第十八章-帰郷-
第106話「人間界の異変」
優月が騎士団員として、そこそこまともに活動を続けていたある日。
仲間たちと一緒に暮らしている蓮乗院邸に沙菜が訪ねてきた。
なんでも、人間界に関わる重大な情報をつかんだらしい。
リビングに全員が集合して、沙菜の話を聞くことになった。
なお、全員というのは、優月・龍次・涼太・雷斗・惟月・久遠・穂高の七名だ。
穂高に関しては沙菜が連れてきた。
「なんだよ急にやってきて。しょうもない話だったら叩き出すぞ」
これは涼太が放った言葉。相手が沙菜だから遠慮していないというのもあるだろうが、まるで自分の家のような口振りだ。
涼太は、基本的に真面目な性格なのだが、少々偉そうなところもある。
「重要な話ですよ。特に人間のあなたたちにとっては」
(……? わたしたち人間にとって……?)
優月に関しては、もはや単なる人間ではなく本物の羅刹に近づいているが、それでも本人の認識としては自分は所詮人間ということだった。
「人間界に派遣していた私の部下からの報告ですけどね。どうやら人間の中に特殊能力を持つ者が現れたらしいんですよ」
人間界に派遣された沙菜の部下――、龍次が研究室に協力することと引き換えに増員された人々だろう。
今では忘れがちになっていたが、元はといえば龍次はそのために羅仙界に来たのだ。
彼らは喰人種から人間を守るために活動していたはずだが、意外な情報をもたらされることになった。
「特殊能力? 霊力とは違うのか?」
眉をひそめた涼太が疑問を投げかける。
優月と涼太は六年前に、龍次については最近、近くで断劾が発動した影響で霊力が目覚めることになった。
誰かが結界も張らずに大技を連発した結果、霊力に目覚める者が多数現れたというなら、そこまで驚く事態でもない。
しかし、沙菜はあえて霊力ではなく特殊能力と表現した。
単なる霊力とは違うということだろう。
「先に言っておきますが、私の部下は優秀ですから、彼らが無闇に力を使って人間の魂に影響を与えたということはありませんよ。他の要因です。そして霊力との違いですが、どうにも普通の霊力に比べると一能に特化したものになっているようなんですよ」
沙菜の説明によれば、霊力は人間のそれであっても、流身に近い活用もでき、様々な武器を持っていれば、それぞれに対応した能力を引き出すこともできるという。
一方、その特殊能力の持ち主は、炎なら炎、氷なら氷に関する能力しか使うことができないらしい。
「彼らはそれを『超能力』と呼んでいるようで、誰が測定したのかはこれから調べますが、その能力のレベルはワンからテンまで存在し、レベル・テンの能力強度は断劾に匹敵するともいわれています」
(断劾に……)
断劾は、優月が赤烏と戦って以来ずっと切り札として使ってきた技だ。
一つの能力に特化されているとはいえ、断劾レベルの力を普通の人間だった者たちが使うようになっているとしたら、確かにただごとではない。
「それで人間界は混乱した状態になっているんですか……?」
優月はまず故郷の治安の心配をした。
「大混乱というほどではないようですが、能力を悪用した殺人が起こったり、超能力者が一般人から排除されたりしているようですね」
能力を悪用というのは予想通り。超能力者の方が排除されるというのは少々意外だった。
もっとも、霊力に目覚めた優月たちも、自分たちの能力を公にしてもメリットは薄いと考えていたので、その時の危惧が、彼らの場合、現実となってしまったのかもしれない。
「まあ、超能力者は超能力者同士集まってそれなりにやっているようですが、問題はここからです」
珍しく神妙な面持ちになった沙菜は本題を切り出す。
「超能力者の中には、能力を活用して喰人種退治をしている人がいるようなんですが、どうにも普通の羅刹と喰人種の区別がついていないようなんですよ」
「なるほど……。人間の超能力者と羅刹全体が対立する形になってしまっている訳ですか」
沙菜からの情報を受けて、惟月は問題の本質を把握した。
人間界で活動している羅刹たちのうち、断劾を習得しているような達人は一部だけだ。
強力な超能力で攻撃されれば命を落とすことになってもおかしくない。
