第102話「決闘」

「天堂優月! あなたと決着をつけにきたんですわ!」

 初任務に当たっている最中の優月の前に現れた第二霊隊副隊長・藤森明日菜。

 彼女の上官の命を奪った優月は、彼女の憎しみを受け止めるべく正面から向かい合った。

「藤森副隊長……。何をするつもりですか?」

 明日菜の部下であり、学生時代の先輩である和泉は、彼女の具体的な目的を尋ねる。

 明日菜は腰から小太刀を抜いて構えた。

「この場で決闘を申し込みます」

 そして優月に向かって宣言する。

「天堂優月。あなたが継一様に勝利などしていないことを証明してあげますわ」

 明日菜は堂々と宣言したのだが、一部微妙な反応を示す者も。

「誰のことだ……?」

「ケイ……、イチ……。格闘技の人……?」

 涼太と龍次が珍しくボケている。

 その反応を見て明日菜が怒りを露わにする。

「百済隊長のことですわ!」

 この羅仙界において霊極のことは、下の名前に様をつけて呼ぶことが多いが、霊極となった時には既に騎士団の隊長というイメージが定着していた百済の場合は苗字に隊長をつけて呼ばれることが多かった。

 そのため、龍次と涼太がフルネームを知らないのは無理もないことなのだが、明日菜の逆鱗げきりんには触れてしまったようだ。

「わ、わたしは覚えてますよ……?」

 気休めぐらいにはなるかと言ってみたが、あまり効果はないようだった。

 ちなみに優月が覚えているというのは本当のことだ。優月は自分が殺した相手の名前は決して忘れないように携帯のアドレス帳に登録しているのだ。

 気持ち悪いと言われるかもしれないが、そこは譲れない一線だった。

「副官にすぎないわたくしにあなたが敗れれば、継一様があなたをはるかに凌ぐ存在だったことが証明されますわ。どこからでもかかってきなさい」

 優月と戦った時の百済は、沙菜の不意打ちによって受けた傷が回復していなかった。

 それどころか、霊子吸収の効果で力を奪われ続けている状態だった。

 元より優月は、実力で百済に勝ったなどとは考えていない。

 百済が霊極で、沙菜が準霊極であることを考えると、正面から戦ったら沙菜でも勝てなかっただろう。

 それでも、百済が格上であることを明確に示したいという気持ちは理解できた。

「分かりました。お相手します」

 優月にしては珍しくはっきりと答えて明日菜に刀を向けた。

「優月さん! 何も戦わなくても……」

 龍次は、優月が余計な戦いをすることは止めたいようだ。彼はいつも優月の身を案じている。

 自分では戦えない龍次にとって、恋人の優月が一人だけ戦いで傷つくことは耐えがたいのだろう。

 その気持ちはとてもありがたい。

 だが、ここで逃げれば今まで自分が斬ってきた者たちに顔向けできない。

「日向先輩。ここは二人の気が済むようにやらせてやりましょう」

 涼太は、ある意味で龍次より優月の性質を理解している。

 付き合いが長いのだから当然ともいえるが、涼太の言葉が龍次を納得させてくれることは優月にとってありがたかった。

「仕方ないか……。でも、殺し合いは駄目だ。優月さんを殺さないって約束しろ。そうでなかったら、俺は優月さんを連れて逃げる」

 龍次は、明日菜に向かって毅然とした態度で告げる。

 龍次と明日菜では、持っている霊力の差は歴然。それでも、龍次は気後れしていない。

「いいでしょう。そもそも殺す価値もありませんわ」

 殺し合いでないというのは助かる。優月としても、これ以上殺人を重ねたくはない。

 二人の覚悟を認めた周囲の者は距離を取って戦える空間を作る。

 沙菜に関してはどう思っているのか分からない部分があるが、他の者にならってはいた。

「さあ、来なさい、天堂優月」

 促されて優月は先に斬りかかる。

 といっても、本当に斬って出血させることは気が引けるので、刀身から冷気を放って明日菜の魂装霊俱を凍らせようとした。

 優月の放った冷気が触れる直前で明日菜の姿が消える。

 正確には視界に入らないほど接近されていた。

「――っ!」

 強烈な蹴りを腹に叩き込まれて優月は後方に飛ばされる。

 受け身をとることもできず尻もちををつくことになってしまった。

「ふざけているでしょう。本気を出しなさい。心配しなくてもあなたの腕でわたくしを殺すことなどできませんわ」

 手加減をしていたことを見抜かれていた。

 本人の言う通り、自分の力で明日菜を殺すことはできそうにない。

 ならば安心して刀を振るうことができる。

 今度は霊刀・雪華の刀身から氷を生み出し、それを刃として撃ち放った。

 またしても明日菜の姿が消える。

 肩に拳を受けて体勢を崩されたかと思うと、さらに足払いも受けて地面に叩きつけられた。

 倒れている優月を明日菜は容赦なく蹴り飛ばす。

 小太刀を抜いてはいるが、今のところ明日菜は体術を使っていた。

 これは――。

「どうかしら? 学生時代に蒼穹に叩き込まれたわたくしの流身体術は。あなたごときでは目で追うことすらできないでしょう?」

 体内の霊子を操って肉体を強制的に動かす羅刹特有の移動術・流身。

 優月も使えるようにはなったが、やはり本物の羅刹は違う。

 意外だったのは、副隊長の明日菜が使う流身体術が第七位の蒼穹に教わったものだったということだ。つい先日まで部外者だった優月は、階級が上の者ほど純粋に強いのだと思っていたが。

