月自身も含まれるということ。

(わたしの障害……。鬱とかかな……?)

 最近意識することが少なくなりつつあるが、対人恐怖症もある。

 よく考えてみれば自分の対人緊張はずいぶん緩和されてきたのではないだろうか。前はクラスメイト相手にまともに話すこともできず、集団の中に入ることも龍次による多大なフォローがあって初めて実現していた。

 それがこの頃は、周囲の者に対してそこまで緊張せずに話しかけられるようになったと思える。

 雷斗と自分以外が持っている障害というのも気になったが、デリケートな問題なので安易に事情を尋ねることはできない。

「惟月さまもいっしょだったらいいのに~」

 優月が色々と考えを巡らしている一方で、穂高はその心情を口にした。

 そういえば穂高は初めて会った時も、惟月に対して特別な感情があるような素振りを見せていた。

「お前、なんでそんなに惟月のこと好きなんだ?」

 涼太が尋ねた、穂高が惟月を慕う理由。人が人を好きになる理由を聞くのも野暮な感じがするが、優月も少し気になっている。

 相当に子供っぽい穂高のことだ、果たして恋愛感情なのだろうか。

 問いに答えたのは穂高本人ではなく。

「説明しましょう」

「なんでお前が説明するんだよ」

 沙菜が代わりに答えるつもりのようだった。

「いいですか? 穂高さん」

「いいよ~」

 穂高も沙菜に任せるということで構わないようだ。

 しかし、あっさりと承諾していたが、あの沙菜がわざわざ確認をするということは、何か複雑な問題が絡んでいるのでは。

「『魂魄分離障害こんぱくぶんりしょうがい』という言葉は聞いたことがありますか?」

 羅刹の者たちは知っていて当然らしく無反応。優月たちは揃って首を振る。

「魂魄が分離する障害ではありませんよ。魂装霊俱生成の際に魂魄は分離するものですからね。――『魂魄分離障害』は羅刹特有の障害で、本来羅刹自身が保持すべき能力まで魂装霊俱に渡してしまうというものです」

 穂高が惟月を慕っている理由の話だったのに、なぜか障害についての話になった。

 穂高は革命軍の主力には含まれていないと思われるが、彼女も障害者らしい。

「穂高さんが魂装霊俱に渡して失ったものは、『知力』。だから穂高さんはどうしたってアホのままなんですよ。病気の性質上、霊魂回帰中は症状が治まるはずなんですが、穂高さんにはそれもできませんしね」

 霊力というものは、精神から生み出される、腕力とは異なる次元の力だ。霊魂回帰の習得のような霊力戦闘の技術には、高い知性が必要となる。

 病気の治療に霊魂回帰が必要だが、病気の症状故に霊魂回帰できないというジレンマに陥っているのだ。

 穂高は、惟月が通っているのと同じ学院の生徒だが、穂高がそのような名門校に入学できたのは、当時原因不明だった奇病について研究したかったという学院側の思惑が絡んでいる。

「それで? その障害がどう関係あるんだよ?」

 涼太が、人間界から来た者を代表して聞き返す。

「穂高さんは両親からは期待外れの子供として捨てられ、学院でも無能な生徒としていじめられることが多かったんです。それを穂高さんは、『自分が悪い子だから』そうなったんだと思い込んでいました。そこで魂魄分離障害の病理を解き明かして、原因はあくまで病気であり、穂高さんが悪い子なのではないと証明したのが惟月様です」

 かつて『魂魄分離障害』という病名すら存在しなかった頃、能力の低い穂高は、周囲からなまけていると思われていた。穂高自身も本当のことは分からずに己を責め続けていたのだ。

 それを救ったのが惟月だというなら、心から慕っているのもうなずける。

 惟月は、自分の功績についての話だが、特に得意がることもなく静かに沙菜と穂高、そして優月たちを見守っていた。

 一方、涼太は以前穂高と交わした会話を思い出す。


『お前、本当にトロいな。どこか悪いのか?』

『あのね……、わたしね……』

『うん?』

『頭悪いの……』

『そんなこと知るか』


「悪かったな、あの時は」

 心ない発言をしてしまったことを詫びる涼太。

「ん~? 平気だよ~」

 穂高の方は全く気にしていない様子。のんびりした口調で話す彼女はやはり愛らしい。

 沙菜の語った過去話で穂高が惟月を慕う理由は分かった。

「しかし、そうなると余計に分からねえな。なんでお前が穂高の友達やってんだ?」

 涼太が口にする疑問は優月たちも共有するものだ。

 沙菜は、無能な人間を嫌悪している。

 それは自分に手も足も出ない騎士団員を皆殺しにしたことからも、真羅朱姫の死体を蹴り飛ばしたことからも明らかだ。

 容姿は愛らしく能力は低い穂高など、沙菜が最も忌み嫌う相手のように思えるが。

「私は常に弱者の味方ですよ」

「うさんくせえ」

 世間が沙菜に対して抱いている印象は、弱者を蹂躙する者だ。

 そのイメージとは相反するような発言だが、沙菜は基本的にウソをつかない。

「私が嫌いなのは凡人です。すべての能力が低い凡人など存在しません。そして凡人より劣った人間など存在しません。穂高さんには、すべてのと引き換えに得たものが確かにあるんですよ」

 沙菜の言葉をすぐには理解できずに、優月たちは沈黙したまま続きを待った。

「穂高さんの性格を一言で表現するとどうなりますか? 優月さん」

 名指しされてしまったので、仕方なく頭を働かせて答えてみる。

「……天然、とかでしょうか……?」

「正解。通常、天然などという性格は存在しません。演技でそう見せたがる人はいますが。――穂高さんは、常人ならありえない本物の天然なんです。それこそ私ですら癒しを感じて和むほどの」

 そう言って沙菜は穂高の頭をぐしぐしとなでてやる。穂高も心地良さそうだ。

 確かに自らを天然と称する人間が本当に天然だとは到底思えない。ほとんどの人間は、それなりに計算高さを持っており、穂高のような心の持ち方はできないだろう。

 凡人より能力が低いという障害を抱え、凡人では持ちえない価値を持っている、そんな穂高だからこそ沙菜にかわいがられているのだ。

「ついでに言っておくと、朝霧大和は力がついただけの凡人です。その思考は凡庸そのもの。あんな三下に生かす価値はありませんよ」

「やっぱり、気に食わない奴を平気で殺す如月が、穂高と友達ってのは違和感があるな……」

 先ほどから涼太が、優月たちの思いをすべて代弁してくれているが、最後までそうだった。

「違和感があるのは、それだけ私と穂高さんのことを理解していないということです。まあ、最初に理解するとしたら優月さんでしょう」

 沙菜が懇意にしている女は優月と穂高ぐらいのものだ。

 優月に関しては色気がないのが理由だと思っていたが、何かそれ以上のものも期待されているのかもしれない。

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