人間と羅刹、双方にとって重大な問題のようだ。
「それで、沙菜君。その超能力を消し去ることはできそうなのかい?」
久遠の問いに沙菜はかぶりを振る。
「もはや不可能ですね。私の霊子吸収で一人一人対処するには数が増えすぎています」
自分たちだけで対処しようとした部下たちの努力は評価するが、報告が遅すぎると沙菜は肩をすくめた。
「沙菜ちゃん沙菜ちゃん。お話がむつかしくてよくわかんないんだけど、どうしたらいいの~?」
蚊帳の外になりかけていた穂高が口を開く。
具体的に何をすればいいのか分からないのは優月たちも同様だった。
「端的に言いましょう。私たちでレベル・テンの能力者全員を屈服させます。喰人種と普通の羅刹の違いを把握させて、能力の行使についても私たちの指導に従わせる訳です」
「屈服……。戦わなきゃいけないのか?」
龍次には直接戦闘に参加できるような力はない。優月や涼太ばかり戦わせることになるのは避けたいのだろう。
「超能力者たちが羅刹を喰人種と混同して敵視している以上、私たちの言葉を信用させるには、何かしら手を打つ必要があります。かつて優月さんと涼太さんに言ったことですが、殺せるだけの力を持っていながら殺さないことは、こちらに敵意がないことの証明になります。というか超能力者のトップが全滅したら言うことを聞かざるをえない訳ですが」
ただ単に羅刹と喰人種の違いを教えようとしても、罠ではないかと警戒して彼らは言うことを聞かないだろう。それは現に沙菜の部下が攻撃されていることからも明らかだ。
しかし、レベル・テンの超能力者が全員倒された後に、同じことを伝えられたら信用せざるをえない。抵抗は無意味なのだから。
「それで? 誰が超能力者と戦うんだ?」
涼太が本題ともいうべき事柄を尋ねる。
「ちょうど能力者が集まっているのは、優月さんたちの住んでいたのと近い地域のようですし、久し振りに帰郷するのがいいでしょう。それから私も同行します。それから――」
沙菜は、言葉の途中に惟月と久遠へと視線を向けた。
「惟月様と久遠様は、さすがに忙しくてそれどころじゃないですかね?」
「はい。戦後の処理はまだ終わっていませんから。戦いを始めた張本人としてやらなければならないことが残っています」
「私も騎士団の再建のため、今、羅仙界を離れることはできないな」
惟月と久遠の答えは沙菜の予想通りだった。
次に沙菜は雷斗に目を向ける。
「雷斗様はどうされます? 超能力者というのもリハビリ相手にはなるかと思いますが」
雷斗の霊力はいまだ完全には回復していない。
戦いを通して霊源の力を徐々に回復させていくことも選択肢の一つだが。
「特殊な能力に目覚めたといっても羅刹化を果たした者はいないのだろう。私が戦うほどの相手はいまい」
「それも道理ですね」
雷斗の答えも想定していたらしく、沙菜はすぐ納得していた。
戦いならば、羅仙界でも喰人種相手に嫌というほど経験できる。あえて雷斗が人間界に赴く必要もないだろう。
あとは――。
「沙菜ちゃん。わたしも優月ちゃんたちの世界に行ってみたい」
穂高が沙菜にねだるように言う。
はっきりいって穂高では高レベルの超能力者との戦闘においては役に立たないと思われる。
「いいですよ。人間界は娯楽の宝庫ですからね。一緒に楽しみましょう」
沙菜の性格を考えると足手まといは切り捨てるかと思いきや、そうでもなかった。
沙菜は、美人や美少女が嫌いだという割には、それなりに愛らしい容姿をしている穂高に対して優しい。どのような心情なのだろうか。
「トリやんとシノやん辺りにも声をかけましょうか」
人間界に向かう人選が決まったところで、沙菜は優月の目を見て告げてきた。
「なるべく余裕を持って、格の違いを見せつけて勝つんですよ」
この戦いは人間の能力者たちに抵抗の無意味さを思い知らせるためのものだ。中途半端な勝ち方では効果が薄い。
優月がいかに人間の域を離れて羅刹として成長しているかが試される。
「な、なんとか、がんばります」
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