第101話「横取り」

 喰人種化とは、魂と霊力の主従関係の逆転である。

 本来は、魂が霊力を律してそれを行使するのがあるべき姿なのだが、喰人種化が発症すると霊力の方が魂を支配しようとしてくる。

 霊力による侵食を食い止めるために喰人種は他の魂を喰らって魂魄の総量を増やすのだ。

 そうしなければ、完全に霊力の支配下に置かれた羅刹は力の塊にすぎない化物となる。

 そして、喰人種への変異を一時的に止める手段はあっても、根本的に治療する手段は存在しない。

 だからこそ、騎士団員や討伐士とうばつしは喰人種を殺していく。

 今、優月たちが行っているのもそうした活動の一環だ。

 ちなみに討伐士というのは、喰人種を倒して懸賞金を得る職業で戦前は征伐士せいばつしと呼ばれていた。

 名称が改められた理由は、『征伐』という言葉には倒される者が罪人であるという意味が込められているためである。喰人種化は病であり、魂を喰らう者も『悪』ではないというのが、惟月の、そして仲間たちの総意だった。

 喰人種と化した者にとって唯一救いとなるのが、断劾による魂の浄化だ。

 それを受けなければ、いずれは魂が地獄に落ちることになる。

 人型であれ獣型であれ、地獄の責苦に苛まれることは見過ごせない。

 優月たちは、喰人種を討伐するために森の中を探索していた。

「それなりの数を倒しましたね。人間の龍次さんと涼太さんを別にしたら、瑞穂さんが一番活躍してないんじゃないですか?」

「ぐっ……、うるさいわね! アタシだって一人で来てたらここら辺の喰人種なんて全部自分で倒してるわよ!」

 沙菜からの痛い指摘に対して、瑞穂は微妙な言い訳をする。

 現れた喰人種への反応が一番遅いのは事実なのだが。

「そうこう言っているうちに次が出ましたよ」

 沙菜の言葉通り、新たな喰人種が目の前に出現。今度のは不意打ちを仕掛けてこなかった代わり少し図体が大きく、発している霊気も強めだ。

 ある程度捕食を重ねた個体なのだろう。

「そこまで言うなら、こいつはアタシが倒してやるわ!」

「いえ……、今回はわたしの研修に付き合っていただいている訳ですし、戦いはわたしが……」

 差し出がましいようだが、今の優月は戦って傷つくのは自分であるべきだという信条らしきものを持っている。

 時間に多少の制限があるとはいえ、そろそろいい頃合いだろうと考え、優月は羅刹化する。

 羅刹化によって、優月が着ていた質素なシャツとズボンは、美しい月白の着物に変化した。

 美しいのは着物であって自分ではないが。

「それがあんたの羅刹化……。確かに本物の羅刹と比べても遜色そんしょくないわね」

 感心する瑞穂を尻目に、優月は喰人種へと刀を向けるが、上空から件の喰人種目がけて一本の槍が降ってきてその身体を打ち砕いた。

「久しぶりね、天堂優月! 相変わらず気を抜きすぎなんじゃない!?」

 上空から現れ、地面に降り立った女には見覚えがある。

 中華風の戦袍をまとったこの女の名は――。

「二番隊の十勝蒼穹じゃないですか。相変わらず変な名前ですね」

 優月が呼ぶより早く、沙菜が余計な口をはさんできた。

「誰が変な名前よ! 私の親に謝りなさい! っていうか、まだ名乗ってもないのに相変わらずって何よ!?」

 まくし立てる蒼穹に、すまし顔の沙菜。

 二人に面識があることは別に疑問ではないが、彼女は何をしにきたのか。

「優月さんの獲物を横取りですか。よほど恨みがあるようですね」

「当たり前でしょう。あれだけコケにされて黙っているとでも思ったの!?」

 優月たちが羅仙界に侵入したことが騎士団に知られて、最初に送り込まれてきたのが蒼穹だった。

