第107話「第一研究室」
人間界に帰って超能力者と戦うことが決まった優月たち。
狙いは最高位のレベル・テンだということで、携帯霊子端末に対象の能力強度を測定する機能を追加するという話になった。
霊子学研究所の中でも、特に霊子端末に関する技術を持っているのは第一研究所だ。
優月は龍次と涼太を伴って第一研究所を訪れていた。
最初に対応してくれたのは黒髪の線が細い美少年だった。
名前は
彼に案内されて研究所内へ。
「八条先輩。連絡があった天堂優月さんたちです」
連れてこられた先で待っていた人物を見て、優月は微妙に身をこわばらせた。
なんとなく不機嫌そうなオーラを出しながら霊子端末に向かっていたこの女性は、第一研究室副室長・八条瑠璃だ。
騎士団再編会議の時に、スタイルの良さで優月に敗北感を与え、沙菜と口論して気まずい雰囲気を作っていたことが記憶に残っている。
「あら? あなたが天堂さん? 初めまして、八条瑠璃よ」
「はぁ……、初めまして……」
冷めた調子であいさつをする瑠璃に微妙な返事をする優月。
会議の時点で会っているのだが、眼中になかったということか。
「携帯端末に機能を追加するということだったわね。さっさと出しなさい。如月沙菜と違って私は忙しいから」
あくまで不愛想な態度で応対する瑠璃に、三人はそれぞれの端末を差し出す。
瑠璃は受け取った携帯霊子端末を据え置き型につないで処理を開始した。
何をやっているのかは分からないので、自然と優月の視線は瑠璃の方へ。
(いいなぁ……。わたしもこんな顔とスタイルだったら人生違ったのかな……?)
結果的には龍次を恋人にできたので不満はないといえばないのだが、自分のスタイルに対するコンプレックスが消えてなくなる訳ではない。
それに彼女のような容姿であれば龍次の隣を歩いていて恥ずかしくないとも思う。自分の容姿では龍次に恥をかかせてしまうのではないかという危惧でもあるが。
「うらやましい――とでも思っているのかしら?」
黙々と作業を進めていた瑠璃が、優月の心を見透かしたように問いかけてきた。
「あ……、えっと、少し……」
「どうやったら私のようになれるか知りたい?」
「……!」
知りたくないといえばウソになる。
身長を気にしている涼太と揃って牛乳を飲んだりもしていたが、どうにも医学的根拠はないとも聞く。
「ほ、方法があるなら知りたいです」
素直に教えを請おうとしたのだが、瑠璃の答えは――。
「不可能よ。あなたと私では持って生まれたものが違うのよ。あきらめなさい」
非情な現実を突きつけてくるだけだった。
彼女の表情にはうっすらと笑みのようなものが見受けられる。といっても友好的なものではない。勝ち誇ったような、こちらを見下したような、そんな笑みだ。
「やっぱりそうですか……」
別に怒りは覚えていないが、嫌な人だなとは思う。
世間的には大量殺人を行った沙菜こそが極悪人なのだろうが、優月にとってみると瑠璃より沙菜の方がよほど親しみの持てる相手だった。
「八条さん。そんな話より携帯の機能の方はどうなってるんですか?」
優月に対する嫌がらせのようなやり取りを見かねて龍次が口をはさむ。
自分の恋人が蔑まれているのは気分の良いものではないだろう。龍次としては、今の優月を好きになっているのだから。
「今、アプリケーションをインストールしているわ。あとは端末内に邪魔になるような余計なデータがないか調べて――」
言いながら霊子端末の画面に視線を戻した瑠璃は突然その身を硬直させた。
「……!! これは……」
冷めきっていた瑠璃の表情が、驚愕の色に変わる。
何があったのかと反射的に画面に目を向けると、そこには優月の携帯の内部ストレージ情報が表示されていた。
保存されているファイルとフォルダの一覧が出ているのだが、その中に見られてはまずいものがあった。
フォルダ名『雷斗さま写真』。沙菜から本当にもらうことにしてしまった雷斗の盗撮写真をまとめたものだ。
「なんだ? なんかあったのか?」
訝しむように画面をのぞき込もうとする涼太。
「あっ……、いや、その……」
優月は止めるに止められずおろおろしていたが、代わりに瑠璃が涼太を制止した。
涼太だけでなく、他の二人にも向けて命令する。
「まだ時間がかかりそうだから、あなたたち三人は外で待っていなさい」
「は? 外? なんでわざわざ外に出なきゃいけないんだよ?」
涼太の言うことはもっともだ。屋外も特に暑かったり寒かったりすることはないが、室内の方が快適なのは間違いない。
「だったら、神崎君! 三人を休憩室に案内しなさい。そんなところに突っ立っていられたら気が散るわ」
「わ、分かりました……! どうぞこちらへ」
龍次と涼太は不審がりながらだが、三人は颯斗に連れられて移動することになった。
優月は、移動させられた理由に察しがついている。
(多分あの写真コピーしてるんだろうな……。雷斗さまのことが好きなのかな……?)
だとしたら、沙菜と反目し合っていることにもなおさら納得がいく。
単に不正に入手した写真を削除していると考えられなくもないが、その場合隠す必要はないし、そんな写真を持っていた優月を叱りつけるだろう。
(わたしの端末のデータ消されてたら嫌だなぁ……)
意地の悪い瑠璃のことだ、コピーアンドペーストではなくカットアンドペーストしているかもしれない。
まあ、沙菜にもう一度もらうこともできるだろうから気にしないことにしておく。
雷斗本人に知られたら殺されそうだが――。
「お待たせしました。機能追加が完了しました」
休憩室でしばらくお茶を飲むなどして過ごしていると、三人分の携帯霊子端末を持った颯斗がやってきた。
優月は、端末を受け取ると真っ先に画像フォルダを確認する。
(良かった。残ってる)
龍次の恋人なのに雷斗の盗撮写真のことで一喜一憂しているのはかなり後ろめたいことだが、生まれ持った性分なので仕方ない。
続けて颯斗からアプリの使い方を教わり、研究室を後にすることになった。
「あの八条瑠璃って女、相当感じ悪かったな」
「そうだね……。さすがに俺も擁護できないかな……」
第一研究室からの帰り道。涼太と龍次が、瑠璃に対する感想を口にする。
「すみません龍次さん……。恋人がこんなのじゃ恥ずかしいですよね……」
優月は得意の自虐モードに突入してしまった。
悪いのは瑠璃なのだが、優月としては自分の色気のなさが問題だと思っている。
「いや、男はそんなに――」
「先輩、先輩」
呼びかけられて身をかがめた龍次に涼太が耳打ちする。
「それは面白いから教えないことにしてるんです」
優月は、男性は皆女性の胸の大きさを気にするものだと思い込んでいるところがあるが、実際にはそうでもないという情報は涼太が意図的にシャットアウトしている。涼太のちょっとしたいたずら心だ。
真実を知らない優月は引き続き落ち込んでいる。
しばらく歩いていったところで、龍次が思い出したように口を開いた。
「あっ、そうだ。もう一つ第一研究室で頼まないといけないことがあったんだ。ごめん、優月さん、涼太君。遅くなるかもしれないから先に帰ってて」
「え……」
きびすを返した龍次を見て、なんとなく嫌な予感を覚えた。
龍次は瑠璃に良い印象を持っていない。だが、彼が自分などよりよほど釣り合いの取れる相手のところに行ってしまうのはひどく不安だった。
結局自分もついていくなどと言い出すこともできず、ただ龍次の背中を見送ることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます