第95話「追憶:若菜の告白」
霊京一番街にある病院の一室。
霊神騎士団第一霊隊第四位・東雲若菜は、そこのベッドに寝ていた。
若菜は人羅戦争のさなか、同隊第五位・鳳昇太の裏切りに遭い、その刃に倒れた。
その時の傷自体は、治癒術によってとっくに治っている。だが、問題はそこではない。
昇太は、若菜の部下であり後輩であるだけでなく、恋人でもあった。それも騎士団内で名物扱いされるほど仲の良いカップルだった。
若菜は、昇太のことを心から愛していた。にも関わらず彼の裏切りに遭ったことは、若菜の精神に消えない傷を残した。
(昇太君……)
心を病んでしまった若菜は、以前の昇太と過ごした楽しかった日々を思い返している。
数年前。霊神騎士団新入隊員の研修会。
「君、入団試験でトップだったっていう鳳昇太君だよね」
第一霊隊の隊員として新入隊員の指導を行うことになっていた若菜は、事前に書類で目にしたことのあった少年を見つけて声をかけた。
「あ、はい」
書類の写真でも美少年だということは分かっていたが、実物を見るとますます魅力的に見える。
「あたし、第四位の東雲若菜。新入隊員には誰かしら指導役がつくことになってるんだけど、あたしはどうかな? これでも騎士団に入ってから長いし、色々教えてあげられると思うんだけど」
「第四位……。僕なんかにそんな上位階級の方がついてくださるんですか?」
昇太はきょとんとした顔で小首を傾げる。
「だって今回の新人の中で一番優秀なのが鳳君でしょ? もちろん君が良かったらだけど」
優秀な新人に上位階級の騎士がつくというのは、単なる口実だ。若菜としては、この能力と美しさを兼ね備えた少年に一目で心を射抜かれていた。
「そういうことでしたら、ぜひお願いします」
素直に首肯する昇太。
こうして若菜と昇太は、指導役の先輩と新人の後輩という関係になった。
この時ほど、騎士団内で昇進してこられたことをありがたく思ったことはない。
これが二人の最初の出会いだった。
それからというもの、二人はどこへ行くのも一緒だった。
王室の警護・喰人種討伐・街の見回り、任務を通して交流を深め、昇太から尊敬の眼差しを受けるようになっていった。少なくとも、その時点ではそう感じていた。
高い霊力を持ち、知性も優れていた昇太は騎士団においてどんどん昇進していき、あっという間に若菜に次ぐ第一霊隊第五位という地位に就くことになる。
知性が優れているという点は、初めて会った時の自己紹介で、霊子学研究所の研究員もしていると聞いていたので納得だった。
しかし、霊力に関して入団の時点で騎士団の副隊長を凌ぐレベルに達していたなどとは聞かされていない。
昇太の隠し事など全く知らない若菜は、頼れる先輩を目指して彼を引っ張っていく。
そうしていく中で、若菜の昇太に対する想いは日に日に強くなっていった。
その気持ちを伝えるべきかどうか悩んだ時、騎士団の部下たちとの飲み会で、その悩みを友人たちに打ち明けた。
「うちの隊に鳳昇太君いるでしょ?」
「そりゃ知ってるわよ。あんたいつも自慢してるじゃん」
彼女たちから見て、若菜は騎士団においては上官だが、プライベートにおいては対等の関係の友達である。
「実はさ、あたし昇太君のこと好きなんだよねー」
「それも知ってるって。鳳君のこと話す時の若菜、気持ち悪いぐらいニヤニヤしてるもん」
「だけどさー、昇太君ってモテるし、あたしなんか相手にされないよね」
若菜は、騎士団に入ってからというもの、任務と同性の友達との遊びの繰り返しで、色恋沙汰とは無縁だった。
一方、昇太の方は、恋愛経験については詳しく知らないが、彼に好意を寄せている女性隊員は何人も見てきた。この場にいる友人たちも、昇太から告白されれば間違いなく付き合うだろう。
若菜の自虐的な発言に対し友人はというと。
「そりゃあね。若菜と鳳君じゃ全然釣り合ってないもん」
容赦なく現実を突きつける。
「だよねー……」
「でもさ――」
友人は、若菜と昇太が釣り合っていないことは前提としつつも言葉を付け加えた。
「あんたがいつも触れ回ってる通りの子なら、傷つけるような振り方もしないだろうし、自分で勝手に気まずいとか思わない限り、関係が壊れたりもしないでしょ? むしろ、それだけ好意を持ってるって分かれば喜んでくれるんじゃない?」
「あ……、そっか……。そうだよね、昇太君なら……」
告白を断られたとしても、そのぐらいで自分たちの絆は壊れない。そう信じている。
この時、若菜は昇太に告白することを決意した。
霊神騎士団第一霊隊詰所。東雲若菜の執務室。
若菜と昇太は、普段からここで一緒に書類作成等の業務にあたっていることが多い。
いつもより気合いを入れて仕事を終えた若菜は、昇太に声をかける。
「あ、あのっ、昇太君、ちょっと話したいことがあるんだけどっ!」
「――? どうしたんですか? 先輩」
「えっと……、急にこんな話したら驚かせちゃうかもなんだけど……」
告白を決意した若菜だったが、いざ好きな人を前にすると緊張してしまう。
『そんな目で見ていたのか』と失望されてしまうかもしれない。
それでも、彼なら人の好意を無下にするようなことはしないと信じて。
「あのね、あたしね、昇太君のこと……、かわいい後輩だと思ってたけど、それだけじゃなくて……、男の子として好きみたい。あっ、みたいじゃなくて! 好きです! もしよかったら、あたしと付き合ってください!」
若菜は、昇太に対して、上官に対してするよりも深く頭を下げた。
昇太の
「もちろんダメでも先輩としての役目はちゃんと果たすし、嫌だったら断ってくれて全然いいんだけど……!」
はっきりいって駄目元の告白で、あくまで好きだという気持ちを知ってもらいたいというぐらいの考えだったのだが、昇太の答えは――。
「本当ですか? 嬉しいです!」
「え……?」
すぐには昇太の答えの意味が分からなかった。『嬉しい』ということは、まさか付き合ってくれるということなのか。続く言葉が気になって、ほんの数秒の時間が異常に長く感じられた。
「僕も先輩のこと好きです! 喜んでお付き合いさせていただきます」
この言葉を聞き終わるまで、期待と不安が入り混じった状態で、気が気でなかったのだが、ようやく安心していいのかもしれない。
「え、ほ、ホントに!? ホントにこんなおばさんでいいの?」
若菜は、外見こそ霊力によって二十代ぐらいの容姿に保っているが、もう中年といっていい年齢だ。容姿だけ若くとも、なんだかんだいって本当の若者とは感性の違いなどもあり、波長が合わない可能性もある。
まだ信じられないという気分の若菜に、昇太は満面の笑みで答えた。
「もちろん! 僕には先輩以外考えられません。これからよろしくお願いします!」
こうして若菜は、晴れて昇太の恋人になった。
無数のライバルを押しのけて自分などが彼と恋仲になれるということを不自然に思わなかった訳ではない。だが今は、ひたすらに喜びが胸を満たしていた。
彼が所属している霊子学研究所第四研究室の室長がどういう人物であったかなど、完全に失念してしまうほどに。
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