第97話「追憶:昇太の過去Ⅰ」

 沙菜が語った鳳昇太の過去。


 五年前。霊子学研究所第四研究室設立時。

 如月家・研究室前にて。

「ふむ。これが第四のメンバーですか。男性陣はなかなか粒揃いですね。女はまあ普通か」

 第四研究室に所属することになる面々を眺めて勝手な感想を述べる沙菜。

「普通って何よ!」

 ぞんざいな扱いをされた女性研究員が声を上げる。

「鏡を見れば分かるでしょう? 気に病むことはありませんよ。私は美人の方が嫌いですから冷遇はしません」

「っていうか、なんで殺人犯が室長なのよ! おかしくない!?」

 沙菜は、以前通っていた学園でクラスメイト五人を虐殺した。そのために騎士団から追われる身となっていたのだが、惟月の提案でA級以上の喰人種を複数討伐する功績と引き換えに恩赦を受けることとなったのだ。

 そのノルマは半年足らずで達成した。後は、罰金だけ支払って自由の身となった。

 そして惟月との約束通り第四研究室の室長を務めることになっている。

「お気持ちは分かりますが、惟月様が選ばれたということは信頼に足る方なのでしょう。それに罪は既に償ったと聞きます」

 研究員の中の一人である線の細い美少年がフォローを入れた。

「あなたは確か、鳳昇太さんといいましたか。話が分かる人がいてくれて助かります。どうです私の補佐役として副室長をやりませんか?」

「考えさせていただきます」

 沙菜と昇太のやり取りを見て、他の研究員が嘆息する。

「あんた完全に顔で選んでるでしょ」



 本格的に活動を開始する第四研究室だったが、特殊な境遇の者の寄せ集めである上、室長が元殺人犯ということもあり問題が多発した。


「おい、お前、何寝てんだよ!」

「んー……。ああ? うるせーよ」

 就業時間中だというのにデスクに突っ伏して寝ている研究員に別の研究員が文句を言う。

 そうして言い争う二人の仲裁に入る者がいた。

「まあまあ。誰しも体調が優れない時はあるでしょう。彼も指示されていたデータの提出は終えているようですし大目にみてあげてください」

 沙菜から副室長の座を与えられた鳳昇太だ。

 元々は、如月家の執事で沙菜と付き合いの長い相賀和都が副室長になる予定だったのだが、研究室のメンバーの中で一番の美形ということで沙菜が勝手に昇太の方を任命した。

 彼はいつもこの研究室の潤滑油じゅんかつゆとなるように行動していた。

 沙菜がネットスラング混じりで書いた文書が読めないという者がいれば代わりに解読し、勤務中に関係のない動画を見ている者がいれば並行して作業ができるようモニターを複数用意した。

 沙菜がリーダーをしている研究室の人員とは思えないほど優等生らしく振る舞う昇太。いつしか彼は沙菜以上に人望を集めるようになっていた。

 一方の沙菜は研究者になってからも――むしろ研究者になってからの方が――気ままに行動する。

 彼女はかねてより興味を持っていた盗撮を実行しようと研究室内に隠しカメラを仕掛けた。



 後日、隠しカメラで撮影した映像を確認していた沙菜は意外なものを目にする。

(ほう、これは……)

 就業時間を終えたあとの研究室。他の者は全員帰っているというのに、昇太は一人残って作業を続けていた。これ自体はさして驚くことではない。

 気になったのは昇太の様子だ。

 死んだような目で、何かに追い立てられるようにモニターに向かっている。

 そこには、普段皆の助けとなっている優等生然とした彼の姿はなかった。

 研究に対する病的なまでの執着。そうしたものが感じられる。しかし――。

(霊子学の研究が楽しくて仕方ない……という風ではないな。かといってノルマが達成できていないという訳でもない。これは何かあるな――)

 元より美男子が好きで昇太を気に入っていた沙菜だが、この時彼に対する興味がより一層強くなった。



 昇太を如月邸の一室に呼び出した沙菜。

「どうされましたか、室長。わざわざ邸内に呼び出すなんて」

 昇太は、いつも通り品行方正といった雰囲気をまとって現れた。

「見させてもらいましたよ。ずいぶんと研究熱心なようで結構ですね」

「――!」

 察しの良い昇太は、何のことを言っているのかすぐ理解したようだ。

「何か悩みでもあるんじゃないですか? 私で良ければ相談に乗りますよ?」

 殊勝なことを言っているようだが、沙菜の顔は笑っている。

「どういう風の吹き回しですか? 僕の悩みなんて聞いたところで室長に得があるとは思えませんが」

「私はこれでも部下思いなんですよ。私の邪魔をする者には容赦しませんが、逆に支援するというなら全力で守ってやりますよ」

 『守ってやる』という傲慢な物言いではあるが、沙菜の目には優しさらしきものが表れていた。忘れられがちだが、虐殺を行う前も後も彼女は浄化の力である断劾を使うことができるのだ。

 この時の沙菜は弱冠十四歳の少女に過ぎないが、それでも人の上に立つ者としての責任感は備えている。

「そこまでおっしゃるならお話ししますが……。僕は人間関係が苦手なんです」

 意外な言葉に、沙菜は目を丸くした。

「ほう、妙なことを言いますね。昇太さんは普通に、いや、普通以上に人付き合いを上手くやっているように思いますが。むしろ私より信頼されてるじゃないですか」

「そんなのは表向きだけです。僕は誰のことも好きになれない。好きになっちゃいけないんです」

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