「――あなた、断劾を使えるでしょう? さっさと切り札を出しなさい。それすらわたくしには通用しないということを教えて差し上げますわ」

 挑発に乗ったという訳ではないが、全力を出さなければ彼女を納得させることはできないと悟り、優月は刀身に莫大な霊力を集め始めた。

 断劾を撃つには、それ相応の集中力と霊気が副霊源を通過する時間が必要となる。

 以前蒼穹と戦った時は、体術による連撃でことごとく技の発動を潰されて窮地に陥ったものだ。

 対して、今の明日菜は力の差を教えるために技の発動を待っている。

 仮に彼女を倒すことができたとして、それで引き下がってくれるのかどうかは分からないが、バレないように手を抜くなどという器用な真似はできない優月は、全力で断劾を放つことにした。

「断劾『氷河昇龍破ひょうがしょうりゅうは』」

 最大級の跳躍攻撃を繰り出していた蒼穹を吹き飛ばした断劾。これの直撃を受ければ明日菜も無事では済まないだろう。

 冷気と氷の渦が明日菜に向かって高速で伸びていく。

 ――捉えた。

 氷の破片が明日菜の身体に触れたと思うと、そのまま渦の全体が彼女を飲み込んでいった。

「優月! 何してる!」

「え――?」

 涼太の声が耳に届いた時には、優月の身体は空高く蹴り上げられていた。

 優月の断劾で斬り裂かれたはずの明日菜の姿は、地面が盛り上がってできた土の塊に変わっている。

「番外霊法・空蝉うつせみ

 明日菜が名を口にした術は、本来であれば変わり身の術と呼ばれるものだ。

 霊法の名称としては意味が微妙に変化しており、衣服に限らず何かしらの物質を術者と誤認させて隙を突くというものになっている。

 優月が攻撃したのはただの土塊つちくれで、明日菜のスピードには全く追いついていなかったのだ。

 優月が空中で流身を使い体勢を立て直そうとする一方で、明日菜は地面に小太刀を突き立てていた。

 すると、辺り一帯の地面が総崩れになりその土砂が上空へと昇っていく。

「断劾『地竜崩臨殻ちりゅうほうりんかく』」

 大地を構成していた物質が、明日菜の武器と化し優月の身体を覆い隠すように球状となる。

 逃げ場を失った優月は、土と石の刃に飲み込まれ、そこで意識を失った。


 数分後。明日菜の断劾で傷を負った優月が目を覚ます。

 蒼穹と和泉の姿は既になく、龍次・涼太・沙菜・瑞穂がそばに寄り添い、明日菜は少し離れた位置で木に背中を預けている。

「わたし……負けたんですね……」

 手心を加えた訳ではない。

 これで明日菜の言った通り百済が優月より上だと証明されたのだから、彼女の気も済んだだろうが、優月の心の内は複雑だった。

 明日菜は、少し前まで敵だった相手だ。

 今も自分たちの命を狙っていたとしたら、仲間共々殺されていたのだ。

「気に病むことはありませんよ。優月さん、あなたは守るべきものがなければ本領を発揮できないタイプでしょう?」

 沙菜は意外と優月をよく見ている。

 本当に仲間の命がかかっていたらもう少し戦えたかもしれない。

「守るべきものがあろうとなかろうと、わたくしの勝ちは間違いありませんわ。せいぜい敗北感を抱いていなさい」

 明日菜は優月に背を向ける。

 沙菜は、そんな明日菜を一瞥して彼女についての説明を加える。

「そこのふつつか者は私と同じ準霊極ですからね。今は勝てなくても仕方ありません。まあ、心配しなくても優月さんならすぐに超えられる壁ですよ」

「誰がふつつか者ですか!」

 沙菜の軽口に対して憤りを見せる明日菜。

「そういうイメージじゃないですか」

 沙菜が使った表現が、わりと合っているせいもあって、瑞穂は微妙な顔をしている。

 間の抜けたやり取りをしているが、沙菜や明日菜といった準霊極の力は計り知れない。

 明日菜の断劾と優月の断劾が正面からぶつかり合っていたとしても、やはり優月が押し負けていただろう。

 この戦いは明日菜が過去と決別する意味もあったが、優月にとってもまだまだ力をつけなければならないと決意を新たにするきっかけとなった。

 用を済ませた明日菜は、いずこかへと飛び立っていく。

 思わぬ闖入者が入ったが、優月の騎士団員としての初任務は一応無事終了した。

 これから新たな戦いの日々が始まる。

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