第103話「喰人種完全変異体Ⅰ」

 優月が所属することになった第五霊隊は市民に寄り添った活動をしており、街の何でも屋的な存在でもある。

 落とし物探しや人探し、荷物の運搬など、優月でも気軽に取り組めるものがあったのはありがたかった。

 優月が騎士団での任務に慣れていく一方で、騎士団では他の隊の人事にも変化が見られた。

 沙菜の手によって甚大な被害を受けた第四霊隊では、それまで副隊長だった相模が隊長に昇格していたが、空白となっていた副隊長の座に就いた者がいる。

 霊子機器の開発メーカー・SSC社の社長、剣崎けんざき風雅ふうがだ。

 なんでも八条瑠璃が勧誘に当たったとかなんとか。

 彼女で大丈夫か、という気もするが、勧誘には成功したらしい。

 剣崎風雅――彼は、若くして起業し、その非凡な商才と霊力で如月グループには属さない大企業を作り上げた。

 商才だけでなく霊力も優れているということで騎士団の副隊長に抜擢された訳だが、当然社長業との兼業となる。

 戦前の騎士団は、兼業を嫌う傾向があり、鳳昇太のような例外はあったが、基本的には騎士は王家に全霊を捧げるべきとされていた。

 また、かつては年功序列や家柄によって隊長・副隊長が選ばれていて、第三霊隊の遊仙は前者、第四霊隊の斎条が後者であった。

 戦後の改革によって、そうした騎士団の在り方が変わり、現在は実力主義になっている。

 だからこそ、会社の運営の片手間になるとしても、他の追随を許さない才能を持つ風雅に副隊長を任せることになったのだ。

 しきたりや血筋で世界は守れない。それは、人間との混血であった雷斗や、人間として生まれた優月の戦いで証明された。

 人羅戦争を経て、騎士団だけでなく羅仙界全体の意識が変わってきているのだった。


 第五霊隊で騎士としての経験をある程度積んだ優月に一つの大きな指令が下された。

 内容は喰人種完全変異体の討伐。

 完全変異体は、喰人種化を発症した羅刹が結局変異を止めることができず、魂を力に喰われた存在だ。

 それは、善も悪もなく、ただ純粋な力の塊であり、さらなる力を求めて彷徨っている。

 ひたすらに力を求めているという点では、如月沙菜の異父兄・如月白夜びゃくやと似ているようにも思えるが、彼は理性に基づいて武を極めることを人生の目標としている。

 いずれにせよ白夜ほどの強さではないが、優月にとっては初めて戦う相手だ。

 今回は危険度が高いということで龍次と涼太は同行していない。

 瑞穂と二人で共闘することになる。

風花ふうかさんが命を捨てないと倒せなかった喰人種完全変異体……。わたしなんかが倒せるのかな……?)

 平原を進む最中、優月の脳内ではネガティブな思考が渦巻いていた。

 当時は霊力が目覚めてもいなかったが、生まれて初めて強烈な死の予感を覚えたのが、喰人種完全変異体に襲われた時だ。

 自分たちはなすすべもなく倒れ、惟月の母・蓮乗院風花ですらすべての生命力を戦闘能力に変える『終極戰戻しゅうきょくせんれい』を発動してようやく倒せたのだった。

「なんか考え込んでるみたいだけど、考えたって敵が弱くなる訳じゃないんだから、今は考えるだけ無駄よ」

「瑞穂さん」

 瑞穂が優月の不安を察して声をかけてくる。

「あんた革命軍の筆頭戦士なんでしょ? もっと堂々としてなさい」

「それは沙菜さんが適当に作った肩書きで……」

 沙菜は優月を過大評価している節がある。

 『戦士』かどうかも疑わしいのに、『筆頭』などとは誇大広告にもほどがある。

 優月としては、革命軍でも騎士団でも、あくまで下っ端という認識だ。

 実際騎士団では、上位階級には就かず平隊員という扱いになっている。

「でも百済隊長や朱姫様を倒したじゃない。まあ、あの時アタシは朱姫様を守らないといけない立場だった訳だけど……」

「その節はすみませんでした……」

「それはもういいのよ。世界を作り変えるための戦いだったんだし、人間だって理由だけであんたたちを殺そうとしたアタシたち騎士団にも責任はあるんだし」

「百済隊長は、沙菜さんの断劾でものすごく弱っていたのに、そんな人に剣を向けて……」

「あー、もう! だからいいってば!」

 うだうだ言っているうちに二足歩行する黒い影が見えてきた。

 全身が黒いのは喰人種化が進行した証拠だ。

 喰人種化は発症した時点で身体に黒い斑点なり紋様なりが浮かび出てくる。

 そして変異が完全なものとなったとき、黒に覆い尽くされるのだ。

 近づくと敵の姿がより鮮明に見えてきた。

 両の拳が肥大化しており、背中からは触手のようなものが無数に生え、人間の二倍以上の図体をしている。

 触手の先端は、魂を喰らう性質故か、口のようなものが開いていて、そこから牙が覗いていた。

 魂を喰らう目的は、通常の喰人種と完全変異体では明確に違う。完全変異体には、もはや止めるべきものはなく、霊力を増大させるために他者を喰らうのだ。

 姿から察するに元は人型の羅刹だったのだろうが、こうなってしまっては殺す以外の選択肢はない。

 喰人種がこちらに気付いた。優月たちも臨戦態勢に入る。

「霊魂回帰!」

 喰人種の正面に立った瑞穂の手甲から魂が抜け出て本体と融合する。瑞穂の身体から強烈な霊気が噴き出す。

 一方、優月は喰人種の上に跳んだ。

「戰戻『氷雪纏衣ひょうせつてんい』」

 単なる羅刹化の過程をすっ飛ばして、一気に霊魂回帰状態になった優月。服装は月白の着物になり、固形化した霊気が雪のような白さの羽衣となった。

 霊刀・雪華の刃から水と冷気を放ち喰人種を氷で包み込む。

 動きを止められた喰人種を瑞穂が殴り飛ばす。

 好調な滑り出しだが、優月は一つの疑問を浮かべた。

「あれ……? 瑞穂さんって戰戻は使えないんですか……?」

 霊魂回帰した瑞穂は、気体状の霊気をまとっているが、物質化した武具は身につけていない。

 雷斗の場合、衛星であったり、惟月の場合、城であったりと、身につけるものとは限らないが、戰戻を発動したときには、何かしらの物質が出現する例がほとんどだ。

 瑞穂の霊魂回帰は、戰戻と呼ばれる域には達していないと見るべきだろう。

「そんな誰も彼も使えるもんじゃないわよ! 藤森副隊長や如月が特別なだけよ! むしろあんたはなんで使えるのよ!?」

「なんでと言われましても……」

 優月の戰戻は、百済との戦いの中で必死にあがいて習得したもの。沙菜のように当たり前に使えている訳ではない。

 といっても、現に戰戻を使えている優月と使えない瑞穂では、優月の方が強いのではないか。

 優月の思考回路では、平隊員の自分が副隊長の瑞穂より上だとは考えられないのだが、現実は優月の思考通りではない。

 優月たちが気の抜けるようなやり取りをしている間に喰人種は体勢を立て直し、向かってくる。

 ここから優月としては初めての喰人種完全変異体との戦いが始まるのだった。

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