 優月は、惟月が霊子を提供し龍次が開発して霊刀・雪華に移植した断劾を以って彼女を撃退した。その時のことを根に持っているのだろう。

 もっとも優月としては、恨まれるのは当然のことと思っている。

 掟を破ったのは自分たちの方だ。

 ごちゃごちゃと揉めていると、周りから喰人種が集まってきた。

「聞いての通りよ。あなたに出番はないわ!」

 そう言って蒼穹は、喰人種たちを次々に倒していく。

 優月も苦しめられた流身体術を織り交ぜながら巧みな槍術を繰り出す蒼穹。

 見ていると、本当に彼女を自分が倒せたのかどうか自信がなくなってきた。

「ちょっと、優月! ぼーっと見てていいの!? あんたの仕事が取られてんのよ!」

 今回の任務では瑞穂と沙菜の援助は受けることになっているが、その他の者が喰人種を倒してしまったら任務を果たしたことにならない。

「あ……」

 慌てて霊刀・雪華から氷の刃を生み出し、残っている喰人種に向かって放とうとするが、その時後ろからさらに声をかけてくる者があった。

「やあ、みんな集まっているみたいだね」

 振り返ってみると、声の主は騎士団再編会議で見かけた男性騎士だった。

 確か第二霊隊の第三位で、鏑木和泉という名前だったはず。

「きゃっ、鏑木先輩! 来ていたんですか!」

 蒼穹が、先ほどまでとは打って変わって高い声を出す。

 優月や沙菜に話しかけるときとは、ずいぶんな違いだ。

「巡回中だったんだが、知っている霊気がいくつもあったから。新たに配属された優月君とその連れはともかく、蒼穹も一緒とはどうしたんだい?」

「天堂さんが初任務だというのでお手伝いにきていたんです」

 白々しいウソをつく蒼穹を、元々この場にいた優月以外の者は白い目で見ている。

 声の変化といい、獲物の横取りを隠そうとしていることといい、蒼穹は和泉に気があるのではないか。

「霊法二十五式・光縄縛こうじょうばく

 蒼穹が発動した術で光の縄が現れ、喰人種たちの身体を拘束する。

 今までの戦いで蒼穹が霊法を使っているところなど見たことがない。

 知的な淑女を装っているつもりだろうか。

「さあ、今よ、天堂さん」

 あくまで和泉が見ている前では優月の協力者を演じるつもりらしい。

 それならそれでありがたいと、身動きの取れない喰人種を斬ろうとする優月だったが、今度は地面が隆起して喰人種の身体を貫いた。

 何事かと混乱していると、三人目の客人が姿を現す。

「蒼穹に鏑木さんまで、何をやっているんですの?」

 今まで優月が関わった人間の中にお嬢様言葉を使う者は一人だけだ。

 第二霊隊副隊長・藤森明日菜。

 会議の時点では行方不明とのことだったが、意外と元気そうに見える。

「明日菜! あんたこそ何しにきたのよ?」

 蒼穹からの問いを受けて、明日菜は蒼穹にではなく優月にその答えをぶつけた。

「天堂優月! あなたと決着をつけにきたんですわ!」

 よく絡まれる日だ。とも思ったが、優月は胸を締めつけられるような感覚に襲われた。

 明日菜の上官である第二霊隊隊長・百済継一は彼女の目の前で死んだ。優月が殺したのだ。

 そのことに激昂した明日菜は、惟月を人質に取って優月に仲間の人間を殺せと命令し、挙句惟月の断劾に吹き飛ばされて重傷を負ったのだった。

 騎士団で最も優月に強い憎しみを抱いているのは彼女だろう。

 前に見た時は腰まであった長い髪を切っているのは、隊長の死から立ち直ったということかもしれないが、それでも優月を許したとは思えない。

 優月は、逃げていい相手ではないと覚悟を決め、明日菜と向かい合った。

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